040_1221 影は黄昏に剣舞すⅢ~トイ・ソルジャー~
近ごろの魔法使いは、日本の消火器メーカーを応援しています。
準備が必要になるため、十路と樹里は、つばめの許可を得た上で持ち出したマスターキーを手に、人気なく静かな学院内を歩く。
今は一一号館――主に特別教室が入った棟を物色し、戦いに使えるものを探していた。
「先輩……また一人で戦おうとしてますね?」
その最中、不満そうに眉根を寄せて、不安そうに眉尻を下げて、樹里が顔を見上げてくる。
「今までの戦闘もかなり危機的状況だったけど、今回はレベルが違うだろ……」
十路は苦々しく言い返すが、大概な気持ちと若干の怯みが入り混じっていた。訓練時の指導教官や、敵として戦った者のことを考えれば、怒鳴られて竦み上がることはない。しかし樹里の怒りはチクチクと後を引き、場合によっては泣きそうな顔で小言を言われるので、扱いに困り地味に効くのだ。
「だからって、先輩一人が戦わなきゃいけない理由にならないですよね? 全員で逃げるって選択肢もあるんですから」
「だから、俺が逃げるのは難しいってわかってるだろ?」
「で・す・か・ら! 全員で戦うのに不都合があるんですか!?」
「だからなぁ、不都合とか以前の問題で……」
根本的な部分で話が食い違っている。
死んでも不思議ない、むしろ死んで当然の戦闘に、十路は他の部員たちを巻き込みたくない。
樹里は、無謀な考えで行動しようとしている十路を心配して、行動を共にしようとしている。南十星も同じような動機であろうし、コゼットは心配しているかはさておき、退く様子は見せない。
《魔法》を封じられた状態で、特殊部隊を迎撃する。そんな方法しかないと十路が言っても、彼女たちは折れない。樹里に至っては、日頃気にして見せない尖った犬歯を、剥き出しにしてまで言い返してくる。
「あのな? 特殊部隊の連中も同じ条件だけど、《魔法》が使えないだけでなく、俺たちはかなり不利なんだぞ?」
平行線を辿るのはわかっているが、それでも十路が苦言を呈する。
「空間制御コンテナも使えなくなる」
簡易的な《魔法使いの杖》である空間制御コンテナの頑丈さは伊達ではない。盾代わりにも使えるほど、物理的にも電磁気学的にも強固で、格納した物を安全に保管している。
しかし強電磁環境下で一度開けたら、《魔法》で作られた圧縮空間の制御が狂うだろう。
空間制御コンテナは内部から破壊されるため、十路が得意とする武器交換戦術は使えない。
「それに無線も使えなくなる」
市街戦はただでさえ展開が速く、その場その場の臨機応変な対応が求められる。
なのに《神秘の雪》により、無線が使えなくなる。仲間と連携ができないだけならまだしも、同士討ちの可能性も充分に生まれる。
「戦闘訓練受けてる奴だって、こんな状況でろくに戦えると思えないぞ? なのに素人の木次たちが戦おうなんて考えない方がいい」
不利な条件は同様に働くが、特殊部隊とは基礎戦闘能力が違う。少々荒事に慣れている程度では、覆すことができると思えない。
それならいっそ、味方の被害や同士討ちなどを気にせず済むように、一人で戦った方がいい。
そんな考えを披露したら、樹里はなにを考えたか正面に回って足を止め、十路の頬を両手で挟んで、下げさせて。
「でっ!?」
視界に星が散る勢いで、頭突きをぶつけてきた。本気ではなさそうなのに、彼女はなかなかの石頭だった。
『また無茶しようとするのは、ナージャ先輩がいるからですか?』
批難する間もなく、頭に響くような声が届く。盗聴を警戒してだろう。異能を使って骨伝導スピーカーの原理で、額を接触させて骨の振動で声を伝えてきた。
「まぁな……」
《魔法使いの杖》なしで口を出さずに声を伝える離れ業は、十路には真似できないため、言葉少なく小声で返す。
『《魔法》を封じられた状態で、ナージャ先輩まで参戦するかわからないんじゃ?』
「いや、ない」
時空間制御という無敵の能力を持っていても、《魔法》を封じられれば、通常戦力と変わりない。だが《使い魔》という貴重な装備を持ち出したのだから、遊ばせておくはずはない。
「だから俺が、アイツの相手をしなきゃいけない」
ナージャは襲撃に参戦する。なにがあっても。
十路はそう確信していた。
(こんな無謀な作戦を立てた、俺の責任だ)
そして、盗聴されている前提で、声を張り上げる。
「こうなれば、アイツが『役立たず』なんて呼ばれてた情報も、どこまでアテになるかわからない。暗所恐怖症だってそうだし、世間に広まってるのは虚偽情報かもしれない」
『だからって、一人でなんて無茶すぎますよ……』
樹里が瞼を伏せ、響く声の語尾を消す。実際に喉で声を出しているわけではなく、考えたことをデータ化して《魔法》で出力しているはずだが、彼女の感情を如実に表している。
『まさか楽勝だなんて言いませんよね?』
「まさか」
『なのに一人で戦う気なんですか?』
「そうだ」
『でも……』
「じゃぁ訊くが、木次は戦えるのか?」
彼女は《魔法使いの杖》なしで《魔法》を使える異能を持つ、生きた電子機器なのだ。だから強電磁環境下でどうなるかを問うた。
具体的な言葉は出さないが、それでも樹里は理解してくれた。
『自分の体に作用する《魔法》は、前もって実行して維持しておけば、ある程度は使えると思えますけど……』
まず自然にはありえない環境下に入った経験などないだろう。樹里は自信ない口調で推測する。十路もおおよそ同じ推測をしていたため、別段言葉は付け加えない。
常人以上の能力は、きっと彼女は発揮できない。運動能力は優れ、戦い方を多少知っているとしても、戦力に数えるのは不安要素がありすぎる。
しかも、戦闘能力は南十星やコゼットにも同じことは言えるが、樹里だけは更に別の心配がある。
彼女の異能が正体不明な以上、『暴走』する可能性が否定できない。
(木次がキレたら止められる自信ないぞ? 目の色が変わって興奮しだしたら、正直手がつけられねぇ……)
感情を顔に出さないよう気をつけて、樹里の顔を眺める。額を触れ合わせているのだから、ミルクの薄い匂いのする息が顔をくすぐる。十路のため息も、彼女の顔にまともにかかった。
(睫毛、長いんだな……)
男っぽいなどと感じたことは一度もないが、やはり樹里も女の子なのだと、状況にそぐわない、のん気な考えがふと過ぎる。
見た目どこにかにいそうな、普通の女子高生だ。彼女のような少女は、夏休みを満喫し、もしかしたらバイトに明け暮れているかもしれない。
だから守らなければならないという、ある意味女卑な義務感は持ってはいないが、進んで戦って欲しくないという希望が十路の中にある。
「この話はもう終わりにするぞ」
だから打ち切る。
『勝手に終わらせないで――』
「あまりしつこいと、キスして口を塞ぐぞ」
「ふぇ!?」
そもそも樹里は口を開かずにしゃべっているのだが、彼女は慌ててのけぞって離れた。
本当にこの話をこのまま強引に終わらせたら、樹里を本気で怒らせる可能性を否定できないので、十路は気は進まないが多少は折れておく。
「ともかく、木次たちが戦うのは、最終手段にしてくれ」
「最終って、どうやって判断する気ですか?」
「その前に《馬》はどうなってる?」
「つばめ先生が持って帰るってことですけど」
「じゃあ、相手がそれを見た反応次第だ」
樹里は隠語を使った会話に小さく頷く。彼女の追及も一応は止まったので、十路は簡単に行動の説明をしておく。
「とりあえず時間のあるうちに、防具を用意しておく」
「どのクラスですか?」
「非火薬式の銃だってあるし、特殊部隊なら弓やボウガンの訓練をしてる場合がある。だから本格的なのを準備した方がいい」
防弾繊維を編んだだけの装備では、先端の尖ったものを突き入れられると貫通することがある。強い弓から放たれる矢を防ぐには、金属やセラミックが必要となる。
「俺は防弾装備を持ってる。なとせの制服も補強すれば大丈夫だろうけど……問題は木次と部長のだ」
「あ、や。私は大丈夫ですけど」
空いた右手をヒラヒラ振り、樹里が無用と伝えてくる。
「動きが鈍くなりますし、つばめ先生から拡張装備を持って帰るって連絡が」
「は?」
「や。また新装備が作られたらしいですけど、《魔法》なしでも防具として使えるらしくて」
「どんなのか知らないが、また珍しいな……」
樹里の《魔法使いの杖》は、基礎中枢部の長杖に拡張装備を接続交換することで、臨機応変な機能を発揮する特殊仕様だ。
西洋長巻。古式手砲。技術上の都合か別の思惑か、これまで見てきた拡張装備は、接続した状態では中世期の長柄武器を模していた。
しかし長柄の防具など、想像できない。
もっとも中世の武器とはかけ離れた形状でも、使えるなら問題はないので、十路は気にしないことにする。
「なにか防具つけた方がいいと思うけどな……本当に部長のだけでいいのか?」
「や。私のはいいです。それより野依崎さんは?」
「小学生まで戦わせる気はないし、そもそも当人に戦う気ないだろ? アイツの部屋は核シェルターにも使える二号館地下にあるから、事が終わるまで放り込んどくのが一番安全だろ」
学校にも置いてあるような身近な防具といえば、スポーツ用のプロテクターだろう。野球・各種格闘技・フェンシング・自転車・モータースポーツ、修交館学院内にはそのような部活動はある。
しかし十路が扉を開いたのは、全く無関係な調理実習室だった。
「部長に重い装備は無理だろうから、《魔法使いの杖》の部品で部分鎧を作る」
冷蔵庫や棚を物色し、アルミホイルやサラダ油のボトル、ケーキ用のパウダーシュガーを、ありったけ取り出しながら十路は説明を続ける。
「部長がどのくらい保守部品を持ってるか知らないけど、予備バッテリーはそれなりにあるはずから、部分鎧くらいは作れるだろ」
「や、確かにそれなら機関砲の直撃も防げるでしょうけど、着弾衝撃までは無理ですね?」
「だから、これだ」
最後に探し当てたものを、樹里に見せる。
十路が差し出したのは、細長いビニールパックに詰まった片栗粉だった。
「片栗粉を使えば大丈夫だろう。量が足りなそうだから、帰りがけに理事長に用意してもらおう」
「片栗粉……」
「コーンスターチでも代用可」
「や、私が言いたいのは言い方です……」
菓子や料理を作るのではないのだから、原料がジャガイモだろうとトウモロコシだろうと関係ない。大事なのは非ニュートン流体が作れること。
科学知識を必須とする《魔法使い》ならば、その説明をせずとも理解し合っていた。
「あと、最低でもエマージェンシーブランケットが欲しい。非常用品探ればあるだろう」
「最低でもというのは?」
「贅沢を言えば、断熱素材を使ったスペースブランケット。もっと上を言えばアルミ蒸着した耐火服。もっと上を言えば動きを阻害しない宇宙服」
「や、無理ですよ……」
「だから、サバイバル用品で我慢するしかない……それより問題は武器だな」
廊下に設置された消火器を拾い上げ、空間制御コンテナを提げる樹里に手渡して、十路は建物の外へ出る。
「またヤマトプロテックに頼るのは決定事項として……」
「ヤマト?」
「日本の防災機器メーカーなのに知らないのか? 消火器は国内シェア一位だぞ」
「一般常識みたいに言われても知らないです!?」
「困ったことに改造しやすい加圧式消火器は、生産中止になったんだ。あと五年もすれば、世の消火器は蓄圧式に入れ替わる」
「だから知らないですよ!?」
業界関係者に大変失礼な樹里の言葉は聞き流し、十路は足を動かす。
ふと見上げると、雲の切れ間に飛行船らしきものが見えた。かなり高い空を浮いているのか、UFOにも見えなくもない。他にもラジコン飛行機と思えるものも飛んでいた。
のどかと思える、静かな風景。
十数時間以内には生死をかけた戦いが始まるとは、とても思えない光景の下、彼が向かう先は敷地の隅、ゴミ集積場だった。
「さすがに消火器だけじゃ火力不足だ。プロパンガスでもあれば代用できるんだが、神戸は都市ガスなんだよな……」
可燃・不燃ゴミと一緒に置かれている、ビニール袋に詰め込まれてた空き缶やペットボトルを眺めてから、十路は奥に小屋の鍵を開ける。
「理科室とか実験室にある材料じゃ足りないだろうし、化合物を分離して作るか、理事長に用意してもらうか……それとも燃料庫の燃料を使うか、空気成分だけでなんとかするか」
ポリタンクには実験に使った薬液や廃油、空になって蓋を取り外したドラム缶に金属くず、棚には老朽化したバッテリーなど、家庭ゴミとして処理できない物が入っていた。
十路がなにを探しているか、樹里も理解したのだろう。
「まさか爆薬まで作る気ですか?」
「公安警察から監視されてるし、突っ込まれるような真似したくないんだがな……無許可製造数量ギリまで欲しい」
「や、それ以前に、《神秘の雪》で暴発するって、先ほどお話ししたばかりですよね?」
「対策なら、手はないこともない」
樹里の眉が寄る。対応策が想像できないのだろう。
「結局いつもの工作ですか……」
ただし訊かなくても、いずれ嫌でもわかる。だから樹里は問わないのだろうし、十路も直接は答えない。
「あぁ。今回の良い子は真似してはいけないオモチャは、大規模になるな」




