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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の旅行
138/640

035_0050 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅵ 開始! 総合生活支援部校外活動!


鬼瓦(おにがわら)だけでなく、毒島(ぶすじま)までやられた……!?」


 離れた場所から沢浦(さわうら)家の様子が確認できた途端、思わずといった風情で、猿渡(さわたり)は器用に小声で叫んだ。

 照明を消した直後、車庫にいた青年の手によって、部下その一が打ち倒されてしまった。

 ほぼ同時に、家の裏側に回っていた部下その二も、打ち倒されてしまった。

 作戦決行から一〇秒も経たないうちに対処されたのだ。突入時に電気を遮断して停電を起こすなど、立て()もり事件の強行突入シーンにはお約束のような展開だが、ドラマではどんな銀行強盗でもこんな早い対処はしないし、現実にはもっと無理だろう。


「あのガキどもは何者だ……!?」


 只者ではないのは確かだが、かなりの割合で偶然が生んだ結果だとは知らぬまま、正体不明の旅行者兄妹に、猿渡は戦慄する。

 しかし、止められない。

 だから彼らは、予定を少し変えた。



 △▼△▼△▼△▼



「人身事故で()した俺が言えた義理じゃないけど、コイツ、かなりひどい有様なんだが……なとせ、なにやった?」

全裸(マッパ)でフランケンシュタイナー!」

「頼む……本気で頼むから、女子中学生の自覚を持ってくれ……」


 得意げにVサインを見せる恥じらい皆無の妹に、頭痛を感じた額に手をやって兄は懇願した。


 浴衣(ゆかた)に着替えた南十星(なとせ)と、無線機(ヘッドセット)をつけた十路(とおじ)の前、玄関先の地面に二人の人間が転がっていた。顔にタイヤの痕を刻んだ『角刈り巨漢』――鬼瓦と、全身ずぶ濡れで口と鼻から血を流している『禿頭痩躯』――毒島だった。叩きのめされた二人は、十路の手により厳重に拘束されている。


「で、兄貴。どうするよ?」

「んー……」


 南十星に問われ、十路はロウソクを手に周囲を見渡す。

 夜景を観光資源にしている神戸市で生活していたため、見慣れなくなってしまった闇が静かに広がってる。

 ブレーカーは上げたが、明かりがつかない。どこか根元から断線させられているらしい。人工密集地帯ならば即刻復旧されるだろうが、このような田舎町ではそうもいかないだろう。

 となれば、闇に乗じてまだなにかあるかもしれないと考える。


「全員固まって寝ずの番を立てて、一晩明かした方がいいか……?」

「よし。ロウを垂らそう」

「あぢぢぢぢぢ!?」


 南十星がロウソクを奪い、身動きできない鬼瓦の頭上で傾けた。せめてもの情けで高くから落とすことで、冷却時間を多く取っているが、それでも彼は悲鳴を上げて身をよじる。

 ちなみに特殊なプレイで使うものは、低温度で溶ける特別製だ。仏壇用のロウソクでは火傷するので、絶対に真似してはいけない。


「今の会話の流れで、どうやったらそんな結論になる?」

「だってさー、夜をダイナシにされちゃったじゃん?」


 さすがに(むご)いので十路がロウソクを奪い返すと、彼女は元俳優の演技力を発揮し、別人と化した妖しさで甘い息を吐く。


「聞こえるのは虫の声と、遠くからの波の音……人里離れた宿に用意されたのは、他に誰もいない離れの一室……そこに今宵(こよい)泊まるのは、兄妹(きょうだい)とは言っても義理でしかない、若さ(あふ)れる年頃の男女……湯上りの火照(ほて)った体を縁側で涼めた頃合に、二人が(とこ)に入れば――」

「朝まで熟睡だな」

「そゆこと。カラダ伸ばしてゆっくり寝れると思ったのに、ジャマしてくれちゃってさぁ」


 悪ノリに乗らない返事に、ピンクな空気は一瞬で霧散した。

 そもそも二人はこの旅行中、従業員とも利用客とも顔を合わせない工夫がされた、カップルご用達宿泊施設も利用したことがある。そこで(あやま)ちは起こっていないので、今さらだった。


「しかもタタミの上のフトンだよ! いつもベッドだからタタミ恋しいよ! あたしの体に流れる日本人の血が叫ぶんだよ!」

「畳はともかく、確かになとせの言う通りだな……やっぱロウ垂らすか」

「あぢぢぢぢぢ!?」


 今度は十路がロウソクを傾けた。重ねて言うが、絶対に真似してはいけない。

 昼間は警察沙汰という面倒ごとと天秤(てんびん)にかけて、放免することにしたが、二度も続くとなれば話は異なる。本格的に対応を考えようかと十路が思った時、耳につけた無線機(ヘッドセット)からイクセスの声が届く。


【トージ。人間と思わしき動体音が複数、家を取り囲もうと動きはじめました】



 △▼△▼△▼△▼



「お兄ちゃん………」


 堤兄妹がそんな事をしていた頃、囲炉裏のある小部屋で、沢浦兄妹は一緒だった。


「いつまでこんなこと、続くのかな……」


 明かりのために夏でも囲炉裏に火を(とも)した、薄暗い部屋にやって来たほのかは、不安を投げかける。

 頭を抱えていた悟はゆっくりと顔を上げて、妹の問いかけとは違うことを語り始める。


「俺さ……親父たちに宿を頼まれたんだよな。事故って救急車で運ばれてた時も、その後も、うわ言みたいにそればっかり繰り返してさ……」

「うん……」


 ほのかは兄の言葉に小さく頷くだけにとどめ、聞き役に徹して、彼の好きなようにしゃべらせる。

 日頃あまり本心を見せない兄の言葉を、妹は受け止める。


「お前はまだ小さかったから、よく覚えてないかもしれないけど……親父、足に怪我して漁ができなくなって、この民宿を始めることになったんだ」

「うん……」

「この家、昔、お化け屋敷だっただろ? 俺が子供の時には、ここで友達(ダチ)と肝試ししたことがあるよ……家を売り払ってここに引っ越すって聞いた時、最初は正気かって思ったよ……」

「うん……」

「貯めた金つぎこんで、親父とお袋はここを宿にして、民宿始めてよ……」

「うん……」

「合ってたんだろうな……船に乗ってた頃の親父たちって、ケンカが多かったんだ……だけど民宿初めてからは、結構楽しそうにしてて……」

「うん……」

「なんとかしたいよ……」

「うん……」

「だけどさ……正直キツい……」

「うん……」


 話すうちに感情が昂ぶったのだろう。悟の声が鼻声かかる。

 ほのかはそれでも相槌以上の反応を示さない。


「あいつらさ、何度も嫌がらせに来てよ……客が来なくなって……そのうち親父たちも事故って入院して……証拠がなくて、警察に相談してもどうしようもなくて……」


 声に涙が混じる。

 今まで彼が妹に見せなかった弱さが、耐えることができずに流れ出てしまった。


「俺、ほんとガキだよな……なにもできなくて、もう、どうしていいのかわかない……」

「そんなことないよ……」


 ようやくほのかが、異なる反応を示した。


「お兄ちゃん、宿のお仕事、あんまりやってないのに慣れていないのに、精一杯頑張ってたじゃない……それに、ずっとわたしを守ってくれてたよ……」


 堤兄妹が知らない戦いを、沢浦兄妹は行っていた。

 きっと経営的にも楽ではないだろう。そこで常套手段であろう、客を遠ざけるような嫌がらせがあれば、尚更辛い。それでも彼らはなんとかしようとしていた。

 勝利をもぎ取ることだけでなく、理不尽に対して耐え続けることも、立派な戦いだろう。

 しかし残念ながら、それで終わりが来ることは少ない。ただ相手が拳を振り下ろすのを疲れるのを待つ。それで勝つのは、現実的とは言いにくい。


「ほのか……どうしたらいいんだろうな」


 南十星が感じた通り、彼はそのような感情を、素直に出す人間ではなかった。

 十路が言った通り、彼はその事を、今いる唯一の家族に吐き出した。


「次に病院へ行った時、お父さんたちと話し合おう……?」


 南十星が言った通りに、彼女は選べる選択肢を、選び取った。

 十路が警告したとおりに、現実的な考えをここで出す。


「お父さんたちが、宿を大事にしてるのは、わかってる……だけどわたしは、お兄ちゃんにケガして欲しくない……」

「俺は別にいいんだが――」


 互いに家族に対する気遣いを見せた時、なにか予感があったか、悟は言葉を途切れさせ、(こうべ)を巡らせた。

 囲炉裏に火を灯したのは明かりのためで、夏に暖を取るつもりはない。だから田舎特有の無防備さで、ガラスサッシは開け放たれていた。

 虫除けと目隠しのために外と閉じられたのは、障子(しょうじ)だけだ。

 それが(さん)ごと外から打ち破られ、人影が突入してきた。



 △▼△▼△▼△▼



 ひとつではない破砕音と、屋内に踏み込む足音、それに声とは言いがたい悲鳴は、堤兄妹の耳にも届いた。

 同時に視界に、新たな光が生まれる。誰かが持っていた懐中電灯――と呼ぶには強力すぎる軍用マグライトで照らされた。しかも漏れた光で、軍用ナイフと思わしき白刃の照り返しも見て取れた。

 逆光で若い男以上の詳細を確認できないが、近づいてくる相手が、まともで友好的なはずはない。


 強い白光に照らされて、腕で目をかばって行動が遅れた十路の代わりに、南十星がすぐさま動く。足元の玉砂利を、相手に向かって蹴りつける。

 飛んだ小石に襲われて、見知らぬ襲撃者は顔をかばう。同時にマグライトは空に向けられた。

 そこへ今度は十路が動く。相手のナイフを持つ右手と、マグライトを持つ左腕を交差させて掴み、二本背負い投げで投げ飛ばす。このままでは受身も取れぬまま脳天から叩き落し、しかも腕を逆関節に決めてへし折る、致死性の技になってしまう。だから十路は途中で手放し投げ捨てて、相手を母屋へ叩きつける。

 そこに南十星が、ガラ空きになった襲撃者の腹へ足から突っ込む。

 上下が逆になった襲撃者が、壁と南十星にサンドイッチされた。それどころか古さで(もろ)くなっていたのか、二人が与えた勢いに負けて、白塗りの土壁を粉砕して、男の体が屋内に吹っ飛んだ。

 打ち合わせもなく無言で、二人がかりの空中コンボもどきで襲撃者を()した。気絶させたわけではないが、しばらくは戦闘不能にしただろう。


「おし」

「中だ」


 短く言い合い、落ちていたマグライトとナイフを拾って十路は駆け出すと、南十星もそれに続く。靴を脱がずに母屋に上がり、手にした光を頼りに、足音に構わず廊下を駆ける。

 侵入した際のガラスを割った音は、別々の方向から発せされた。だから横合いからも、雄々しいが素人丸出しの叫びを上げて、襲い掛かる者たちが次々と現れた。

 十路は避け様に、膝蹴りを食らわせて捨てる。南十星は『く』の字に曲がったところに、下からアッパーカットを食らわせる。殴り捨てて、いなして。

 その度に(ふすま)(さん)を外れて紙が破れ、家具にぶつかり陶器やガラスが割れる音が響く中。

 争う物音が続いている、囲炉裏部屋に飛び込んだ。

 そこで見たのは。


「ほのかっ……!」


 中には頭から血を流し、床に倒れて尚、必死に手を伸ばしている悟と。


「んー!」


 小柄な男に掴まれて、口を塞がれているほのかだった。

 明るいマグライトを持っているのだから、当然十路の侵入は気づかれている。


「う、動くな……!」


 囲炉裏の火でボンヤリ輪郭(りんかく)がわかるだけなので、十路の観察眼をもってしても、本物かどうかは断言はできない。

 小男は拳銃のようなものを持っていた。持ち慣れていないのだろう、銃口はブレながらも向けられた。


 事態は一瞬で把握した。


「なとせ! 柱に隠れてしゃがめ!」


 ()()()十路は突進する。

 彼にしてみれば、完全に素人の対応だった。最適な銃撃戦距離からは、十路と銃口の位置は近すぎる。訓練した人間でない限り、警告内容とは裏腹の行動を取られたら反応に迷う。

 警察の対応マニュアルから外れた危険行為だが、軍用ナイフで銃を持つ手を無力化させ、マグライトを投げ捨てた手で人質(ほのか)を取り戻す。そんな予定を立てて一歩踏み出したが。


「ひ……!」


 だが小男は、十路が考える以上に素人だった。

 接近の予兆に怯えたように、銃を持った手で顔をかばった。しかも銃口の先には、ほのかの頭がある。


(面倒くさっ!)


 人質救出時には抱かないだろう感想が、十路の中に生まれた。

 だから考えを変えて、手を出すのを止めた。代わりに脇をすり抜け、小男の背広のポケットに『ある物』を放り込んで、脇をすり抜ける。

 幸いにもそれに気づかなかったらしい。小男は自分の身を確かめて、背後に回った十路と、入り口とを等分に見る位置に向く。


「なとせ……手を出さずに行かせろ」

「いいの?」

「逆の意味で予想以上にヤバい……」


 銃を暴発させてほのかが傷つく危険性に、入り口にいた南十星にも指示を出す。

 危惧したのは、人質を盾にして抵抗を封じさせ、ここで反撃してくることだった。だから十路はいつでも動けるよう、腰を低くして足元を確かめたが。


「んんー!」


 幸いにも小男は逃走を優先させた。暴れるほのかを引きずって、家の外へと向かう。途中で殴り倒した侵入者たちも、それに続いているのか、指示を出している声と、足音が聞こえる。

 その音が完全に消える前に、十路は無線機(ヘッドセット)に向かってしゃべる。


「イクセス。逃げていく連中に手出しするな。大人しく行かせろ」

【いいんですか?】

「構わない。どこまで持つかわからないが、一応手は打った」


 同じような反応をした南十星は、部屋を出て行く。


「中に誰も残っていないか、確かめてくるから、兄貴はおにーさんをお願い」


 危険があるので十路自身がやろうと思ったのだが、彼女を止める間もなかったので、仕方なく倒れた悟の様子を確かめる。

 ほのかが連れ去られたことで力尽きたのか、彼はうつ伏せに倒れていた。

 頭を殴られたらしい。派手な出血ではないが、意識が朦朧としているとなると、本格的な処置が必要だ。


(……仕方ない。救急車と一緒に警察も呼ぶか。いや、理事長に連絡しとくか)


 避けていた面倒事を選ぶしかないかと諦めて、ジーンズのポケットに手をやり、そして目的の物があるはずないのに気づく。

 ひとまず応急処置でこめかみを圧迫して止血しようと触れると、悟が身じろぎした。


「頭が切れてるから、じっとしてろ」


 十路が言っても、彼は動きを止めない。


「ほのか……!」


 這ってでも追いかけようという、必死の意思を見せた。

 だから十路はしばし考えた末に、意を決して口を開く。


「…………いい機会だから、三番目の選択肢をやる」


 ほのかが訊いても誤魔化したこと。

 悟が問うても跳ね除けたこと。

 今まで隠すようにして、沢浦兄妹に教えなかったこと。


「一番、家を売る。二番、徹底的に(あらが)う」


 彼らが目指す『普通の学生生活』には、あってはならない選択肢だ。

 堤兄妹は、ファンタジーの通称で呼ばれる人種だが、人々が思い描く姿ほど万能ではないと、言外に言っていた。


「三番。俺たちに助けを求める。さぁ、どうする?」


 だが、求めるのならば、おとぎ話の『魔法使い』になろうと。


「たの、む……」


 それに悟は、必死の声を上げた。


「ほのかを、助けてくれ……!


 それに十路は、静かに応じた。


「依頼を受託した」



 △▼△▼△▼△▼



 (ふすま)越しの声を聞きながら、彼女は着替える。

 頭の中に流れる曲は『Eye of the Tiger』 着信メロディにもしている、ボクシング映画第三作のテーマ曲だ。


『――はぁ? 元凶は闇金にも手を出してる、広域暴力団の下部組織だけですか?』


 彼女は寝る時、下着を身に着けない。だから飾り気ないスポーツ下着を身につけ、ショーツのゴムをパチンと弾けさせて、その上から膝丈のレギンスをはく。


『いや、住所というか座標は確認してますから、それは間違いないと思ってましたけど。アルマデル社が直接関わってるかまでは……関係なかったんですか? 担当者に直接確認したら、むしろ頼まれたって、逆に怪しくありません?』


 自分でアイロンがけしたスクールブラウスのボタンを留め、ジャンパースカートを身に着ける。深いスリットの入った改造学生服の重さに、久しぶりの感触を覚えながら、脇腹のファスナーを引き上げる。


『――はい。はい。こっちの警察上層部と話つけて、俺が出しゃばっても問題ないようにできるんですね? 叩けばホコリ出まくるでしょうから、そっちは任せて表立たないように――』


 部屋に置かれた三面鏡を見ながら、栗色のショートヘアをまとめ、ゴムバンドで短いお下げを作る。ここ最近はヘルメットを被るため、ずっと髪を下ろしていたから、久しぶりのサイドテールだった。


『はぁ? 嫌ですよ……ヒーローなんて俺たちのガラじゃないでしょう?』


 胸元には二年生を示す、緑青(ろくしょう)色のコードタイを飾り、左右対称を形作る。


『はい。ここはケガ人と重要参考人を残して、警察と救急が来ないうちに、現場に向かいます。面倒な荒事はこっちで引き受けますから、テキトーな理由で警察に踏み込ませてください』


 テーピングをボクサーのように、両手にきつく巻いて、掌に拳を打ち付けて確かめる。


『それじゃ、お願いします』


 電話が終わったと判断し、南十星は(ふすま)を開く。

 今夜泊まる予定だった、続きの六畳間に入ると、彼女のスマートフォンを使っていた十路が振り返る。彼はスラックスとYシャツに着替え、臙脂(えんじ)色のネクタイは、校章の入ったタイピンで止められている。

 そして腰には、軍用戦闘装備(BUD)ベルトが巻かれ、腰の後ろには奇形の銃剣(バヨネット)も鞘に収まっている。

 南十星が久しぶりに見る十路の学生服姿であり、彼の戦闘服だった。


「なとせも行く気か?」


 スマートフォンを返しながら、やはり学生服に着替えた南十星に問う。


「もち」


 それに彼女は、アタッシェケース型の空間圧縮制御コンテナ(アイテムボックス)から取り出したベルトを腰に巻き、二本のトンファーを収めながら答える。


「俺ひとりで充分だから、寝てりゃいい」

「そーゆーコト繰り返してたから、こないだジュリちゃんに怒られたんでしょーが」


 そして右袖に安全ピンで、腕章をつける。そこには修交館学院の校章と、Social influence of Sorcerer field demonstration Team――《魔法使い》の社会的影響実証実験チームの文字が、ぐるりと一周するように書かれている。


「……なとせのジャンスカ、この前ボロボロになっただろ?」

「これは予備。最初から二着作ってもらってたんだって」

「素材は?」

「もち同じ」


 南十星の学生服は形だけでなく、布地から違う。裏にはポケットもついており、チタンプレートや衝撃吸収剤(トラウマパッド)を入れれば、防弾チョッキと代わらない性能を持っている。

 転入から身につけていた一着は、以前の部活動で再起不能のボロ布と化したが、同じ性能を持つ予備を身につけていれば、拳銃弾程度では簡単に死ぬことはない。


「調子は?」

「ぼちぼち。《魔法使いの杖(アビスツール)》使うならジューブン」

「……ま、それなら少々のことがあっても大丈夫か」


 許可することにしたのだろう。十路はそれ以上言わなかった。


「りじちょー、なんか言ってた?」

「遠慮なしにやってこいだと」


 腰回りを隠すためにも、学生服のジャケットに袖を通しながら、十路は端的に説明する。

 先ほどの電話は、責任者である長久手(ながくて)つばめと今後を相談するものだった。

 これで南十星たちが動いても――連れ去られたほのかを奪還するため、組織をひとつ力づくで潰そうと、対外的な問題はなくなる。

 そしてそれを、今や世界中が注目している、総合生活支援部の活動として、広める気なのだろう。土地買収で嫌がらせを受けていた人々を、部員が助けるとなれば、美談にできる。


 歩きながら、十路はタクティカルグローブを装着する。彼の追加収納(パニア)ケースを持ち、南十星も続く。


「エンリョなしって、どこまで?」

「判断難しいところだな。組織はどこも、官民構わず面子にこだわる部分あるし……」


 家具や建具が打ち壊され、襲撃の痕跡が残る廊下を通り。


「今さらじゃない? あたしたちがヤーさんいっこツブしたところで、敵がちーとばかし増えるだけっしょ」

「確かに、今更と言えば今更か……」


 二人は母屋の玄関先にやって来る。

 そこには、今や気を失った悟が寝かされている。応急とはいえ、十路が本格的に処置したので、頭の怪我は救急車が来るまでは大丈夫だろう。


「ほんじゃま、ちょっくら行って、ほのかちゃん取り戻してくるよ」


 聞こえているはずのない彼に南十星は言い残し、二人は靴を履く。

 『金返セ』などと乱暴にペンキで落書きされ、壁が破壊された玄関先に出ると、縛られたままの『角刈り巨漢』と『禿頭(とくとう)痩身(そうしん)』が振り返る。襲撃した者たちは、彼らを助けることなく撤退してしまっていた。


「そのうちケーサツが来るらしいから、おっちゃんたち、それまでガマンしてて」

「ま、大人しくしとけ」


 言い残して車庫に向かす。

 その背中に、『角刈り巨漢』の声がかけられた。敵意はなく、ただ純粋な疑問と若干(じゃっかん)の恐怖を込めて。


「あんたら……何者だす?」


 言っても信じないのはわかっている。

 けれども二人は首だけで振り返り、十路はいつもの怠惰な無表情で、南十星は笑顔で答える。


「ただの学生だ」

「ちょーっとばかし特別なだけの、ね」


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