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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と軍事学事情/ナージャ編
175/640

040_1410 影は黄昏に剣舞すⅨ~ウルヴァリン:SAMURAI~


 阪神高速三号神戸線と国道四三号線は別の道路だが、実質同じ場所にある。高速道路が国道中央の高架橋上にあるため、地図上では重なっている。

 四人の《魔法使い(ソーサラー)》たちと、三台の《使い魔(ファミリア)》たちは、そのどちらとも言いがたい、中途半端な経路を通過する。


 《バーゲスト》は国道を走っている。しかしナージャはそれに、まともに乗っているとはとても言えない。


「ごめんなさいねぇ!? あまり《バーゲスト》が無人走行するところ、披露しない方がいいんでしょうけど!」


 そう言ってナージャは、《魔法》による黒剣を片手に、走るオートバイから飛び出す。


「にははははっ! こーなりゃしゃーないじゃん!!」


 唯一乗り物を使っていない、《魔法回路(EC-Circuit)》をまとう南十星(なとせ)は、《魔法》を推進力で合わせる。


 彼女たちは国道の上で、空中で黒刃とトンファーを交わらせ、その余韻が消えぬうちに離れる。高架を、看板を、電柱を、街路灯を足場に姿勢を正し、時に併走する車に飛び移りながら、激突し続ける。

 音が発生した瞬間には、人影は既にその場を離れている。屋根を踏んだ車のドライバーも、異常にハンドルやアクセル操作を誤るほどではない。南十星が起こす爆発で建物のガラス窓は震えるが、距離を開いているため破砕までは至らない。

 街中をところ狭しと移動し、渋滞を起こしかけた車列を追い抜かす。被害を可能な限り出さないよう配慮し、衆人の目の前で行われているにも関わらず捉えられない。

 そんな異様な戦闘を、少女の姿を持つ超人たちは繰り広げる。



 △▼△▼△▼△▼



 輪をかけて異様なのは、二人の《使い魔(ファミリア)乗り(ライダー)たちだった。


『その《使い魔(ファミリア)》で《魔法》が使えるのかよ!?』


 鎌槍を追加収納(パニア)ケースに収め、駆る《真神(まがみ)》と機能接続した市ヶ谷(いちがや)は、固定を解除したハンドルバーを両手に構えた。


「それがどうかしましたか!?」


 彼には新たな装備として認識されるだろう、機能接続した《コシュタバワー》の発射桿(ハンドルバー)を、樹里も同様に構える。

 二台の《使い魔(ファミリア)》たちは、同じ動きを見せる。走りながらわずかな変形を行い、マフラー配管に偽装された機腕を動かし、消音器に偽装された外部出力デバイスを露出する。ただし《真神》は二本を、しかし《コシュタバワー》は細身のものを二本一組計四本を左右に展開した。

 そこを起点に実行した術式(プログラム)は、同じものだった。水素と酸素の混合気体を爆発させて衝撃波を放つ《Aerodynamics riotgun(空力学暴徒鎮圧銃)》と、高圧アークを作り飛翔体を迎撃する《Plasma-physics APS(プラズマ物理学近接防護システム)》を、機体両サイドでそれぞれ構えた《使い魔(ファミリア)》たちは距離を詰め。

 背に乗せた《魔法使い(ソーサラー)》の操作により、短距離砲撃で非現実な白兵戦を開始する。


『おま、見かけによらず、結構ムチャするな……!』


 しかも、《Kinetic stviraiser(動力学安定装置)》による重力制御で、国道上にせり出す高速道路の壁面外側を、九〇度横になって走っていた。大まかな走りはAIに任せ、振り落とされないように膝で挟み、二人は手放し運転で攻撃を繰り出す。


「どーせ地味顔ですよ! 悪かったですねぇ!?」


 怒鳴り返す樹里にとって《コシュタバワー》は、部の備品である《バーゲスト》よりも、遥かに乗り慣れている機体だった。免許もなく乗るわけにはいかず、オートバイに乗る時は十路の後ろで、運転は久しぶりだったが、体は乗り方と戦い方を記憶している。


『誰が顔の話してる!? つか、少しは手加減しろ!? 今回は()り合いたいわけじゃないんだ!』

「勝手なこと言わないでください! というか、また人前で戦っていいんですか!?」

『先月の戦闘(アレ)、大変だったんだぞ!? 始末書山ほど書かされたし! そう思うんだったらマジになるな!?』

「先制攻撃しておいてなに言ってるんですか!?」

『だから色々と事情があるんだよ!』


 《真神》は後進で前を進み、それを《コシュタバワー》が前進で追う。衝突寸前の車間距離で、空気を()くプラズマを槍に、それを一瞬吹き散らす空気砲弾を盾にし、怒声をぶつけ合う。

 ノーヘル女子高生と、全身ライダースタイルの男が、普通ではないオートバイで戦闘を行えば、当然人目につく。砲撃による白兵戦はまだ一般人には理解できないかもしれないが、壁を走っていて目立たないわけはない。市民から後々どう判断されるか怖いものがあるが、その心配は捨て置くしかない。


【《バーゲスト》がシステム破損したと聞き、今回の任務は詰まらないと思っていましたが……その新たな《使い魔(ファミリア)》も、中々歯ごたえありそうですね】

『おいカームぅ!? お前までやる気出すんじゃねぇ!?』


 愛機の闘争心まで押さえ込もうとしてる市ヶ谷が、どんな目的を持っているのか想像できない。

 だが、敵になりうる市ヶ谷を、ここで戦闘不能にするのもひとつの選択肢であり、彼が本気になったら勝てない危機感がある。だから樹里は攻撃の手を緩めるつもりはなかった。


 更には、ずっと感知している『なにか』の接近が止まらない。障害物がなければ、目視できる距離まで近づいている。

 《魔法》が関わる以上、その正体不明の存在とも、交戦を覚悟しなければらない。


 少しでも早く戦える場所へと、焦りと共に移動して。

 そして辿り着いた。誰もが何かしらで見たことがある光景だろう、威風堂々たる建物を前にした、甲子園球場正面広場に。

 《神秘の雪(ミスティック・スノー)》騒動のせいで、今日の試合はない。設備の保守要員や、併設のイベント広場や歴史資料館に人はいるかもしれないため、移動途中に関係各所に連絡し、警察を通じて避難指示発令を頼んだ。ただし、実際に無人か確認している暇はないので、誰もいないことを信じて行動するよりない。


 先じて到着したナージャは《バーゲスト》を広場に乗り捨て、南十星と共に関係者入り口に交戦しながら突入した。高架から地面に着地した《真神》に乗ったまま、市ヶ谷もそれに続く。

 樹里も続こうと、膝でクッションを取って着地する。

 その瞬間、《コシュタバワー》が自己判断で動いた。積載した青い追加収納(パニア)ケースが割れ、人工衛星のアンテナモジュールを連想する、分厚い六角形(ヘキサゴン)構造体を並べた物体が出現した。先ほど情報を見たばかりの新たな拡張装備――《Untouchable pelt》と名づけられた追加装甲が、彼女の背後に展開される。


「えっ?」


 理由について考える間もなく、それに何か軽いものが衝突する音が届き、直後、至近距離で爆発が起こった。

 衝撃波や破片は完全に遮断された。しかし不安定なオートバイが展開した遮蔽物が、まともに爆発の影響を受け止めたために、急激な挙動変化に耐えることができず、樹里は投げ出された。


「――ぃだっ!?」


 頭から通路に突入した樹里は、叩きつけられた床を慣性で滑り、すぐさま痛みに耐えて身を起こす。

 衝撃でグリップを失い、離れた場所に転倒した青い《使い魔(ファミリア)》に駆け寄ろうしたが、叶わない。

 逆光の中、人影が重い足音と共に出現した。決して高さが低いはずはない通路の入り口を塞ぐような、巨大な人影だ。

 《魔法》を使って移動し、離れてずっと追跡していた存在に違いない。

 シルエットでしか認識できない人物は、腰の後ろに手をやり、なにかを取り出して床に放った。床を跳ねて転がる卵型の物体は、手榴弾だった。先ほどの爆発も同じのかもしれない。

 信管が作動する数秒に樹里が《コシュタバワー》を見やると、配管(アーム)を動かしアクセルターンで起き上がり、無人のまま体勢を立て直したところだった。その動きに、爆発や転倒による影響は見受けられない。


「コシュ! 散開!」


 樹里は合流を諦めて指示を与え、《使い魔(ファミリア)》とは別方向――円を描く曲がった廊下を駆け抜ける。

 その背後で、RGD-5手榴弾が爆発した。



 △▼△▼△▼△▼



 樹里は胸を押さえ、一緒に驚愕を押さえつける。

 追いつかれた謎の存在は、逆光で詳細はわからなかったが、シルエットのみ見てもありえない存在だった。

 頭には小さいながら鍬形(くわがた)のようなものが。肩や腰には大袖(おおそで)草摺(くさずり)のような(たれ)が。腰には銃火器とは一線を画す長い得物が。

 具足を身に着けた、鎧武者としか思えない形状をしていた。


(あれが、《サモセク》……!)


 正体はともかく、とても仲良くできると思えない相手のため、《コシュタバワー》と合流する必要がある。無手のままでも戦えないことはないが、《魔法使いの杖(アビスツール)》なしで《魔法》を使うわけにもいかない。幸いにもここは球場で、通路は円を描いて繋がっているため、このまま走っていれば別方向に逃げた《使い魔(ファミリア)》と合流できる。

 だから樹里は、無人の通路を走る。


「!?」

 

 そこに突然、樹里の腕を掴もうと、横合いから黒い手が伸びた。

 瞬時に避けようと反応したが、相手の方が一枚上手だった。足を止めずに姿勢を低くして駆け抜けようとしたが、その先にもう一本の腕が伸びてきた。

 ベストの胸倉を掴まれ荒々しく、けれどもどこか手加減を感じる力で、樹里はトイレに引きずり込まれる。


『大人しくしろ……!』


 背後から口を押さえ、変換された声で(ささや)くのは、市ヶ谷だった。


『いぎっ――!?』


 だから樹里は咄嗟に指に噛み付いたが、口元を覆う右手の力は緩まなかった。


『ホント、見かけによらない女だな……!?』


 痛みを堪えて市ヶ谷が背後で身じろぎした。その動きは密着した下半身から伝わってきたので、樹里は女性特有の危機感を抱いた。

 しかしそんな事は起きず、左手が目の前に突き出される。どうやらポケットにでも入れていた、USBメモリーを取り出しただけらしい。


『《使い魔(ファミリア)》のデータ通信が嫌なら、後でこれを確認しろ……!』

「……?」

『いいな? これでアイツを……ナージャ・クニッペルを助けてやれ』


 樹里には全く理解も予想もできない。なぜロシアの《魔法使い(ソーサラー)》であるナージャを、日本の機関に所属してると思われる市ヶ谷が、助けるかのような言動を取るのか。

 意図と事態がわからず戸惑う樹里に、市ヶ谷は苛立ったようにUSBメモリーを強引に握らせて、手を離した。

 解放されたため、樹里は距離を取りながら反転する。

 相変わらず面体は隠しているが、市ヶ谷は無手だった。《魔法使いの杖(アビスツール)》もなければ、《真神》とは別行動をしているらしく、それらしい反応もない。

 どうやら彼は本気で、ナージャを助けるために、樹里に接触を図ってきたとしか思えない。全く意味がわからない。


「あなた……」


 トイレの手洗い場の壁に背を預け、樹里は口を開いた。なにを言おうとしたいか、彼女自身も明確に理解しないまま、行動が先に立った。


「ぅぐっ――!?」


 だが、続く言葉は、彼女の口から発せられることはなかった。

 油断しているつもりは樹里にはなかった。突然の市ヶ谷の行動に驚いたのは事実だが、謎の鎧武者を忘れたつもりはなかった。このような形で出現することが、完全に彼女の想定外だった。鋭敏聴覚が足音を捉えることはなく、異能の脳内センサーが《魔法》を感知した時には遅かった。


 首がなにかに掴まれた。冷たく固い金属の感触が、壮絶な力で締め上げ、更に彼女の体躯を持ち上げた。

 拘束から抜け出そうともがく間も、《マナ》を通じた樹里の脳内センサーは、背後の異常を正確に伝えてくる。

 なにかが壁を透過している。《魔法》で建材を操作し、粘性の高い液体を押しのけるように通り抜けた。

 更に背後の存在は踏み込んで、トイレ内に全身を現した。手洗い場の鏡を通して、その姿は樹里にも確認できる。


 やはりあの鎧武者だった。ただし戦国武将の具足のような(きら)びやかさはない。肌の露出は一切なく、金属繊維と樹脂素材と(おぼ)しき黒一色が、巨体を全身くまなく覆っている。


『さて、日本政府の《魔法使い》よ。その娘になにを伝えようとした?』


 面具とスピーカーを通しているが、そのバリトンボイスは源水(オルグ)のものだった。


【あまり勝手なことをされては困るのよ】


 更に樹里が初めて聞く中年女性の声が、場違いにも穏やかな口調で問いかけた。

 直後に鋼の手が、左から軽く頭を打ち据えた瞬間、樹里の意識は失われた。



 △▼△▼△▼△▼



 コンクリートの破砕音が、球場の外にも一際大きく聞こえた。それで危機感がようやく生まれたらしい。

 戦闘は容赦なく繰り広げられている様子だが、なにぶん球場中でのことだ。樹里が警察に連絡して、球場の封鎖を求めたが、短時間で厳戒態勢が取れるわけはない。しかも破壊の様子は外からは見えず、火の手が上がってるわけでもない。

 だから球場の外では、戦闘音を聞きつけた野次馬が集まり始めていた。だが今の音で、民衆も近づくのは危険と察知したのだろう。到着したパトカーのスピーカーを使って警察官が呼びかける避難に応じ始めた。


【…………!】


 その様子に()()()()は、思考回路をやきもきさせていた。


 先ほどナージャが離れている間は、ただ直進していただけなので、ジャイロ効果という言葉を使えばまだ誤魔化しが効く。しかし《バーゲスト》が球場外の壁際に乗り捨てられた今、人前で無人行動を行なえば、不要な混乱を生む。


 学校からはコゼットが、支援部が使っている無線周波数帯で呼びかけが行われているが、応じるわけにはいかない。この周波数帯は特殊部隊(スペツナズ)も聞いているであろうから。


 球場内の事態を知る術がない。部員たちに事態を伝える術がない。

 だからイクセスは全く身動きができず、やきもきしていた。


「ちょっとゴメン。電源を切るわよ」

【!?】


 突然かけられた声に、イクセスは驚きで体を震わせた。

 センサーの反応は、一瞬前までなにも捉えていなかった。すぐ側に女性が立っていたのに、声をかけられるまで気づかなかった。


 その驚愕の間に、女性はキーシリンダーに偽装されたスイッチを、特定の動きで動かす。すると《バーゲスト》は完全マニュアル・モードに移行し、イクセスは制御系から切り離された。

 更にインストルメンタル・ディスプレイにテンキーが表示されて、一二ケタのナンバーが打ち込まれる。日頃整備している十路でもそこまではしない、フルメンテナンスを行うための操作だ。彼女の意思とは無関係に、通常のオートバイならば燃料タンクである部分に格納している《使い魔(ファミリア)》のコア・ユニット――イクセス自身を外部に露出するため、システムの強制終了が始まった。


【あ、あ、あ……!?】


 それを行うのも彼女自身であるはずなのに、巨大な何かに侵食されるような不快感を(ともな)い、センサーと繋がっていた回路が遮断され、次々と機能が停止させられていく。

 イクセスはシステム電源を切られることを嫌がる。自分の自由にならないのに自分自身が行う、徐々に虚無へ飲み込まれるような喪失が嫌いだからだ。

 もしも人間ならば、この感覚を『死』と呼ぶのではないか。

 実際のところは、彼女の死ではない。しかし一度プロセスが始まってしまえば、イクセスにはどうしようもできない。誰かの手により再起動させられるまで、眠ったままとなる。その状態で破壊されれば、本当の死すら気づくことさえできない。


 電圧低下により視界が暗くなり始めた(カメラ)で、イクセスは停止プロセスを発動させた人物を見上げた。

 気軽な街ライダーといった格好の女性は、ヘルメットを被って顔を隠しているが、正体にすぐに見当がついた。彼女ならば機密である《バーゲスト》の停止プロセスも知っていて当然だろうと、イクセスは納得する。

 しかしなぜここに彼女がいるのか。そしてなぜ自分を停止させるのか。わからない。


【わ、た、シ、ハ……】


 とんでもない誤解が生まれている危惧を抱き、イクセスは弁明しようとしたが遅かった。電力を遮断され、言葉を失い、視界を失い、意識も失う。


 《バーゲスト》制御ソフトウェア・コミュニケーションシステム――『イクセス』と名づけられた仮想の人格は、その機能を完全停止させられた。


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