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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と軍事学事情/ナージャ編
168/640

040_1211 影は黄昏に剣舞すⅡ~カンバセーション…盗聴…~


 修交館学院は、神戸市街地から外れた北部山中に建っている。

 山の(ふもと)は住宅地だが、学校に至るまでの坂道は一本で、その周囲に建物はない。

 幼等部から大学部まで(よう)する敷地は、山の斜面を段々に削り、数々の役目を備えた建物群が立ち並んでいる。


 だから今回の部活動(さくせん)に行う戦場として、十路(とおじ)は最良と判断したのだろう。

 一般市民を巻き込む心配がない。障害物が多く戦闘車両が侵入しづらい。建物が多少の砲爆撃では破壊されないシェルターとなる。遮蔽(しゃへい)物に身を隠した待ち伏せが容易になる。事前の計画立案が困難になり、実戦では臨機応変した流動的な対応を迫られる。

 総合生活支援部の危険性を民間人から隠蔽(いんぺい)し、特殊部隊(スペツナズ)を迎撃するためには、防御側が有利になる市街戦を行える場所が必須となる。


「我らにとっても、都合のよい場所を選んでくれたものだ」


 山の中腹に立つ校舎群を遠くから眺め、源水(オルグ)は薄い笑みをこぼす。


 大火力は持てないながらも、歩兵はいかなる地形・任務・状況に、柔軟に対応できる。特殊部隊はその特性を活かし、人質救出や対テロ作戦などを行える精鋭を編制している。

 つまり市街戦は、オルグ・リガチョフ率いる特殊部隊(スペツナズ)の得意分野でもある。一般市民を巻き込む心配がないのは、彼の部隊と作戦の秘匿(ひとく)性においても好都合だ。


【《魔法使い(ヴォルジェーブニク)》たち、逃げないんだ?】

「まぁ、十路くんが言ってた通り、それが最善でしょうからね」


 少年の声(ルスラン)が漏らす意外そうな(つぶや)きに、ジャケットとデニムライディングパンツという、街中で見られても不審のないライダースタイルの女性が答える。オートバイに(またが)ったまま、ナージャ・クニッペルが応じた。


【本気で言ってるの? 日本って警察官(ミリツィアーニェル)自衛隊員(ソルダット)以外、銃を持てないんだよね?】

「前にもお手製の武器で戦ってましたから、今回も似たような事するんじゃないですかね?」

【本気で……?】

「はい。彼、《魔法使い(ソーサラー)》相手に《魔法》を使わず戦って、勝ったこともありますよ」

【…………?】


 きっと想像できずに理解していないだろう、少年(ルスラン)の声が途切れると、少女の声(アナスタシア)が疑問を呈する。


【それにしても、よく目標にバレずに盗聴できるようにしたものね】


 幼さを残す素直そうな声でも、含められた懐疑的な感情は明確にわかる。


「わたしの携帯電話を充電器に刺したまま、隠しておいただけですけどね」


 それにナージャは、いつもの朗らかな調子で答える。日常生活で聞けばなんということのない、ホンワカした性格を印象付ける、春の日差しのような声だ。

 だが非日常の時間に聞けば、緊張感のなさを覚える声音だろう。非日常の存在である少女の声に、刺々しさが上乗せされる。


【マンションの盗聴も?】

「個人個人の携帯電話に盗聴器を仕掛けるのは無理なので、超小型基地局(フェトムセル)をちょこっといじりました」

【じゃぁ、『それ』はどうしたのかしら?】


 きっと視線を向けているのだろう少女(アナスタシア)の声に、源水(オルグ)もナージャが(またが)るものに目を向ける

 赤と黒で彩られた大型オートバイ、総合生活支援部で運用されている《使い魔(ファミリア)》――《バーゲスト》は、当初プランにはなかった存在だった。


「そもそもそちらで《付与術士(エンチャンター)》を用意してもらえないから、仕方なく鹵獲(ろかく)してきたんじゃないですか」


 経緯とナージャの弁を聞けば、確かに納得がいく。彼女の《魔法使いの杖(アビスツール)》の制御権が、総合生活支援部の面々に握られているなら、それを解除する手段を持つ《使い魔(ファミリア)》を奪取してくるのも、まぁ納得できる。《神秘の雪(ミスティック・スノー)》を使う本番になれば意味はないが、それまでに彼女が《魔法》を使う場面もあるかもしれないため、少なからずプラス要素として働く。


【コミュニケーションソフトの一部を破壊したけど、正常には動く、ねぇ?】

「信じられません? 対外情報局(SVR)謹製コンピュータウィルスですよ? ロシアの科学力は世界イチ~ですよ?」

【そんなウィルスを対外情報局(SVR)で開発してたなんて、知らないんだけど?】

「なんでしたら問い合わせてください。組織の機密に関わりますし、ちゃんと答えてくれるかまでは、責任持てませんけど」

【それ以前の問題よ。なんだか対外情報局(SVR)で火災事故が起こって、確認どころじゃないみたいよ】

「あらら? そんなことが起こってたんですか?」


 とはいえ、敵方の装備だった《使い魔(ファミリア)》だ。外から調べられる範囲では異常はないが、もう少し詳しく調べたいのが、源水(オルグ)の本音でもある。

 不審は拭えない。それは少女(アナスタシア)が、苛立った語気で説明する。


【あのね? 《使い魔(ファミリア)》のシステムって、そんなチャチじゃないのよ? プロセッサー自体が普通のパソコンと違うから、機能使用者の登録情報は、製造時から根幹部分に入力されてるシステム・アーキテクチャ。しかも《バーゲスト(それ)》はわたしたちと同程度のAIを積んでる。作られた存在だけど自我を持ってる、電子情報としての生物なのよ?】

「あー、すみません。コンピュータ詳しくないので、簡潔にお願いします」

【自我がないのに動くなんて、まるでゾンビじゃない……】


 ホラー映画で描かれる、吸血鬼のような特徴を併せ持つ怪物ではない。ブードゥー教の伝説として残る、自発的意思のない生きる屍としてのゾンビだ。

 魂を奪われた、永遠の奴隷。そんな状態に、機械でありながら人間味溢れる少女(アナスタシア)は恐れを出す。


「いやー、わたしも理解してないですけどね? 入手したデータを対外情報局(SVR)作戦技術局職員が分析して色々やってるうちにできちゃった、奇跡の一品だとか。他の《使い魔(ファミリア)》への流用はまず無理ってシロモロらしいですよ」


 しかしナージャはあっけらかんと、あまつさえ笑い飛ばす。


【そんな決定的なものが開発されたんだとしたら、どうして軍参謀本部情報総局(わたしたち)がなんの情報も掴んでないのよ?】

「え? それ言っちゃっていいんですか? たとえば無能だとか言っちゃったら、ちょっと問題になっちゃうんじゃ?」

【思いっきり言ってるじゃない!】


 少女二人が言い争っているが、《使い魔(ファミリア)》無力の実現性はさておき、それに危険性に問題がなくとも、《バーゲスト》を調べることで、新たに支援部の情報が手に入るかもしれない。

 だから少女(アナスタシア)は提案を刺々(とげとげ)しく行なう。


【とにかく《バーゲスト(それ)》、調べさせてよ? 使い物にならないだけならまだしも、邪魔になるなら(たま)ったものじゃないわ】

「ヤですよ。結構気に入ってるのに、アナに任せたら壊されてしまいそうですし」


 ナージャはにべもない。もっとも彼女を嫌っている少女(アナスタシア)が相手ならば、無理もないかとも思う。

 彼女たちの馬は、初顔合わせの時から合わない。嫌悪は少女(アナスタシア)の一方的なものだが、険に対してナージャは人を食ったような言い返すので、改善の予感は全くない。


【そもそもなんで昨日、目標を全滅させなかったの? 楽勝だったでしょう?】

「あらら? 対外情報局(SVR)の命令では、わたしの任務は監視ですよ? 今回軍参謀本部情報総局(GRU)に転任するついでに片付けてもよかったですけど、アナたちの仕事を取っちゃうことなりません? 後からケチつけられるのはヤですよ~」

【そんな理由付けても、『お友達』と勝負する気なかっただけじゃないの? だってあなた、『役立たず(ビスパニレズニィ)』じゃない」

「へぇ~。じゃぁどうして、その『役立たず(ビスパニレズニィ)』を今作戦に組み込んだんですか? いえそれ以前に、あなたたちが日本入りしてから、どうしてわたしが現地エージェントとして、組織の枠を超えて協力してたんでしょうか?」

【あぁ言えばこう言う……お父さん。わたし、この人嫌い】


 話し相手をこの場を律する人間に買え、甘えるように助けを求める。


「嫌われちゃったものですね。別にアナに好かれようと思ってませんから、いいですけど」


 なのに挑発するように、しつこく食らいつく。


【сука……(このビッチ)】


 すると憎々しげに声が歪む。


「мусор.(機械風情が)」


 応じて片頬を歪めて鼻で笑う。


【そこまでにしなさい】

「やめぬか、二人とも」


 女性(ポリーナ)源水(オルグ)が二人の『娘』を止めると、言い争いは一応終わった。SUVからは鼻白む息が漏れ、ナージャは軽く肩をすくめる、険悪極まりない空気だが。


【お姉ちゃん。なんで『役立たず(ビスパニレズニィ)』のお姉ちゃん、そんなに嫌ってるの?】

【本当に『役立たず』だからよ】


 少年(ルスラン)の言葉に、少女(アナスタシア)が明確に刺々しい声で答えるが、それは真相ではない気がしてならない。


【アナは(うらや)ましいのね】

【そうじゃないわよ! 見ててイライラするのよ!】


 女性(ポリーナ)が指摘する通り、言葉にすれば、羨望と、それから来る嫉妬ではないかと思える。

 しかし彼女たちは人間ではない。源水(オルグ)(たわむ)れと呼んでもいい、思いつきから生まれてしまった存在だ。

 機械と考えるには、あまりにも人間的過ぎる。人と同等に見るには、いささか難がある。そんな彼女たちと接する時、その意識差は出さないように気をつけているつもりだが、少女(アナスタシア)は人造の思考回路で敏感に悟っている。

 源水(オルグ)の家族は、存在しない。

 そしてナージャは愛弟子であり、娘のような意識もある。

 しかし明確に出すことは、『娘』である少女(アナスタシア)にとっても、『娘』の代用にしてしまうナージャにとっても不実であろうから、甘さは出さないようにとは心がけている。


「そういえばそもそも、師匠(ペダゴーグ)の作戦命令は、どういう経緯で出されたものなんですか?」


 気にも留めていないとでも言うように、ナージャはSUVたちの会話は無視して、相手を変えて話を続ける。


「なぜ知りたい?」

「どう考えても奇妙な作戦に、『首輪』をつけられて参加させられてるんですから、それくらい教えてもらってもいいんじゃないです?」

「奇妙か?」

「一番奇妙なのは《ズメイ》ですけど――」


 ナージャはSUVに目を向け、車体後部に視線を移す。

 

師匠(ペダゴーグ)や部隊の皆さんの装備も、おかしいですよね」


 そして振り向き、不敵な微笑を見せる。

 源水(オルグ)はその笑顔を不思議に思う。そこはことない違和感を抱いていたが、笑顔を見て強く思う。

 彼女らしくない。それを注視すべきか、喜ぶべきか、それとも哀れむべきか。そこまでは判断できないが。


「今回の、総合生活支援部の壊滅作戦、軍や国のトップから出たものではないですよね? いえ、命令そのものはトップから出てるでしょうけど、少なくとも企業や研究機関が関わってるはずです」


 ナージャは源水(オルグ)が手がけた者の中でも、技術的には一、二を争う優秀さだ。

 問題なのはやはり精神面。忍耐力は問題ないが、他は徹底的に戦う職業には向いていない。

 時空間制御などという《魔法》を使える彼女の特殊性により、最低評価でもトップダウンにより対外情報局(SVR)に所属し続けていたものの、それももう限界だったのは誰もが予想をつく。

 そんなところに源水(オルグ)が、今回の作戦を()り行うことになり、現地潜入しているナージャを作戦を使うことにする。

 対外情報局(SVR)からの彼女の身元引き受けには、さしたる問題はなかったのだが、参謀本部情報総局(GRU)としては少々問題となった。

 だから彼女に『首輪』が着けられた。


 同じ国に存在する情報機関とはいえ、源水(オルグ)が協力する軍参謀本部情報総局(GRU)と、ナージャが所属していた対外情報局(SVR)は、設立経緯も性質も異なる。

 対外情報局(SVR)は旧社会体制時代に存在した諜報機関を再編した組織で、大統領が直轄している。主にロシア近隣国以外、軍事情報以外の諜報を行っている。映画で描かれる派手さを削れば、一般的に思われているスパイ組織に近いだろう。

 軍参謀本部情報総局(GRU)は完全に独立した組織で、国防相に従属し大統領とは直接繋がっていない。そして活動範囲は広く、主に軍事情報の収集を行っている。武力と実行力も併せ持つため、秘密組織的な(おもむき)が強い。

 だからきっとナージャにとっては、対外情報局(SVR)よりも居心地が悪くなるだろう。

 それでも彼女が《魔法使い(ソーサラー)》として生きていくには、最後と呼んでもいい機会だ。

 これで『役立たず』と評価されたなら、どうする事もできない。


「お前はどう考えている?」


 少し試すつもりで問うと、ナージャは不敵な微笑のまま語る。


「実用実験、なんてどうでしょう?」


 それでは正解の半分でしかない。


「ただ、そう捉えるのも妙な気もしますけどね。だって《神秘の雪(ミスティック・スノー)》を使う準備を進めながらも、その前に襲撃するおつもりのようですし」


 ただし彼女が、残り半分の示唆――正解ではない――したことに、心持ち満足する。


「なんだかこう、誰かの駒としてゲームに巻き込まれてるような印象もあるんですよ。一部の人間が世界を牛耳(ぎゅうじ)ってるとか、壮大で眉唾な陰謀論もありますけど、まさか」


 例えば、意気込んで上京する娘に、夢を応援しながらも『いつでも帰って来い』と声をかけるような。

 そんな気持ちなど知る由もなく、彼女は不敵な微笑を浮かべる彼女に、源水(オルグ)は忠告する。


「我らが動く経緯(いきさつ)など、考えぬ方がいい」


 判断の難しいところではある。

 兵士が考えることを止めては、死ぬ。社会の闇は、容易に冷たい場所に引きずり込む。

 しかし全てを疑い、全てを知ろうとすると、やはり寿命を縮めてしまう。


「余計なことなど考えず、この作戦を乗り切ることを考えろ。お前には余裕がなかろう」


 そして源水(オルグ)が知る限りの情報から推測するに、今回の背景は相当に危険だ。

 だから、知るべきではない。目の前のことだけを考えるべきだと、長年戦場と社会の闇に生きてきた勘が訴えている。

 今回の作戦を引き受けることになった、彼の旧知の『友人』は、そういう存在だ。


「死兵にされたくないですし、せいぜい腹くくって頑張りますよ」


 伝わったか、ナージャは微笑したまま答え、それ以上は触れない。


「ナジェージダ。ひとつ聞きたい」


 だから源水(オルグ)も話を変える。


「堤十路の剣について、なにか掴んでおるか?」

「剣、ですか?」


 意外な問いだったのか、彼女はキョトンと目を丸くて言葉を繰り返し、怪訝な顔に作り変える。


「自衛隊短剣術で、特注の銃剣(バヨネット)を使ってるのは、師匠(ペタゴーグ)も知っていると思いますけど……?」

「もちろん知っておるが、あやつは変わった剣を使うと耳にしたのだ」

「武道場で見せてた、あのジャグリングのことですか?」


 剣道部員と薙刀部員の決闘の際、十路が見せていたのは、確かに変わった戦術だった。二刀だけでも現実には珍しいのに、投げながら十数本の竹刀を同時に扱うなど、武術と呼ぶより曲芸だ。


「日本政府の協力者にも問うたのだが……」


 市ヶ谷を名乗る者に、そのことを訊いた。

 しかし今は退役して縁がないとはいえ、元陸上自衛隊員だったためか、完全な情報開示はなかった。

 返答は謎めいた言葉だけだった。


「あやつの剣は、『出来損ない』だと」

「……?」


 その意味するところが理解できず、源水(オルグ)は問うたのだが、近づいていたナージャも全く知らないらしい。

 もしも演技でその顔ができるならば、大したものだ


「心当たりは、やっぱりあの武器交換戦術(ジャグリング)くらいですけど……でも、『出来損ない』なんて呼び方とは、イメージが違いますね」

「そうか……」

「作戦に影響がある重大情報ですか?」

「今の段階では、ただの興味だ」


 剣については、源水(オルグ)は一家言持っている。

 そして堤十路は間違いなく強者(つわもの)で、『騎士』ともなれば剣は付き物だ。

 それ故の質問だったので、特にこだわるものではない。頷きひとつ見せて、会話を終える。


 だからナージャもオートバイに跨りながら、別の話題を切り出す。


「あぁ、そうそう。学院を監視してる無人戦闘機(UAV)で、コゼット・ドゥ=シャロンジェの格好を確認してもえませんか?」

「なぜだ?」

「これから買い物に行かないとならないですけど、それによって色々と変わるので」


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