035_0030 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅳ 激走! 山間部県道サーキット!
「なんてザマだ……」
「す、すいやせん……」
憤る猿渡に、びしょぬれのスーツのまま毒島は長身を縮めて、小さな声で謝るしかない。
「どうやったら奴らを少しばかり痛い目を見せるつもりで出ていってボートが壊されることになるんだ!?」
怒り心頭だった
それもそうだろう。生死が危ぶまれる事故を起こすつもりもなく、大きくもない漁船を煽るだけのつもりで、離れた土地からボートをレンタルして意気揚々と出ていったのに、帰ってきた毒島はびしょ濡れで、溺死しかけて真っ青だったのだから。あとボートは修理不可能なほどに破壊されて、弁償その他の面倒ごとまで引き連れてとなると、怒るのも無理はない。
しかも、百歩譲って『沈められる』なら理解できるが、『壊される』と理解不能だろう。その事実も怒りの燃焼を手伝っているだろう。
「邪魔が入ったんです……」
だが、そう思われたままではたまらないと、毒島は小さい声ながらも反論する。
「コンビニ前でオレたちを殴り倒した、あのガキども……小さい方が、一緒だったんですぜ」
「あの見るからにやる気なさげな小僧はともかく、あのガキも只者じゃないというのか……」
サル顔に渋面を浮かべて、猿渡は呻く。
「そいつにタコでボートを壊されて……」
「…………」
だが続く毒島の弁明には、無言の一瞥を返された。『コイツ頭を打ったのか? それとも海水の飲みすぎで変になったか?』的な意味が込められた、お世辞にも好意的とは呼べない視線で。
それが普通の反応だろう。誰もそんな話を信じはしない。海に飛び込んでから結構な時間にも関わらず、いまだ毒島の服は乾いていないだけではない。禿頭にところどころ赤い丸い痕――きっと無理矢理引き剥がしたタコの吸盤の痕が残っていたとしても、信じない。タコを投げた当人ですら、そんなつもりは全くなかった、偶然が生んだ奇跡の事故だったのだから。
「もういい! お前たちなどアテにはしない!」
サルのキーキーとした威嚇を連想する甲高い声で、猿渡が激昂する。
「私が直接行って連中をぶちのめす!」
そして、携帯電話を取り出して、どこかに連絡し始めた。
明らかに誰かに協力を願う様子だが、それを見ていた毒島は『直接ぶちのめすんじゃ?』と思ったかどうかは定かではない。
△▼△▼△▼△▼
離れた場所でそんな会話がなされている頃、堤十路と沢浦ほのかは、広大な敷地を持つ郊外型スーパーにやって来ていた。
「あの、いいんですか……?」
大根と長ネギが覗く袋を両手で提げたほのかが、話しかける。
「ん? なにが?」
一〇キロの米袋二つを肩に担ぎ、更に膨らんだビニール袋を二つ提げた十路が、振り返る。子供と大差ない体重を持ち上げているが、苦しそうな顔色はなく、態度はいつもと変わらない。
「こんなにいっぱいお買い物……」
「生鮮食品はともかく、米とか調味料は、一度に買った方が便利いいだろ」
沢浦家の近くにも、店はあった。しかし都市部でそう呼ばれる店とは性質が違う、食料品から洗剤などの生活用品、はたまた園芸用品から釣り具まで取り扱う個人経営の雑貨屋だった。
大きな買い物は、このスーパーまで来ないと買えない土地なのだろう。
それにペンキで『金返セ』などと落書きされた宿を見ると、彼女たちの生活圏では買い物をしない方がいいと判断した。
その上、米や調味料の在庫に不安を感じたのか、ほのかは買うべきか迷った様子を見せたので、十路が買わせたのだ。
「俺たちは都市部で生活してるから、車がなければ生活に困るような、地方の苦労はわからないけど……」
「生まれた時からずっとこうでしたから、苦労とか……」
それが生まれ育った土地への愛着なのだろうと、十路は思う。
非公式に戦闘地域に赴いた時にも思ったことだ。
世界で起こる内戦や紛争は、住民の生活圏のすぐ近くで発生する。しかし地域に暮らしている人々は、容易には土地を離れない。離れたくないのか、離れられないのか、事情はそれぞれ違うだろうが。
ともかく、十路にはない感情だ。
「だけど、その、そうじゃなくて、バイク、ですよね……? なのにこんな量……」
「……あぁ。そういう意味か」
たどたどしい言葉で、ほのかが言いたいことが、ようやく理解できた。
自動車と比べれば、オートバイの積載量はないも同然だ。二人乗りをすれば更に減る。
しかし《バーゲスト》には、十路の装備の一部と、旅の道具一式が入った、黒い追加収納ケースが載せられている。
「仕様上の最大安全容量は三三立方メートル、重量は一八〇〇キログラム。一度に投入できるのは二.三×〇.五×〇.三メートルで三〇キロ。限界までは試してない試作品だけど、これくらいは問題ない」
「……?」
意味が理解できないと、ほのかは顔で言っているが、十路は構わず駐車された《バーゲスト》に近づく。
「ちょっとこっち見ないでくれ」
ほのかに言い添えて、他に誰も注目していないのを確認し、後部に搭載された追加収納ケースに触れる。
機械動作音を立てて厚みを半分にして開くケースに、次々と荷物を押し付けていくと、開閉するたびに空間を圧縮された内部へと格納してく。
「え? あ、あれ……?」
「ちょっとした手品だ」
手にした荷物を奪い取られたため、指示されたにも関わらず思わず振り向いたほのかが、疑問と驚きの声を上げたが、十路はそれ以上の説明はしない。アイテムボックスの効果は説明しても、一般人が理解するのは難しいだろうし、自分たちが世間を騒がしている《魔法使い》であることをバラすような言葉は控えた。
「それで、えぇと……」
ハンドルに引っ掛けていた自分のヘルメットを抱え、もうひとつのヘルメットを差し出しながら、十路は呼びかけようとして言葉に詰まる。
その理由を推測して、少女はヘルメットを受け取りながら、おずおずと口を開く。
「ほのか、です……沢浦ほのか」
だが、その推測は間違っていたため、空いた片手で首筋を撫でながら、十路は理由を言う。
「あぁいや、名前を覚えてないわけじゃなくて。俺、大抵は苗字の呼び捨てで呼ぶんだ。ただそうすると、兄貴の方とも区別つかないし、どうしたものかと思って」
かと言って、年下であろう少女を『沢浦さん』と呼ぶのも、十路の感覚では妙な感じがする。そして今日会ったばかりで名前呼び捨ては失礼だろう、と思う程度の常識は彼にもある。
それだけに留まらず、十路が日頃接する人間とは異なるので、どう接すればいいか少し迷っていた。彼を知る者たちは、目つきの悪さと無愛想さを恐れず話しかけるが、ほぼ初対面の少女が気楽に話せると思えない。実際ここに来るまで、会話らしい会話は全くなかった。
「『ほのか』で構いませんけど……」
「じゃ、ほのか」
当人の許可も出たことだからと、早速十路は呼び捨てて、注文をつける。
「バイクの後ろに乗り慣れてないみたいだから、怖いのはわかるんだが……俺にしがみついて動かないか、体を離して動きを合わせてくれるか、どっちかに欲しい。中途半端だと運転してて怖いんだ」
オートバイの二人乗りは、運転手は当然だが、同乗者もある程度の経験を要求される。
ハンドル操作よりも、体重移動で操作する割合が多い。そして二輪車が不安定なのは当然で、しかし自転車とはスピードが違う。更に自分で操作するのではなく、別の人間に委ねていることに、不安と恐怖を抱くのが普通だ。
だから十路が普段二人乗りをする際、部員三人のうち二人には『しがみついて動くな』と言って乗せている。同乗者も体重移動でアシストしてくれる方が、負担も少なく運転が楽だが、乗り慣れていない同乗者は、荷物と化して動かない方が安心できる。
(部長は論外として、なとせもようやく二人乗り慣れしてきたけど……まだ木次と乗るほど楽じゃないんだよな)
不意に思考が逸れたことに気付き、十路はヘルメットを被る。ほのかが乗り慣れていないことは改めて確認できたので、彼女が被ったヘルメットの具合を確かめて、先に《バーゲスト》に跨って後ろに乗せる。
やはり抵抗があるだろうが、ほのかが行きの道中よりは、気持ちしっかりしがみついたのを確認し、安全運転で緩やかに発進する。
「ほのかはどう思ってるんだ? 今の状況」
走り始めてから十路は、ヘルメットに仕込まれた無線を使って話しかける。
『どう、って……?』
「謂われのない嫌がらせを受けてるのは本当だ。それで親が入院したかは不明だけど、それをどう思ってるのか」
『……そのことなんですけど』
十路の質問を別な話にしようとして、彼女は言い置いて迷ったらしい。無言の時間がしばらく過ぎて、しかし意を決したように続けられる。
『堤さんと、なとせちゃんは、《魔法使い》ですか?』
確認の疑問ではなかったが、なにかしら確証あっての言葉だった。
「なんでそう思う?」
核心的な問いにかすかな驚きを感じたが、十路は感情を外に出さない、いつもの平坦な声で問い返す。
『その、神戸で起こったことで、《魔法使い》のニュースで……』
「あぁ。ニュースになってるな」
『その時、このバイクによく似たバイクが……それにこのバイクのナンバープレートも、神戸ですから』
十路たちが神戸で起こした大事件は、一般人にも撮影されて、その映像は動画サイトにアップされたり、ニュースにも使われている。
その中には疾走する《バーゲスト》と、跨る十路が映ったものもあった。
しかしその時、十路は正体を隠していたし、時速一〇〇キロ以上で走っていたのだから、撮影されたのも一瞬のことだ。特徴的な赤と黒のカラーリングはともかく、車体そのもの判別となると、かなり怪しい。
つまり乗っているオートバイが似たような色合いというだけで、十路たちが《魔法使い》という根拠は乏しいはずだが。
(散々怪しい場面を見せただろうしな……)
非常事態的に腕力に訴えかけたり、《バーゲスト》単独で動くところを見られた様子があるので、疑われて当然だとも思う。
「もしも俺たちが《魔法使い》だとしたら、どうする?」
しかし安易に本当のことは話さない。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
そして一般人の認識は様々だ。人間兵器という部分が強調されて不必要に恐れられたり、おとぎ話の『魔法使い』と同等のように過度な好奇心と期待を持たれることがあるので、用心する。
《魔法使い》とは、広く周知されているとはいえ、裏社会に生きる存在なのだから。
『学校で聞きました……神戸の学校には《魔法使い》がいて、願いを叶えてくれるって……』
そんな用心は理解していないだろう。たどたどしくあるが、必死さが窺える声で、ほのかは訴える。
『だから、もしかして――』
「アイツらは親切な連中じゃない」
言いたいことなどわかっている。だから十路は冷たい声で割り込む。
「神戸市民だから、《魔法使い》って呼ばれてる連中のこと知ってるから、教えておく。アイツらはおとぎ話の住人じゃなくて、少し人と違うことができるってだけの、ただの学生だ。せいぜい警察や消防と同じくらいに考えた方がいい」
嘘はついていない。十路と南十星が《魔法使い》であることを隠し、ただの学生であることに多大な願望を込めているが、嘘はついていない。
「あいつらに頼めばなんでも願いが叶うなんて、間違った考え方だ。それよりもっと、現実的なことを考えろ」
『……………』
振り向いて顔を窺わなくても、ほのかの気持ちがしぼんでいるのがわかるが、十路はなにも言わずに、ただ思う。
(二一世紀の《魔法使い》に、夢や希望を押し付けられても困る……ん?)
その時、スピードをデジタル表示していたインストルメンタル・デイスプレイが切り替わり、後方車載カメラの映像が表示された。ほのかが乗っているために、イクセスは声を出さずに注意を促した。
映像に目を走らせ、ミラーでも確認する。後方から自動車が急接近していた。それも一台だけではなく、二台ある。
先を行くのは白いニッサン・スカイラインGT-R。古くから生産されている乗用車の系譜でありながら、レース目的で開発された車種であり、日本を代表する高性能スポーツカーだった。
続くのはスバル・インプレッサWRX STI。素人目にはごく普通の乗用車としか思えないが、ラリーやサーキットで、一部ではパトカーとしても幅広く活躍している車だ。
「しがみつけ! 舌を噛まないよう歯ァ食いしばれ!」
『え? ――ひゃぁっ!?』
剣呑な気配を感じ、背後の少女に構うことなく、十路は首が後ろに持って行かれるほどの急加速する。
応じて自動車二台も更にエンジン音を高めて、追ってきた。目当ては明らかに十路たちだった。
山間の田舎町で、唐突にレースが始まった。
十路の運転技術は、プロレーサーなどと比べたら大したものではない。だが度胸だけは負けておらず、しかも乗っているのはただのオートバイではないため、本気で競争すれば、サーキットで走るプロでも勝てると思っている。
普通、オートバイを傾けて、減速しないまま急カーブに突入すれば、倒しすぎてグリップを失って転倒するか、ハイサイドと呼ばれる現象で吹き飛ぶ。
しかし主には搭乗者の運転に従い、AIが最適運転補助を行い、前後輪を独立させて動かせる《使い魔》のセミ・マニュアル操作モードならば、四輪車並みのドリフト走行でカーブを突破する。
電動車は非力と思われがちだが、《バーゲスト》が搭載している動力出力は普通のオートバイと大差ない。そして静止状態からでも三秒あれば最高速度に届くのだから、加速性能はエンジン車の比ではない。
車体がオートバイの限界を突破しているため、その走りはプロレーサーでも追いつけない。
『――ぃぃぃぃぃっ!?』
しかも普通、サーキットに壁などなく見通しが効く。曲がる際、内側の壁面にヘルメットがかするほどの命知らずなライン取りが、プロレーサーでもできるかは微妙だろう。
ただし、《使い魔》とオートバイが別物であるように、四輪車とも事情が全く異なる。
スカイラインGT-RもインプレッサSTIも、ガソリン排気の呼吸をし、タイヤの四肢で荒々しく追従する。運転しているのは、公道レーサーのような『好き者』なのかもしれない。普通に運転するだけでは絶対に身につけられないテクニックを駆使し、自動車は十路たちを追跡してくる。
しかも徐々にではあるが、差を縮められている。
「しぶといな……」
――小回りは二輪が上ですけど、パワーそのものは四輪に分がありますからね。
ミラーを確認して十路がこぼすと、イクセスがディスプレイに文字を表示した。
――あんなの《魔法》使えたら、軽くぶっちぎれるのに……こっちは音速突破も可能なのに……そこまでスピード出さなくても、タイヤのグリップを操作して、スタビライザーを発生させるだけで充分だというのに……前の部活で壊れて修理がされていない上に、バッテリーも交換されていない状態で、こんな旅につき合わされているせいで、あんなロートルな車すら引き離せないなんで……わかってます、トージ? これ《使い魔》としてはものすごく恥なんですけど? こっちはその気になれば新幹線どころか飛行機にも負けないんですからね? なのにあんなたかだか三〇〇馬力程度しかもせいぜいン百万円台の安物とくだらない鬼ごっこなんて――
スクロールされて次々と表示されるイクセスの声なき愚痴は、言葉を変えて延々とループして続く気配を見せたので、十路は思わず怒鳴りつける。
「やかましい! チと黙レ!!」
『ひゃい!?』
「あ、悪い。ほのかに言ったんじゃない」
無線越しの声に勘違いしたほのかに謝ったが、『ならば誰と話していたか』などは説明しない。
――それで、どうする気ですか? 気づいてると思いますけど、連中、アルマデル社の関係者に雇われたみたいですけど。
イクセスが文字で教え、画像も併せて表示する。
後方カメラで捉えた映像の切抜きを拡大されると、後部座席に見覚えあるサル顔があった。運転手になにやら喚いている様子が窺える。
「……予感はしてたけどな」
十路はヘルメットの中で嘆息つき、海岸線沿いから山側へ入ったなだらかな道で、腰にしがみつく少女に問う。
「ほのか」
『ひゃい!?』
「アルマデルの連中が、嫌がらせに追いかけてきてる」
ほのかが掴まったまま、追走する車に振り返る動きが伝わった。ヘルメットを被っているため、彼女がどういう顔色かわからないが、そもそも十路は考慮せずに必要な話題のみを伝える。
「このまま普通に鬼ごっこするだけなら、追いつかれる。だからどうする?」
『え? え? どうするって……?』
急に判断を委ねられ、泡を食う少女に、十路は選択肢を提示する。
「一番。車が入って来れない山に入って、無茶な障害物走で振り切る。ただし、ほのかの身の保障はできない」
《バーゲスト》は街乗り用のバイクだが、パワーに物を言わせて、道なき道を走ることも不可能ではないし、それくらいのテクニックならば十路も身につけている。
『えぇと……わたし、具体的にどうなっちゃうんでしょうか……?』
「多分バイクの後ろが軽くなる」
『落ちちゃうんですか!?』
「落ちるだけならまだいいと思う」
モトクロスのような走破は、普通二人乗りでやる事ではない。ジャンプから着地した途端に、ほのかが振り落とされても不思議ない。そして下手な場所で振り落とされれば、再起不能のケガを負うことも考えられる。
「二番。連中の車をなんとかする。ただし、やっぱり振り落とされるかも」
『三番は!?』
「ない」
『どちらでもわたしは落ちちゃうんですか!?』
「しがみつく難易度は、二番の方が低い……かも?」
『二番でお願いします……!』
必死にしがみついているので、ほのかも余裕はないのだろう。
十路がなにをする気か、聞き返すこともなく選んでしまった。
「了解。拡声しろ」
そして十路は受諾し、イクセスに命令してしまった。
「こっちはレースに付き合う義理はない。一〇数える間にスピード落とせ。まだ遊びに付き合わせる気なら、アンタたちの車を潰す」
《バーゲスト》のスピーカーで拡声しているから、車の中でも聞こえるだろう。向こうが後方なのだから、声が風に流されても届くだろう。
しかし様子を見ても、車の動きは変わらずに、十路たちを追跡してくる。
「……仕方ないな」
だから一〇秒後、ブレーキと体重をかけた。
『ひゃぁぁぁ――――!?』
悲鳴が上がったがもう遅い。減速したために、追跡してくる一台目の車と急接近する。重量が違うのだから、そのまま衝突すればオートバイの方が負けるに決まっている。
だから減速と同時に後部を浮かせて前輪走行で距離を詰め、そのまま車の上に乗り上げて、ボンネットとフロントガラスをジャンプ台にして、後ろ向きに飛び超える。オートバイと人間二名の重量で車体が傷ついたが、『潰す』と警告したのだから知ったことではない。
『んぐっ!?』
走りながら着地した時、舌を噛んだっぽい声が聞こえたが、気にしてなどいられない。減速しても時速一〇〇キロ以上の速度はある。それで転倒せずに着地するのは、相当に難しいので。
そして二台目が後ろから、更にスピードを上げたから。『嫌がらせ』を完全に超えた行為だが、後部座席でなにやら『サル顔小男』が指示を出している様子だったので、運転手は仕方なくやっているのだろう。既にかなりの高速で走っているというだけでなく、気が進まないといった様子で、相対速度上はゆっくりと車体をぶつけようと近づく。
『――ひっ!?』
だから十路は車体を旋回させる。後輪が固定されて前輪で進行方向を変えるだけの、オートバイの曲がり方ではない。前後輪が独立駆動する《使い魔》は、戦車などの履帯車両にも通じる、その場で向きを変える信地旋回が行える。
『ひゃわぁああぁぁぁっ!?』
突然車体が一八〇度回転し、経験したことがないだろう高速での後進に、壮絶な悲鳴が上がった構わない。オートバイではありえない挙動にポカンとした運転手に、十路は人差し指をチョイチョイ動かして挑発する。
『ひぃぃやぁ!?』
『サル顔小男』が我に返って口を動かし、運転手も我に返ってアクセルを踏んだと同時に、反動をつけて、イクセスも同時に足回りを操作して跳ぶ。悲鳴が上がったがもう遅い。衝突しようと急ブレーキをかけたスカイラインGT-Rと、轢く勢いでアクセルを更に踏み込んだインプレッサSTIの間から、上へと退く。オートバイのパフォーマンスで、タイヤとサスペンションの反動だけで、三メートル程度の垂直跳びをするライダーもいるのだ。《使い魔》ならばもうひとり人間を乗せていても、それくらいのジャンプはできる。
するとどうなるか、など考えるまでもない。勢いよく接近した二台の車は、互いを避ける間もなく激突した。高速で走っていたために、ビリヤードの玉が衝突したように、勢いよく別々の方向へとスピンしながら弾き飛ぶ。
スカイラインGT-Rはガードレールに跳ね返り、道幅いっぱいに暴れ回って、古い電柱にぶつかって停車した。
インプレッサSTIは斜面に乗り上げて、火花を散らしながらボディで滑走して横転し、腹を空に向けて静止した。
「ド派手に事故ってくれたもんだな……」
追衝突しないよう、路面にゴムの轍を刻みながら十路は停車して、自分が狙った交通事故現場に小さく息を吐く。
漏れた冷却液が加熱部に触れて蒸発しているのだろう。シューシューという気化音に混じり、人間のうめき声がする。割れたウィンドウから覗ける車内は、エアバッグが機能を発揮し、モゾモゾと人体が蠢いている。
二台の自動車は大きく変形し、廃車するしかない状態だが、事故時防御性能を遺憾なく発揮し、乗っていた者たちに死亡者はいないようだった。もちろん無傷というわけにもいかず、車から出るのもひと苦労といった様子だったが。
「とりあえず救急車は呼んでやる。後は自分たちでなんとかしろ」
完全に自業自得なので、十路は同情するつもりはない。そしてこれ以上のトラブルもご免したい。番号を逆探知されてしまうため、携帯電話で連絡せずに、通りすがりの公衆電話か、誰かの家に連絡を頼むつもりで、アクセルバーを捻って走り去る。
「ほのか」
走りながら背後の少女に声をかけるが、なんの反応もない。腰に回された手を叩いても、やはり反応がない。背中にベッタリとくっついてるため、振り返っても顔は確認できない。
【気絶してるのでは?】
オートバイが声を出しても、反応がない。イクセスが言う通りとしか思えなかった。
重力に逆らった疾走で恐怖心をあおるジェットコースターも、安全が保障された乗り物なのだ。それよりも速い速度で、しがみ付くだけで体が固定されていないまま、平然と乗り切る胆力を一般人の少女に求めるのも酷だろう。
幸いにもほのかは、きつく十路にしがみ付いたまま意識を手放している。だから走っている間に落ちないよう、安全運転を心がける。
【ところで、帰ってから彼女の状態を、どう説明するつもりですか?】
「あの悟、妹のことかなり気にかけてるみたいだったからな……」
しばらく考えて、十路は重々しく頷く。
「よし。気絶したのは、追いかけて来た連中のせいってことで」
【間違いではありませんけど、主にトージのせいですよね?】
「間違いでなければなにも問題はない」
【…………】
力強いとは感じないのに、キッパリとした物言いに、イクセスはツッコミを諦めたらしい。
【それよりトージ。今の鬼ごっこで、かなりバッテリーが消耗したんですけど?】
代わりに別の危惧を伝えた。
ディスプレイに表示されているバッテリー残量は、一割を切っていた。
【概算では次の目的地まで持つつもりでしたが、これでは間違いなく移動途中でバッテリー切れします】
「家庭用コンセントからでも充電できたよな?」
【一応は可能ですけど】
「宿で充電させてもらうか……」
【後で問題が起こっても知りませんよ?】
それが嫌だから、今まで充電スタンド以外から充電しなかったのだが、背に腹は変えられないと、十路はオートバイにため息をついた。




