035_0010 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅱ 激突! ダンプ特攻返り討ち!
軽トラに先導されて辿り着いたのは、小さな港町からほんの少し外れた山中にある、一軒の建物だった。
「おー。民宿ってってもかなりホンカクテキ。しかも船宿なん?」
オートバイの後ろから降りながら、南十星は看板を見上げて感嘆の声を上げる。
築百年近いかもしれない。古民家と呼ぶに相応しい、年月が風格となった田舎風建築だった。客室として利用しているのか、離れまである。
建物の玄関上には見事な毛筆体で『漁師宿 民宿 いうら荘』と書かれている。
「親父は漁師だったんだが、歳のせいで船を降りてな。それでこの民宿始めようって、本式になって改築したんだ」
「でも、リョーシヤドあるけど?」
「俺が客の釣りに船を出すこともある」
別棟の車庫に停めた軽トラから降りながら、青年は愛想なく言う。海の男らしいかもしれないが、一応客相手の商売をしている割には、ぶっきらぼうな言い方だった。
そして彼は付け加える。
「あぁ、それから。サービスは期待すんなよ」
「へ? 民宿っしょ?」
営業中の宿だと思ったから、助ける引き換えを提案した。だからその言葉は意外だった。
だが彼は、南十星の質問には答えない。その答えが、そこにあるからかもしれない。
大量のビラが貼り付けられて、ペンキでデカデカと『金返セ』を書かれていた。
それに青年は舌打ちを鳴らし、引き戸のどこか懐かしい音を鳴らして、建物に入ってしまった。
「……ま、そんなことだろうとは思ったけどな」
詳しい話は中ですればいいかと十路は思い直し、軽トラの助手席から降りた少女に声をかける。
「バイク、この辺りに停めて大丈夫なのか?」
「え? あ、はい」
農家だったらトラクターが止まっていそうな車庫の壁際に、古い原動機付きオートバイや、シートが被された物があったので、並ぶようにバーゲストを停める。
後部横の黒い追加収納ケースと、アタッチメントに掛けたアタッシェケースを外していると、少女はバーゲストに不思議そうな顔をして近づいて、無意識の仕草で手を出した。
「あれ……? このバイク……?」
「コイツ気難しいから、あまり触らない方がいい。ただでさえ最近、機嫌がいいとは言えないし」
「?」
まさかオートバイが意思を持ち、自分で動くなど思うはずはない。十路の言い方に、少女は疑問符を浮かべたが、ともかく『触るな』と言われたのだと認識したのだろう。素直に手を引っ込めた。
△▼△▼△▼△▼
コンビニ前の騒動から、早々に軽トラとオートバイに分かれて移動したため、ほとんど情報交換をしていない。
談話室のように使うのか、もしかすれば食事時にも使うのかもしれない。小さいながらも囲炉裏のある部屋に座り、話が再会された。
「堤……じゅうろ? それに……みとほし? なんて読むんだ?」
「十路と南十星」
必要事項を記載して返した宿帳を見て、青年が疑問に顔をしかめるのを、十路は気を悪くするでもなく応じた。
二人とも難読系の名前のため、初対面の相手とは、こういったやりとりは珍しくない。これまでの人生において、十路は初見でも数回は正しく呼ばれることがあったが、南十星にそんな経験はない。もっとも彼女は二重国籍で名前を二つ持っているため、欧米風の名前で呼ばれる機会が多かったせいもあるが。
「学生か?」
「あぁ。夏休みだから長期のツーリング中」
旅をしている理由は、事実をボカして伝える。
未成年者の二人旅では、こういう反応も珍しくない。駆け落ちはありえないだろうが、家出だと思えてしまうからだろう。ホテルや旅館の従業員としては、当然の注意だろうが、警戒されてしまうことが多い。
考えようによっては、二人はもっと悪い理由で逃亡生活を送っているわけだが、それはさておき。
「そんで。あたしたちの名前はヤドチョー通して知れたわけだけど、おにーさんたちの名前は?」
基本的なことを南十星が問うと、青年は自分と、タイミングよくお茶を淹れてやって来た少女を示す。
「オレは沢浦悟。そっちは妹のほのかだ」
麦茶と茶請けを十路たちの前に置いて、少女が口を開かず、軽く頭を下げる。家が客商売をやっていても、どうやらあまり外向的な性格ではないらしい。
話そのものは兄に任せる気だろうが、彼女は残って一緒に聞くべきかという迷い――より正確に言うなら、十路たちをチラリと見たことで、興味を示した。
「ほのか。ここはいい」
だが兄のぶっきらぼうな言葉で、お茶を置いて、しぶしぶと気持ちを残して下がってしまった。
「で、だ。本題に入るとだ」
十数分前にアイスコーヒーを飲んでいたが、夏の日差しの下を走っていたのだから、すぐに喉が乾く。麦茶で舌を湿らせてから、十路が口火を切る。
「ワケありっぽいな?」
「民宿なのにサービス期待すんなって、どゆこと?」
南十星も追従すると、『話したくない』とでも言うように、ぶっきらぼうに悟と名乗った青年は言う。
「表見りゃわかるだろ……それに宿をやってるのは親父とお袋なんだが、今は入院してるんだ。俺は普段宿に関わってないし、ほのかもせいぜい手伝いだから、サービスは期待するなってことだ」
「雑草のスープじゃなくてミソ汁出てきて、ダンボールと新聞紙の寝床じゃなければジョートーだって」
「…………」
きっと南十星は、最低レベルを考えれば、どんなもてなしでも充分という意味で言ったのだろう。
だが、悟に曲解されたらしい。驚きと哀れみの目を向けられた。
「貧乏旅行なのは確かだけど、そんな生活してるわけないだろ」
さすがに不本意だと、十路は憮然として口を挟んだ。
「金なし野宿って割り切るなら、山ん中に小屋でも作って、イノシシとかシカ狩って、もっと豪華に暮らしてる」
「そこそーゆー問題じゃないから」
極限環境での生存法、拠点構築など、戦場でのサバイバルに慣れている元陸上自衛隊特殊隊員の兄に、南十星が素で突っ込んだ。
そんな言葉を十路は無視して、麦茶にもう一度口をつけて、本当に知りたい話を変える。
「それで。アルマデル社の人間に絡まれてた理由は?」
「…………」
いつも通りの口調で十路が問うと、悟は今まで苦々しく顔をゆがめた。
ありありと話したくないと言外に言っていたが、十路は構わない。首筋をかいてやる気なさげな態度を見せていながら、逆に無言で話をうながす。
私服でも学生らしさが漂う十路の方が、見た目からして年下に見える。だが荒事をなんでもない顔で片付ける胆力と技術から、只者だと思えるはずはないだろう。
「話を受けてたのは、親父とお袋だが、俺も詳しくはないが……」
悟は観念したようにため息をついて、気の進まない口調で話した。
「連中は、ここに工場を建てるつもりらしい。相場よりも断然高い値段で、ウチの土地を売れって交渉しに来た」
「この建物と敷地だけ、じゃないよな? 家としては広いけど、工場としては狭いし」
「あぁ。この山はウチの土地だ。ウチだけじゃなく、隣二つの土地も買収したらしいがな」
「で、その話は断ったと」
「親父たちは最初から、聞く耳持たなかった」
悟の説明が苦々しげなものから、ため息混じりに薄く後悔を乗せた口調に変わる。
「そうしたら、半月ほど前だ……親父とお袋が乗った車が事故を起こした」
口を挟まずに彼の説明を聞き、十路は頭の中で要約する。
事故の原因は、ブレーキの故障だった。十路たちがここまで走って来た、海岸線に沿った道路には、緩急問わない坂道があった。そこでブレーキが効かなくなり、なんとか道に沿ってハンドルを動かしていたものの、対応できなくなり山側の壁にぶつかって停車したと見られる。別の車や通行人を巻き込きこんでいない自損事故で、全治三ヶ月ほどのケガで済んだのは、不幸中の幸いであったが、事故原因が疑わしい。
沢浦家の父母が運転していた車は、少し前に車検を行っていた。なのに破損していたとなると、誰かが細工したと疑いたくなるるだろう。それをほぼ確定口調で悟は言う。
「あいつらの……アルマデルって会社の連中がやったに決まってる」
「証拠は?」
「他にも似たような話を聞いてる。それにここらは田舎だから、先祖からの土地だからって、他所者に簡単に売るようなマネをするはずない」
「つまり状況証拠だけか」
コンビニ前のやり取りから考えても、アルマデル社はかなり強引に土地売買を持ちかけているのだろう。
だが、証拠を残す間抜けでもない。
「警察もアテにならねぇ……証拠がないっても理由もあるが、連中は県会議員も抱きこんでやがる……」
企業規模から考えると、地方に工場を建設となると、その土地の雇用や消費にも大きく関わる。だから行政に携わる人間と協力すること自体は不思議はないが、それが癒着や献金などという問題とも結びつくことも少なくない。
そして現状では、よほどの大事にならない限り、行政や司法機関も腰を上げない。
「それに、家を宿に建て替えた時、借金をしたんだが、借りたのは地元の銀行だ……なのに借用書は、よくわからん業者が出てきた」
債権が売られた先は、玄関先の様子を見る限り、まともな金融業者ではないだろう。
しかもこれで、金融業者とアルマデル社の関係を疑わないのは、よほどの世間知らずかお人よしだろう。
一通りの話が悟の口から語られて。
「よくある話だな」
十路はまるきり他人事として、つまらなさそうに一言でまとめた。
昔の二時間ドラマでよく使われた設定のような話だ。舞台を変えれば、時代劇やファンタジーでも使われている、勧善懲悪物語の出だしと大差ない。
だが当事者には、他人事では済ませられるはずはない。十路の冷たい言葉に頬をひくつかせ、悟がなにか言おうとした気配があった。
「それで?」
だが彼が口を開く前に、先じて十路が気のない口調で問う。
「警察や行政はアテになりそうにない。連中の嫌がらせはまだ続く。そんな状態で、どうする気なんだ?」
「それは……」
悟が口ごもり、視線を移動させた。
人は記憶を探る時や、物事を想像する時に、視線が無意識に動くことがあるが、大抵上を向く。だが悟が見たのは横方向、誰もいない部屋の出入り口だった。
つい先ほど、妹が出ていった場所を見たのだと、十路は感じた。
きっと悟は、両親だけでは済まず、妹も危険に晒されることを危惧しているのだろう。
その気持ちは十路にもわかる。妹を守るために、危険な立場に身を置き続けたのだから。
「嫌がらせを受けるのが嫌なら、土地を売ってしまえばいい。連中に他の目的がない限り、それでなにもしなくなる」
しかし言葉は止めない。
十路は土地に対する愛着や執着を持っていない。幼い頃から《魔法使い》の育成校で寮生活していたから、『家』というものへの意識が低い上に、陸上自衛隊の非公式特殊隊員となってからは、世界各地に任務として派遣されているため、生活の場は『過ごしている時間が一番長い場所』以上の感覚を持っていない。
だから他人の考えに頓着しない性格も手伝って、土地に対する愛着を持つ人間でも、こんなことを平気で言える。
「それともどこかの御老公か旅の勇者が現れて、助けてくれるとでも思ってるのか?」
更に冷たい現実も叩きつける。
「そんな親切でお節介な連中、現実にいるはずないだろ」
ファンタジーのような通称で呼ばれていても、彼らは物語に出てくるような、なんでも願いを叶えられる不思議な存在ではない。生まれながらに特殊な脳機能を持っている人間に過ぎないのに、はた迷惑な誤解と生き様を押し付けられる。
教えていないのだから、彼の経歴を知るはずない。しかし現実を思い知っている二一世紀の《魔法使い》の言葉に、悟は苛立たしげに歯噛みする。
「はい兄貴。あーん」
「?」
唐突な隣から呼びかけに、十路は口半開きで振り向く。
するとお茶請けの饅頭を三つばかり、南十星に無理矢理詰め込まれた。
「んごっ!? がぼ、がぼぼぼ……!」
咀嚼することも飲み込むことできず、十路は喉を押さえて七転八倒しているが、口を閉ざさせた南十星当人は、涼しい顔で麦茶のコップを両手で傾ける。
「ちっとは空気読みなよ? 正論吐くにしても、言い方ってモンがあんでしょーが。それにフツーの人はあたしたちと違うんだからさぁ。ケーサツ頼れないってなったら、それ以上なんか行動しろってっても無理っしょ。そこら辺ももーちっと考えなよ」
南十星たちが所属しているのは、防衛省と警察庁の認可を受けている、民間の超法規的準軍事組織であり、法律が定める制限を超えて活動できる能力がある。
だから『もし警察に頼れないような事態になったら』などと考える以前に、前提そのものが違っている。警察や研究機関に頼らなくとも、それより遥かに詳細な情報を自力で得ることができ、そして実力行使が必要であれば、一国の軍隊と渡り合う戦闘能力を個人で使える。だから最初から『警察に頼る』という意識そのものがほとんどない。仮にあるとすれば『自分たちでやると面倒になるから警察に任せる』だ。
そして十路の発言は、特別ゆえの驕りとも取れ、白眼視される切っ掛けにもなりかねない。
だからなのだろう。南十星が場の空気をこれ以上悪くしないよう、彼の口を無理矢理閉ざさせたのは。
「わかった? 兄貴?」
「……! ……!」
ただし同意を求められても、十路は返事ができない。
「おい! 白目むいてるぞ!? 大丈夫なのか!?」
饅頭で呼吸困難に陥って、悟が心配するほどに、ビクンビクンと不気味な痙攣をしていた。
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唐突だが、場面は変わる。
「お前たち……」
スーツ姿の男が腕組みをして見上げる。コンビニの前で青年と少女――沢浦兄妹に強引な手段で迫ってい『サル顔小男』だった。
この男、猿渡という。背の小柄さだけではない。皺の多い顔と、耳の大きさと、名前までニホンザルのような印象ピッタリだった。
ただし今、鼻に大きなガーゼが貼り付けられている。南十星に踏み潰された際の傷だろう。
「「へい……」」
そして猿渡の前には、二人の大男がいた。
角刈り頭の力士のような巨漢――こちらが鬼瓦が、禿頭の長身細身――こちらが毒島が、申し訳なさそうに大きな体を縮めてうな垂れる。
ちなみに鬼瓦の顔面には猿渡と同じように、十路に蹴られて潰れた鼻にガーゼが貼られている。毒島の首には、投げ技で痛めたのだろう。コルセットがはめられている。
「なんてザマだ……」
「「すいやせん……」」
憤る猿渡に、残る二人は厳つい外見に似合わず、小さな声で謝るしかない。
「相手はまだガキだったじゃないか!」
上に見ても二〇歳程度の若者と、子供にしか見えない少女。その二人に体よく、ほぼ一撃で叩きのめされたのだから、三人の態度はわからなくもない。
「ですが、おやびん――」
「室長と呼べ!」
くぐもった毒島の呼びかけに、猿渡は怒鳴る。
「アルマデル・ジャパン株式会社グローバル戦略企画室室長・猿渡大五郎だ!」
どうやらその肩書きに、並々ならないプライドを持っているらしい。ただしそう言い切る痩身短躯あとついでにサル顔の猿渡に、残念ながら威厳はほとんど感じられない。
「あの、室長……」
彼の気質は理解しているのか、反論することなく毒島は言い換えて、考えを伝える。
「あのガキ二人が何者か知らないですけど、関わりがあるって風じゃなかったですぜ?」
続けて鬼瓦も考えを……ある意味その体形に似合うなまった口調で伝える。
「ただの通りすがりって風でしただす」
「ふむ、確かに……」
猿渡は顎に手を当てて、考えるポーズを作る。
あのやり取りを誰が聞いても、十路たちは通りすがりで手を貸したとしか取らないだろう。
「あいつらは、もういないだす」
「ってなりゃ、もう邪魔はねぇですぜ」
「そうだな……」
部下二人に言われ、猿渡は改めて深く腕を組んで納得する。
残念ながら、彼らを叩きのめした兄妹はその直後に、問題の兄妹の家に泊まる算段を話し合っていたのだが、痛みに呻いていたり気絶していたりで聞いていなかった。もしも聞いていたら別の判断を下したかもしれないがそれは仮定の話なのでどうでもよくて、猿渡は決意を新たに、重々しい口調で方針を下した。
「あの土地を手に入れるために、今日中に目処をつけるぞ」
「そこまで急ぎですかい?」
「上層部から事を急げと言われている」
彼の決意に思うところあったのだろう。
部下二人は顔を見合わせ、ゆっくりと頷き合う。
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「ここまで死を覚悟したのは去年の二月以来だ……! お花畑が見えたぞ……!」
詰まっていた饅頭を吐き出した十路は、動悸が激しい胸元を押え、息も絶え絶えだった。
ちなみに昨年の二月、見てはならないお花畑を見た原因は、殺人的な味に作られた南十星お手製バレンタインチョコだった。戦闘で死を覚悟する時は瞬間的で、自覚する暇がないため、任務で見えてしまうことは意外と少なかったりする。
「特になとせの応急処置で死ぬかと思ったわ!?」
さすがに南十星もやりすぎたと自覚してるらしく、弁解は目を泳がせてのか細い声だった。
「いや~……こういう時の応急処置、前にジュリちゃんに聞いただけで、やり方わかってないし」
「だからってみぞおちにジャンピングニー落とすか!?」
「にはは……今度べんきょーしときまーす……」
いくら南十星の体が軽いとはいえ、跳んで体重プラス重力加速度の力が乗った膝から、しかもあお向け状態で急所に乗られたら、命の危険を感じるほどの衝撃だった。お陰で詰まった饅頭は飛び出て、囲炉裏の中に落ちたが、もっと安全確実な方法があったに違いない。お年寄りが正月に餅を詰まらせる事故で、こんな応急処置をすれば、確実に天に召されてしまう。
「…………」
そんな兄妹の口ゲンカを見ていた沢浦家の兄は、ドン引きしていた。
喉を詰まらせる事故が起これば、慌てて背中を叩いたりするものだろう。だが、気付いた妹が直後にやったことは、膝で容赦なく思い切り踏むという行為だった。そんなことを目の前でやられれば、普通は引く。
なにはともあれ、救急車を呼ぶまでの事態にもならず、ほっとした空気が流れる。
【トージ! ナトセ!】
そこに、この場にいない、女性の切迫した大声が届いた。
南十星と十路は一瞬だけ視線を合わせて、同時に駆け出す。靴をはく暇も惜しんで外へ飛び出す、誰も声をかける暇もない機敏な動作だった。
乱暴に引き戸を開けると、十路たちの視界にダンプカーがあった。ゆっくりした動作だが、細い山道を通って確実に沢浦家の敷地に入ってくる。山道で向きを変えるならばもっと手前で停まるはずだが、だがその様子がないために、イクセスは警告したのだと思えた。
ダンプカーを運転しているのは、見覚えのある『角刈り巨漢』だった。家の中から出てきた十路たちを見て、脂肪に埋もれかけた細い目を見開き、驚いた様子があった。
「イクセス! 飛び込めるか!?」
足袋裸足ならぬ靴下裸足だが、構わず玉砂利を駆けながら、十路は叫ぶ。後ろには南十星も同様についてくる。
【ドアを開けてください!】
オートバイは頭を奥にして車庫へ入れたはずなのに、方向転換して最大限距離を取っているのを確認する。
細い道を抜けたため、ディーゼルエンジンの重い音を響かせて、ダンプカーは加速する。向こうから距離を詰めてきたことに加え、まだ充分な加速を得ていないため、走る巨体に取り付くのは容易だった。十路は運転席側に、南十星は助手席側に。ステップに足をかけ、サイドミラーの支柱に手をかけて登る。
唯一の危惧はロックされていることだったが、きっとダンプカーで家に突っ込む前に飛び出すつもりだったのだろう。十路が手をかければ、難なくドアはいっぱいに開いた。
そこへバーゲストが真横から強襲する。電動車ならではの急加速で短い距離で勢いをつけ、タイヤの空気圧とサスペンションを操りジャンプし、座席の形状に合わせて車体を斜めにして、開かれた運転席に飛び込んだ。
「ぶほぉぉっっ!?」
『角刈り巨漢』の体重も大差ないように思えるが、オートバイによる乾燥重量二一〇キロの体当たりは、硬さと勢いが違った。
「ばははーい」
南十星が開いた助手席側のドアから、飛び出すオートバイに引っ掛けられたまま、巨体が車外に転がり落ちた。
アクセルから足が離れたので、加速は止まったが、ダンプカーそのものは慣性で動いている。だから十路が落ち着いて運転席に乗り込んで、ブレーキをかけて停止させた。
停止したのは、沢浦家の壁まで一メートルを切った位置だった。イクセスの警告があってギリギリだったと、十路は小さく安堵の息をつき、エンジンを切って車を降りる。
「ダンプ特攻なんて任侠映画みたいなこと、マジやるとはね」
「うご……! うぐぐ……」
そして大の字に倒れた『角刈り巨漢』と、しゃがんで頬をペシペシ叩いている南十星に近づく。
【どうせ特攻するなら、荷台にガソリン満載して火ダルマでとか、やる気を見せて欲しいですね】
「それやられたら、俺たち死ぬ」
側に停車しているオートバイにツッコんで。
ボサボサの短髪頭をかきながら、十路は辺りを見渡し、巨漢を見下ろして、顔をしかめる。
「さぁて……仕方なかったとはいえ、困ったな」
「なんが?」
「現状ではこちらに被害はない。だからコイツがダンプでこの家に突っ込もうとした理由を、『運転を誤った』とか言い訳されたら、逆に俺たちが過剰防衛でしょっ引かれかねない」
痛みで動けないのだろう。『角刈り巨漢』の頬をプニプニつつきながら問う南十星に説明すると、気を利かせたイクセスが報告する。
【陸運局のデータベースで、登録ナンバーを照合しました。このダンプカーは、市内の建設会社のものですね。借りたか奪ったかまで不明ですけど】
「盗難車ってわかってるなら説得力あるから、警察に任せられるんだがな……だったらその会社の近くで、コイツごと乗り捨ててくるのが一番か……」
『気は進まないけど』と盛大に顔をしかめていると、南十星がキョトン顔を向けて問う。
「あれ? 兄貴、クルマの免許持ってたっけ?」
「持ってないけど運転歴五年」
「……ダンプって、バイク乗れたら運転できたっけ?」
「《使い魔》に乗るようになったら、大抵の乗り物は動かせるようになった。車は普通から大特まで全部任せろ。あと小型船舶と、ヘリと飛行機も飛ばすだけなら操縦できる」
「……兄貴が言ってること理解できないの、あたしがバカだから?」
「いいや。マトモだから」
南十星には珍しく、額に人差し指で当てて、兄の言葉に素で悩んでいた。
ちなみに十路が陸海空問わずで乗り物を運転できるのは、もちろん非公式特殊隊員としての経歴が原因だった。大型特殊車両――つまり戦車や自走砲は、富士演習場の広大な敷地で訓練させられて、そして海外での任務では、船を使って強襲揚陸を行ったり、ヘリや戦闘機を奪って帰投したこともあるので、無免許でも見よう見真似で動かせる。好き好んで操作方法を覚えたわけではなく、また安全に動かせるかについては大いに疑問が残るが。
振り返ると、遅れて外に出てきた沢浦家の兄妹がいた。妙な位置に停車したダンプカーと、地面に転がる『角刈り巨漢』を見て、なにがあったかおおよそ理解したのだろう。固まっていた。
「一応訊くけど、これ運転できる?」
ダンプカーを指し示して十路が声をかけると、兄の呪縛は解けて、首をフルフルと振る。
「それじゃあ、アルマデルのアイツを縛るロープとガムテープが欲しい。それに放置して熱中症で死なれたら目覚め悪いから、飲み物とストローも。中身は水で構わないけど、一.八リットル以上のペットボトルで。ストローもその底まで届く長さが必要だ。あと、あればでいいけど滑車も。あの体重を荷台に運ぶのはひと苦労だし」
「わ、わかった」
『やっぱり俺が乗り捨ててくるしかないか』とウンザリ顔なのに、しかし矢継ぎ早に目的説明込みで的確な指示を与えられて、悟はカクカク頷いて家の中へ消えた。
異常事態を平然と対処して、その後もテキパキ対応する十路たちを、明らかに常人と思っていない反応だった。
「……なにか言われれば、その時か」
これで宿泊が御破算になることも考えられたが、向こうからなにか言われない限り、十路は無視することにした。追い出されれば抵抗せずに出て行くが、こちらから斟酌して出ていく気はない。彼の性格もあるが、このくらいは図々しくないと、《魔法使い》などやっていられない。
兄はそんな反応だったが、妹はどんな風に反応してるかと、十路が視線を移動させると。
いつから見ていたのか知らないが、サンダルを突っ掛けて飛び出したほのかは、呆然の体で呟いた。
「さっき、バイクがひとりでに動いてませんでした……?」
ほのかが見つめる先には、バランサーの性能を発揮し、誰も支えず、スタンドも使わずに、直立停止しているオートバイがあった。
【……あ】
疑いの目で見られる理由が自分の姿勢だと、イクセスは遅れて気づいたのだろう。バランス制御を切り、ただの自動二輪車らしく、ゴロンと間抜けな風情で横倒しになった。
直後になんとも言えない沈黙が流れる。きっと誰もが『今さら?』と考えたに違いない。
「ほらほらほらー、ただのバイクだよー。さっき立って見えたのはただの偶然だよー」
「え、でも……それに女の人の声が……」
「えーと……防犯ブザー?」
自分でも白々しいと理解しているだろうが、一般人には秘密の存在である《使い魔》の正体を隠すために、南十星はこめかみに嫌な汗を流しながら言い訳を重ねる。弁解する方がより疑いを深めると理解しているのかは不明だが。
「なにやってんだ……」
十路としては、いざとなれば『研究開発中のロボット・ビークル』までくらいなら、話すしかないかと諦めている。
ただし《魔法使い》の戦車という真実は、明かすには問題が多すぎるので黙るしかない。




