040_1400 影は黄昏に剣舞すⅧ~ワイルド・スピード MEGA MAX~
突発的に始まった戦闘は、まだ終わってはいない。
《魔法》を身にまとう南十星とナージャは、木立から住宅地に飛び出し、民家の屋根に降り立つ。障害物だらけの斜面を駆け下りたスピードは、常人からすれば立派に非常識だったが、彼女たちには遅すぎた。だからここから先が本領発揮となる。
二人は《魔法》を改めて操作し、高機動戦闘を開始した。
南十星は体の至るところで爆発を起こし、空中に飛び出す。ナージャは落下する体を部分的に停止させることで、空中歩行が可能らしい。スリットの入ったジャンパースカートをはためかせる女子中学生と、黒装束と覆面で髪と面体を隠す怪しい人影が、人目を気にせず空に舞って衝突する。激突の金属音と空を切り裂く爆音が、夕空に響き渡る。
その様を見上げながら、彼女たち同様に斜面を駆け下り、ミディアムボブに葉っぱをつけた樹里は、住宅地で大型オートバイを駆りながら無線に叫ぶ。
「なっちゃん! 人気のないところに!」
『わかってる!』
返した南十星が不意に飛び蹴り姿勢で、建物の屋上に急降下した。
同時に炎が伴わない爆発が誕生し、隣の建物まで人間が吹き飛んだ。へし折れた銃らしき物体が一緒に吹き飛んだのが見えたため、無関係な一般人などとは思わない。特殊部隊の狙撃手に決まっている。
南十星は、戦域移動と特殊部隊による包囲網の突破、更には相手戦力の削減と、一石三鳥を狙っているのかと納得する。
南下する二人を追いつつ、どうするべきか。樹里は総合生活支援部の身分を示す腕章をつけながら考えて、ひとまず青いオートバイに指示を出す。
「コシュ! 新しい拡張装備の情報を出して!」
応じて《使い魔》は、インストルメンタル・ディスプレイの表示を切り替える。つばめが実家から持ち帰った自身の新装備の概略が、図面と文章で出力された。
(また義兄さんは物騒なもの作ったなぁ……!)
樹里は素早く目を走らせ、内心で愚痴をこぼしながら、昨夜つばめから聞いたとおりの機能であることを確認する。
そして唐突に、右ハンドルバーの固定を解除し、銃のように構えて振り返った。
『おい! 一体どうなってる!?』
《真神》と名づけられた銀色のオートバイと、市ヶ谷と名乗るライダースーツの男が、幹線道路に出た折に追いすがってきた。樹里が砲撃用意を行っても、彼はリアクションを見せない。ただ現状への問いかけを、変換されても苛立ちがわかる声で無線越しに怒鳴る。
対して樹里はなにも答えずに、ただ発射桿を向けることで、主砲使用の警告を与える。
市ヶ谷は以前、支援部の邪魔をした経緯がある。先制攻撃を仕掛ける気はなかったが、警戒以外の反応をするつもりはなかった。
『ったく、もっと早く用事を済ましていれば……!』
市ヶ谷は後悔の舌打ちを返す。彼女の反応は当然と、理解はしているのだろう。
しかし強い口調で、彼は意外なことを言い出した。
『木次樹里! データを送る! その見慣れない《使い魔》のセキュリティを解除しろ!』
市ヶ谷の意図が全く掴めない。だから樹里も自前の《魔法》で無線通信を行い、疑念のこもった平坦な声を返す。
「コンピュータウィルスでも送り込む気ですか?」
『そうじゃねぇ! 用心するのはわかるけど、大人しく回線開きやがれ!』
「…………」
樹里が振り向く先、市ヶ谷の顔は、シェードの効いたフルフェイスヘルメットに覆われ、表情はわからない。しかし焦りが浮かんでいるだろうことは想像できる。
その理由は、全くわからない。だから樹里は真意を読み取ろうと、運転をほぼ《使い魔》に任せ、市ヶ谷と視線を合わせるようにヘルメットを睨む。
『お前……目、どうした?』
すると気遣いすら感じられる不審がかけられた。
慌てて発射桿をそのままに、彼の視線を避けるように、樹里は顔を背ける。
不安と緊張で箍が緩み、離れて見てもわかるほど明確に、瞳の色に変化しているのだろう。異能が発動しかかった、十路が言うところの『キレた』状態に近づいている。
(私、焦ってる……)
南十星を追って飛び出したのは、判断ミスだと後悔していた。彼女が十路の側を離れてすぐ後、壮絶な銃声と爆音が響いたからだ。無手の状態で十路が戦闘に巻き込まれたのは、想像に難くない。
とはいえ、樹里は追跡を止められない。今から戻っても遅すぎる上に、市ヶ谷というイレギュラーな戦力が出現したために、この場を離れると南十星が挟撃される可能性を考える。
だから心を無理矢理でも落ち着かせ、コゼットの存在と十路の無事を信じ、ひた走るしかない。正体不明の戦力が介入し、既に敵を撃退したなど、彼女は知らないのだから。
『《バーゲスト》!』
更に無線から流れる声に、意識は現状へと引き戻される。支援部員たちが使っている無線周波数帯で、中空のナージャがその名を呼んだ。
そして応じる者が現われた。近くに停車されていたのか、それとも気づかなかっただけで追走していたのか、三台目の《使い魔》が無人のまま樹里と市ヶ谷を抜き去った。
赤黒彩色の大型オートバイに、上空から落下してきた黒い影が飛び乗る。
追うように女子中学生も路面に落下し、小爆発と共に併走する。
『ナトセさん。どこまで移動する気ですか?』
『さぁ?』
二人の戦闘が一時中断したそのタイミングで、三機の《使い魔》たちが、一斉に警告音を発した。
続いて前方の交差点に、急ブレーキと共にトレーラーが突入し、道を塞ぐように停止する。そして運転席の男が、手にした金属塊を窓から突き出した。
ロシア・イズマッシュ社の短機関銃PP-19 Bizonだった。特徴的な円筒弾倉を持ち、コンパクトな外観からは考えられない装弾数を誇る銃だ。
十路ほどの『専門家』ではない樹里には、そこまで詳しい知識はないが、実際に引金を引かれるなら、深い知識などどうでもいい。
南十星は上に跳んだ。《使い魔》に乗るナージャと市ヶ谷は、それぞれ別方向に散開して路地に逃げた。
だが樹里はあえて避けず、ハンドルを切りながら後輪を滑らせ、オートバイに乗る姿勢を変える。仰け反りながら足をハンドルにかけてシートからずり落ち、路面に落下する前にステップを掴んで体を支える。ミニスカートでははしたない姿勢だが、気にしてなどいられない。
アームが稼動してマフラーを安定装置として使いながら、横滑りに直進するオートバイの側面に、樹里はアクロバティックに隠れる。
直後、逆側面の装甲が連続で火花を上げる。抑圧された銃声よりも、連射駆動音や着弾音の方が遥かに大きく響く。
「そのまま逃げて!」
指示に応じて《コシュタバワー》は、トレーラーの目前でタイヤのグリップを取り戻し、機首を向けられた左へ交差点を曲がった。
(ここじゃ戦えない……!)
《使い魔》ならではの方法で銃撃を凌ぎ、シートに再び這い上がりながら、樹里は状況を迷う。
特殊部隊隊員と思わしき人物が、銃に減衰器を付け、弱装弾を使っているのも、街中で銃撃しながらも一般人に知られたくない故だろう。そして樹里が避けなかったのは、流れ弾が誰を傷つけるかわからなかったからだ。
総合生活支援部と特殊部隊の交戦は、一般人が関与しない暗闘に収めるべき。しかしこのままでは、どうなるか。
「!」
脳内センサーの反応に、樹里は突如オートバイのシートでバク宙を決めた。同時にシートと背中の空間を、槍の柄が通過した。
超人的なバランス感覚で後部に着地した樹里が振り向くと、再度併走してきた《真神》に乗る市ヶ谷が、鎌槍を脇に構えていた。
市ヶ谷がまた槍を突き出す。しかしその勢いは、どこか鈍い。だから樹里は積載された自分の空間制御コンテナから長杖を抜き、合わせることができた。
車上で走りながら、槍と長杖が交錯する。数度金属を激突させると、《真神》が車間距離を詰めて、市ヶ谷もシートに立ち上がり、鍔競り合いのような状態に持ち込んできた。
『戦いながら聞け! このまま西へ移動し続けろ! 連中は空から監視してるから、Uターンすれば連中とカチ会う!』
そして無線を使わず顔を近づけて、市ヶ谷が変換された声で怒鳴る。
「一体なんなんですか!? 戦う気がないように見せかけたり! なのに攻撃してきたり!」
空を見て、ラジコン飛行機――きっと監視用の小型無人飛行機が飛んでるのをチラリと確認し、樹里も怒鳴り返す。
『こっちにも色々都合があるんだよ!』
「こっちにまで押し付けないでください!」
車上の狭い足場なので、押し合いには腰が入らない。頭突きするように全身の力を込めて対抗する。
すると風に流されながらも、かすかな獣臭に似た体臭が樹里の鼻に届いた。
(この匂い……?)
人の匂いは体調や環境で変化する。犬ほどの嗅覚があれば、それを超えて特定人物を判別できるかもしれないが、樹里の人並み外れた嗅覚もそこまでではなく、しかも難燃性素材が使われたスーツの匂いにまぎれてしまい、時速五〇キロの風を受けながらでは尚更判別できない。
常人でも感じられるほど鮮烈な、記憶に残る特徴的な匂いではない。だが、この人物の匂いは、どこかで嗅いだ記憶がある。
「あなた、私の知ってる人ですか……?」
『……! とにかくいいな! このまま離れろ! でなければ取り囲まれるぞ!』
正体を知られるのを危惧したのだろう。市ヶ谷が槍柄に力を一層込めた。《コシュタバワー》の補助を受け、樹里は弾き飛ばされての転落を避けた。
「……っ」
市ヶ谷の正体については、詮索はひとまず後回しにする。いま考えなければならないのは、これからの行動だ。
『じゅりちゃん! このまま突っ走る!』
タイミングよく南十星からの無線も飛んできた。信号を無視して交差点に飛び出すと、先行する《バーゲスト》に跨るナージャと南十星が、神戸市の大動脈を交戦しながら西に向かうのが見えた。
ただでさえ陽がオレンジ色のこの時間、交通量は多い。更に人々が《神秘の雪》の影響外に脱出しようとしているのかもしれない。どの道路もいつも以上に混んでいる。
戦闘に一般人を巻き込む危険性が高いが、その前段階――どこにどう潜んでいるか不明な特殊部隊の追跡を探るには、丁度いい状況だ。こちらはオートバイなのだから、渋滞などすり抜けて走ることができるのだから、振り切ることもできるかもしれない。
(だけど、いつまでも逃げていられない……)
改めてシートに座りながら、樹里は考える。
学校が気になる。ただ連絡が遅れているだけなのか、それとも無事ではないのか、無線にはなにも反応がないため、十路たちの様子が知れない。
少し離れて追従している市ヶ谷が、なにを考えているのかわからない。いっそ決着をつけたいならば、樹里もそちらを望む。
この流動的な事態に、立ち止まればどうなるかわからない。相手の戦力や装備が不明な上に、先ほどの状況を見れば、人の目があるから安全とは限らない。
図らずしも十路が誤魔化しで言い出した、脱出計画に沿った状況になっている。《神秘の雪》発動前の襲撃に、無警戒だったわけではないが、突然の事態に人員が分断してしまった。
このまま神戸を脱出するわけにはいかない。だが、止まることも許されそうにない。
(なに、この反応……?)
自身の感覚――異能による脳内センサーの反応に加え、《コシュタバワー》が警告している。
電磁波をキャッチしている。電子機器のような一定レベルの持続的なものと、《魔法》のような瞬間高出力の両方を反応を。しかも瞬間的に反応が高まる感覚は、一定リズムを刻んでいる。
更に移動しながら三角測量では、速度は決して速くはないが、留まることなく一定のスピードで、反応源はほぼ一直線に移動している。
街中にありながら、建物という障害物を無視している。散発的な電磁波を感知することから考えて、何者かが《魔法》を使って移動していると考えるべきだ。
(どうすればいい……!?)
欲しい。立ち止まって状況を把握し、事態を考えるための時間が。市ヶ谷の意をわずかでも汲み取るならば、彼と交戦しながら話せる場所も望ましい。
だが、神戸から大阪までの道路沿いは、人口密集地帯が続くことになる。戦った時の被害を考えれば、うかつな場所を選択するわけにはいかない。
「……! コシュ! 問い合わせ!」
ひとつ戦場に使える場所を思いつき、樹里はAIに指示を出す。
ただ広い場所というだけなら、沿線近くにグラウンドを持つ小学校だってある。
しかしその場所は、壁が広大な更地を囲っているため、流れ弾を考慮しなくていい。そして観光地でもあるために、無人か否か状況が簡単にわかる。
「甲子園球場は今どうなってる!?」
高校球児たちの誉。球界の猛虎のホームグラウンド。
このまま進めば、阪神甲子園球場のすぐ側を通過する。




