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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の旅行
139/640

035_0060 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅶ 蹂躙! 闇金業者ビル学生たちのカチコミ!

 《バーゲスト》に二人乗りし、十路(とおじ)南十星(なとせ)がやって来たのは、隣町に当たるオフィス街の一角だった。


【反応は、この建物からです】

「いまだに気づかれていないのは、助かったと思うべきか、マヌケだと思うべきか……」


 イクセスの報告に、十路は小さく呆れのため息をつく。

 会社が数多く並ぶ町であれば、夜の時間になれば暗くなり、人の気配も少なくなる。しかし目的である中規模のビルは、『生熊(いくま)ファイナンシャルプラン』とかかれたガラスから、煌々(こうこう)とした明かりを漏らしている。

 建築基準法ギリギリと思える、窓の少ない建物を見渡し、不釣合いなほど厳重な入り口を気に留める。


「正面の扉は監視カメラつき。たぶん普段は締め切って、インターホンで相手を確認してから、解錠するようにしてるだろう。窓は強化ガラスだろうし、格子まで付けてある」

「さすがヤーさんのオフィスですなー」

隠密接近(ステルスエントリー)は骨だな。どうしたもんだか……」


 首筋をなでながら、作りからして警戒されている建物への侵入を、特殊部隊式の突入法で考えていたら、南十星がトンファーを提げたベルトを外して、無造作に建物に歩み寄る。


「開けるだけなら多分だいじょーぶ。後は兄貴に任せた」


 なにか確信があるらしいので、とりあえず彼女に任せることにする。

 カメラの監視圏外で一度足を止めて、南十星は大きく息を吸い。


「助けてええええぇぇぇぇッ!!」


 一気に入り口に近づいて、半狂乱で扉とインターホンを乱打した。知っていても演技とは思えない、肌が粟立つ迫力だった。

 助けを求める少女を(よそお)って、中にいる誰かに開けさせるつもりなのだろう。南十星の意図を理解した十路は、空間圧縮コンテナ(アイテムボックス)から自作した武器を取り出して準備する。

 武器とは言っても、見た目にはただの長いパイプにしか見えない。先端にはボールらしきものがはめ込まれ、反対側には板が貼り付いているだけだ。

 ちゃんと使えるかどうか、少し触れて確認し、大丈夫そうだと判断して、《バーゲスト》のシートに載せて安定させて狙いをつける。


「誰かッ! 誰か来てぇッ!!」


 追い払うためなのか、必死の声を上げる少女に同情したのか不明だが、インターホンで南十星と短い応対をしていたらしい誰かが、内側から扉を開いた。

 派手なアロハシャツを着た、髪も首元もネックレスの金色で、いかにも『チンピラ』といった風情の若い男が顔を出した。

 無関係な人間が出てくる警戒もしていたが、見た目からしてあの相手なら構わないだろうと、十路は殴るようにしてパイプ端から板を外した。

 直後、パコォンとジャストミートな音が響いて、出てきた若い男が、鼻血を撒き散らして()()る。


「ゴメンね、おにーさん」


 行動したのは一人だけだったらしい。続けざまの排除は必要なく、南十星は入り口を確保して、十路に振り返る。


「ちなみにそれ、なんなん? そんなデカい豆鉄砲みたいなので、人間フっ飛ばせんだ?」

「ちゃんとした真空ポンプを使って、パイプをもっと長くすれば、音速突破も夢じゃない」

「わぉ。こえー」


 目を丸くする南十星に、十路はなんでもないような声で説明する。

 彼が作ったのは、真空砲と呼ばれる、理科の実験でも作られるものだ。

 原理は単純で、塩化ビニール製のパイプを砲身にして、弾体で先端を塞ぎ、掃除機で内部の空気を抜いて(ふた)をしていただけ。その状態で蓋を一気に外すと、空気がパイプに流入し、大気圧で弾体は高速発射されることになる。

 単純とはいえ、しかも弾がテニスボールといえ、時速三〇〇キロで顔面にぶつけられれば、たまったものではない。


「イクセスは留守番だ」

【フル充電ではないですから、コキ使われなくてほっとしてます】


 オートバイに積載していた黒い追加収納(パニア)ケースを外し、トンファーをベルトごと南十星に投げ渡す。


「ほんじゃ、殴り込み(カチコミ)かけますか」

「《魔法》は使うな。だけど《魔法使いの杖(アビスツール)》と接続だけはしておけ。なとせの動体視力と運動神経なら、それで充分なはずだ」


 もう一度ベルトを腰に巻く南十星に、注意を与えて。


「これより部活を開始する」

「りょーかーい」


 悠々(ゆうゆう)とした足取りで、突入する。



 △▼△▼△▼△▼



 毛足の長い絨毯(じゅうたん)に敷かれた床に置かれているのは、高価な海外製の家具なのに、部屋は中途半端な和風の雰囲気を漂わせている。目立つ神棚、その下に並べられ壁にかけられた提灯、『信用第一』と見事に毛筆で書かれた書が入る額、戦国時代の甲冑が飾られている。

 普通の企業の社長室などとは(おもむ)きが異なる室内は、空気も異様だった。冷房の冷たさと異なる寒々しさと刺々しさが満ちている。

 重厚な机につくのは、でっぷりと太った中年男性だった。ウィンナーを連想する太い指には、大きな宝石のついた指輪が並び、手首には悪趣味なほど光る腕時計が巻かれている。しかも太い葉巻をくわえる口元には、金歯が光る。

 その側には、高価そうなスーツを着崩した、眼光鋭い男たちが控え、離れた壁際には、(すさ)んだ空気を放つ若い男たちが整列していた。

 絵に描いたような『その筋』の者たちだった。

 そんな彼らの前には、サル顔小男――猿渡(さわたり)が、うな垂れていた。


「バカが……若い連中を貸したはいいが、これからアンタどうする気だ?」


 一番の格上だろう。成金趣味な中年男性が、不機嫌そうに口を開く。

 部屋のソファには、縄で縛られガムテープで口をふさがれた少女――沢浦ほのかが転がされている。

 彼女は無理矢理こうして、ここに連れて来られた。だから彼女は目の端に涙を浮かべて、恐怖に怯えていた。

 しかし彼女を誘拐して連れてくることは、当初の予定にはなかった。

 沢浦家の家の権利書を奪う――短絡的な方法のために、人手を揃えたはずだったが、予定とは全く異なる結果になったため、苦しまぎれの成果がほのかの誘拐となってしまった。


 『親分』と呼びたくなる中年男性に問われて、猿渡は部下二人――今は沢浦家の玄関先に縛られて、やって来た警察の世話になっているだろう、鬼瓦(おにがわら)毒島(ぶすじま)に対する時とは違う、神妙な態度で応じる。


「こうなったら……人質を盾にして、あの土地の権利書を持って来させる」

「親は両方とも入院してる。娘はここにいる。残る若造は、殴り倒したとか言わなかったか?」

「あ」

「しかもどうやって持って来させる? 電線切った家に電話する気か?」

「…………」


 どうやら、自分たちが沢浦家に侵入した際に行ったことが原因で、連絡が取れるはずないことに気づいていなかったらしい。


「で、電話はともかく! あの家にはもう二人いる!」

「連中に味方してる、冗談みたいに強いガキ二人のことか? ウチの連中を借りる時、そんなこと言っていたが……」


 『親分』は壁際に並ぶ男たち――猿渡の行動に手を貸し、沢浦家を襲撃した者たちが、どこかしらケガを負っているのを見て、それ以上の言葉を飲み込む。

 実際に自分の目で確かめたわけではないため、信じがたいであろうが、高校生と中学生が大の男たちを撃退したのは、戻ってきた部下を見れば事実だ。ちゃんと事情を汲んで無闇に怒鳴り散らさない辺り、部下に理解ある上司だった。


「連絡ができなくても、人質を盾にすれば……!」


 あの兄妹は単なる旅行客だ。あの民宿に泊まる予定だっただけで、土地の権利書がどこにあるかなど知るはずものないのだが、猿渡は堤兄妹と沢浦兄妹の関係を知らない。用心棒的ポジションに収まっているため、なにか知っている。なんとかなると思ったのだろう。


 だが、思いつきを実行する前に、扉の向こうから荒々しい物音が聞こえた。

 部屋の中にいる者たちが、怪訝に思う間もない。重厚そうな扉が、外側から破られた。同時に侵入者を止めようとしたのだろう男が、成す(すべ)なく打ち倒されて絨毯の中に沈む。

 そうして開けられた扉から部屋に入ってきたのは、学生服姿の若い――若すぎると言ってもいい男女だった。


「邪魔するぞ」


 学生服を着込んでいるなら、まだ少年と呼んでもいいはずだが、飄々(ひょうひょう)とした貫禄(かんろく)があるため呼びにくい。奇妙な倦怠(けんたい)感を発する、黒いケースをぶら()げた青年が、先に足を踏み入れる。


「やっはー。ほのかちゃん、来たぜー」


 続くのは、ジャンパースカートに身を包んだ、見るからに快活そうな愛嬌たっぷりの少女だった。しかし流線形状のトンファーを両手に握り、白い歯を見せた笑みを浮かべる様は、幼い見た目とは裏腹な凶暴性を振りまいている。


「なんだテメェら!」

「修交館学院、総合生活支援部だ」


 普通ならばすくみ上がるだろう。机の側に立っていた男のドス声にも、眉ひとつ動かさずに、十路は平坦な声で返す。


「警察と沢浦(さわうら)(さとる)の依頼により、銃刀法違反、脅迫罪、未成年者略取および誘拐の現行犯により、お前たちを逮捕する」

「お前ら、学生(ガキ)だろう? なに言ってんだ?」

「現行犯逮捕は警察じゃなくても、一般人でも可能なんだよ。だから業務妨害と貸金業規制法違反容疑、他諸々(ほかもろもろ)はみっちり警察に取り調べてもらえ」


 表立っては金融業者の看板を掲げているが、明らかにマトモではない場所に踏み込みながら平然とし、一般人の知識と感性では理解できないことをのたまう。

 部屋の者たちは、堤兄妹が只者ではないことを予感しながらも、反応に迷ったように顔を見合わせた。

 ただ一人だけ反応が異なり、見覚えのある二人に、猿渡が震える声で口を開く。


「どうしてここが……」

「あぁ、そうだ。アンタのポケットに入ってる俺の携帯、返してもらえるか」


 十路は手を差し出す。

 言葉に猿渡がスーツのポケットを探ると、彼には見覚えにない、黒い二つ折りの携帯電話が出てきた。


「最近の携帯電話は、ちょっとした発信機代わりにすぐできる。アンタのポケットに入れたの、すぐにバレるのを覚悟してたけど、案外バレないもんだな」


 それが十路が沢浦家で、ほのかを人質にした猿渡と相対した時、ポケットに滑り込ませた物だった。

 その位置情報は、警察の捜査などでも既に使われているし、《使い魔(ファミリア)》ならば直接掴むこもできる。

 堤兄妹がここに現れたのは、結局のところ猿渡の仕業だった。その事実に気づいても苛立つのではなく、恐怖で携帯電話を取り落とした。


「それにしても、アルマデルなんて《魔法》関連の名前が出てきたから、警戒してたけど……なんのことはない」


 悠々と歩み寄り、携帯電話を拾いながら、十路は言葉を続ける。

 真相は大したものではなかった。

 沢浦家の玄関先に落書きされていたように、闇金融が関わるのは想定していたが、警察をはじめとする社会的権力とは関係なかったことが、長久手(ながくて)つばめとの電話で確認できたため、彼は拍子抜けしていた。


「猿渡大五郎。今回の用地買収で成績作りたかったアンタが、ヤクザと手を組んだだけのことかよ。それだけ旨みあるのかよ?」

「う、うるさい!」


 見知らぬ高校生に名前付きで指摘されて、猿渡はサル顔を朱に染める。

 こうして見れば、卑怯なことを考える割に小物な三下にしか見えないが、尚も十路は言葉を平坦に、平手で頬をペチペチするように叩きつける。


「あぁ、そうそう。今回の俺たちへの依頼、アルマデルからも出てるから」

「は?」

「要するに、アンタはクビ。本当にアンタの暴走か、トカゲのシッポ切りにされたのか、そこまでは俺たちの知ったことじゃないけど、会社としては最低限名誉を守るために、警察や俺たちに協力したって形にしたいんだろ」


 後半部分は聞いていなかった。解雇(クビ)の言葉に、『ガーン!』という擬音語を背負って、猿渡は腰から崩れ落ちかけた。

 が、耐えた。

 ソファに転がるほのかを見て、猿渡は思いついたのだろう。動こうとする。


「行動わかりやす……」


 呆れのため息と共に、十路が追加収納(パニア)ケースから、消火器を取り出した。メカニックな金属駆動音を響かせて開くケースも、そこに入るはずもない消火器が出てきたことも異様だが、それ以上に、この場面で消火器が出てきた理由に、部屋にいる誰もが疑問を顔に浮かべる。

 周囲に構わずレバーが引かれると、ペットボトルロケットと同じ原理で、高圧縮ガスと水を推進力にして発射される。

 人を致傷できる金属容器は、ほのかを盾にしてこの窮地を逃れようした猿渡に命中し、ホールインワンしたような高い音と共に吹き飛ばした。

 消火器が飛ぶはずない。飛ばすものでもない。

 そんな常識を(くつがえ)したため、ポカンと空気が硬直した中、兄妹は会話する。


真空砲(まめでっぽー)に続き、またスゲーの作ってんね」

「あ、そうか。なとせは転入して間もないし、この間の部活で使ってないから、消火器ロケット見るの初めてなのか」

「武器以外の物を武器にするって、冒険野郎になる気?」

「なとせほど映画に詳しくないから、元ネタがわからん」

「映画じゃなくて、古い海外ドラマネタだけどね」

 

 そんなのん気な会話に、送れて反応を示す者がいた。

 机脇に立っていた『若頭』とでも呼びたくなるリーダー格が動き、密造銃と思われる、素人目にもあまり上等とは思えない銃が突き出された。

 この後の展開を予想し、ほのかが目を見開いたが。


「今どき中華なお国のトカレフって……」

「こーゆーところのお約束じゃん?」


 肝心の兄妹は、顔色ひとつ変えない。むしろ粗悪な銃を見て呆れ顔を作る。常人の感性からすれば、狂ってると思われても不思議ない反応だった。


「ま、ここはあたしに任せんさい」

「頼んだ。跳弾に気をつけろ」


 トンファーを両手に構え、南十星が前に出る。強がりで立っているのではなく、余裕すら(うかが)える。


「ほれほれ、どした? てっぽー出したはいいけど、安全装置がかかって撃てないとか?」


 舐めていると言っても過言ではない。


(タマ)取ったらぁっ!!」


 だから叫びと共に、引金が引かれた。

 発射炎(マズルフラッシュ)と銃声が、広いとは言っても所詮は限りある室内を満たす。誰もが本能的に(まぶた)を閉じ、血を噴いて倒れる少女の結末を予想する。


「うぉ、チとミスった。ほのかちゃん、できるだけ小さくなっててくんない?」


 だから緊張感のない舌足らずな声が、信じられない。

 見開けば、ほのかが寝かされているソファの背もたれに穴が開き、薄い煙が立っていた。


「…………!」


 彼女がもし座らされていただけならば、体に命中していただろう。それを理解したために、ほのかは今までとは別の理由で恐怖する。


「…………」


 それ以外の者たちは、遅れて事態を理解する。

 まだ半信半疑。完全には信じられないし、信じられるはずもない。


「あぁぁぁぁぁっ!」


 だから『若頭』は銃を連射する。続けざまに銃口から閃光を発し、熱を持った薬莢(やっきょう)が排出されて、高級品だろう絨毯(じゅうたん)を焼く。

 やがて遊底は下がり、拳銃がホールドオープンしたが、『若頭』は弾切れに気づいていないように、恐怖に震えて引金を引き続ける。

 今度は閃光に目を焼かれながらも、確かめることができた。少女が手にしたトンファーを振るうたびに火花が散り、部屋の天井や床や壁に穴が穿(うが)たれた。

 一度だけならば偶然で片付けることができただろう。だが全弾となると、彼女は狙って弾丸を弾き飛ばしたと思うほかない。


「脳内センサーがあれば、弾道予測して弾をそらすぐらい、ラクショーだってば」


 常人には絶対に不可能だ。仮にできる者がいるとすれば、アニメやマンガの世界であって、現実に出来るはずはない。

 なのに彼女が、事もなげに実行したことに、誰もが絶句する。


「テメェら、なんだ……!?」

「さっき言ったろ。修交館学院、総合生活支援部」


 さすがの胆力なのか、手下たちの手前だからなのか、『親分』が絞り出した問いに答え、十路は言葉を付け加える。


「それとも《魔法使い》って言った方が、わかりやすいか?」


 ずっと疑っていたが、当人たちは問われることすら避けていた。

 だから彼が(みずか)らを証明したことに、ほのかは息を呑む。


「化け物……!」


 今度こそ、部屋の空気は完全に凍りついた。二人が関わった神戸の事件で、いま最もタイムリーな超人は、その危険性も広く知られているせいだろう。


 最強の一人と(うた)われた、元陸上自衛隊特殊隊員の兄。

 片鱗とはいえ、生体万能戦略兵器の能力を発揮する妹。

 兄妹にとって、広域暴力団下部組織の構成員など、戦う前から敵ではない。

 しかし今は、歯牙にかける。


「ほのか。目をつむってろ」

「こっから先は、ショーガクセーにゃシゲキ強すぎるからね」


 怠惰(たいだ)な歴戦の野良犬と、無邪気で凶暴な子虎の、蹂躙(じゅうりん)が開始された。


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