035_0040 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅴ 炸裂! 人身事故&フランケンシュタイナー!
「…………」
「「…………」」
コルセットで首を固定された猿渡に、二名の部下は、戦々恐々と様子を窺うだけで、明確な反応は示さない。
無言で憤っているのが一目瞭然だからだった。そして不用意に声をかければ、爆発して自分たちが被害を被るのが目に見えている。
「あのバイクに乗った若造……なんなんだ!?」
怒気のやり場に困ったように、猿渡はサル顔を朱に染めて、苛立ちを吐き出す。興奮するとまるきり冬場のニホンザルのような印象だった。
そして問われても、鬼瓦も毒島も困り、巨躯と長身を折り曲げたまま、無言で顔を見合わせる。正体を知りたいのは、彼らも同じだろう。
あの兄妹は、史上最強の生体万能戦略兵器です。
乗ってるのはバイクに見えますが、最新鋭の軍事用ロボット車両です。
神戸でちょっと戦争していたので、ほとぼりを冷ますために旅行してます。
そんな真相に思い至る人間は、普通は空想と現実の区別がついていないと判断される。だが思い至らなくとも、二人が只者ではないのは、彼らも身に染みて思い知っている。
「鬼瓦……」
タコの吸盤の痕は消えた禿頭をなでながら、毒島が不安を込めてささやく。
「これは、まずくないか……?」
「うん……」
力士のような巨躯からは意外なほど、気弱な声で鬼瓦がうなずく。
上司であろう猿渡と、部下であろう二人のテンションは、明らかに異なる。そして冷静さも。
鬼瓦と毒島は、事の推移の危うさを感じ取り、今後の不安を抱いて、話し合おうとした。
「鬼瓦! 毒島!」
しかし猿渡に名前を呼ばれ、ビクリと体を震わせて、中断してしまう。
「こうなれば、全員で行くぞ! 連中と一緒に!」
二人へ言外に、その『連中』に連絡取れと命令をして、猿渡は苛立ちを露に歯を剥き出してこぼす。
「早くあの土地を奪い取らなければ……!」
△▼△▼△▼△▼
その頃、南十星は入浴していた。街の明かりが少ない田舎の山中なので、星がよく見える夜空の下で。
「まさか露天風呂まであっとはねー」
ちょっとした池ほどの大きさだが、石造りの湯船は、二、三人は充分に入れる広さがある。
「お父さんのこだわりっていうか……民宿始めるってなったら、真っ先にこのお風呂を作って……」
「おー。イエガマエ見た時にも思ったけど、ホンカクテキ」
だから沢浦家の妹・ほのかも、少し困ったような顔をして、一緒に入浴していた。
彼女のその態度に、南十星は締まりない笑顔で手を振る。
「いーじゃんいーじゃん。客ってゆーにはビミョーなのに、せっかく用意してくれたんだしさ。いつもはこのフロ使ってるわけじゃないんしょ?」
「そうだけど……」
旅館と呼ぶには小規模だが、民宿で考えれば立派すぎる。宿泊客専用に用意された施設であろうから、いわば『従業員』であるほのかは、日頃使わないだろう。
だから風呂の準備を伝えに来たほのかを誘い、遠慮されたので南十星は無理矢理引きずって、今に至る。
(それにしても……)
南十星はほのかに目をやる。
同性とはいえ、一緒の入浴が恥ずかしいのか、彼女は湯船の縁に申し訳程度に腰かけて、タオルで体を隠している。
(……でけー)
布と手で隠されていても、その下の質量はおおよそ予想がつく。むしろ胸元を押さえることで谷間が作られていることから、その大きさは理解できようもの。
南十星には俳優経験があるため、一般的に言われる『いい女』も実際に目にしている。話題を作れる大物女優だけでない。脇役として出演した、その道で頑張っているダンサーや歌手やモデルも含めれば、相当数になる。
そんな彼女たちと比べれば、ほのかの下半身の肉付きは薄い。だから上半身の発達具合はより際立っているも言えるが、腰のくびれが足りないように思える。
(まー、ふつーは充分か。今でもぜってークラスの男子連中は、ほのかちゃんの胸見てっだろーし)
それを確認し、自身の胸元を見下ろす。
(……うん。見事に平原。ウルルよりひんそー)
南十星の名誉を守るならば、平原ではない。男の胸板と比較すれば、あるにはある。ただ、せいぜい『隆起』程度で、『山』『丘』などと呼ぶには疑問符が付く。
ちなみにウルルとは、エアーズロックとも呼ばれる世界で二番目に巨大な一枚岩であり、オーストラリアの一大観光地でもある。近年では英国植民地時代の総督ヘンリー=エアーズにちなんでつけられた名称ではなく、原住民アボリジニーの呼び方で称されることも多い。
地平線に立つ赤い小山を、写真や映像で誰しも一度は見たことがあるだろう。そして南十星が見下ろす光景は、残念ながら高さはその半分にも満たない。
(兄貴、オンナのコの胸とか、あんま気にしてないのは本当っぽいけど……でもないよりはあった方がいいよね? 少なくともこんなオコチャマひんぬーよりは)
胸に手を当てて、南十星は吐息と変わらない程度のため息をこぼす。
普段は自身の未熟な体形をあるがままに受け入れて、気にしていないような言動をしているが、彼女も多感な年頃の少女なのだから、本当に気にならないわけはない。日頃無邪気な少女を演じて、本心を隠している部分が大きい。
(あたしの場合、脂肪つかないから、なかなか大きくなんないんだよね……)
胸に触れた感触は、脂肪の柔らかさよりも、その下の筋肉質な固さが先に立つ。
曲げた腕に力を入れれば、コブが盛り上がる。臍下丹田を意識すれば、腹筋の縦ラインが浮き出る。肩の厚みもそれなりにあるため、華奢な印象は受けない。
ボディビルダーほど極端ではないが、小柄な外見には意外なほど筋肉質の体をしている。
(最近、脚が太くなってきたけど……)
当人は不安に思って湯の中から片足を浮かせるが、南十星のスタイルは決して悪くない。
背が低いため、そのような印象はないに等しいが、身長からの割合を考えると、脚は長く腰の位置は高い。
幼児特有のポッコリお腹は面影なく、下腹部はなだらかに収まっている。
腿の直径を気にしているが、太ったわけではない。人によれば、もっとムチムチしててもいいと思うくらいに引き締まっている。
臀部が小さいため落差はあまり生まれていないが、腰にはくびれが見て取れ、体のラインは柔らかい曲線を描いている。
年齢を考えれば不思議ない、女性へと変化しつつある体だった。それもあと数年もすれば、美しい変化を予兆させるほどの。
ただし、格闘技の痕跡であろう、拳の胼胝と、肘や膝、脛に目立つ傷跡、そして思わず『その未来が来るのか?』と考えてしまう、不安要素の残る胸元が気になるが。
(しかもこの間、かなり脂肪分が減ったし……)
南十星が考える『この間』とは、神戸で行った戦闘のことだ。
特殊な《魔法》を使って戦ったため、たった数分で体重が一割以上も減った。彼女がこの旅で体調がいまひとつなのは、自然にはありえない急激な減量が原因だった。
「自爆式ダイエット、めっさオススメできない」
「?」
『一秒あればマイナス四キロ!』というキャッチフレーズが雑誌広告に載れば、多くの女性が飛びつくだろう。しかし《魔法》で自分の肉体を爆破して、体中の細胞を寄せ集めて再構成するなど、常人には絶対に真似できない。《魔法使い》でも普通はできない。狂気的な《魔法》を所持する彼女だけに許された特権だ。同時に胸部に脂肪分を装着する未来を奪いかねない、諸刃の剣でもあるが。
どういう経緯で唐突な呟きが出たのか理解できるはずもなく、ほのかが不思議そうな顔をしているのに気づき、南十星は手を振って誤魔化す。
「いやさぁ、ないものねだりってのはわかってるけど、あたしヨージタイケーだからさ、ほのかちゃんの体を見ると、うらやましいなーって思うワケ」
「そんないいものじゃないよ……クラスの女の子とか、こんなに大きくないのに……」
ほのかは視界から隠すように、より一層体を縮こませる。
「小四でこれだと……目立っちゃって……」
きっとほのかは何気なく言った言葉だろう。しかし南十星には看過できない単語を含んでいたため、朗らかさを消した真顔で問い返す。
「……小学生? あたしより年下?」
「え……?」
ほのかの半裸を見て、腰のくびれが足りないと思ったのは、ある意味では当然だと納得する。
つまり彼女は単純に二次性徴が早く始まっただけではなく、他の部位よりも先に胸部から始まり、極端に目立つようになった突然変異種。巷では宇宙人と並ぶほどに実在が疑問視される新人類・ロリ巨乳であることが判明した。こう呼ぶのが正しいのか疑問ではあるが、ぶっちゃけその言葉は意外と定義が曖昧なので、称しても問題ないと判断する。
実在をその目で確認して南十星が驚愕しているが、それとは別に驚愕の事実が発覚しそうなため、ほのかは恐る恐る確認する。
「なとせさんって、いくつ……です?」
「中二……」
「え……?」
残念ながら南十星の場合、単に成長が遅いだけと判断されるため、誰も突然変異的新人類の可能性は考えない。
「ほのかちゃんって、兄貴と同い歳くらいだと思ってた……」
「いえ、小学生……です」
「そのワガママボインでランドセルとか犯罪っしょ……」
「というか、なとせさん、わたしと同じ歳くらいだと……」
片や高校生に見えていた小学生を見て。
片や小学生に見えていた中学生を見て。
南十星は淡々と語り始める。
「パパと並んだ写真見たら、ママってまるっきり子供なんだよ」
「はぁ……」
南十星の母親である人物を語られても、知らないほのかは困っている。
「おかーさんもちっこい人で、今のあたしより少し高いくらいだったんだ」
「…………?」
十路と南十星の二人の母親である人物を語られて、知らないほのかは困惑を顔に浮かべている。
そんな困惑など知ったことではないと、南十星は拳を握り締め、クワッと目を見開いて、夜空に向かって吠え猛る。
「チビは堤家の血に込められた呪いなのかっ!?」
対しほのかは、おずおずと事実を使って指摘する。
「あの、お兄さんは普通じゃ……?」
十路までもチビであるような言い方なので、日本人男子平均身長の彼が聞けば、確実に気分を害するだろう。
更に堤兄妹の血縁は、十路の父親と南十星の母親が兄妹であることに起因する。嫁いできた別の血筋である『おかーさん』を出すのは間違いなのだが、そもそも二人の複雑な関係は、ほのかには理解できるはずないだろうから、彼女は不思議そうに問う。
「あの、『ママ』と『おかーさん』は、違う人……ですか?」
「あー。あたしと兄貴って義理の兄妹で、ホントは従兄妹なのさ。パパ・ママって呼んでるのが、あたしの産みの親。おとーさん・おかーさんって呼んでるのが、兄貴の親で、あたしの育ての親で、伯父さん夫婦でもあるワケ」
言う必要がなければ黙っているが、義兄妹であることは秘密ではないので、なんでもないように南十星は明かす。
「複雑なんですね……」
「当人からすると、なんでもないけどね。それに、義理だから普通の兄妹よりも、仲良くしてられるとも言えっし」
親の再婚でできた義兄妹ではないため、明かすと気を遣われることがある。だから南十星は気軽に笑い飛ばして。
「まー……ほのかちゃんがおにーさん心配するみたいに、やっぱ面と向かっては言えないこともあるけどさ」
同情を見せつつも、悟と同じように忠告する。横顔をほのかが不思議そうに見ているのを、視界の隅で確認しつつ。
「あたしも心配してないような顔してたせいで、かえって兄貴を心配させたことがあるからさ。それであたしも死にかけたし、兄貴も死んでも不思議ない目に巻き込んだ」
「死にかけた……」
「そ。兄貴に黙って、危ないマネしたわけ」
『《魔法》を使って戦争をした』などとは言わないが、それでも話の深刻さは、ほのかに伝わったらしい。彼女は反応に迷った様子だが、南十星の話を真面目な顔で聞きつける。
「だから、ちゃんと話した方がいい。嫌がらせで両親が入院したから、おにーさんは妹ちゃんまでそうなるんじゃないかって、かなり危機感持ってる。でもほのかちゃん的には、そういうおにーさんが心配なワケだろうから、ちゃんと話し合ってどうするか、決めた方がいいと思うな」
「…………」
「ほのかちゃんは、どうしたいわけ?」
ほのかはいつの間にかうつむいていたが、問いに弾かれたように顔を上げた。
そこには、ある種の期待が窺えた。
「大切なものが二つあったら、どっちが大切なのか、決めなきゃね」
しかし南十星は彼女の感情を無視して、朗らかに現実に伝える。
「この家と土地を大事にしたいのか。それとも家族や自分の身が大切なのか。今はどっちか選ばないといけないところに来てるから」
選ばなくてもなんとかなるという、都合のいい未来は考えるなと、冷酷に。
「神サマって不公平だから、こんな時に祈っても、助けてくれない。だからさ、自分でどっちか選んで、戦わないといけないんだよ」
家を守りたいなら、嫌がらせに立ち向かえ。
身を守りたいなら、新たな土地での生活に立ち向かえ。
他人事だから無神経に言える、しかし現実に即した言葉を投げかける。
「それに、おとぎ話に出てくるような、突然現れてなんでも願いを叶えてくれる『魔法使い』なんて、この世にいない」
十路と南十星は夕食までの間に、それぞれ別行動をしていた時に、なにがあったか情報交換をしていた。その時に十路から、自分たちが《魔法使い》であることを、ほのかが勘付いているという話も聞いた。
同時に注意されたことでもあるため、南十星はなにか言われる前に、ほのかに釘を刺した。この状況で《魔法使い》が現れれば、なにかの形で助けを求められると想像は容易だろう。
南十星たちが学校で所属しているのは、頼まれればなんでもやることをポリシーとしている、《魔法使い》たちの部活動だ。
しかし実際のところ、『なんでも』はしない。
いくら常人の不可能を可能にする《魔法使い》でも、不可能であることも多い。漠然と『幸せになりたい』と願われても困るし、『トップアイドルになりたい』と願われても結局は当人の努力次第であるし、『異世界で勇者になりたい』と依頼されたら鼻で笑う。
そして『少しでいいから金が欲しい』『病気を治して欲しい』などという、実現可能でも断る依頼も多い。
依頼者当人は切実かもしれないが、別の視点から見れば利己的な依頼は、《魔法》を使って叶えてしまえば際限がなくなる。一度やってしまえば別の依頼も叶えなければならなくなり、断れば『あの人は叶えたのに私にはどうして?』という騒動になる。
だから、ほのかの願いを断る前に、言わせない。
南十星はおとぎ話の存在ではなく、二一世紀の日本に生きる《魔法使い》だから。
「ほのかちゃんは、どっちが大事なの? ここに住み続けたいの? 何事もなく、家族一緒に暮らしたいの?」
「わたしは……」
問われ、ほのかは考える。
そしてその答えを待たずに、南十星は言い添える。
「どっちにしろ、まずはおにーさんと相談すること。わかった?」
「……はい」
見た目には逆だが、年上の少女の言葉に、落胆を見せながらもほのかは頷いた。
△▼△▼△▼△▼
同じ頃、薄暗い明かりの下、十路は車庫として使われている建物にいた。
【それで、トージはなにする気ですか?】
「よい子は真似してはいけない危ない工作の時間」
壁際のコンセントへ電源ケーブルを伸ばし、充電しているオートバイと話しながら軍手をつけて、十路は車庫に置かれたガラクタらしきものをあさる。
日曜大工用としてはかなり本格的だが、専門店などない田舎であれば、多少の修理や物作りは自分たちで行うからだろう。箱に入った工具セットや、サイズの違う釘やビスなどがあり、資材も壁紙の一部やゴムシートの切れ端、天井の梁には塩化ビニール製のパイプが数本並んでいる。
「ただの地上げ騒動にしては、事を急ぎ過ぎてるし、大げさじゃないか?」
【最初に出くわしたコンビニ前の騒動を合わせて、今日だけで四度の嫌がらせ……それも『嫌がらせ』と呼ぶには度を越えた行為でした】
民宿だから、鍋料理を出す時にでも使っていたのかもしれない。錆の浮いた簡易ガスコンロがあった。カートリッジを振ると、液化ガスがまだ残っている音がする。
「エスカレートしてるのは、俺たちが連中を撃退したせいかもしれないけど、普通は様子を見るだろ?」
【それでも度重なる襲撃を行ったということは、買収を急ぐ理由があるんでしょうか……?】
宿の中に置かれていたから、きっと交換したのだろうが、『使い道があるかも』と思って残していたのだろう。保全期限の切れた消火器が三本ほど見つかった。
接着できるものがないかと確認したら、建材の継ぎ目や隙間を埋めるペースト樹脂が詰まったコーキングガン、普通の接着剤、袋に入ったセメントなど各種あった。
【で。そのよい子は真似してはいけない工作は、トージはこの騒動に首をつっこむつもりだからですか?】
「いいや。久々にまともな寝床で寝られるんだから、ゆっくり寝たいし、夜中にトラブルが起こった時の用心をしてるだけ」
なぜこんなものがあるのか、家電製品売り場には置いていない、古い業務用の大型掃除機もあった。
兄妹が幼い頃に遊んでいたのか、野球やテニスのボールも出てきたので、それをお手玉しながら作れるものを十路は考えて、資材を取り出す。
【ドライかつ用心深いことで……トージらしいですね】
「というか、予想以上に深入りしてるから用心してるんだ。今日だけでも俺たちは、かなり危ない橋を渡ってる」
コンビニ前で傷害事件を起こしたことは、防犯カメラで撮影され、店員の証言も得られてしまうだろう。
ダンプカーを無免許運転して乗り捨てた時には、細心の注意を払ったが、車が発見されれば相応の騒動が起こっているはずだ。
更には船一隻と車二台を破壊している。偶然ないし故意に自爆させただけで、まさか十路と南十星が破壊したなどとは誰も思わないだろうが、事情聴取などを求められても不思議はない立場にはある。
アルマデル社の関係者も、後ろ暗いことしてる自覚があるならば、十路たちが行ったことを警察に通報などしないだろう。だが、大型オートバイに乗った二人組が関わっている情報を、無関係な目撃者などから警察が掴む可能性は充分に考えられる。
それに、と十路は懸念を付け加える。
「最悪、警察が連中の手先にされて動くパターンもある」
【やはりそれを危惧しますか】
「ここの悟も言ってたけど、一応は大手企業が工場を建てるってことは、見たところ大した産業もない、さびれた田舎町に雇用を生むってことだ。地元の行政や権力者は歓迎するに決まってる」
【トージたちはその邪魔をしてるから、公的権力を利用しようとするのは、充分に考えられますね】
「連中の被害は自業自得だけど、自分たちに有利な証言をして、警察が動くこともありえる。なにも知らない善良なお巡りさんに誘われてパトカーでドライブ、なんてのはご免だ」
【今さら国家権力を恐れているわけではないでしょう?】
「だけどトラブルを起こしたいとも思わない。抵抗するしないはさておいて、警察に目をつけられた時点で厄介が生まれる」
十路たちが神戸で起こした事件は、まだ収束されたとは言えない。先ほど夕食時のテレビでも、識者が《魔法使い》について討論していた番組を放送していたくらいなのだから。
そして警察に問われたら、十路たちが神戸に住む《魔法使い》であることは、明かさなければならない。
指名手配されているわけではないが、噂の《魔法使い》が旅行しているのが発覚し、ここで起こった事件に関わったことを知られるのは、好ましいことはない。先日直接戦ったのは日本の防衛省だが、国家に管理されていない《魔法使い》は、世界中の軍事的組織と対立しても不思議ない立場にある。だからつけ込まれる『突っ込みどころ』を減らしておくに越したことはない。
「だから、なにかあれば即刻、何事もなくても明日の朝には出発する。夜中はイクセスも用心を頼む。なにかあれば無線機に連絡してくれ」
【…………】
「イクセス?」
急に黙り込んだので、不審に思って十路が呼びかけたが、やはり反応がない。
代わりに砂利が踏まれる音が聞こえた。誰かが――南十星は風呂に入ったのを知っているので、別の誰か来たのを感知したから、イクセスは黙ったのだと納得する。
「なに大声でひとりごと言ってんだ?」
近づいてきたのは、沢浦家の兄・悟だった。
「電話してただけだ」
オートバイと会話していたなどとは説明せず、十路はぶっきらぼうに答える。イクセスの声を聞かれていないなら、こう言っておけば誤魔化すことができる。
「ここにあるものについては、妹さんに不用品か確認して、許可取ってるからな」
ガラクタあさりに文句をつけられる前に、十路は先に言っておく。他所のお宅の物なので、さすがにその程度は話を通している。
「ほのかから聞いたから、それはいいんだがよ……」
だが悟がここに来た理由は、違うらしい。十路がなにをするつもりなのかも確かめずに、なにか言いたそうにしながらも口ごもる。
だから十路は構わずに作業を進める。電気設備の部品かなにかか、鉄製の容器があったので、釣りの重りを入れてガスコンロにかける。鉛が溶ける間に消火器を慎重に分解し、不要なホースは切り取る。
「……お前なら、なんとかできるのか?」
しばらく無言の時が過ぎたが、ややあって、悟が不安と不審を込めた口調で問う。
なにが、とは言わない。十路たちが何者か、見当がついていようといまいと、この状況でこのように訊くことなど、決まっている。
「仮にだ。俺たちにどうこうできる力があったとして、どうする?」
十路もそれを訊かずに、問い返す。
「今日が初対面でも、俺がどういう人間か、多少はわかるだろ?」
「……なにが欲しい? 金か?」
「普通の高校生相手に『金をやるからヤクザな企業連中をなんとかしろ』なんて言うか?」
意地の悪いことを言ってる。十路は『まるで映画の悪役だな』と自嘲する。
沢浦家の兄妹は、堤兄妹を『普通』だと見ているはずないのに、『普通』であることに固執するのだから。
「俺が欲しいのは平穏な生活だ。今回ちょっとばかりワケありで旅に出てるけど、その考えは変わらない」
だから、金品では動かない。
「それにトラブルはご免だ。飛んでくる火の粉は振り払うが、自分で火事場に突っ込む気はない」
だから、正義感では動かない。
「じゃぁ、どうしろってんだ……」
「じゃぁ、どうしたいんだ?」
苛立ちを表す悟に、十路は冷たく返す。
「昼間にも言ったけど、アンタの手元にある選択肢は二つだ。一番、土地を売る。二番、徹底的に戦う」
それに悟は頭をかきながら、あまり言いたくなさそうに、しかし話す。
「……親父に頼まれたんだ」
「だからこの商売を止める気ない。ひいては家も土地も売る気はない?」
「そうなるんだろうな……」
彼らの両親が入院していても、話し合うことも充分可能だろう。そうだとしても、まだ若い悟の年頃では、珍しい考え方かもしれない。
また、そういう考え方になるまで、紆余曲折があっただろう。
「俺もほのかも、ここで生まれ育ったんだ……ここから暮らせって言われても、どうしていいかわからない……」
「だったら連中に抗う覚悟あるのか? 親みたいに、妹もケガする羽目になるかもしれなくても」
「それは……」
悟は口ごもるが、普通はそんなものかもしれない、と十路は思う。
守りたいものがあっても、一般人は『戦い方』というものを知らない。社会にある職業すべてそうかもしれないが、『戦い』という行為はプロフェッショナルでなければ行えない。犯罪と戦うのは警察の仕事であり、災害と戦うのは消防や自衛隊、病魔と戦うのは医者の役割、社会的な戦いを行うのであれば、弁護士や法律専門家に相談しないとままならない。
しかし相談するべき行政も当てにならないとなれば、一般人はどうしていいか、全くわからない。
そして選択とは、内容の重大さに従って、決断より大きな勇気が必要になる。
結果、選べない人は少なからず出てくる。
「そもそも、相談する相手が違うだろう?」
手を止めて振り返ると、悟が『ワケわからない』という顔をしていた。
「……少し前、妹がトラブルに巻き込まれて、ある連中にケンカを売ったことがある」
だから再び作業に戻り、十路は珍しく自分のことを語り出す。『少し前』が五年前――まだ完全に子供と見なされる時代に、『ある連中』――防衛省や公安警察職員と事を起こしたという真相は言えないし、言っても信じられないだろうから言わない。
「それで引き換えに、少しばかり大変な仕事を引き受けたんだ。俺はそのことを後悔してないが、なとせにとっては重荷だったらしい」
そして人間兵器として戦ったことも、『少しばかり』と表現する。
「必死だったから、そんなこと考えなかったけど……いま考えれば、アイツの明るさに、ずいぶん救われてたんだろうな……」
彼女は五年前まで、違う少女だった。突然できた兄を恐れて、小動物のように怯えていた。
それから再会した時には、全く印象の違う無邪気な少女となっていたため、面食らったのを思い出して小さく笑う。
今ならわかる。彼女が変わったのは、十路のためだったのだと。なにも知らない振りをして、生活の場が海を隔ててしまって尚、自分を必死に支えようとしてくれていたのだと。
「それについこの間、泣かれたよ。『あたしのせいで、兄貴が傷つくのは嫌だ』って」
戦争よりもこちらの方が、心情的に来るものがあったと表現する。
「ついでにな、これもこの間、後輩に言われたんだ。俺は誰も信用していない。だからもっと自分たちを信用しろって」
旅に出る前は、ほぼ毎日顔を合わせていたのに、ここしばらく電話越しの会話もしていない。そう言った二年年下の、子犬のような少女を思い出す。
頼りないと思ったことはなかった。しかし不安要素の多い少女だった。
彼のように社会の闇のどっぷり浸かった者からすれば、ごく普通の女子高生にしか思えず、しかも《魔法使い》としても未熟で、なのにとてつもない秘密を抱えていて。
戦いに身を置き続ければ、いずれ死ぬだろうと予感した少女が、一端の口を利くようになったと苦笑いする。
「そんな経験をした俺から言わせてもらうとすれば、まず身近な人間に相談しろ。その上で選べ。自分ひとりで考えて行動したって、上手く行くとは限らないし、余計なすれ違いで致命的なことになるかもしれない」
「お前も妹と同じようなこと言いやがるな……」
「?」
南十星と別行動していた間の情報交換はしたが、さすがにどんな話をしたかまでは聞いていないから、悟の呟きの意味は、十路には理解できなかった。
だから隙間ができないようにして、パイプの先端にテニスボールを詰めて、掃除機のスイッチを入れた。
直後に遠くでバツンと弾けるような音がし、照明が全て消えた。鉛を溶かしているガスコンロの炎で、かろうじて物の輪郭が見える程度の暗闇になった。
「ブレーカーが落ちやがった……」
慌てもせず、悟が舌打ちする。
(《バーゲスト》を充電してるせいだな……)
やっぱりこうなったかと、十路は小さくため息をつき、手探りでオートバイの車体に触れ、ヘッドライトを点灯させた。充電した電力をまた消費することになるが、手近な照明はそれしかない。
昼間のダンプ特攻の件があったので、《バーゲスト》は今、尻から車庫に入れている。そのため光は車庫の外に向かって放たれる。
その明かりの輪の中に、人影が浮かんだ。
「あ」
きっと音を立てないように歩いていたのだろう。角刈り頭と巨体を持つ男が、中腰のまま固まった。
「テメェ……!」
昼間、ダンプで特攻しに来た男だと理解した悟が呻く。
十路は彼が動き出すより前に、オートバイに飛び乗る。意を汲んだイクセスは、すぐさま充電ケーブルをコンセントから引き抜く。
そして偽装のエンジン音を響かせて、車庫から飛び出した。
「明日以降にしてくれと言うべきか、寝る前でよかったと思うべきか……」
【自分が発った後のことを出すとは、すさまじく利己的ですね……】
イクセスのぼやきが聞こえたが、気にしない。
前輪を浮かせ、後輪走行で突進し。
「ぶほぉっ!!」
見覚えのある『角刈り巨漢』の顔面に、前輪をめり込ませた。
△▼△▼△▼△▼
露天風呂も暗くなった。非常用なのか、小さな照明ひとつ残して闇に包まれた。
「停電……?」
風呂に入っていたほのかは声を上げる。
南十星は遠くでオートバイの駆動音を聞いた。普通に走り出したような音ではなかったので、異常事態だと認識し、心のスイッチを切り替えて五感を研ぎ澄ます。
すると目隠しにされている生け垣のものだろう、わずかに木の葉が触れる音が聞こえた。
「あ」
振り返ると、人影が立っていた。背の高さは、明らかに十路や悟を上回っているため、最初から勘違いすることはない。
もしかすれば、露天風呂の存在を知らなかったのかもしれない。南十星とほのかの存在に、その男は固まっていた。
不審人物を認識した瞬間、南十星は湯船を飛び出した。
「ほぁちゃぁ!」
いくら身体能力が高くとも、助走なしで二メートル近い垂直跳びはできない。だから相手の膝を足場にして、南十星は長身を駆け上がり、ついでに膝蹴りで顎を突き上げる。
硬い衝突にのけぞってたたら踏む間に、南十星は男の肩に着地する。肩車とは逆に真正面から抱きつくというか、客観的には今の格好ではアヤシイことをするためにイケナイ部分を押し付けてるように思えてしまうが、もちろん彼女にそんな意図はない。
だから相手の頭を挟むように、耳元を両平手で打つ。格闘技では禁じ手とされていることが多い、故意に鼓膜を破壊する行為だ。
「ふんっ!」
気合一発、足で頭を挟んで固定し、後ろへ海老反って倒れ込む。相手は体重が倍以上あるだろう男だが、バランスを司る三半規管と、脳に衝撃を与えたために、本能的に首にかけられた力に耐えるより早く、足で投げ飛ばすことも不可能ではない。
数あるプロレス技の中でも、アクロバット技の代名詞として挙げられる、フランケンシュタイナーが炸裂した。
「きゃ!?」
湯船に頭から叩き込む盛大な水飛沫に、ほのかが短い悲鳴を上げる。
「ったく、お風呂くらいゆっくり入らせてよ?」
こぼしながら南十星は、男の襟首を引き上げ、小さな明かりで顔を確認する。
見覚えがある。昼間にモーターボートで突っ込んできた『禿頭痩躯』だった。
「オトメのハダカ見たオトシマエ、どーつけてもらおーかなー?」
「あが、あがが……」
「…………」
湯船の底で顔面を強打して、鼻が潰れて歯が折れて、思うように口が利けない様子だった。そもそも鼓膜を破壊されて、声が聞こえているかも怪しい。
だから代わりに、ほのかが言い返したいだろう。
乙女は入浴シーンを見られたからといって、普通は全裸で叩きのめしたりしないし、見せてはいけない部分丸見せでフランケンシュタイナーなど絶対にしない。




