040_0700 嬉し恥ずかし逮捕軟禁Ⅰ~手をつなぐ子ら~
翌日の朝。
学生服姿の堤十路と、冬場の体操服であるジャージを着たナージャ・クニッペルは、共に暗鬱な表情で、並んで学院への坂道を歩いていた。
「なんでこうなった……?」
普段の怠惰さとは違う空気を放ちつつ、誰ともなしに十路が問うと。
「つばめ先生の考えは、よくわかりません……」
後ろを歩く木次樹里が、首とミディアムボブを小さく振って答え。
「ふぁぁ……いつまで続けるんかねぇ……?」
『手で隠せ』と言いたくなる大欠伸をしながら、十路たちの前を歩く堤南十星も、ワンサイドアップを揺らし振り返って応じる。
「十路くん……なんだか微妙に注目されてません?」
いつもはリボンでまとめた尻尾が小さく跳ねる、ナージャの長い白金髪は、揺れ方が心なし元気なさそうに見える。
「追い抜く連中が二度見して行くな……俺も他人事だったらそうしてる」
同じ坂道を登る学生服集団の中で、彼らはウンザリした顔を作る。
学院敷地内に入り、夏休みの今ならばそのまま部室に行くところだが、今日は違う。短い挨拶を交わして、中等部の南十星は外で、一年生の樹里とは四号館――高等部校舎二階の階段で別れ、十路とナージャは三年生B組の教室に入る。
「はよー……」
「どーぶらぇ・うーとらぁー……」
既にやって来ていたクラスメイトたちに、二人はやる気ない挨拶をする。ナージャが発したのはロシア語のはずだが、その声にネイティブな雰囲気は欠片もない。
「席どうする……?」
「わたしが十路くんのところに行きます……」
簡単に相談し、ナージャは自分の席から椅子を引きずって運び、十路と共に同じ机の前に着く。
「「はぁ……」」
そして同時に、天板にため息をついた。
「……お前ら」
高遠和真が近づいてきた。彼は普段、ナージャと登校することが多いのだが、今日は彼女が十路と共にいるため、一人で先に登校したらしい。
和真が訊きたいのは、ナージャが学生服ではなく、ジャージを着ている理由ではないだろう。
彼は十路の右手と、ナージャの左手を見ている。もっと正確に言うと、二人の腕を繋ぐ物体を見ている。
「なんで手錠かけてんだ?」
十路とナージャは、声をそろえて答えた。
「「理事長のせい」」
「あぁ、納得」
和真の認識では、学院理事長長久手つばめは、そういう人物らしい。その一言以上の説明は不要だった。
ただし、彼女が冗談で手錠をかけたなど、真相とはかけ離れたことを想像しているだろう。
「外せないのか?」
「まぁ、外せないな……」
和真の問いに、十路が答える。外すこと自体は不可能ではないが、ナージャを自由にさせておくのは問題となるため。
「壊せないのか?」
「壊せません……」
和真の問いに、ナージャが答える。壊すこと自体は簡単だが、それをすると事態がややこしくなるため。
仮に十路とナージャがどうにもできなくても、彼らの周りには《魔法使い》が他にもいる。《魔法》を使ってもどうにもならない手錠なのかと、疑問を覚えた節があるが、和真が続けた問いは別のものだった。
「ってことは、当分このまま? いつまで?」
「わかりません……」
ナージャは小さくため息をつく。現状では無期限でこの状態を続けなければ不明なため、相当に憂鬱そうだった。
「というか、そもそもこの状態、いつから?」
「昨日から……」
十路は小さくため息をつく。昨日――日付が変わっていたため正確には今日になるが、この手錠を填められた経緯を思い出し、憂鬱に。
しかし和真には、彼らの心情など伝わっていない。
「じゃ、その間なにか!? ずーっとナージャとお手て繋いで状態!? トイレも着替えもあまつさえ風呂も!? ちょっとなにそれ!? なにその羨ましい状況!?」
なんだか勝手に盛り上がり始めたので、十路とナージャは立ち上がり。
「「うるさい!!」」
「がはっ――!?」
二人同時に貫手を和真の喉元に突き込んだ。ナージャに言い寄り地獄突きで迎撃されるのは、彼の常ではあるが、今は手錠という名の絆で結ばれたツープラトン地獄突きで、普段より多めにのた打ち回ることになる。
「俺たちはこれで困ってんだよ!」
「苦労も知らずにはしゃぐんじゃありませんっ!」
十路はかなり本気で怒り、ナージャは涙目になっていた。
敵になりうる《魔法使い》として捕獲したナージャが、なぜ十路と共に学校に登校しているのか。
そして、なぜ手錠で繋がれているのか。
彼らがこんな状況になっている経緯を説明するには、進めた時間を巻き戻し、昨夜に戻す必要がある。
△▼△▼△▼△▼
ナージャの正体を確かめるため、そして『幽霊』と通称していた謎の《魔法使い》を捕獲するという作戦を終えた総合生活支援部の面々は、トンネル復旧などの後始末をし、拘束したナージャを連れて、学院に戻ると。
「お疲れー」
深夜にも関わらず、明かりのついた部室には、責任者であるつばめが、紺色のレディーススーツ姿で出迎えた。
「あれ? 野依崎さん?」
「…………」
ジャージ姿の小学生、野依崎雫(仮名)も、眠そうな仏頂面で一緒に帰りを待っていた様子のため、樹里は意外そうな声を上げた。
「昼間に出かけたんじゃ?」
「用事が終わったらトンボ帰りであります……」
「ふぇ? もう? というか、なんの用事で?」
「あとで説明するでありますよ……」
普段の野依崎ならば、その説明も『面倒であります』と言ってしない気がするが、彼女がそう言うならばと誰も突っ込まない。
「こうなるように仕向けたんだけど、まんまと策に引っ掛かってくれちゃって」
オートバイで運ばれ、ワイヤーで縛られたまま地面に転がされたナージャに、つばめはすっとぼけるように言った。
「メールにも罠だってヒント書いてたのに、気づかなかったかぁ」
「あれで気づけって無理だっつーの……」
「え……?」
意外であろうつばめの言葉と、呆れたようなコゼットの言葉に、ナージャが目を丸くした。
「ナイヨー知らされるまで、マジでじゅりちゃんに秘密があると思ってたし」
「私が世界の存亡に関わるとか、本当にありえるって思ってたんだ……」
南十星の評価に、樹里が落胆したような返事を返した。
そんな問答を不思議な顔で聞いていたナージャは、目でつばめに答えを求めた。
「わたしが発信したメールに、SFの設定みたいな内容が書いてあったでしょ?」
ミガホア細胞。タブル適合化措置。附野式生体演算機理論実証体。
ナージャを深夜の学院におびき寄せるため、つばめがわざと誤送信したメールには、辞書を引いても出てこないであろう固有名詞が盛り込まれていた。
「ツケノ・タブル・ミガホア。はい、逆から読んでみ?」
「……そういうことですか……!」
頭の中で復唱し、並び替えたのだろう。ナージャが遠い目になって数秒後、愕然とうな垂れた。
そんな彼女につばめは、楽しそうに追い討ちをかけた。
「アホが見るぅ~、ブタのケツぅ~」
なにも知らずにつばめの策略に嵌る悔しさは、何度か経験した十路にもよく理解できた。ナージャを弁護する気持ちも、代弁するつもりもなかったが、平たい声で十路がトゲを差した。
「そんなフレーズ聞いたことないんですけど?」
「え? 知らない?」
「ジェネレーションギャップですか?」
「ぐはっ……! 年齢差を感じるイヤな言葉を……!」
つばめが仮想の矢が突き刺さった胸を押さえるのに構わない。部員たちは基本、この顧問を信用しているが信頼はしていないので、二九歳の繊細な心は冷淡に無視をする。
「それで、理事長。どうしてこんな不審人物が入学してますの?」
だから場を仕切り直すように、最も基本的で大事なことをコゼットが問うた。
「当然っちゃー当然かもしれねーですけど、彼女の所持品は、《魔法使いの杖》らしき電子機器と、あとは飴玉だけで、身分証明になるものはナシ。それで、わたくしたちが知ってるナージャ・クニッペルって名乗ってる人物は、《魔法使い》ではなく普通の人間として来日して、ここに入学してますわよね?」
復活したつばめは、タヌキめいた童顔に微笑を浮かべたまま答えた。部員たちが信憑性を感じるはずのない態度で。
「支援部の性質を考えれば、スパイが民間人を装って入学してるのは、充分に考えられたことでしょ?」
間違いではない。つばめの言う通り、国家の管理から外れた人間兵器集団の動向を探るには、学校関係者となって近づくのが最も手っ取り早い。
それでも疑問はあるため、コゼットは更に問う。
「確かこの方の入学は、一年前でしてわよね? ですけど部の設立は、今年の春ですわよ?」
「わたしも設立に向けて色々動いてたし、その辺りの動向を把握して、部の設立前に人員を派遣して、現地潜入させてても不思議ないと思うけど?」
それも理解できる。《魔法使い》が関わるともなれば、どこの国や組織も無視はできないだろう。しかも民間の、超法規的準軍事組織ともなれば、軍事力を抱える国は、どこも警戒するに決まっている。そして事が本格的に動いて侵入者を警戒するより前に潜入できれば、ガードも自然と緩くなるため、動きやすくなるだろう。
だが十路は、呆れと嫌悪で顔を歪めた。
「理事長。知ってて放置してましたね?」
「うん。知ってた」
つばめの笑みが変わった。一見無邪気に見えるが、その実、心中には邪悪な思惑がある、悪魔めいた策略家の笑みだ。
超法規的準軍事的組織の責任者などやっていれば、そういう部分は必要だろう。しかし部員たちまでも、なにも知らないまま彼女の策略に巻き込まれるため、この人物を信じることができないのだと、十路はため息をついた。
そんな彼の反応など気にせず、つばめは勿体つけるような言い方で説明した。
「ロシア対外情報局作戦課所属《魔法使い》非合法諜報員、本名クニッペル・ナジェージダ・プラトーノヴナ。暗号名『役立たず』――このコも君たちと同じだからね」
「ハ?」
「へ?」
「ふぇ?」
コゼット・南十星・樹里の怪訝な声が重なった。怪訝に思うのは、偽名を使っていなかったという事実だけではないだろう。
「?」
『部員たちと同じ』という言葉に対してだろう、ナージャもキョトンとした顔を作った。
「…………いや、まぁ、当然、か?」
十路は驚かない。困惑するように首筋を触りながらも納得した。『役立たず』と噂されていた《魔法使い》の実在すら、数日前まで信じていなかった。しかし噂を照らし合わせれば、そうなって当然だと。
そして感情の変化を見せない野依崎に、確認を取った。
「その様子だと、お前も知ってるみたいだな?」
「というより、その確認のために昼からロシアに行って、さっき戻って来たところであります」
「まさか対外情報局にハッキングしたのかよ……」
「物理的に隔絶されているサーバーを覗く必要があったので、手っ取り早く探るには、現地に潜入するのが一番早かったのであります」
「どうやって潜入したのか、色々突っ込みどころ満載だが……そもそも対外情報局の本部って、モスクワだったろ? 日帰りできる距離か?」
「そこは問うなであります」
本名すら知らない謎少女への疑惑が更に深まる問答だが、それはさておき。
会話内容を理解できるはずないだろう。通じ合ってる十路と野依崎に、コゼットがおずおずと問うた。
「あの……なんだかお二人とも、また通じ合ってますけど、どーゆーことですの?」
「最凶なんて言われてる『役立たず』の噂はですね……」
十路は小さくため息をついて、事が動く前に樹里にしかけた説明をした。
「激強《魔法使い》であると同時に、素人以下の非合法諜報員なんですよ……」
野依崎もタブレット端末を手に、説明を補足した。
「サーバーを確認したら、この諜報活動員がいかに組織のお荷物であったか、証拠がどんどん出てきたであります」
「「……………」」
コゼット・樹里・南十星は、どう捉えていいのか迷った風の視線を、膝を突くナージャに向けた。
「驚異の任務失敗率九九%。それでもなぜか組織に居座る、奇跡の三流諜報活動員」
「一パーは成功したんだ」
野依崎の言葉に、むしろ南十星はそこに感心した。
「尾行時にものすごく目立つため、追跡目標に幾度となくまかれて任務失敗」
「……変装とか、しなかったんですか?」
ナージャの目立つ白金髪を見ながら、質問とも言えぬ口調で樹里が言った。
「通気ダクト内を潜入行動中、つかえて身動きできなくなり、警察に通報されて任務失敗」
【そういうマヌケなドロボウの話が、たまに新聞の三面記事に乗りますね】
カメラ視線はきっと冷たいであろう、イクセスが評した。
「暗殺任務は目標まで接近したものの、心が萎えて決心できずにウロウロしてるうちに事態悪化、そして任務失敗」
「いやぁ、さすがナージャちゃん。見込んだとおり」
なにが見込み通りなのか不明だが、つばめは微笑してウンウン頷いた。
「書いた始末書は計一四七六枚。破損物品については損害賠償請求をしようか、上の方では悩んでいたようであります」
「始末書で許されてるのは、上司の器が大きいのかしら? それとも単なるバカなんですの?」
コゼットは対外情報局の組織体制を心配した。割とどうでもよくて大きなお世話的だが。
「なので暗号名が『役立たず』、敵ではなく、身内に災いをもたらす『最凶』なのであります」
野依崎の話が締めくくられ、改めて女性陣全員の視線がナージャに集中した。
「う……」
なんとも表現しがたい感情の浮かんだ、しかし温度のない視線に、ナージャは居心地悪そうに身じろぎした。
「ただまぁ、組織としては厄介者以外なにものでもないだろうけど、噂を聞くに『愛すべき』って感じがしなくもないがな」
唯一否定しない十路は、首筋から短髪頭に手を動かしながら、付け加えた。
「激強って評価されてる噂は、かなり洒落にならない状況で人助けしてる話なんだ。予告のあった爆破テロを、外した爆弾を抱えて逃げて未然に防いだり。紛争地帯の難民キャンプ付近で起こった戦闘を、難民にも兵士にも犠牲者を出さず、たった一人で終息させたり」
だから樹里は、不思議そうな顔で質問した。
「なのに『役立たず』なんて評価なんですか?」
「その時は人助けが任務じゃなくて、しかも別の任務を放り出して、らしい」
「…………」
続く言葉はなかった。いかに樹里の性根が優しく、人道的には正しくとも、ナージャが『役立たず』と呼ばれることへの異論など出せるはずない。
「そんでナージャちゃん。ここからが本題で、さっき部員たちと同じって言った理由だけど」
部員たちに『役立たず』への相互理解が生まれ、話がひと段落したことで、つばめは伝える。
「キミ、とうとう対外情報局をクビになったよ」
「……………………え?」
あまりにも何気なく、にこやかな笑顔で伝えられたため、なにを言われたか理解できないとばかりに、ナージャが固まった。
「約八時間前、対外情報局のサーバーから、クニッペル・ナジェージダ・プラトーノヴィナに関する全データが削除されたのを確認したであります」
「……………………え?」
事務的に淡々と野依崎から聞かされても、なにを言われたか理解できないとばかりに、ナージャが固まった。
「…………はは、あはは」
そして乾いた笑いをこぼした。彼女もこうなる予想は薄々していたのだろう。しかしそれが現実になり、やはりショックだったのだろう。
「なぜここに派遣されたのか疑問で、今ここで捕まってるのも当然の、ヘッポコスパイでありますから、まぁ、当然と言えば当然であります」
「あははー……そうですよー……ヘッポコですよー……」
「こんなのに国民の血税を使って、諜報活動員として雇い続けるのも、アホくさいであります」
「あははー……税金は大切に使わないといけませんよねー……」
「最初からそのつもりだったのでありましょう、ずっと懸案事項だったことを、今回いい機会に、切り捨てたと推測するであります」
「あははー……いつかこんな日が来るとは思ってましたけどねー……」
「むしろ遅過ぎであります」
「…………」
野依崎の情け容赦ない言葉の連射に、ぐぅの音も出ないといった具合に、ナージャが黙りこんだ。もう乾いた笑いすら出てこない。
「お前はもう少し口の利き方を覚えろ……」
野依崎にこれ以上、ストレートな毒舌を発揮させたら、再起不能になると予感し、十路が止めるほど哀れな姿だった。
「んで、りじちょー。どうすんの?」
「今回大事にならなかったとは言え、キミたちの命を脅かしかねない勢力だよ?」
彼女はむしろ空気を読む性質だから、わざとだろう。重くなった空気を気にせず、必要なことを南十星が問うと、つばめは真面目な顔に作り変えた。
「そんな勢力の一員を捕まえた。いわばこのコは敵の捕虜。なら、扱いはおのずと決まってくるでしょ?」
そして拳を握り締め、つばめはなぜか熱く叫んだ。深夜の六甲山系に結構迷惑な大声で。
「剥いて縛って吊るしてブチこむ!」
直後、装飾杖の柄がつばめの頭に振り下ろされ、ゴンッというなかなか痛そうな音が発生した。
「いだぁーっ!? コゼットちゃんが殴った!?」
全力ではないにしろ金属で殴られ、涙目になったつばめが頭を押さえて、コゼットに食ってかかった。
「捕虜にエロいことって定番でしょう!?」
「今マジな話してますのよ……? ボケは結構ですわ……」
そんなやり取りは無視して、十路が再度、確認のための質問した。この顧問にまともに付き合っていると話が長くなるので。
「それで、理事長? まさかナージャも支援部にスカウトする気ですか?」
「うん。そーゆーこと。無所属の《魔法使い》になったんだから、条件ピッタリでしょ?」
「「…………」」
顧問の言葉に、部員たちはとっさには答えなかった。特に樹里とコゼットには、困惑がありありと浮かんでいた。完全な敵とは言えぬまでも、つい先ほどまで敵対勢力に所属した者を、身内として迎え入れようなどと言われれば、当然の反応だろう。
南十星はなにも言わない。困惑も示さず、ただ無表情で腕を組んで結論を待っていた。
充電ケーブルを伸ばすイクセスも同様に、なにも言わずに反応を窺っていた。
部長としての責任感を発揮したコゼットは、金髪頭をガリガリかきながら、こういった非常時の相談には一番適切な人物へ、意見を求めた。
「堤さんは、どう思いますの?」
「賛成するのは考えますけど、反対はできませんね……」
自嘲の笑みを浮かべて、十路は答えた。
「俺も国家所属の《魔法使い》でしたから、部長や木次の敵になってたかもしれないんですよ。明確な敵対行動をせずに入部してますけど、要はタイミングの問題であって、実のところナージャと大差ないんですよね」
「自分も同じ意見であります」
きっと十路と同じく元軍関係者であろうが、そういった言葉を使わずに、野依崎も端的に同意する。
「あ、ちなみに、こうなった場合の《魔法使い》って、悲惨なんだよねー。なんせ社会の裏事情いろいろ知っちゃてるしー。映画みたいに『消される』なんて、本気で起こっちゃうんだよねー」
「ダークな話を明るく言うなっつーの……」
つばめの言葉にナージャが怯えたように体を震わせ、コゼットはため息を吐いた。彼女たちは既に命や身柄を狙われる立場である。不審人物が相手であっても、顔見知りが同じ立場になったのならば、冷淡に見ないふりもできない心情が、ありありと浮かんでいた。
消極的な賛成が二票、あとは全て無回答。
部員たちの意見を総合し、コゼットは仕方なさそうに結論を出した。
「経過観察して、判断するしかねーですかしら……警察とか外務省筋とか、普通の手段じゃどーしょーもねーでしょーし……」
「となると、どこかに監禁するか……でも、いい場所あります?」
方針が決定したことで、新たに考えなければならないこともある。十路がそれを口にしたら、つばめが口を開いた。
「いい方法があるけど……それにはナージャちゃんの拘束、いったん解かないとならないけど」
部員たちの間に、新たな緊張が走った。武装解除させている上に、ナージャの拘束を解いてもこれ以上の抵抗はしない気もしたが、万が一ということもある。
十路が目配せすると、樹里が長杖を、南十星がトンファーを構えた。
部員たちの警戒を確認してから、コゼットは装飾杖を構え、《魔法》でナージャを拘束するワイヤーを切断した。
「……………」
ナージャは小さく息をつき、立ち上がった。縛られていた部分をさすっているが、非難がましい意味はないだろう。
部員たちが警戒する中、つばめは無造作に近づいて、下ろされていたナージャの左腕を上げさせる。
「はい、トージくん。手を出して」
そして十路の右腕も引っ張った。
すると冷たい感触と共にカシャンという軽い金属音が響いた。
いつから手にしていたのか、手品のように現われた手錠が、二人の腕を繋いでいた。
「監視はトージくんにお願いするよ」
「……は?」
微笑して言うつばめに、意味がわからないと、十路が軽く顔をしかめた。
「どこかに閉じ込めるより、この方が確実だし、脱走くわだてたとしても、これなら簡単には逃げられないでしょ」
「……はい?」
微笑して言うつばめに、意味がわからないと、ナージャがキョトンとした。
「そんなわけで、トージくんはナージャちゃんとしばらく一緒に生活して、経過観察してちょーだい」
「「…………」」
他の部員たちと備品も、事態を理解していない静寂の中、十路とナージャは顔を見合わせ、二人の腕を繋ぐ手錠を呆然と眺めて。
「ちょっと待ってくださいよぉ!? 十路くんは男のコで、わたしは女ですよ!? これじゃ――」
先にナージャが再起動して、文句をつけようとした。
もっとも、文句は全て言い終えることはできなかったが。
「なに勘違いしてるの? 文句言える立場だと思ってるの?」
つばめの態度と表情が一転した。
この場にいる者たちが知っている長久手つばめという人物は、油断ならない策略家の顔を持つが、基本的には朗らかで裏表がないと思える人物だ。
「《治癒術士》のジュリちゃんなら、《魔法》で生きたまま頭をいじれるだろうし、手錠がイヤなら反抗できないようにしようか? ぶっ壊れても知ったことじゃないね」
それが見下すような目を向け、冷淡に残酷な言葉を吐くのを初めて目にして、ナージャだけでなく誰もがとっさに反応できなかった。
「つばめ先生!!」
最初に声を上げたのは、樹里だった。隠すことなく非難を声に乗せて荒げる。
「冗談じょーだん。頼んでもジュリちゃんがやるとは思ってないし」
「できませんし、できても絶対にやりませんよ!」
つばめはヒラヒラと手を振って、前言を撤回した。
確かにナージャは文句を言える立場ではないかもしれない。捕虜でも人道が尊ばれる時代に、このやり方が正しいとは言えないだろうが、そもそも《魔法使い》相手に人道など説くのが間違いだろう。
そして樹里も、廃人にする作業を押し付けられたくないだろうし、彼女の気性から賛成するはずない。それはつばめも承知していただろう。
ただ、きっと誰もが思っただろう。
あの時つばめは、本気で残酷な手段を実行するつもりで言葉を吐いたと。
「……そもそも理事長。俺の意思は?」
遅れて十路が呆れたように問うと、つばめはニヤついた笑顔を浮かべた。
「えー、明日登校日だよー? 学生はサボっちゃいけないよー? だからクラスメイトのトージくんなのにー」
「アンタ、俺たちが困るのわかりきってて、面白がってるだろ……」
「でもさ、危険かもしれないそのコを、他のコたちに任せられる?」
「ホント卑怯ですね……」
夏休み期間中の登校日。
そんなものがこの学校にあったのを思い出し、更につばめの言い分に反論できないことに、十路は苛立ちを誤魔化すために、空いた左手で短髪頭をかきむしった。
「それに、他にもこの方法で様子見たい理由があるんだ」
つばめが顔を微笑にして付け加えると、コゼットが問うた。
「なんですの?」
「ここで言ったら意味がないから、しばらくは秘密」
それ以上の説明はなく締めくくられ、部活は終了。部員たちはそれぞれ帰途に着き、十路とナージャはひとまず一緒に一夜を明かした。




