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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の旅行
133/640

035_0000 【短編】総合生活支援部校外活動記録Ⅰ 開戦! コンビニ前のツープラトン攻撃!

 着ているのはタンクトップにライダースジャケット、色あせたジーンズをはいている。カップのアイスコーヒーを片手に、大型オートバイに体重を預ける兄が問う。


「調子悪そうだけど、大丈夫か?」


 長袖Tシャツにオーバーオール、頭にはキャスケット帽を載せている。縁石に腰を下ろし、ツナマヨおにぎりをモソモソ食べつつ、妹が返す。


「んー……まだホンチョーシじゃないけど、寝込むほどでもないよ」


 この世界には、《魔法使い(ソーサラー)》と呼ばれる特殊能力者がいる。そして二一世紀の現代において、彼らは国家に管理されるべき兵器として扱われる。

 二人もまた《魔法使い(ソーサラー)》であるが、その中でも特殊な経歴により、国家の管理から外れた生活を行っている。

 同じ姓だけでなく、《魔法使い(ソーサラー)》という同じ境遇を持つ、(つつみ)

十路(とおじ)(つつみ)南十星(なとせ)兄妹(きょうだい)は、それ(ゆえ)につい先日、神戸市内で大規模な戦闘を行うことになった。


「兄貴ぃ……やっぱ《魔法》って、使いすぎると体にドクだね」

「人外の能力を、なんの代償もなしに使えるなんて、考えが甘すぎるだろ」

「だけど兄貴もバカスカ《魔法》使った割にはへーきそーじゃん?」

「慣れだ」

「うへぇ……血ヘド吐いて血尿タレ流すようなの慣れるって、マトモじゃないって」

「あのなぁ、なとせ……? 少しは女子中学生の自覚を持てよ? 下品だろ?」

「だけどさぁ、実際のところ出たし。さすがのあたしもトイレでビビッたね」


 その後始末(あとしまつ)の間、戦闘を行った彼らが注目されるのは非常に危険なため、ほとぼりを冷ます期間を置くために、目的地のない国内旅行に出かけていた。

 今はその最中、北陸の海沿いを走る国道のコンビニで、休憩を取っていた。


戦闘(ぶかつ)直後に神戸を逃げ出してから、ほとんど移動しっぱなしだからな……バイクの後ろに乗ってるだけでも結構疲れるし。サイドカーがあれば楽なんだろうけど」

【私にそんな物、つけないでくださいよ】


 十路の思いつきを、オートバイ当人が女性の声で拒否する。


【サイドカーが似合う車体は、ハーレーダビッドソンのようなアメリカンツアラーくらいです】


 先の戦闘でバーゲストは破損し、応急修理しかしていない。電動オートバイとして走るには問題ないが、特殊作戦用軽装輪装甲戦闘車両《使い魔(ファミリア)》としては大いに問題ある機体状態に、搭載された人工知能イクセスは不満らしい。付き合わされているこの旅の最中も、彼女の機嫌はいいとは言えず、問いも(とが)った声で出される。


【それでトージ、今日はどこ泊まりですか? まだ余裕はありますけど、バッテリーの状態からして、そろそろ都市部に行って欲しいですけど?】


 近年では電動車も普及し始めている。しかし家庭用であったり、施設用であったりと、拠点から一定圏内での使用を主眼にしている車種がほとんどだ。

 そのためガソリンスタンドのように、外部の者も使える充電スポットは、まだ少ない。だからこの旅では移動の際、そういった施設を目標に据えないと、身動きができなくなる。


「それなんだがなぁ……旅費が厳しい。夏休みに入ったから、ホテルや旅館はシーズン料金になるから、行き先も考えないと……」


 氷を噛み砕きながら、十路は悩みをこぼす。

 彼らの社会的な身分は学生でしかない。部活動という名の社会実験チームに参加していることで、奨学金という名目で毎月給料が支給されているが、生活費を除外した財布の中身は『ちょっと余裕のある学生』レベルだ。

 そんな(ふところ)事情で、国内とはいえ長期の旅行を行っている。贅沢(ぜいたく)をせず、食事や宿泊を簡素にした旅だが、やはり限界はある。


「あり? バッグにお金っぽいフートー入ってなかった? てっきりあれ使って旅してるんだと思ってたけど」


 だがそれを告白する兄に、南十星は意外そうな顔で確認する。

 戦闘終了直後に神戸を離れる予定だったため、、裏方的な仕事の多い部員に、二人分の着替えを持って来てもらった。そのバッグには心当たりのない(ふく)らんだ茶封筒が入っていた。

 それを十路は顔をしかめて説明する。


「三〇万ほど預かったけど、理事長が入れた旅費だろうから、あれ使うのは最終手段にしたい。使わずに済むなら、帰ってから返す」

「なして?」

「あの人に貸し作ると怖い。後でなに要求されるかわからない」

【「あー……」】


 南十星とイクセスが、共に納得の息を吐く。

 二人が通う修交館学院の理事長にして、所属する総合生活支援部の顧問である長久手(ながくて)つばめは、そういう意味では信用ならないため、注意しておかないならないのは、部の関係者一同の共通した考えだった。

 ならば、と南十星はペットボトルの緑茶を流し込んで、口を開く。


「だったらさ、あたしもお金出すよ?」

「なとせは入部して間もないから、まだ奨学金は支給されてないし、俺が払うしかないだろ」

「ショーガクキンはまだだけど、ギャラはあるって」

「ギャラ?」

「あたし、いちおーアクション俳優だったんスけど。生活費としておじさんたちに渡してたのに、日本(こっち)で口座作ったら振り込まれたのさ」


 南十星が修交館学院に転入してから、まだ一月たっていない。そして転入するまで彼女は、オーストラリアの伯父(おじ)の元で生活していた。そこで彼女は養成所に所属し、いくつかの映像作品で仕事をしていたらしい。一本だけとはいえ、映画で準主役もこなしている。

 大物俳優とは比較にならないだろうが、学生としては多額の契約料(ギャランティ)を手にしているだろう。だから伯父は南十星のためを思って一時預かり、転居に際して彼女に返したのだと想像する。

 普段ならば手をつけようと思わないが、今は背に腹は変えられない状況が近づいている。だから十路は腕組みして考え込む。


「イクセス。理事長の金に頼るの、なとせの通帳に頼るの、どっちがマシだろうか?」

【ナトセに頼るのも嫌なんですか?】

「金を持ってるってわかった途端、妹にたかる兄貴をどう思う?」

【最低ですね】

「だろ? 三つの選択肢として、住み込みのバイトを考えたんだが……」

【夏休みに入りましたし、観光地ならあるのでは? 移動ばかりだとナトセの体調も回復しないでしょうし、腰を据えてほとぼりを冷ますのも手かと】

「だけど働けない中学生が一緒だと、雇うの渋るだろう。それに、なにかあれば予定を切り上げて神戸に戻る必要があるから、長期では働けないし、やっぱり難しいと思う」

【となると、日雇いの仕事くらいしかないですね】

「となると、住み込みはない。滞在費との収支は良くてトントン、安けりゃマイナス」

【今ネットで検索しましたけど、『バイク配達で一万円! 時間は一時間程度です!』という仕事がありますよ】

「トラブル臭全開。イマイチ語呂の悪い『母さん助けて詐欺』の手先にされると見た」

【あ。映像作品の出演一〇万円というのもあります。これなんてトージにピッタリじゃないですか】

「俺? やらせる気ないけど、俳優業はなとせの領分だろ?」

【年齢と性別でナトセには不可能です。募集している会社の作品、マッシヴなアニキたちが愛を語る内容ですから】

「ホモビデオかよ……誰がやるかそんなバイト」

【え? やらないんですか?】

「お前、旅に強引につき合わされてるからって、こういう形で突っかかってくるのヤメロ……!」

【トージの経歴を考えたら、経験済みではないかと思っただけです。ほら、よく言うじゃないですか。戦場だと男同士でムニャムニャして発散とか。古代ギリシャの兵士は仲間意識を高めるために同性愛してたとかなんとか】

「確かにケツ狙うヤツいたけど死守したからな!」


 バイトの話はどこへやら。思い返せば四年前、非公式の特殊隊員であるために、ただの少年傭兵と身分を(いつわ)って、任務で南米のとある国で一大麻薬カルテル撲滅作戦に参加した時だった。男数人で長期潜入していたため、どうしても三大欲求の一部が発散できずに溜まる。そこで世界的にはどうしても体格の劣るアジア人で、しかも当時まだ中学生で幼さを残していた彼は、一部の者から狙われた。ちなみにその時は、軍関係者には虚実交えて恐れられる人間兵器《魔法使い(ソーサラー)》であることを嫌と言うほど知らしめて、危うく作戦を台無しにする勢いで難を逃れたと、オートバイ相手に口論していたら。


「ねーねー。兄貴ー。あれ見てみ」


 南十星に足をつつかれた。

 ここは国道沿いだが周囲に建物がない、海岸沿いの風景にポツンと建っているようなコンビニだ。そんな店に訪れる客は、長距離ドライバーが多いためだろう。駐車場は大型トラックが数台停まれるほど広い。

 南十星が示しているのは、広い駐車場の隅だった。軽トラックと黒塗りの高級車があり、高級車が進路を塞いだらしく、妙な位置に停車されて、それぞれの乗員が下りて会話している。

 こういう場所ではありがちな、事故の示談かと思いきや、内容を聞いていると違うらしい。


「お話くらい聞いてくださいよ」


 こちらが高級車に乗っていた側だろう。慇懃(いんぎん)な笑みを浮かべている、妙に猿っぽい印象のスーツ姿の小男がいる。

 その背後には、既製品とは思えないスーツを着た、力士と見紛(みがま)うような角刈りの巨漢と、痩身だが身長二メートルを確実に超える禿頭(とくとう)の大男がいる。


「その話は前に断ったはずだ」


 対するのは、軽トラに乗っていた側だろう。陽に焼けて赤銅色をした、二〇歳を超えて間もないと思える若い男だった。筋肉質な体と、無地白Tシャツに作業着のズボンという無造作な服装から、肉体労働に(たずさ)わっていると見える。

 そして青年が背後にかばうように、十路より一、二歳年下と思える、背中の中ほどまでの髪を後ろで二つくくりにした少女がいる。夏休みに入っているので、日中の時間でも学生服などではなく、半袖ブラウスに膝丈のスカートという、年齢には変哲ないごく普通の外出着に身を包んでいる。


「なにがご不満なんですか? かなりの好条件だと思いますけど?」

「どんな条件でもアンタらに売る気はない」

「おや、どうしてですか?」

「話は聞いている。ウチの隣近所も相当あくどい手段で買い叩いたらしいな」

「ははは……そのような噂があるのですか」


 『サル顔小男』と青年のそんな会話に、南十星は十路に振り返る。


「地上げ?」

「聞いてると、そんな風に聞こえるけどな」


 そんな兄妹が交わす感想には構わず、『サル顔小男』は青年相手に話を続ける。


「困りましたね……我々としても、事を荒げたくないのですが」


 ただしその雰囲気は、やや剣呑なものに変わっている。猿のような印象のままだが、人間めいた厭らしさがにじみ出る。


「お父様とお母様がいなくなられて、お二人とも大変でしょうに……」

「全部テメェらのせいだろうが……!」


 青年が顔をゆがめ、拳を握り締める。

 愛想を見せる必要のある話し相手ではないだろうが、なんとなくの印象では、彼は普段からぶっきらぼうに見える。そういう意味では十路と共通があるが、青年の場合は思春期特有の無愛想にも思えた。

 だから腕っぷしにもそれなりに自信はあるのだろう。気の短さも、その時から変わっていないのかもしれない。『サル顔小男』に向けて、拳を叩き付けた。

 しかし、そのためにいるのだろう。すぐに前に出た『角刈り巨漢』が、小男の代わりに拳を受ける。


「ぐぁ!」


 腕の太さを見る限り、青年の拳も決してぬるくはない。だが野球グローブのような分厚い手に軽々と受け止められ、しかも捻られて地面に膝を突くことになる。


「お兄ちゃん!」


 少女が悲鳴を上げて、青年に駆け寄ろうとする。だが『サル顔小男』がそれを阻む。


「困りましたね……我々としては、穏便にお話をしたいだけなのですが」


 誰が見ても『ウソつけ』と言いたくなる(いや)らしい笑みを浮かべて、誰も聞いていないと思われることをひとり(つぶや)き、自己完結する。


「では、落ち着いてお話しできる場所に移動しましょうか。おい、丁重にお連れしろ」

「へい」

「くそ……! 離せ……!」


 必死の抵抗をしているが、見た目からして膂力が違う。指示に応じた『角刈り巨漢』に無理矢理引きずられるように、青年は黒い高級車の後部座席に押し込められようとする。

 そんな光景に南十星は、兄の顔を見上げて問う。


「兄貴。どうするよ?」


 対し十路は、いつもの無表情で妹に返す。


「どうもしない。自分に関係ないトラブルに首突っ込むつもりナシ」

「うん。兄貴ならそーゆーと思った」

「なとせは?」

「あたしもボーカン」


 (はた)から聞けば薄情な兄妹だった。

 一般人の感覚ならば、明らかに『カタギ』ではない男たちを止めに入るなど、相当に勇気を必要とする行為だろう。これが血が流れるほどの場面であれば、逆に話が変わるだろうが、恐喝程度だと関わりを恐れてしまう。

 しかしこの二人は、命のやり取りを平然と行う胆力と覚悟を持っている。だから関わらない理由は少し異なる。


「あたしが大の男と()り合うなら、メダマかタマ潰す気でないと倒せないって。でも、さすがにやりすぎっしょ」

「急所狙いかよ……というか、口より先に拳か」

「じゃー兄貴はうまく取り成して、カタつけられる?」

「口で語る努力はするけど、結局は拳で語ることになると思う」


 トラブルは力づくでしか解決できない人間だと、自分たちのことを評価していたからだった。


「テーバンの『ケーサツ呼びます』とか『おまわりさん、こっちです』とかやってみる?」

「こんななにもない場所だと、パトカー来る前に逃げれるだろうし、意味ないだろ」

「動画とってネットに上げるか」

「どう考えても手遅れだろ」


 同情を込めているが、あっけらかんと二人は言い合う。

 他人の目がほとんどないため、よくある脅しは意味がない。更に本当に警察沙汰になり、自分たちが身分証の提出を求められる事態になれば、厄介なことになる。

 いま日本どころか世界を騒がしている、史上初の《魔法》テロ事件に関わった人物なのだから。いい意味でも悪い意味でも、過剰な好奇心を持たれるのは想像に(かた)くなく、望むところではない。

 『結局は薄情』と言われればなにも否定できないが、ともかく二人は離れた会話は聞き流す。


「我がアルマデルが相場よりも高値で取り引きしようとしているのに……しかも素直に応じて頂ければ、我々も手荒な手段を使わなくて済むというのに」

「アルマデル……?」


 しかし『サル顔小男』が聞かれてもいないことをベラベラしゃべる内容に、十路は興味と反応を示した。


「聞いたことある会社だけど、なんだっけ?」

【《魔法使いの杖(アビスツール)》にも使える電子部品開発で急成長した企業です】


 記憶を掘り起こす南十星に、イクセスが答える。

 《魔法》とは三〇年前に突然出現した、オーバーテクノロジーを利用した超最先端科学技術だ。そして関わる物品の研究開発には、多くの民間企業が(たずさ)わっている。

 つまり《魔法》の出現によって、これまでの情報技術産業とは異なる、大きなビジネスチャンスが転がる巨大市場が生まれている。そのため従業員一〇名以下のベンチャー企業が、数年で経済界に台頭を現わす話も珍しくない。

 栄枯必衰(えいこひっすい)はこの世の(つね)なのだが、チャレンジ精神を忘れて既得権益を守ることに全力を(そそ)ぐ超保守的な老舗(しにせ)が、目障(めざわ)りな出る杭を見るようなものとは違うが、あまりいい感情を持っていそうにない声で、イクセスが続ける。


【とは言っても、中小企業の生産工場を設備ごと買い叩いて、ノウハウを持つ技術者を引き抜いて大きくなった、歴史も実績もあやふやな会社みたいですけど】

(たくみ)の技が生きるモノ作り大国ニッポンの風上にも置けんな!」

【日本の企業もやってることでしょうけど……あと、資本元は海向こうのお隣です】

「あー、なんとなく納得」

【ちなみに、ナトセの《魔法使いの杖(アビスツール)》や私には、アルマデルの部品は使われていません】

「なんか理由あんの?」

【低コスト低価格を売りにした大量生産品だからですよ。そんな安物、使われたくありません】

「そういや、そもそもイっちーって、どこ製?」

【外見モデルはイタリア車で、部品はさまざまなメーカーの物が使われていますが、六割は日本製です】

「やはり世界に誇る信頼のメイド・イン・ジャパンか!」

【過剰クオリティで割高なのが日本製品の欠点ですけど、そもそも《魔法使いの杖(アビスツール)》や《使い魔(ファミリア)》は、採算度外視に近い完全専用品(ワンオフ)ですからね】


 そんなオートバイと女子中学生による日本製品談義は聞き流し、十路の聴覚は向こうに集中する。


「客の来ない旅館に、なんでこうもこだわるのか……」


 彼が犬ならば、『サル顔小男』の口から『旅館』という単語が出た瞬間、ピクンと耳を動かしただろう。


「なとせ。予定変更」

「お? おセッカイ焼くん?」

「というか、恩を売る」

「そゆこと。わかた」


 短い意思疎通を行い、向こうにも聞こえるようと声を張り上げて、兄妹でわざとらしい会話を繰り広げる。


「うっわー、兄貴。時代劇のチンプな悪役みたいなの、リアルにいるんだねー」

「関西のお笑いと同じようなものじゃないのか? どう転ぶかわからないオリジナリティを出すより、安定したお約束の方が、お子様からお年寄りまで楽しめるだろ?」

「とゆーか、いー歳したオトナが虎のイを狩るキツネするのどーよ? 『ボクのおウチしゅごいんでしゅ~。でもボクひとりじゃなにもできないんでしゅ~』なんてアピール、ギャグとして笑うトコ?」

「ツッコまずにスルーしてやれよ。あれだけ下っ端オーラ丸出しなら、実は研修途中の新人君かもしれないだろ? 頭の悪いこと言ってる自覚なんて無理だろ」


 無視していたのか、それとも気づいていなかったのか。十路たちの会話に、青年を車に押し込めようとしていた男たちが一時停止し、振り向いた。


「俺たち寸評を加えるだけで、邪魔する気はないから」

「どーぞどーぞ。ギャラリー気にせんと続けてくだせぇ」


 十路はいつものことだが、南十星は体調いまひとつのため、兄妹そろって面倒くさそうな態度で手を振る。きっとそんな態度を見せた方が、(しゃく)(さわ)ると見越して。

 そこに更なるアクションを追加する。


「兄貴ー。車のナンバー覚えたー?」

「おー、バッチリ。お前こそ、ムービー撮ったのか?」

「まかせんさい。拉致の現場バッチリ撮っちゃったよーん」

「それじゃ、動画サイトの投稿と、警察への連絡をしておくか」

「これバラまいちゃったらどーなんのかなー」

「さぁ? 警察には『誤解です』で済むかもしれないけど、ネットの住人は怖いからな? どうなるか、ちょっと見ものだな」


 いつの間にか取り出したスマートフォンを南十星が振り、十路はポケットから携帯電話を取り出す。

 そうして男二人の矛先を、自分たちに向け、看過できない理由を作る。


鬼瓦(おにがわら)! 毒島(ぶすじま)!」

「「へ、へい!」」


 だから『サル顔小男』がやや焦ったように、きっと部下であろう二人に叫ぶ。十路たちを捕らえ、通報や動画投稿を阻止しろと指示を出す。

 だが『角刈り巨漢』と『禿頭痩身』は、一瞬迷うように顔を見合わせた。十路たちに構えば、青年が自由になって逃げられると、仕事の優先順位を決めかねている。


「うわー、悪人ヅラピッタリのいかにも悪そーな名前」

「それは失礼な偏見だ。東京在住の鬼瓦美麗(みれい)さんと、ニューヨーク在住のシンディ毒島さんは、性格見た目ともども完璧美少女かもしれないぞ」


 だから十路たちは座ったまま、おまけの感想を言い合う余裕もある。

 やがてどちらが動くか決まったらしい。青年の確保を『禿頭痩身』に任せて、体を揺らして『角刈り巨漢』が駆け寄ってくる。体形からしてあまり俊敏(しゅんびん)には見えないのと、距離があるのとで、十路たちの元に男が辿り着くには数秒の時間がかかる。

 相手の対応が見えたので、距離を詰められる前に、南十星が気軽な笑顔で問う。


「そんなわけで、おにーさんたち、どうしよっか? タダってわけにはいかないけど、助けた方がいい?」


 初対面どころか通りすがり、しかも南十星は見た目からして子供だ。笑顔で問われ、車に詰め込まれかけた青年は、言葉を詰まらせる。


「助けはいらないってなら、俺たちは行く。警察には連絡するから、あとは二人でうまく逃げるんだな」


 十路が言葉を重ねると、青年の視線が少女に向いた。

 『サル顔小男』に羽交(はが)()めにされ、恐怖と不安に顔をゆがめる彼女の安全となにか――男のプライドや、見知らぬ相手への不安を天秤(てんびん)にかけた様子があった。


「……助けてください!」


 だがその結論が出される前に、代わりに少女が必死の声で叫んだ。


「依頼ジュタクってことでおっけ?」


 虎のような凶暴な笑みを浮かべて、南十星は立ち上がる。


「部活とは関係ないけど、一応俺たちが動く理由にはなるかもな」


 野良犬のように首筋をなで、十路はオートバイから起き上がる。


 そして獣の挙動で駆け出した。


「ブルース・リー師父直伝!」


 先じて南十星が接近して手を伸ばし、一瞬足を止めて、掌底部分に隙間を空けて、『角刈り巨漢』の突き出た腹の上部分――胃の真上に当てる。

 ちなみに既に死去している格闘家の技は、映像の動きを勝手に真似することを『直伝』と言ってるだけだったりする。


寸剄(ワンインチパンチ)!」


 だがその効果は、伝説的な語り口で挙げられる技にふさわしい。

 感覚的には『殴る』と説明するより、『押す』といった方が近い。しかし(ひね)るように発揮される全身の力に、走力と体重と重力をプラスして、わずかに空けた隙間を埋めれば、少女が発したとは思えない衝撃と化す。


「体重差を考えろ!」


 同時に十路がツッコみながら、南十星の身長をあえて利用し、彼女の頭上を超える軌跡で跳び回し蹴りを放つ。

 兄妹を合計しても体重差を(くつがえ)せないはずだが、顔面と体の中心に二種類の衝撃を受けて、『角刈り巨漢』がのけぞって吹き飛んだ。

 その結果は見ない。十路は着地で、南十星は攻撃で、刹那の停止だけでほぼ止まらずに、後ろに(かし)ぐ巨体の脇を抜けて突進する。


「次! ダブル・ブレーンバスターで!」

「俺となとせの身長差を考えろ!」


 青年を羽交(はが)()めにしていた『禿頭痩身』は、彼の体を投げ捨てるように解放し、向かってくる二人に対して駆け出す。

 その長身を支える筋力は、見た目の細さからの予想より、ずっと強いだろう。


「だったらマッ●ル・ドッキング!」

「元ネタ古いし人数足りてない!」


 だから昆虫を連想するリーチの長い拳とまともに打ち合わず、十路はレスリングのように足元に飛び込むと、両足を抱えて持ち上げる。嫌でもバランスを崩して前に倒れるところに、跳んだ南十星が首を掴み、相手の顔面を肩口に乗せて背中から倒れこむ。

 兄弟プロレスラー、ババ・レイ・ダッドリーとディーボン・ダッドリーの合体必殺技、ダッドリー・デス・ドロップが炸裂した。本来の技ならば、相手の顔面をマットに叩きつけるのが正しいが、固いアスファルトでは大惨事になるため、手加減したらしい。それでも固い肩の骨にぶつけられダメージを受けただろう。


 痛みにうめく長身を放り出して、兄と妹は立ち上がる。


「見たか! あたしたち兄妹の絆を!」

「見事にバラバラだったな……」


 呆れる十路の言う通り、段取りは全く噛み合っていなかったが、自慢げな南十星の言う通り、動きは息ピッタリだった。


「さてっと」

「ラスト」


 そして同時に残る一人に視線を向ける。


「ひっ……!」


 二人の――それも、きっと荒事にも慣れているであろう男たちを、あっという間に叩きのめした青年と少女に見られ、『サル顔小男』が悲鳴を漏らした。

 少女を人質にされると厄介だと十路が思った矢先、『サル顔小男』は彼女を突き飛ばすように捨てて駆け出した。


「逃がすか!」


 南十星は駆け出す。なぜか『サル顔小男』を追いかけるのではなく、十路の背後へと下がり、彼に向けて。


「投げて!」


 そして頭から跳ぶ。

 意図を理解した十路は姿勢を低くし、空中で南十星の腕とオーバーオールの胸元を掴み。


「行ってこい!」

「っしゃぁーーーーっ!!」


 背負い投げのように、思いっきり放り投げた。

 狙った通りの方向へ、人間ロケットは放物線を描いて飛ぶ。小柄な少女とはいえ、陸上競技のハンマーよりも遥かに重いのだから、落下衝撃は洒落にならない。


「ぐべぇ!?」


 空中で体勢を変え、両足をそろえて背中に着地され、逃げる『サル顔小男』はつんのめって転倒し、ついでに南十星に押しつぶされて動かなくなった。


「またお前は無茶するなぁ……?」

「それ、放り投げた兄貴が言う?」

「止めて止まったか?」

「ムリ」


 身軽な彼女なら大丈夫だろうとは思っていたが、一応は案じて呆れる十路に、南十星はあっけらかんと笑って、小男の背中から起き上がる。


「そんで兄貴。コレどーすんの?」


 気を失っているらしい。うつぶせでピクリとも動かない男を、南十星はバスケットシューズの先で示しながら問う。


「誘拐の阻止とも言えるんだが……」


 十路は首筋をなでながら考えて、コンビニに設置されている監視カメラと、店内からパートらしき店員が様子を(うかが)っているのを見て、結論を出した。


「やっぱり警察沙汰になって面倒になる気がする」

「そのココロは?」

「こいつら放置。とっとと逃げよう」

「おし」


 行動方針を決定すれば早い。十路と南十星は頷き合い、振り返る。

 主には二人がかりの非常識な超高空ドロップキックのせいだろうが、あっという間に大の男三人を()してしまった堤家の兄妹に、助けを求めた二人は唖然として固まっていた。


「とゆーことで、さっそく報酬のソーダンなんだけど」


 彼らの硬直に構わず、落ちたキャスケット帽をかぶり直しながら、南十星は近づいて声をかけて。


「二人分の晩メシと寝床で手を打たないか?」


 十路はいつも通り、平坦な声で提案した。


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