040_1410 影は黄昏に剣舞すⅨ~ウルヴァリン:SAMURAI~
阪神高速三号神戸線と国道四三号線は別の道路だが、実質同じ場所にある。高速道路が国道中央の高架橋上にあるため、地図上では重なっている。
四人の《魔法使い》たちと、三台の《使い魔》たちは、そのどちらとも言いがたい、中途半端な経路を通過する。
《バーゲスト》は国道を走っている。しかしナージャはそれに、まともに乗っているとはとても言えない。
「ごめんなさいねぇ!? あまり《バーゲスト》が無人走行するところ、披露しない方がいいんでしょうけど!」
そう言ってナージャは、《魔法》による黒剣を片手に、走るオートバイから飛び出す。
「にははははっ! こーなりゃしゃーないじゃん!!」
唯一乗り物を使っていない、《魔法回路》をまとう南十星は、《魔法》を推進力で合わせる。
彼女たちは国道の上で、空中で黒刃とトンファーを交わらせ、その余韻が消えぬうちに離れる。高架を、看板を、電柱を、街路灯を足場に姿勢を正し、時に併走する車に飛び移りながら、激突し続ける。
音が発生した瞬間には、人影は既にその場を離れている。屋根を踏んだ車のドライバーも、異常にハンドルやアクセル操作を誤るほどではない。南十星が起こす爆発で建物のガラス窓は震えるが、距離を開いているため破砕までは至らない。
街中をところ狭しと移動し、渋滞を起こしかけた車列を追い抜かす。被害を可能な限り出さないよう配慮し、衆人の目の前で行われているにも関わらず捉えられない。
そんな異様な戦闘を、少女の姿を持つ超人たちは繰り広げる。
△▼△▼△▼△▼
輪をかけて異様なのは、二人の《使い魔》乗りたちだった。
『その《使い魔》で《魔法》が使えるのかよ!?』
鎌槍を追加収納ケースに収め、駆る《真神》と機能接続した市ヶ谷は、固定を解除したハンドルバーを両手に構えた。
「それがどうかしましたか!?」
彼には新たな装備として認識されるだろう、機能接続した《コシュタバワー》の発射桿を、樹里も同様に構える。
二台の《使い魔》たちは、同じ動きを見せる。走りながらわずかな変形を行い、マフラー配管に偽装された機腕を動かし、消音器に偽装された外部出力デバイスを露出する。ただし《真神》は二本を、しかし《コシュタバワー》は細身のものを二本一組計四本を左右に展開した。
そこを起点に実行した術式は、同じものだった。水素と酸素の混合気体を爆発させて衝撃波を放つ《Aerodynamics riotgun(空力学暴徒鎮圧銃)》と、高圧アークを作り飛翔体を迎撃する《Plasma-physics APS(プラズマ物理学近接防護システム)》を、機体両サイドでそれぞれ構えた《使い魔》たちは距離を詰め。
背に乗せた《魔法使い》の操作により、短距離砲撃で非現実な白兵戦を開始する。
『おま、見かけによらず、結構ムチャするな……!』
しかも、《Kinetic stviraiser(動力学安定装置)》による重力制御で、国道上にせり出す高速道路の壁面外側を、九〇度横になって走っていた。大まかな走りはAIに任せ、振り落とされないように膝で挟み、二人は手放し運転で攻撃を繰り出す。
「どーせ地味顔ですよ! 悪かったですねぇ!?」
怒鳴り返す樹里にとって《コシュタバワー》は、部の備品である《バーゲスト》よりも、遥かに乗り慣れている機体だった。免許もなく乗るわけにはいかず、オートバイに乗る時は十路の後ろで、運転は久しぶりだったが、体は乗り方と戦い方を記憶している。
『誰が顔の話してる!? つか、少しは手加減しろ!? 今回は戦り合いたいわけじゃないんだ!』
「勝手なこと言わないでください! というか、また人前で戦っていいんですか!?」
『先月の戦闘、大変だったんだぞ!? 始末書山ほど書かされたし! そう思うんだったらマジになるな!?』
「先制攻撃しておいてなに言ってるんですか!?」
『だから色々と事情があるんだよ!』
《真神》は後進で前を進み、それを《コシュタバワー》が前進で追う。衝突寸前の車間距離で、空気を灼くプラズマを槍に、それを一瞬吹き散らす空気砲弾を盾にし、怒声をぶつけ合う。
ノーヘル女子高生と、全身ライダースタイルの男が、普通ではないオートバイで戦闘を行えば、当然人目につく。砲撃による白兵戦はまだ一般人には理解できないかもしれないが、壁を走っていて目立たないわけはない。市民から後々どう判断されるか怖いものがあるが、その心配は捨て置くしかない。
【《バーゲスト》がシステム破損したと聞き、今回の任務は詰まらないと思っていましたが……その新たな《使い魔》も、中々歯ごたえありそうですね】
『おいカームぅ!? お前までやる気出すんじゃねぇ!?』
愛機の闘争心まで押さえ込もうとしてる市ヶ谷が、どんな目的を持っているのか想像できない。
だが、敵になりうる市ヶ谷を、ここで戦闘不能にするのもひとつの選択肢であり、彼が本気になったら勝てない危機感がある。だから樹里は攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
更には、ずっと感知している『なにか』の接近が止まらない。障害物がなければ、目視できる距離まで近づいている。
《魔法》が関わる以上、その正体不明の存在とも、交戦を覚悟しなければらない。
少しでも早く戦える場所へと、焦りと共に移動して。
そして辿り着いた。誰もが何かしらで見たことがある光景だろう、威風堂々たる建物を前にした、甲子園球場正面広場に。
《神秘の雪》騒動のせいで、今日の試合はない。設備の保守要員や、併設のイベント広場や歴史資料館に人はいるかもしれないため、移動途中に関係各所に連絡し、警察を通じて避難指示発令を頼んだ。ただし、実際に無人か確認している暇はないので、誰もいないことを信じて行動するよりない。
先じて到着したナージャは《バーゲスト》を広場に乗り捨て、南十星と共に関係者入り口に交戦しながら突入した。高架から地面に着地した《真神》に乗ったまま、市ヶ谷もそれに続く。
樹里も続こうと、膝でクッションを取って着地する。
その瞬間、《コシュタバワー》が自己判断で動いた。積載した青い追加収納ケースが割れ、人工衛星のアンテナモジュールを連想する、分厚い六角形構造体を並べた物体が出現した。先ほど情報を見たばかりの新たな拡張装備――《Untouchable pelt》と名づけられた追加装甲が、彼女の背後に展開される。
「えっ?」
理由について考える間もなく、それに何か軽いものが衝突する音が届き、直後、至近距離で爆発が起こった。
衝撃波や破片は完全に遮断された。しかし不安定なオートバイが展開した遮蔽物が、まともに爆発の影響を受け止めたために、急激な挙動変化に耐えることができず、樹里は投げ出された。
「――ぃだっ!?」
頭から通路に突入した樹里は、叩きつけられた床を慣性で滑り、すぐさま痛みに耐えて身を起こす。
衝撃でグリップを失い、離れた場所に転倒した青い《使い魔》に駆け寄ろうしたが、叶わない。
逆光の中、人影が重い足音と共に出現した。決して高さが低いはずはない通路の入り口を塞ぐような、巨大な人影だ。
《魔法》を使って移動し、離れてずっと追跡していた存在に違いない。
シルエットでしか認識できない人物は、腰の後ろに手をやり、なにかを取り出して床に放った。床を跳ねて転がる卵型の物体は、手榴弾だった。先ほどの爆発も同じのかもしれない。
信管が作動する数秒に樹里が《コシュタバワー》を見やると、配管を動かしアクセルターンで起き上がり、無人のまま体勢を立て直したところだった。その動きに、爆発や転倒による影響は見受けられない。
「コシュ! 散開!」
樹里は合流を諦めて指示を与え、《使い魔》とは別方向――円を描く曲がった廊下を駆け抜ける。
その背後で、RGD-5手榴弾が爆発した。
△▼△▼△▼△▼
樹里は胸を押さえ、一緒に驚愕を押さえつける。
追いつかれた謎の存在は、逆光で詳細はわからなかったが、シルエットのみ見てもありえない存在だった。
頭には小さいながら鍬形のようなものが。肩や腰には大袖や草摺のような垂が。腰には銃火器とは一線を画す長い得物が。
具足を身に着けた、鎧武者としか思えない形状をしていた。
(あれが、《サモセク》……!)
正体はともかく、とても仲良くできると思えない相手のため、《コシュタバワー》と合流する必要がある。無手のままでも戦えないことはないが、《魔法使いの杖》なしで《魔法》を使うわけにもいかない。幸いにもここは球場で、通路は円を描いて繋がっているため、このまま走っていれば別方向に逃げた《使い魔》と合流できる。
だから樹里は、無人の通路を走る。
「!?」
そこに突然、樹里の腕を掴もうと、横合いから黒い手が伸びた。
瞬時に避けようと反応したが、相手の方が一枚上手だった。足を止めずに姿勢を低くして駆け抜けようとしたが、その先にもう一本の腕が伸びてきた。
ベストの胸倉を掴まれ荒々しく、けれどもどこか手加減を感じる力で、樹里はトイレに引きずり込まれる。
『大人しくしろ……!』
背後から口を押さえ、変換された声で囁くのは、市ヶ谷だった。
『いぎっ――!?』
だから樹里は咄嗟に指に噛み付いたが、口元を覆う右手の力は緩まなかった。
『ホント、見かけによらない女だな……!?』
痛みを堪えて市ヶ谷が背後で身じろぎした。その動きは密着した下半身から伝わってきたので、樹里は女性特有の危機感を抱いた。
しかしそんな事は起きず、左手が目の前に突き出される。どうやらポケットにでも入れていた、USBメモリーを取り出しただけらしい。
『《使い魔》のデータ通信が嫌なら、後でこれを確認しろ……!』
「……?」
『いいな? これでアイツを……ナージャ・クニッペルを助けてやれ』
樹里には全く理解も予想もできない。なぜロシアの《魔法使い》であるナージャを、日本の機関に所属してると思われる市ヶ谷が、助けるかのような言動を取るのか。
意図と事態がわからず戸惑う樹里に、市ヶ谷は苛立ったようにUSBメモリーを強引に握らせて、手を離した。
解放されたため、樹里は距離を取りながら反転する。
相変わらず面体は隠しているが、市ヶ谷は無手だった。《魔法使いの杖》もなければ、《真神》とは別行動をしているらしく、それらしい反応もない。
どうやら彼は本気で、ナージャを助けるために、樹里に接触を図ってきたとしか思えない。全く意味がわからない。
「あなた……」
トイレの手洗い場の壁に背を預け、樹里は口を開いた。なにを言おうとしたいか、彼女自身も明確に理解しないまま、行動が先に立った。
「ぅぐっ――!?」
だが、続く言葉は、彼女の口から発せられることはなかった。
油断しているつもりは樹里にはなかった。突然の市ヶ谷の行動に驚いたのは事実だが、謎の鎧武者を忘れたつもりはなかった。このような形で出現することが、完全に彼女の想定外だった。鋭敏聴覚が足音を捉えることはなく、異能の脳内センサーが《魔法》を感知した時には遅かった。
首がなにかに掴まれた。冷たく固い金属の感触が、壮絶な力で締め上げ、更に彼女の体躯を持ち上げた。
拘束から抜け出そうともがく間も、《マナ》を通じた樹里の脳内センサーは、背後の異常を正確に伝えてくる。
なにかが壁を透過している。《魔法》で建材を操作し、粘性の高い液体を押しのけるように通り抜けた。
更に背後の存在は踏み込んで、トイレ内に全身を現した。手洗い場の鏡を通して、その姿は樹里にも確認できる。
やはりあの鎧武者だった。ただし戦国武将の具足のような煌びやかさはない。肌の露出は一切なく、金属繊維と樹脂素材と思しき黒一色が、巨体を全身くまなく覆っている。
『さて、日本政府の《魔法使い》よ。その娘になにを伝えようとした?』
面具とスピーカーを通しているが、そのバリトンボイスは源水のものだった。
【あまり勝手なことをされては困るのよ】
更に樹里が初めて聞く中年女性の声が、場違いにも穏やかな口調で問いかけた。
直後に鋼の手が、左から軽く頭を打ち据えた瞬間、樹里の意識は失われた。
△▼△▼△▼△▼
コンクリートの破砕音が、球場の外にも一際大きく聞こえた。それで危機感がようやく生まれたらしい。
戦闘は容赦なく繰り広げられている様子だが、なにぶん球場中でのことだ。樹里が警察に連絡して、球場の封鎖を求めたが、短時間で厳戒態勢が取れるわけはない。しかも破壊の様子は外からは見えず、火の手が上がってるわけでもない。
だから球場の外では、戦闘音を聞きつけた野次馬が集まり始めていた。だが今の音で、民衆も近づくのは危険と察知したのだろう。到着したパトカーのスピーカーを使って警察官が呼びかける避難に応じ始めた。
【…………!】
その様子にイクセスは、思考回路をやきもきさせていた。
先ほどナージャが離れている間は、ただ直進していただけなので、ジャイロ効果という言葉を使えばまだ誤魔化しが効く。しかし《バーゲスト》が球場外の壁際に乗り捨てられた今、人前で無人行動を行なえば、不要な混乱を生む。
学校からはコゼットが、支援部が使っている無線周波数帯で呼びかけが行われているが、応じるわけにはいかない。この周波数帯は特殊部隊も聞いているであろうから。
球場内の事態を知る術がない。部員たちに事態を伝える術がない。
だからイクセスは全く身動きができず、やきもきしていた。
「ちょっとゴメン。電源を切るわよ」
【!?】
突然かけられた声に、イクセスは驚きで体を震わせた。
センサーの反応は、一瞬前までなにも捉えていなかった。すぐ側に女性が立っていたのに、声をかけられるまで気づかなかった。
その驚愕の間に、女性はキーシリンダーに偽装されたスイッチを、特定の動きで動かす。すると《バーゲスト》は完全マニュアル・モードに移行し、イクセスは制御系から切り離された。
更にインストルメンタル・ディスプレイにテンキーが表示されて、一二ケタのナンバーが打ち込まれる。日頃整備している十路でもそこまではしない、フルメンテナンスを行うための操作だ。彼女の意思とは無関係に、通常のオートバイならば燃料タンクである部分に格納している《使い魔》のコア・ユニット――イクセス自身を外部に露出するため、システムの強制終了が始まった。
【あ、あ、あ……!?】
それを行うのも彼女自身であるはずなのに、巨大な何かに侵食されるような不快感を伴い、センサーと繋がっていた回路が遮断され、次々と機能が停止させられていく。
イクセスはシステム電源を切られることを嫌がる。自分の自由にならないのに自分自身が行う、徐々に虚無へ飲み込まれるような喪失が嫌いだからだ。
もしも人間ならば、この感覚を『死』と呼ぶのではないか。
実際のところは、彼女の死ではない。しかし一度プロセスが始まってしまえば、イクセスにはどうしようもできない。誰かの手により再起動させられるまで、眠ったままとなる。その状態で破壊されれば、本当の死すら気づくことさえできない。
電圧低下により視界が暗くなり始めた眼で、イクセスは停止プロセスを発動させた人物を見上げた。
気軽な街ライダーといった格好の女性は、ヘルメットを被って顔を隠しているが、正体にすぐに見当がついた。彼女ならば機密である《バーゲスト》の停止プロセスも知っていて当然だろうと、イクセスは納得する。
しかしなぜここに彼女がいるのか。そしてなぜ自分を停止させるのか。わからない。
【わ、た、シ、ハ……】
とんでもない誤解が生まれている危惧を抱き、イクセスは弁明しようとしたが遅かった。電力を遮断され、言葉を失い、視界を失い、意識も失う。
《バーゲスト》制御ソフトウェア・コミュニケーションシステム――『イクセス』と名づけられた仮想の人格は、その機能を完全停止させられた。




