040_0200 堤十路の受難な一日Ⅲ~超能力学園Z Part2 パンチラ・ウォーズ~
「コ、このとコろ、木次が暴発ひてなはったカら、油断ひてた……」
感電による麻痺でうまく回らない舌で、十路が反省する。
「ごめんなさい……」
そんな彼を背負い、樹里が申し訳なさそうに謝る。さすがに《魔法》の電撃はやり過ぎだったと反省していた。
見た目には変化ないが、樹里は体内で《魔法》を使い、筋肉繊維を強化して普段以上を腕力を発揮し、脱力した十路を運んで武道館を出た。あれで決闘は薙刀部の勝利になってしまったため、剣道部からの突き上げを避けるためでもある。
ちなみに南十星は、まだ練習に付き合うらしく残った。
夏休みで人の目が少ないとはいえ、学校内で女子高生が軽々と男子高校生を運ぶのも、問題あるだろう。そして仕方ないとしても、男のプライドとして軽々と運ばれるのは避けたい。
だから中途半端に背負われて運ばれることになったのだが、すると身長差の関係で、どうしても十路の足を引きずることになる。更に彼女は《魔法使いの杖》を入れた空間圧縮コンテナを提げているため、片手で十路の体を支えるしかなく、ずり落ちる。
「でも、先輩が悪いですからね?」
「悪ィ……胸つかんらのは、ワさとじゃなひんらが……」
「や、それはわかってますけど、問題はその後ですよ……私のこと貧乳って呼ぶの、つばめ先生だけなのに……誤魔化してないのに……本当にCカップなのに……」
唇を尖らせているとわかる声で、樹里が不満をこぼす。腹を立てながらも、十路を放置しない辺りに、彼女の人の良さが表れている。
彼女の首筋から漂う、汗と混じった薄いミルクの匂いをかぎながら、十路は思う。
ほんの少しだけ、樹里との関係が変わった。
無愛想であまり内面を見せない十路とは違い、彼女は素直に感情を顔を出すようでいて、意外と見せない。怒りや不満といった感情は、愛想笑いを浮かべて誤魔化してしまうことが多い。
なのに最近は、素直に出すようになった。他の部員には相変わらずで、十路と、一緒に生活している顧問の長久手つばめの前に限った話だが。
樹里は内弁慶なところがある。かなり親しい相手には強気な部分を見せるが、そうでない相手には見せない。
そしていつの間にか、十路も『内』に入ってしまったらしい。
「それは、おれが悪いけろな……」
とはいえ、具体的になにか変わったというものでもない。その程度の変化だから、彼女に対する感情が大きく変わったわけでもない。
頼りになるかと思えば、やはり彼女の本質は他の部員以上に、普通の学生らしい。
つまり《魔法》を扱う人間兵器としては、実に素人くさい。
「人前で、キレるナ……」
このままでは彼女の『秘密』が、うっかり世間にバレてしまいそうな気がして、十路としては、どうしても心配したくなる。
「や、半分無意識でしたけど、さっきは接触状態の電流発生ですから、他の人にバレてはいないと思うんですけど……」
「そウらと思ひたいが……」
樹里とそんなことを話しつつ、足先でズリズリと地面に線を描いて引きづられていると、足音が近寄ってくる。
「十路くーん、木次さーん」
樹里が足を止めて振り返ったので、一緒に十路も振り返ると、長い白金髪をなびかせるナージャが駆け寄ってきた。気まぐれな彼女は、剣道部員でも薙刀部員でもないため、イベント終了とともに武道館を出てきたのだろう。
「さっきの木次さんの一撃、なんだったんですか? 超必殺技的なエフェクトが見えましたけど?」
「なにかの反射らろ……」
きっとナージャが見たのは、《魔法回路》の光だろう。心配し合っていた矢先に目撃談を出されたので、十路は目を逸らして誤魔化した。
「ところで堤先輩……」
樹里からも話題を変える。タイミングを読んだわけではなく、十路を背負っていた間、ずっと気になっていたのだろう。
「さっきから背中になにか当たって、ちょっと痛いんですけど……」
「あ、悪ィ……ペンら」
このところ用心のために、胸ポケットに入れているボールペンだと気づいたが、脱力した体で背負われたままでは、どうしようもできない。
「二人で肩貸して運びましょう。部室までですよね?」
だからナージャが提案し、運び方が変えられた。
ナージャは女性として背が高い方になる。モデルやスポーツ選手として活躍しているような、男でも見上げる女性と比べれば低いが、並んで立てば大差ない。日本人男子平均で、高くもなければ低くもない身長の十路としては、抜かれてしまう危機感を覚えて、微妙にプライドをくすぐられる。
バニラの香りを漂わせる顔を近づけられることは、彼女の場合はかなりの頻度であるが、それは背後からのしかかられた時で、ただ鬱陶しいだけなので、彼女の顔をじっくり見ることもしない。
だから十路は珍しい気持ちで、彼女の顔を横目で眺める。
多くの人が『美人』と聞いて思い浮かべるだろう顔と、ナージャの顔立ちはかけ離れている。頬や顎のラインにシャープな印象はなく、鼻は特別小さいわけではない。目元は垂れ、口はやや大きめ。決して不細工ではないが、『美人』の標準からは崩れた顔立ちだ。
しかし腰まで伸ばした珍しい白金髪と、これまた珍しく神秘的な紫色の瞳、そしてグラマラスな体形が合わされば、不思議とコケティッシュな魅力となる。
映画好きで俳優経験もある南十星は、彼女のことを『マリリン・モンローみたい』と評した。確かに往年の映画女優も『美人』と呼ばれる顔立ちとは異なるが、『男を虜にした美人』として今なお語り継がれる。
「どうかしました?」
十路の視線に気づき、ナージャが問う。
ボンヤリと顔を眺めただけで、問われても返答に困るが、そもそも十路がなにか言い返す前に、ナージャが勝手に話を進める。
「いや~ん。見惚れちゃいましたか?」
「はいはい……美人に助けていたらいて光栄らな……」
「また十路くんは淡白ですねー。かわいー女の子二人に挟まれて、なにか思うところないんですか?」
「両手に華らな」
麻痺でダ行をラ行に替えた平坦な声で、十路は気のない返事をする。生半可な日本人以上に日本語が堪能なこのロシア人留学生とは、基本的には真面目に話す必要性を感じない話になるので、どうしてもそっけない反応になる。
「あ。そういえば木次さんの胸、揉んじゃってましたよね~?」
「ありゃ事故ら……」
「そんなに女の子の胸を揉みたいんですか~?」
「ナージャの胸も揉んれやろうか……?」
ため息混じりに十路が言った後、一瞬の間が空き。
「――ちょ!? 本気ですか!?」
瞬時にナージャが身を離した。
日頃平気で抱きついてきたりするくせに、こういう話題を出すと、彼女はうろたえる。『だったら最初から挑発するようなこと言うな』と十路は思うのだが、今はそれどころではない。
「うおっ!?」
「わっ!?」
肩を貸していたナージャが急に離れたため、樹里一人ではとっさに支えきれず、体勢を崩した。十路も力の入らない体でバランスを取ろうし、空いた手を宙も泳がせた。なにか掴んだ感覚はあったが、こらえきれずに樹里と一緒に転倒し。
「うぐっ!?」
今は受け身も取れずに、折り重なって倒れ込んだ。樹里を下敷きにしなかったのだけは幸いだった。
「ってぇ……」
「大丈夫です……か?」
樹里はいち早くどき、倒れた十路に手を貸そうとしたのかもしれない。しかし彼女は不自然に言葉を途切れさせ、動きも止めた。
こんなに無様に転倒することなど、物心ついた頃以来なので、樹里が言葉を途切れさせた理由に気にも留めず、十路は憮然と地面に手を突いて起き上がろうとして。
布を手にしているのに気づいた。手触りはウール地のような淡黄色の布地に、細いラインでチェック柄が描かれている。ただの一枚布ではなく、段状に折り目がつけれているのが特徴的だった。樹里が着けている高等部指定のスカートと、非常によく似ていた。というか違うのはサイズだけで、全く同じと言ってもいい。
身を起こす途中の中途半端な姿勢のまま、十路が恐る恐る顔を上げると、まずすぐ目の前に白い棒が二本見えた。
ひとまずその確認は後にして、更に視線を上げていくと、ピンクのカーディガンに包まれた上半身が見える。ほぼ真下から見上げることになるので、膨らんだ部分が際立っているというか、視界を遮るというか、色々思うことはあるがそれはさておき。
「……………」
次いで今のところなにが起こったのか理解してない、キョトンとしたナージャの顔があった。
彼女と目を合わせるのを避けるために、今度は視線を下ろす。
二本の棒は、全く陽に焼けていないため病的なまでに真っ白の、ナージャの脚だった。
その上、胴体に繋がっている部分には、夏休みの開放的な気分で気合が入ってるのか、肌の白さで際立つアダルティな黒の下着が装着されている。
そして左太腿には――
「いやああああぁぁぁぁッ!?」
「を゛!」
再起動した下半身パンツ一丁のナージャに、サッカーボールキックを顔面に叩き込まれ、十路の意識がブラックアウトした。




