040_1120 触れるに困る腫れ者Ⅷ~魔剣~
激音が響き渡る。
トンファーを構え、体を丸めた南十星は、ジャンパースカートを大きくはためかせて、飛びのき自ら弾き跳ばされた。
「またもご明察です」
一瞬で間合いを詰めて得物を振るったが、南十星は反応した。さすがに防御が精一杯で、反撃できる余裕はなかっただろうが、それでも賞賛に値する。
「わたしのメインウェポンは、《魔法》で作った剣――《黒の剣》って術式です」
機体上部からは、漆黒の板が七〇センチほど伸びている。完全な直線を描き、三センチほど残して並行に延長され、先端部分は鋭角を描いて接合する、定規で描いたような刃が構成されている。手首を返して刃筋を立たせれば、あまりの薄さに見えなくなる。
《魔法使いの杖》本体を柄とした片刃の剣を、ナージャは握っている。
「バッテリーを消費しますから、あまり長く使えないのが欠点ですけど、理論上、最も鋭く、最も硬い剣です」
SFの世界では、単分子武器なるものが登場する。刃物ならば刃先の厚みが、ワイヤーならば直径が、原子一個分しかないために凄まじい切断能力を持つという設定だ。
現在の科学力では、強度の問題で実現はできない。しかし時間を操作し、地面を極薄に固めて取り出したナージャの《魔法》は、実現させている。
そんなものを、しかも超音速で振るわれれば、首を刎ねられても自覚できないかもしれない。
「《魔法使い》としてナージャ姉はさしずめ、《暗殺者》ってとこ?」
「さぁ、どうでしょう? ゲームだとそういう人たちは、防御力が低いのが通例ですけど、《魔法》使用時のわたしは無限状態ですし」
万物に影響する時間を操る彼女の能力は、最強と称して構わないだろう。
しかし南十星は恐れを見せることなく、トンファーを構え直す。
「でもさ、ナージャ姉に勝つ方法、三つくらい思いついたよ?」
時空間制御特化型《魔法使いの杖》は、誰が作ったのかも不明なのだから、真相は知らない。
ただ、ナージャは想像する。こんなデタラメな能力を発揮するために、考えるだけでは操作できず、指で直接操作しなければならない、制限のかかった仕様になっているのではないかと。
ギリシャ神話のアキレウスは、冥府の川に浸からなかった踵が。
叙事詩『ニーベルンゲンの歌』のジークフリートは、竜血を浴びなかった背中が。
不死身の英雄を作らないために、弱点と呼べる綻びを、意図的に作ってあるのではないか。
「ナトセさんが考える方法、成功確率はどのくらいです?」
「三割はあるっしょ」
柄は左片手で持ち、黒い切っ先を下に。ナージャは剣術の基本を無視した無形に構える。
南十星が言ったことはブラフではないだろう。まず間違いなく、弱点を理解している。だから冷笑を浮かべながらも、油断などしない。
「それでもナトセさんはやる気なんですか?」
「やるよ」
「負ける気はしませんけど、ちょっと厄介ですね……通して欲しいだけなんですけど、ナトセさんは簡単に退いてくれそうにないですし」
「行きたきゃ、あたしを斬りなよ?」
日頃の二人を誰かが見れば、南十星とナージャは仲がいいと見るだろう。ただの先輩後輩の枠を超えて、親しげな言葉を投げかけ合う友人だと。
しかし、そういう関係ではない。片や命と身柄を狙われ、戦う宿命を帯びた無所属の《魔法使い》で、片や国家に所属し道具として扱われ、彼女らを監視するために近づいた《魔法使い》なのだから。
「手ぇ抜いてたら、殺すよ?」
こうなる可能性も充分にあった、むしろ戦うことが当然の、敵だったのだから。
エネルギー伝導が活発になり、南十星が纏う《躯砲》の《魔法回路》が輝きを増す。
加速術式《加速》と、防御術式《鎧》の、白と黒の《魔法回路》がナージャの体を覆う。
二人の《魔法使い》が、それぞれの得物を構える。今後は小手調べ程度では済まないと思わせる、濃密な殺意が周囲を満ち猛る。
そして弾ける、その寸前。
「あら?」
ナージャが体を纏う《魔法回路》と、手にした黒い刃が、消滅した。
手にした《魔法使いの杖》の液晶が、黒くなっている。電源ボタンを押すと再び光が灯ったが、術式実行しようとすると『通信エラー』の文字が表示される。
「そこまでですわ」
涼やかだが、険と憂鬱さと緊張が混じった声に、ナージャは振り返る。南十星がもう飛び掛ってこないのはわかっていたから、警戒は残さない。
常夜灯の光が届いていなかった夜闇が蠢いて、人影が現われた。それもひとつだけではなく、戦いの場を取り囲む形で三つも。
《魔法使いの杖》のサイズ――ひいては出力が絡むのか、ナージャの脳内センサーは、有効範囲は狭く精度が高くない。加えて時空間制御時、目視以外の確認を受け付けないということは、彼女自身も情報が入手できない。
だから包囲に気づいていなかった。
「貴女の《魔法使いの杖》は、こちらから強制停止できること、お忘れですの?」
彼女の身長よりやや短い装飾杖を肩にかけ、ワンピース姿のコゼットが、詰まらなさそうに言い放つ。
「ナージャ先輩。大人しく投降してください」
長杖を構えてコネクタのような先端を向ける、学生服姿の樹里が、険しい顔で通告する。
「こうなる予想はしてたが……堂々とやってくれたな」
学生服の腰に装備ベルトを巻き、奇形の銃剣を携えて、十路が怠惰な戦意を見せる。
南十星が対峙する前に連絡していたのだろう。野依崎を除いた総合生活支援部の面々が、勢揃いしていた。
彼らの戦闘能力は、ナージャも観察して知っている。《魔法使いの杖》を停止させられた状態で、勝てるはずはないのも承知している。
「――《バーゲスト》」
だから静かに名を呼ぶ。
支援部員たちが意識の何割かを、離れた場所に停車する大型オートバイに向けた。しかし《バーゲスト》にはなにも変化がない。少なくとも見た目には。
代わりにナージャが持つ《魔法使いの杖》の液晶画面に明かりが灯る。今度はエラーメッセージも吐き出さず、通常の操作が可能になっているので、即座に術式を実行する。
「ごはっ!?」
「うぐっ!?」
「きゃっ!」
包囲を崩すのは、一秒あれば充分だった。異なる悲鳴が次々と上がり、金属音が響き渡る。跳ね上げられた樹里の長杖と、コゼットの装飾杖が、離れた場所に落下し、足を払って転倒させる。南十星だけはトンファーを失わせるのが難しいため、蹴りを放って吹き飛ばす。
「く……!」
十路だけは反応した。銃剣と《魔法》の黒刃が絡まり、鍔迫り合いをしながら、彼は忌々しそうに吐き捨てる。
「《バーゲスト》を連れて行こうとしたのは、再起動のためか……!」
ナージャの《魔法使いの杖》の遠隔停止は、部員ならば誰でも行えるようにしてある。しかし再起動コマンドが与えられてるのは、コゼットと十路――ひいては《バーゲスト》だけだ。
「えぇ。これからの事に、どうしても必要でしたから」
「イクセスをどうした……! アイツは最初からナージャのことを信用してなかったのに……!」
「ちょっと弄って、素直になっていただきました」
「システムを部分破壊しやがったのか……!」
会話が一段落したところで、ナージャの側から絡んでいた刃を外し、再度切り結ぶ。
「っ――!?」
連続して振るわれる剣撃の速さに、十路は付いていけなかった。激音と火花が散らし、フェンシングのように突き出された刺突を変化させて、彼の手から銃剣を弾き飛ばす。
「今日は忙しいので、ここまででお暇させてもらいますね」
喉元に突きつけた切っ先を、ナージャは下げる。
ここで戦い、勝つことが、本意ではない。だから彼女は踵を返す。支援部員たちが背後から攻撃してくるなど、全く警戒していないといった風情に。
事実、誰もがナージャの自由を許した。これで入念な準備でなしでは勝てないと思い知った風に。
「あと、そういう事情なので、《使い魔》とヘルメットはお借りしていきます」
ヘルメットを被る前に、精一杯の邪悪な笑みを浮かべ、最後通牒として言い放つ。
「これからわたしは、皆さんの敵になります」
そしてスタンドを蹴り上げ、アクセルバーを捻り、偽装の排気音と共に、修交館学院を走り去った。




