035_0060 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅶ 蹂躙! 闇金業者ビル学生たちのカチコミ!
《バーゲスト》に二人乗りし、十路と南十星がやって来たのは、隣町に当たるオフィス街の一角だった。
【反応は、この建物からです】
「いまだに気づかれていないのは、助かったと思うべきか、マヌケだと思うべきか……」
イクセスの報告に、十路は小さく呆れのため息をつく。
会社が数多く並ぶ町であれば、夜の時間になれば暗くなり、人の気配も少なくなる。しかし目的である中規模のビルは、『生熊ファイナンシャルプラン』とかかれたガラスから、煌々とした明かりを漏らしている。
建築基準法ギリギリと思える、窓の少ない建物を見渡し、不釣合いなほど厳重な入り口を気に留める。
「正面の扉は監視カメラつき。たぶん普段は締め切って、インターホンで相手を確認してから、解錠するようにしてるだろう。窓は強化ガラスだろうし、格子まで付けてある」
「さすがヤーさんのオフィスですなー」
「隠密接近は骨だな。どうしたもんだか……」
首筋をなでながら、作りからして警戒されている建物への侵入を、特殊部隊式の突入法で考えていたら、南十星がトンファーを提げたベルトを外して、無造作に建物に歩み寄る。
「開けるだけなら多分だいじょーぶ。後は兄貴に任せた」
なにか確信があるらしいので、とりあえず彼女に任せることにする。
カメラの監視圏外で一度足を止めて、南十星は大きく息を吸い。
「助けてええええぇぇぇぇッ!!」
一気に入り口に近づいて、半狂乱で扉とインターホンを乱打した。知っていても演技とは思えない、肌が粟立つ迫力だった。
助けを求める少女を装って、中にいる誰かに開けさせるつもりなのだろう。南十星の意図を理解した十路は、空間圧縮コンテナから自作した武器を取り出して準備する。
武器とは言っても、見た目にはただの長いパイプにしか見えない。先端にはボールらしきものがはめ込まれ、反対側には板が貼り付いているだけだ。
ちゃんと使えるかどうか、少し触れて確認し、大丈夫そうだと判断して、《バーゲスト》のシートに載せて安定させて狙いをつける。
「誰かッ! 誰か来てぇッ!!」
追い払うためなのか、必死の声を上げる少女に同情したのか不明だが、インターホンで南十星と短い応対をしていたらしい誰かが、内側から扉を開いた。
派手なアロハシャツを着た、髪も首元もネックレスの金色で、いかにも『チンピラ』といった風情の若い男が顔を出した。
無関係な人間が出てくる警戒もしていたが、見た目からしてあの相手なら構わないだろうと、十路は殴るようにしてパイプ端から板を外した。
直後、パコォンとジャストミートな音が響いて、出てきた若い男が、鼻血を撒き散らして仰け反る。
「ゴメンね、おにーさん」
行動したのは一人だけだったらしい。続けざまの排除は必要なく、南十星は入り口を確保して、十路に振り返る。
「ちなみにそれ、なんなん? そんなデカい豆鉄砲みたいなので、人間フっ飛ばせんだ?」
「ちゃんとした真空ポンプを使って、パイプをもっと長くすれば、音速突破も夢じゃない」
「わぉ。こえー」
目を丸くする南十星に、十路はなんでもないような声で説明する。
彼が作ったのは、真空砲と呼ばれる、理科の実験でも作られるものだ。
原理は単純で、塩化ビニール製のパイプを砲身にして、弾体で先端を塞ぎ、掃除機で内部の空気を抜いて蓋をしていただけ。その状態で蓋を一気に外すと、空気がパイプに流入し、大気圧で弾体は高速発射されることになる。
単純とはいえ、しかも弾がテニスボールといえ、時速三〇〇キロで顔面にぶつけられれば、たまったものではない。
「イクセスは留守番だ」
【フル充電ではないですから、コキ使われなくてほっとしてます】
オートバイに積載していた黒い追加収納ケースを外し、トンファーをベルトごと南十星に投げ渡す。
「ほんじゃ、殴り込みかけますか」
「《魔法》は使うな。だけど《魔法使いの杖》と接続だけはしておけ。なとせの動体視力と運動神経なら、それで充分なはずだ」
もう一度ベルトを腰に巻く南十星に、注意を与えて。
「これより部活を開始する」
「りょーかーい」
悠々とした足取りで、突入する。
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毛足の長い絨毯に敷かれた床に置かれているのは、高価な海外製の家具なのに、部屋は中途半端な和風の雰囲気を漂わせている。目立つ神棚、その下に並べられ壁にかけられた提灯、『信用第一』と見事に毛筆で書かれた書が入る額、戦国時代の甲冑が飾られている。
普通の企業の社長室などとは赴きが異なる室内は、空気も異様だった。冷房の冷たさと異なる寒々しさと刺々しさが満ちている。
重厚な机につくのは、でっぷりと太った中年男性だった。ウィンナーを連想する太い指には、大きな宝石のついた指輪が並び、手首には悪趣味なほど光る腕時計が巻かれている。しかも太い葉巻をくわえる口元には、金歯が光る。
その側には、高価そうなスーツを着崩した、眼光鋭い男たちが控え、離れた壁際には、荒んだ空気を放つ若い男たちが整列していた。
絵に描いたような『その筋』の者たちだった。
そんな彼らの前には、サル顔小男――猿渡が、うな垂れていた。
「バカが……若い連中を貸したはいいが、これからアンタどうする気だ?」
一番の格上だろう。成金趣味な中年男性が、不機嫌そうに口を開く。
部屋のソファには、縄で縛られガムテープで口をふさがれた少女――沢浦ほのかが転がされている。
彼女は無理矢理こうして、ここに連れて来られた。だから彼女は目の端に涙を浮かべて、恐怖に怯えていた。
しかし彼女を誘拐して連れてくることは、当初の予定にはなかった。
沢浦家の家の権利書を奪う――短絡的な方法のために、人手を揃えたはずだったが、予定とは全く異なる結果になったため、苦しまぎれの成果がほのかの誘拐となってしまった。
『親分』と呼びたくなる中年男性に問われて、猿渡は部下二人――今は沢浦家の玄関先に縛られて、やって来た警察の世話になっているだろう、鬼瓦と毒島に対する時とは違う、神妙な態度で応じる。
「こうなったら……人質を盾にして、あの土地の権利書を持って来させる」
「親は両方とも入院してる。娘はここにいる。残る若造は、殴り倒したとか言わなかったか?」
「あ」
「しかもどうやって持って来させる? 電線切った家に電話する気か?」
「…………」
どうやら、自分たちが沢浦家に侵入した際に行ったことが原因で、連絡が取れるはずないことに気づいていなかったらしい。
「で、電話はともかく! あの家にはもう二人いる!」
「連中に味方してる、冗談みたいに強いガキ二人のことか? ウチの連中を借りる時、そんなこと言っていたが……」
『親分』は壁際に並ぶ男たち――猿渡の行動に手を貸し、沢浦家を襲撃した者たちが、どこかしらケガを負っているのを見て、それ以上の言葉を飲み込む。
実際に自分の目で確かめたわけではないため、信じがたいであろうが、高校生と中学生が大の男たちを撃退したのは、戻ってきた部下を見れば事実だ。ちゃんと事情を汲んで無闇に怒鳴り散らさない辺り、部下に理解ある上司だった。
「連絡ができなくても、人質を盾にすれば……!」
あの兄妹は単なる旅行客だ。あの民宿に泊まる予定だっただけで、土地の権利書がどこにあるかなど知るはずものないのだが、猿渡は堤兄妹と沢浦兄妹の関係を知らない。用心棒的ポジションに収まっているため、なにか知っている。なんとかなると思ったのだろう。
だが、思いつきを実行する前に、扉の向こうから荒々しい物音が聞こえた。
部屋の中にいる者たちが、怪訝に思う間もない。重厚そうな扉が、外側から破られた。同時に侵入者を止めようとしたのだろう男が、成す術なく打ち倒されて絨毯の中に沈む。
そうして開けられた扉から部屋に入ってきたのは、学生服姿の若い――若すぎると言ってもいい男女だった。
「邪魔するぞ」
学生服を着込んでいるなら、まだ少年と呼んでもいいはずだが、飄々とした貫禄があるため呼びにくい。奇妙な倦怠感を発する、黒いケースをぶら提げた青年が、先に足を踏み入れる。
「やっはー。ほのかちゃん、来たぜー」
続くのは、ジャンパースカートに身を包んだ、見るからに快活そうな愛嬌たっぷりの少女だった。しかし流線形状のトンファーを両手に握り、白い歯を見せた笑みを浮かべる様は、幼い見た目とは裏腹な凶暴性を振りまいている。
「なんだテメェら!」
「修交館学院、総合生活支援部だ」
普通ならばすくみ上がるだろう。机の側に立っていた男のドス声にも、眉ひとつ動かさずに、十路は平坦な声で返す。
「警察と沢浦悟の依頼により、銃刀法違反、脅迫罪、未成年者略取および誘拐の現行犯により、お前たちを逮捕する」
「お前ら、学生だろう? なに言ってんだ?」
「現行犯逮捕は警察じゃなくても、一般人でも可能なんだよ。だから業務妨害と貸金業規制法違反容疑、他諸々はみっちり警察に取り調べてもらえ」
表立っては金融業者の看板を掲げているが、明らかにマトモではない場所に踏み込みながら平然とし、一般人の知識と感性では理解できないことをのたまう。
部屋の者たちは、堤兄妹が只者ではないことを予感しながらも、反応に迷ったように顔を見合わせた。
ただ一人だけ反応が異なり、見覚えのある二人に、猿渡が震える声で口を開く。
「どうしてここが……」
「あぁ、そうだ。アンタのポケットに入ってる俺の携帯、返してもらえるか」
十路は手を差し出す。
言葉に猿渡がスーツのポケットを探ると、彼には見覚えにない、黒い二つ折りの携帯電話が出てきた。
「最近の携帯電話は、ちょっとした発信機代わりにすぐできる。アンタのポケットに入れたの、すぐにバレるのを覚悟してたけど、案外バレないもんだな」
それが十路が沢浦家で、ほのかを人質にした猿渡と相対した時、ポケットに滑り込ませた物だった。
その位置情報は、警察の捜査などでも既に使われているし、《使い魔》ならば直接掴むこもできる。
堤兄妹がここに現れたのは、結局のところ猿渡の仕業だった。その事実に気づいても苛立つのではなく、恐怖で携帯電話を取り落とした。
「それにしても、アルマデルなんて《魔法》関連の名前が出てきたから、警戒してたけど……なんのことはない」
悠々と歩み寄り、携帯電話を拾いながら、十路は言葉を続ける。
真相は大したものではなかった。
沢浦家の玄関先に落書きされていたように、闇金融が関わるのは想定していたが、警察をはじめとする社会的権力とは関係なかったことが、長久手つばめとの電話で確認できたため、彼は拍子抜けしていた。
「猿渡大五郎。今回の用地買収で成績作りたかったアンタが、ヤクザと手を組んだだけのことかよ。それだけ旨みあるのかよ?」
「う、うるさい!」
見知らぬ高校生に名前付きで指摘されて、猿渡はサル顔を朱に染める。
こうして見れば、卑怯なことを考える割に小物な三下にしか見えないが、尚も十路は言葉を平坦に、平手で頬をペチペチするように叩きつける。
「あぁ、そうそう。今回の俺たちへの依頼、アルマデルからも出てるから」
「は?」
「要するに、アンタはクビ。本当にアンタの暴走か、トカゲのシッポ切りにされたのか、そこまでは俺たちの知ったことじゃないけど、会社としては最低限名誉を守るために、警察や俺たちに協力したって形にしたいんだろ」
後半部分は聞いていなかった。解雇の言葉に、『ガーン!』という擬音語を背負って、猿渡は腰から崩れ落ちかけた。
が、耐えた。
ソファに転がるほのかを見て、猿渡は思いついたのだろう。動こうとする。
「行動わかりやす……」
呆れのため息と共に、十路が追加収納ケースから、消火器を取り出した。メカニックな金属駆動音を響かせて開くケースも、そこに入るはずもない消火器が出てきたことも異様だが、それ以上に、この場面で消火器が出てきた理由に、部屋にいる誰もが疑問を顔に浮かべる。
周囲に構わずレバーが引かれると、ペットボトルロケットと同じ原理で、高圧縮ガスと水を推進力にして発射される。
人を致傷できる金属容器は、ほのかを盾にしてこの窮地を逃れようした猿渡に命中し、ホールインワンしたような高い音と共に吹き飛ばした。
消火器が飛ぶはずない。飛ばすものでもない。
そんな常識を覆したため、ポカンと空気が硬直した中、兄妹は会話する。
「真空砲に続き、またスゲーの作ってんね」
「あ、そうか。なとせは転入して間もないし、この間の部活で使ってないから、消火器ロケット見るの初めてなのか」
「武器以外の物を武器にするって、冒険野郎になる気?」
「なとせほど映画に詳しくないから、元ネタがわからん」
「映画じゃなくて、古い海外ドラマネタだけどね」
そんなのん気な会話に、送れて反応を示す者がいた。
机脇に立っていた『若頭』とでも呼びたくなるリーダー格が動き、密造銃と思われる、素人目にもあまり上等とは思えない銃が突き出された。
この後の展開を予想し、ほのかが目を見開いたが。
「今どき中華なお国のトカレフって……」
「こーゆーところのお約束じゃん?」
肝心の兄妹は、顔色ひとつ変えない。むしろ粗悪な銃を見て呆れ顔を作る。常人の感性からすれば、狂ってると思われても不思議ない反応だった。
「ま、ここはあたしに任せんさい」
「頼んだ。跳弾に気をつけろ」
トンファーを両手に構え、南十星が前に出る。強がりで立っているのではなく、余裕すら窺える。
「ほれほれ、どした? てっぽー出したはいいけど、安全装置がかかって撃てないとか?」
舐めていると言っても過言ではない。
「命取ったらぁっ!!」
だから叫びと共に、引金が引かれた。
発射炎と銃声が、広いとは言っても所詮は限りある室内を満たす。誰もが本能的に瞼を閉じ、血を噴いて倒れる少女の結末を予想する。
「うぉ、チとミスった。ほのかちゃん、できるだけ小さくなっててくんない?」
だから緊張感のない舌足らずな声が、信じられない。
見開けば、ほのかが寝かされているソファの背もたれに穴が開き、薄い煙が立っていた。
「…………!」
彼女がもし座らされていただけならば、体に命中していただろう。それを理解したために、ほのかは今までとは別の理由で恐怖する。
「…………」
それ以外の者たちは、遅れて事態を理解する。
まだ半信半疑。完全には信じられないし、信じられるはずもない。
「あぁぁぁぁぁっ!」
だから『若頭』は銃を連射する。続けざまに銃口から閃光を発し、熱を持った薬莢が排出されて、高級品だろう絨毯を焼く。
やがて遊底は下がり、拳銃がホールドオープンしたが、『若頭』は弾切れに気づいていないように、恐怖に震えて引金を引き続ける。
今度は閃光に目を焼かれながらも、確かめることができた。少女が手にしたトンファーを振るうたびに火花が散り、部屋の天井や床や壁に穴が穿たれた。
一度だけならば偶然で片付けることができただろう。だが全弾となると、彼女は狙って弾丸を弾き飛ばしたと思うほかない。
「脳内センサーがあれば、弾道予測して弾をそらすぐらい、ラクショーだってば」
常人には絶対に不可能だ。仮にできる者がいるとすれば、アニメやマンガの世界であって、現実に出来るはずはない。
なのに彼女が、事もなげに実行したことに、誰もが絶句する。
「テメェら、なんだ……!?」
「さっき言ったろ。修交館学院、総合生活支援部」
さすがの胆力なのか、手下たちの手前だからなのか、『親分』が絞り出した問いに答え、十路は言葉を付け加える。
「それとも《魔法使い》って言った方が、わかりやすいか?」
ずっと疑っていたが、当人たちは問われることすら避けていた。
だから彼が自らを証明したことに、ほのかは息を呑む。
「化け物……!」
今度こそ、部屋の空気は完全に凍りついた。二人が関わった神戸の事件で、いま最もタイムリーな超人は、その危険性も広く知られているせいだろう。
最強の一人と謳われた、元陸上自衛隊特殊隊員の兄。
片鱗とはいえ、生体万能戦略兵器の能力を発揮する妹。
兄妹にとって、広域暴力団下部組織の構成員など、戦う前から敵ではない。
しかし今は、歯牙にかける。
「ほのか。目をつむってろ」
「こっから先は、ショーガクセーにゃシゲキ強すぎるからね」
怠惰な歴戦の野良犬と、無邪気で凶暴な子虎の、蹂躙が開始された。




