040_1300 影は黄昏に剣舞すⅤ~折鶴七変化~
そうして食事や休憩もそこそこに、総合生活支援部員たちは急ピッチで戦闘準備を進めて。
陽が傾いた頃合に、事態は動く。
△▼△▼△▼△▼
オレンジの陽を受けながら、彼女は包み紙を引っ張り、飴玉を口に放り込む。
そして残った五センチ四方ほどの包装紙を、皺を丁寧に伸ばし、折り始める。
「ここにいたか」
神戸港に程近い駐車場に、ナージャはいた。海風を受けて、長い白金髪を靡かせて、トレーラーが牽引するコンテナに腰掛けている。
「部隊の皆さんとの最終打ち合わせ、終わりましたか?」
同様に上ってきた源水に振り向きもせず、コンテナを台に小さな包装紙を爪先で折り、対角線上に折った三角を広げ、また折る。
ペーパークラフトとは違い、鋏も糊も使わず、ただ紙を折るだけで造形を作っていく。日本の独自文化ではなく、スペインが起源という説もあるが、この手慰みは海外でも『ORIGAMI』と呼ばれる。
「部隊の連中は、お前を歓迎していない」
「そりゃそうでしょうね。『役立たず』と一緒にお仕事したくないでしょうし」
話しながら菱形に折った紙を裏返し、狭めるようにまた折る。
「それに師匠が今回運用するタポール部隊って、対《魔法使い》のために新設された部隊なんですよね?」
「そうだ」
「そりゃー《魔法使い》なんて近づいて欲しくないでしょう。ロシアって国は民族問題が根深いですし、国内のテロや暴動に《魔法使い》が投入された例もありますし、恨み持ってる人とかいるんじゃないですか?」
「いる、とだけ言っておこう」
下部分を中割り折りし、花のような対称形だった先端の一つを、少しだけ折って嘴とする。
「部下の皆さんの不満は、要するにわたしと一緒に仕事したくないってだけですか?」
「それだけと言えば、それだけだな」
「じゃあ問題ありませんよ。ひとまずは独自に動こうと思ってますし」
そして二枚の羽根を広げて形を整え、空気を吹き込む。
出来上がったのは、尾を立て翼を広げる紙の鳥。なぜ尾の立ったこれを『鶴』と呼ぶかはわからない。
流暢に日本語を操り、一般常用なら漢字も使いこなせるが、日本人の感性は理解できないと感じる。
「正直、お前をどこまで信用したものか、我も悩んでいる」
「あははー。これまでとんでもないミスばっかりしてますからねー」
「それもだが、そうではない」
右手に折り鶴を持ったまま、今はパンツの上に装着しているレッグホルスターに左手を滑り込ませる。
ただの用心で《魔法使いの杖》を起動しただけだが、脳内センサーが捉えた背後の状況は、その行動に正解した。画面を見ないまま左手で操作し、術式を実行する。
金属音が響かせて、常人にも並の《魔法使い》にも不可能な行為を行なう。
「師匠。なんのつもりですか?」
陽があるとはいえ広い駐車場、しかも交錯は一撃で終わったが、どこに人の目があるかわからない場所でやる事ではない。
そんな非難を込めて、世界最硬の黒い折り鶴を指に挟んだまま、ナージャは振り返る。
「ちょっとした試しだ」
折り鶴の羽で受け止められたトレンチナイフは、刃が欠けていた。寸止めの意思は源水当人しか知らぬことだが、首筋を半ばまで断つ勢いで振るわれた。
ナージャの非難を気にした様子もなく、彼女の防御を想定していたような態度で、彼は軍用ブーツの鞘に戻す。
「信用ないのは自覚してますけど、ここまで信用がないですか」
武装解除を見届けて、ナージャも折り鶴に付与した《魔法》を解除する。
声は自然と固くなった。怒りや戸惑いではなく、警戒で。
「いや、そうではない」
源水が応じたのは、感情の感じられないバリトンボイスだった。歴戦の特殊部隊員らしく、これでは思惑が読めない。
「ナジェージダが提案した方法で、偵察を行ってもらおうと思う。ただ、強行偵察になる可能性が高い」
「あらら。思いつきを言ってみただけですけど、採択するんですか」
強行偵察は、ただの偵察とは違う。敵勢力の戦力を計るために、交戦を前提としている。
「目標たちがなにやら準備しているらしい。それに気になる動きもあった」
「なんですか?」
「ツバメ・ナガクテを発見した。これまで姿を確認していなかったが、市内に潜伏していらしい。動きを見せた」
「理事長ですか。そういえば昨夜はお見かけしませんでしたし、どこかでコソコソなにかしてたんですかね」
総合生活支援部の司令官役、そしてどんな隠し玉を持っているか、対外情報局でも参謀本部情報総局でも掴みきれなかった策略家が、ここに来て出現した。
確かに警戒するだろうと、ナージャは納得する。
「それで彼らと戦えるか、試したんですか? そりゃー日本に潜入して一年少々、訓練量が減ってるのは否定しませんけど、師匠にそこまで弱体化されてると思われたのは、ちょっとショックですねー」
軽口に対する源水の返事はない。ただ夕陽を背中に腕を組んで、ただ黙っている。
あえて朗らかに言い添えつつ、ナージャはコンテナを飛び降りる。
「あ、もしもわたしの裏切りとか警戒してたなら、大丈夫ですよ。『首輪』があるんですから、そうそう下手な真似はできませんから」
返事はやはりない。
やはりそうかと納得し、そして危険を感じる。
心中を態度に出さないよう、わざと悠然とした足取りで、少し離れた場所に停めた大型オートバイに跨る。
昼間にタンクバッグと共に用意した物は、既に《バーゲスト》に積載されている。用意そのものはしていたが、実行の判断は源水により保留とされていた。
(ギリギリですね……)
死兵同然の扱いにされることは、別になんとも思っていない。強硬偵察に自分を使うことは、能力的にも立場的にも的確であろうから、彼女から提案したのだ。それが採択されたことに、ナージャは少しだけ安堵する。
しかし『首輪』の存在に、心が萎えそうな気持ちになる。
そして源水当人は苦々しく思っている様子があることに、申し訳なさを感じる。ナージャの問いに対しては沈黙を返し、不意打ちという行動をすることで、警告を促したのではないかと推測する。
源水もまた、軍という巨大な組織に組み込まれた駒に過ぎない。その行動は彼なりの善意なのだろうと捉える。
そんな危惧を抱いているにも関わらず、ナージャの行動は変わらない。長い髪を服の中に入れてヘルメットを被り、そしてアクセルバーを捻って走り出す。
だが駐車場から道路へ出ようとした時、黒いライダースーツの男が跨る銀色のオートバイが、横合いから出て進路を塞いだ。
「あらら? いつぞやの《魔法使い》さんと《使い魔》さんですよね?」
市ヶ谷と《真神》の出現に、ナージャは蹴り収めたスタンドを再度立て、ヘルメットのシールドを上げる。
「日本の《魔法使い》さんが、今作戦のアドバイザーになってるとは聞いてましたけど、あなただったんですね」
昨夜源水と合流し、まだ二四時間も経過していない。だからナージャは、市ヶ谷に会っていなかった。
だから彼らをアドバイザーと呼ぶのが相応しい立場にないことも知らなかった。
もっとも、その訂正はなかったが。
『本気で支援部の連中と戦り合う気か?』
ボイスチェンジャーで複雑に変換された男の声は、別のことを問うた。
まるで彼女の心中を察しているかのような問いを。
「どこまで知って、どういう意味でおっしゃってるのか知りませんけど、今更ですよ」
対してナージャは、ヘルメットの中で薄く笑う。
『『首輪』がなくても、同じことをするのか?』
「おやや。それもご存知でしたか」
『で、どうなんだ?』
「さぁ、どうなんでしょう? 『もしも』の話に意味なんてないでしょう?」
人を食っているようにも聞こえる、朗らかないつもの彼女で答えると、市ヶ谷は少し苛立ったらしい。
『お前はなにをしたいんだ?』
「ごく普通の学生ライフを送りたいだけですけど、状況と立場がそれを許してくれませんしね。ま、仕方ないですよね」
理由はわからないが、市ヶ谷はナージャを心配しているらしい。
【仕方ないから《バーゲスト》の一部を破壊したのですか……】
《真神》のAIカームも問う。慇懃な印象を受ける男性の声は、押し殺した怒りと戸惑いを漏らしていた。
【…………】
《バーゲスト》からの返事はない。当然だった。
そういう段取りなのだから。
『ナージャ・クニッペル。お前にはひとつ借りがある』
市ヶ谷が言う『借り』とは、以前支援部と彼が戦った時のことだと思い至る。巨大な氷と一緒に大阪湾に沈みかけたところに、手を貸した経緯がある。
手を貸していなくても、彼一人でなんとかしてたと考えているため、ナージャは『貸し』だと思っていないが。
『だから一度だけ、お前の望みを叶えてやる』
「お話、それだけです?」
彼と話すのは、好ましくない。あまり話すとボロが出る。
そう判断し、疑問形だが更なる問いは受け付けないと冷淡に、ナージャはスタンドを蹴り収め。
「では、失礼します」
改めて、赤黒彩色のオートバイで走り始めた。
△▼△▼△▼△▼
だからナージャは知らない。
「ちょっと調べてみるか……」
【なにをなさる気ですか、主】
「連中、隠れ家の引き払いでゴタついてるみたいだし、その隙に情報を調べられないかと思ってな】
【主の独断行動は、日本政府の見解として認知され、対ロシア外交の危険を生む可能性があります。そうなると始末書は確実ですし、それで済むかは不明です】
「わかった、カーム」
【ご理解頂けたようでなによりです】
「お前の言う通りにならないよう、バレないように上手くやる」
【……私の言葉は、全くご理解頂けていないようでなによりです】
黒いライダーと銀のオートバイが、そんな言葉を交わし、走り去ったことも。
△▼△▼△▼△▼
他にも盗聴している者がいたことも、知らない。
「そーゆーこと……あの子たち、ずいぶん大胆なことしてるのね」
レザーのパーカーにデニムパンツ、ミニスカートに見えるヒップバッグを装着している。待乗りルックの女性ライダーが、フルフェイスヘルメットの奥で唸り。
「事情はわからないでもないけど、かなり無茶で残酷な方法でもあるわね……」
前もって得ている情報と合わせて改めて吟味し、懸念をこぼす。
「ミスしたら元も子もないだろうし――」
そして建物の陰に隠していた、大型オートバイに歩み寄る。
彼女の身長は女性としては平均的で、体格も際立っていない。だから跨る大型車は、取り回しできるのかと、傍目には不安に思ってしまう。。
「ちょっとだけ、お姉ちゃんが手伝ってあげるとしますか」
『オヤジ』『ゴツイ』『うるさい』などというイメージが付きまとう、アメリカを代表する大型オートバイ、ハーレーダビッドソンFLSTFファットボーイを悠々と操り、走り去った。




