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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と軍事学事情/ナージャ編
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040_0500 捕獲作戦Ⅰ~条理ある疑いの彼方に~


 翌日のまだ早い朝の時間、総合生活支援部の部室で、緊急の部会が開かれた。顧問である長久手(ながくて)つばめは、仕事の都合で来れないという連絡があったが、部員たちは珍しく五人全員が集まった。

 《使い魔(ファミリア)》に盗聴の察知を命じて、オンボロなソファセットに向かい合わせになって四人、席が足りないのでOAデスクに一人座り、十路は昨夜の出来事を語った。

 ロシア対外情報局(SVR)特殊部隊(スペツナズ)、そういった具体的な言葉を使ってはいるが、まだ断定ではないという形でナージャの話を終えると。


「えーと……以前の戦闘(ぶかつ)に介入してきた『幽霊』がクニッペルさんで、スパイかもしれないっつー話は、ひとまず理解できましたわよ?」


 こめかみの辺りをかきながら、今日はシンプルに黒いTシャツとジーンズのコゼットが問う。女子大生ならばもう少し着飾っていても不思議ない、夏らしい安上がりのラフな格好だ。なのに金髪碧眼(へきがん)白皙(はくせき)で美貌を持つ彼女が着ると、絵になるくらいにカジュアルに決まっている。同性が見れば敵意を抱くほどに。


「特殊部隊かもしれない連中が襲ってきたって、ロシア軍まで関係してるっつーことですの?」

「なんでロシア軍が出てくるんですか?」

「ハ?」


 十路が真顔で疑問を返すと、コゼットだけでなくソファに座る樹里と南十星も、頭の上に疑問符を浮かべた。

 彼女たちがなにを理解していないのかが、十路には理解できなかったが。


「スペツナズとは、ロシア語による『特殊任務部隊』の略であります」


 離れたOAデスクから、やる気が感じられないアルトボイスで補足説明が入った。

 そこにはパソコンを操作する、小学五年生であることを加味しても幼い少女が座っている。いつも偽ブランドのジャージを着て、赤茶けたボサボサ髪が額縁眼鏡(がくぶちめがね)越しの視界を侵食している、身なりに全く気を(つか)っていない野良猫のような半幽霊部員。学校では野依崎雫(のいざきしずく)と名乗っているが、他にもアギー・ローネイン、和泉(いずみ)クリスティーナという偽名を使用して、しかもなぜか一部の者からは理由不明に『フォー』と呼ばれている、正体不明の謎少女でもある。

 彼女は自室がある二号館(サーバーセンター)の地下から、コゼットの部会招集に面倒くさそうな顔で出てきて、ずっと無言でオンライン株取引をしていた。野依崎が部室に来た時の常なので、会話に参加しなくても誰も気にしていなかったが、急に口を挟んできたことに全員が注目する。


「例えばアメリカ陸軍特殊部隊の有名どころでは、第一特殊作戦部隊D分遣(ぶんけん)隊はデルタフォース、特殊作戦コマンド隷下(れいか)部隊はグリーンベレーなど、通称で呼ばれるであります。しかしスペツナズはそれらとは違い、軍の特定部隊を示す言葉ではないのであります。陸海空それぞれの軍にも、内務省や麻薬監査機関、そして対外情報局にもある、秘匿(ひとく)性と危険性の高い作戦行動を行う選抜チームの総称でありますよ」

「あぁ……そういえば日本でも、特殊部隊って自衛隊だけじゃなくて、警察にもありますわよね」


 見た目まるきり子供だが、野依崎も支援部員であり、超最先端科学技術の使い手《魔法使い(ソーサラー)》なのだから、大人顔負けの知識と技術を持っている。ディスプレイから視線を外さないまま披露された説明に、コゼットは驚きもせずに納得して頷く。軍事に詳しくない者がよくやる勘違いがあったのだと、十路も遅れて理解した。


「ロシア軍の関与なぁ……普通に考えれば対外情報局(SVR)だけだと思うんだが……」


 あらゆる可能性を考慮した上に、想定外のことにも即座に対応しないとならない。そういう考え方が染み付いている十路は、現状では否定的ではあるものの否定はしない。

 諜報機関と軍事組織、その生い立ちも得意分野もなにもかも違うが、全く違うわけではない。小規模であれば諜報機関も武力を使うことがあるし、軍事組織も独自の情報収集能力を持っている。そういった組織は独立性が高く、縄張り意識も強く、同国とはいえ他の組織と協調して動くとは考えにくい。

 もしも二つ以上の国家機関がひとつの目的に動くとすれば、国政の最高権力が指示している可能性が高い。

 とはいえ、その想定を進めてみても、やはり違和感は拭えない。強大な力を持っているため危惧するのは当然だろうが、指折り数えられる人数しかいない民間組織相手に、かつて世界を東西に分けた超大国の大統領が、国家戦略として対処するかと考えると、首を傾げたくなる。

 十路は慎重に考え、早急な結論を出すことはなく、ただ論点のみを提示する。


「そもそもナージャが非合法諜報員(イリーガル)って話自体、確証はない。今のところ、俺が勝手に怪しんでるだけだ」

「ナージャ姉が怪しいだなんて、今さらっしょ?」


 兄の疑惑に南十星が、当たり前のような顔をして肯定する。


「組み手してて、ぜってー一般人(パンピー)じゃないって思うもん。エタイの知れないミョーな(さば)き方するし、構えないのにいつの間にか攻撃してくるし。どんな格闘技なのかわかんないけど、とにかく本人が言ってる『通信空手初段』はウソだって」

「システマってのがある。ロシアの合気道なんて呼ばれてるけど、個々の技じゃなくて体の使い方を徹底的に鍛える、スポーツ格闘技とは性質が違う武術なんだ。しかも軍隊格闘術として発達したから、殺傷能力も高い」

「ナージャ姉が使うのは、それかもね」


 十路の解説に、妹が納得顔で頷くと、隣でコゼットが呆れ顔を作る。


「貴女、クニッペルさんとかなり仲よさげですわよね? なのにそんな風に疑ってましたの?」


 確かに南十星とナージャは馬が合うのか、仲がいい。中学二年生と高校三年生、年齢だけでなく普段使う校舎も使うため、普通の友人と比較すれば距離はあるが、かなり気軽な友達付き合いをしているように思える。

 それに南十星は、真顔で説明する。


「怪しい相手でも、仲良くして悪いとは思ってないし、なんかあればそん時ってだけじゃん」


 普通、親しい人間を疑うことを良しとはしない。敵を予感させる相手ならば、距離を置く。

 そんな標準に当てはまらず、割り切りがいいのが、南十星の長所であり短所でもある。

 異次元の思考回路を持つ部員に複雑そうな目を向けて、彼女もひとまず割り切ったのだろう。こめかみの辺りを指先でかいて、コゼットは振り向いて問う。


「フォーさんでしたら、クニッペルさんの経歴、調べてんじゃねーです?」

「本格的に調べるのをどうしようか、迷っている程度でありますが」


 一見無防備に身を(さら)している他の部員たちとは一線を画し、野依崎は用心深い生活を送っている。また彼女はコンピュータ・システムに詳しく、ハッキングなどの違法行為も行える技術を持つため、当然といえば当然の行動だった。


「自分の知る限り、少なくとも嘘は言っていないようでありますが……とは言っても、当人が直接口にした情報は、意外と多くないように思うでありますから、判断しずらいところであります」


 パソコンを操作し、校内ネットワークのどこかに格納していたデータを転送したらしい。野依崎は座ったまま手を伸ばして、備品のタブレット端末をコゼットに差し出した。

 それを受け取り、問題と思われるデータを、四人で顔を寄せて覗き込む。

 液晶には話題の人物の写真が載った、入学時に提出された各種書類、ロシア製のパスポート、学生証の写しが表示されていた。そこにカタカナで記載された名前が、見慣れないものだったからだろう。南十星が不思議そうに口に出す。


「クニッペル・ナジェージダ・プラトーノヴナ?」


 それはクラスメイトである十路が説明した。以前当人から聞いたことがあるし、海外派遣された時、そういった知識は得ている。


「クラス名簿にはその名前で載ってるんだ。ロシアに限らず中央アジア圏の名前は特殊で、正式には苗字・名前に続いて、父称っていうミドルネームみたいなものがある。だけど普通に自己紹介する時には、名前と苗字って、省略するだけでなく順番も変えることが多い。あと、『ナージャ』は愛称だってのはわかるよな?」

「偽名じゃないわけ?」

「この名前そのものが偽名の可能性もあるんだが……」


 南十星に曖昧(あいまい)に答えつつ、十路が画面をスワイプすると、別の書類が表示された。全てロシア語で書かれているため、読めそうな人材へと話を振る。


「部長、読めます?」

「ロシア語はほとんど勉強してねーですから、多分ですけど……出生届じゃないかと思いますわね」


 七ヶ国語を操る語学堪能(たんのう)なコゼットでも、独特の文字を使うロシア語は門外らしい。それでも書かれた生年月日と思える数字と、学校書類に書かれたサインとを見比べて、そう判断した。ちなみに集めた野依崎ならば、当然正体を知っているだろうが、聞いても面倒くさがって答えないと判断したのだろう。そして間違いならば、いくら野依崎でも口を挟むだろうから、正解なのだろう。


【本籍地は、学校書類に記載されている住所と同じですね】


 充電ケーブルを引きずり、車体を真横にしたまま近づいてきたイクセスが口を挟む。彼女ならばネットと接続して照らし合わせて、すぐさま翻訳できるだろう。

 四人と一台でタブレット端末を覗き込み、画面を更にスワイプすると、一〇年以上前の日付が入った写真が表示された。諸外国でそういった習慣があるのか不明だが、卒業アルバムに載せるような、学校行事を撮影したものらしい。

 その中にはまだ幼い、特徴的な白金髪(プラチナブロンド)紫瞳(バイオレットアイ)の少女が写っている。

 ただし写真の少女が、過去の彼女かは判断できない。少女は()せこけ、疲れたような眼差しをしていて、子供らしい無邪気さや快活さは感じられない。今はグラマラスで(ほが)らかな彼女も、一〇年前は違う印象であっても不思議ないが、同一人物とは思えない。髪と瞳の色がもっと一般的であれば、別人と判断するくらいに雰囲気が違う。


「昔の写真だけじゃ、アイツの正体がわからないな……」


 自信のなさで首を振った十路は、野依崎に問う。


「ロシアの教育制度って何年制だ?」

「日本と比べてちょっと特殊であります。義務教育は満六歳からの九年間でありますが、一〇年ないし一一年という場合もあるであります」

「学生証の発行日から、ナージャが修交館学院(ウチ)に入学したのが去年……一一年間ロシアの学校に通っていたとすれば、ひとまず辻褄(つじつま)は合うか」

(ノゥ)。記録はそこに入れてるでありますが、八年前に親元を離れ、単身サンクトペテルブルグに転居したことになってるであります」

「そこでの経歴は?」

「昨年来日するまで、ネット上から閲覧できる記録は見つからなかったであります」

「やっぱり判断できないな……」


 クニッペル・ナジェージダ・プラトーノヴナという人物の実在は証明されたが、それが十路たちと毎日のように顔を合わせる人物とは限らない。髪と瞳の色はかなり珍しいが、ヘアカラーとコンタクトレンズで誤魔化して、成りすますことも充分に可能だろう。

 そして八年前――当人の申告通りならば彼女は一〇歳だ。《魔法使い(ソーサラー)》の一般的な経歴を考えれば、専門的な教育を(ほどこ)されるため、特殊育成機関で生活していても不思議はない歳でもある。更に。


「サンクトペテルブルグ……近くに《塔》と、超心理学研究所がありますわね」


 コゼットが口元に手を当てて(つぶや)く言葉が引っかかる。

 第二次世界大戦時、旧ロシア軍は超能力を真剣に研究した。レーダーでは捉えられない敵を、透視とテレパシーで捉える技術を確立しようとしたのは、オカルトじみた話として語り継がれている。

 その中心施設があったのが、ロシア北西部にあるレニングラード――現在はサンクトぺテルブルグと呼ばれている、国内第二の都市だった。

 三〇年前、そんな歴史が関係あるのか、全世界に二〇本出現した《魔法》の発生源である《塔》の一本が、ロシアの広大な土地にも出現した。更にその近くにある――近いとはいっても、国際連合による協定で一〇〇キロ以上の空白地帯があるが――サンクトペテルブルグには、やはり《魔法》の研究機関が設立されている。

 そんな場所に八年前、彼女が移り住んだとすれば、やはり《魔法使い(ソーサラー)》である関連を感じずにはいられない。


 疑い出せば(きり)がない。しかし確証は見出せない。このまま議論しても結論が出ない空気が生まれる。

 だからコゼットが部長らしく話をまとめ始め、議題を持ち込み、尚且(なおか)つこういった事態に詳しい人材に対応策を訊ねる。


「それで、堤さんとしては、どうする気ですの? お得意の奇襲・闇討ち・罠ハメですの?」

「俺が先走ってヤブヘビになったかもしれませんし、ここらでナージャが非合法諜報員(イリーガル)かどうか、ハッキリさせたいですけど……」

「どうやって?」

「一晩考えてみましたけど、その方法が思いつかなくて……」


 いつもの癖で首筋をなでながら、十路は悩みを素直に口に出す。

 すると野依崎が、やはりディスプレイから視線を外さないまま提案する。『面倒であります』が口癖の彼女だが、身の危険が絡む事態には、そんな言葉は使わずに積極的らしい。


「先々は不明でありますが、現状では支援部(こちら)の動向偵察が主任務なのは、間違いないであります。ならば情報をエサにおびき寄せるのが、一番手っ取り早いであります」

「俺もそれは考えたんだが……エサと思う情報を掴んでるかどうか、その辺りが判断できない」

「そんなに難しく考える必要はないと思うであります。情報収集を目的としているならば、自分たちが部活動を行うことを示唆(しさ)しただけで、観察しようとするはずであります」

「俺が疑った昨日の今日で、さすがにアイツも警戒すると思うんだが」

「『ビスパニレズニィ』が実在すると仮定して、更にミス・クニッペルが『ビスパニレズニィ』だと仮定すれば、現状でも食いつく可能性は充分あると推測するであります」

「……試してみる価値はあるか」


 首筋をなでながら考えをまとめ、十路はひとまず野依崎の提言に従う方針で考え始める。

 そんな彼に、コゼットがおずおずと話しかける。


「あの、お二人は通じ合ってますけど……そもそも『ビスパリレズニィ』っつー《魔法使い(ソーサラー)》の噂、知らねーんですけど? しかもクニッペルさんのスパイ疑惑はまだ納得できますけど、なぜ実在が怪しい『最凶の《魔法使い(ソーサラー)》』とやらに結びつくのか、イマイチ理解できねーですわ」


 コゼットが言うと、樹里と南十星も(うなず)く。

 野依崎は幼いながらも軍事経験者だった節がある。言動からの想像で確認はしていないが、十路は間違いないだろうと考えている。

 だから『ビスパリレズニィ』の話を知っていても不思議ないが、軍事に(たずさ)わったことのない他三名は、知らなくて当然と思い立ち、改めて十路は説明しようとしたが。


【トージ】


 不意にイクセスが強い口調で呼びかけて、話を止めさせた。


【まだ弱いですが、昨夜、ナージャが発信していた電波を検知しました】


 その報告に樹里の顔を見る。《魔法使いの杖(アビスツール)》を持たずとも《魔法》を使える彼女ならば、感知しているだろうと。

 彼が目で語る意味を悟ったのだろう。樹里は小さく頷いて肯定した。


「部会してたってフンイキ出さない方がいいっしょ。あたしがテキトーに話合わせて引き止めるから、その間に解散したほーがいくない?」


 立ち上がりながら南十星が言うと、コゼットも同意し、十路に呼びかける。


「わたくしたちは、堤さんからなにも聞いてねーっつーことにした方がよさそうですわね」

「じゃあ、俺はそもそもサボって学校にも来てないってことで、話を合わせておいてください。あと木次も同じように」

「ふぇ? 私もですか?」


 脈絡なく名前を出されて目を丸くする樹里に、十路は指さして平坦に説明する。


「木次は素直すぎる。今の話を聞いてナージャと顔を合わせて、いつも通りの態度でいられるか?」

「や~……自信ないです」


 南十星は転入するまで俳優の仕事を行っていたため、相応の演技力を持っており、『仲のいい相手でも敵なら容赦しない』と割り切ってる。コゼットは感情を素直に出すタイプだが、部員以外の人前では、別人のような二面性を発揮している。

 二人のように、感情を態度に出さない腹芸が、樹里にできるとは思えない。そして本人も否定しない。


「じゃぁ、細かいことは、理事長と相談してからっつーことで。わかってるとは思いますけど、盗聴を考えて、電話やメールでこの件を出すんじゃねーですわよ」


 コゼットの締めくくりで、ひとまず部会は終了した。

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