010_1201 それが彼らの宿命Ⅰ~事は既に動いている~
総合生活支援部の部室には、備品が多い。
【あなたたち……また自分の部活サボって来たんですね】
筆頭は、しゃべるオートバイに違いない。
「いつものことじゃないですかー」
ナージャが紅茶の用意をする小型キッチンも、元々ついていなかった。
「そーそー。いつものことだろー」
和真が眺める本棚に詰まったマンガは、言うまでもない。
「イクセスさんがここに来る前から、入り浸ってますからね~」
カーディガンを腕まくりし、湯が沸く間にナージャがあさる冷蔵庫もそう。
「言わば俺たちが先輩だ!」
和真が読む本を選び、体を投げ出す応接セットのソファも、もちろん。
【……言い方がムカツクので、カズマを轢いていいですか?】
「どーぞどーぞ」
「ちょ!? ナージャさん!? 危ないこと推奨しちゃダメでしょ!?」
「え? どうしてダメなんですか?」
「真面目にキョトンしてるよこの人……!」
「できれば下心満載でその気もない告白を、二度と聞かなくて済むようにして欲しいんですけど」
「なに……!」
和真は立ち上がり、芝居がかった仕草で胸に手を当て、雄々しく愛を叫ぶ。
「俺はナージャをこんなにも愛しているというのに! なぜ信じられないんだ!」
ナージャも芝居がかった仕草で、胸に手を当てて応じる。
「だったらあなたの本気、もう一度ここで見せて!」
「応よ! 男を魅せてやるぜぇぇぇぇ!」
そして和真は、ナージャに抱きつこうと突進して。
「ぐぇほ!?」
いつもの地獄突きに迎撃される。
「和真くーん? どこに手を伸ばしてるんですか?」
「かは……! げほ……! そのご立派な乳です……!?」
「これだからヤなんですよね~」
【バカみたいな小芝居ですね……】
床でのたうち回る和真に、イクセスとナージャは、虫か地球外生命体を見る目を向ける。
そんなところに。
「お疲れさま……です?」
「貴方方ね……」
「お前ら、またド突き漫才やってたのか?」
樹里・コゼット・十路、この部室の本来の住人たちがやって来る。
ガレージハウスに部員と備品と部外者が揃う、放課後のいつもの光景だった。
「今日も勝手にウチの部室を……」
コゼットが呆れ顔で、テーブルのチェスボードの駒を整理する。
本日のファッションは、レースを使ったTシャツに、フリルのついたキュロット、ブーツサンダルというコーデ。王女だからといっても大人しめの格好ばかりではなく、足を出したトレンディな服装をすることもある。
「今さら文句を言っても仕方ないような……」
曖昧な笑いをこぼした樹里が、OAデスクのパソコンを起動させる。
「つか、この部室、部員よりも部外者のほうが、よく使ってるんじゃないか?」
十路は充電していたタブレット端末を手に、棚に詰められていたダンボール箱をひとつ下ろす。
「お前ら……! 俺が苦しんでるというのに……! 無視か……!」
「止めても繰り返すだろ」
床に潰したダンボールを敷いて座り、床でまだのたうっている和真を無視し、十路は箱の中を改める。
ちなみにナージャと和真のド突き漫才は、十路やコゼットはともかく、最初の頃は樹里が止めようとしたらしいが、心優しい彼女ですら繰り返しに半分諦めている。
「ところで……堤さんは何してますの?」
マガジンラックから本を取り出し、チェス・プロブレムを始めながら、コゼットが問う。
「備品のチェックですよ」
タブレット端末に、どの箱に何があるかを書き込みつつ、十路は答える。
「この部室、物が多いですからね~」
カップに入れた牛乳を電子レンジで温めてる間、冷蔵庫に入っていたカステラを切り分けながら、ナージャが応じる。
「つーか、どうしてこの部室って、こんなに物が多いんだ?」
箱の中は無秩序で、鋼板や棒材、ボルトやナットといった資材類、延長コードや中途半端な長さケーブルや結束バンドといった、電気工事でもやるのかという無秩序さ。更に接着剤やコーキング剤、使いかけのセメントといった補修材、それに工具と、日曜大工道具の成れの果てという雰囲気もある。ついでにテニスボール・ピンポン玉・金魚鉢・ビーカー・ライター・試験管などなどなど。
電動の工具は動くか確かめながら、十路は訊く。
「このプレハブ、この部ができるまでは、実質倉庫として使われていたそうですわ。その辺りのダンボールは、その時からあった物ですわよ」
自前のマイセンのティーカップが目の前に置かれ、紅茶を淹れてくれたナージャに目で礼を言いつつ、コゼットが答える。
「……ゴミ捨て場の間違いじゃ?」
新たに下ろした箱の中から、バラバラになったマネキンが出てきて、さすがの十路もギョッとする。
「物置なんて、そんなものでしょう。ちなみに言うまでもねーと思いますけど、ちゃんと『備品』と呼べるものは、部の創設以後に用意したものですわ」
ストレートのダージリンを口にし、コゼットは口元を綻ばせる。ちなみにティーパックではなく、彼女が自費で用意した少々お高い茶葉だ。紅茶は彼女の趣味でもあるので、味にも少々うるさいが、ナージャの腕前は彼女の舌を満足させるに十分らしい。
「マネキンの残骸なんて取っておいて、どうする気だったんだか……」
「バラバラ死体に思われたら困るから、捨てるに捨られなかったんじゃ?」
「この学校、被服科とかファッション科なんてないのに、なんでマネキンがあるんですか?」
「漫画研究同好会の部室で、等身大フィギュアがあるそうですし、『そういう使い方』をされてたとか?」
「これが先代だったら嫌すぎる……」
十路とコゼットの推測をよそに、誰とはなしにイクセスが訊ねた。
【いい機会ですから訊きたいのですが、なぜこの部室には、娯楽品が多いのですか?】
「イメトレのためだよ……あ、どうも」
その疑問には樹里が答える。ちなみにナージャがデスクに置いたのは、百均で買ったティーカップに注がれたミルクティー。やはり牛乳から離れないらしい。
「《魔法》が知識と経験から作られるってことは、イクセスも知ってるでしょ?」
【はい】
「科学知識は、勉強すればいいんだけどね」
樹里は自分の学生鞄から、図書館で借りている本を出し、オートバイに見せる。タイトルは『基礎プラズマ工学』とある大学生向けの本だった。
「だけど経験のほうは、そうもいかないことが多いから、映画とかマンガ見て、イメージトレーニングしてるの」
【つまり妄想力を鍛え、中二病を悪化させるのですね】
「イヤな言い方だね!?」
イクセスが言うことは、あながち間違いではない。ただし樹里たち《魔法使い》は、妄想を妄想で終わらせず、現実にしてしまうが。
「ところでナージャ」
カップを渡そうと近寄るナージャに、十路は忠告する。
「和真に注意したほうがいいぞ」
目を見開いてあお向けに転がる和真へ顎をしゃくる。膝丈プリーツスカートのナージャが、十路にカップを渡そうと近寄ると、必然的に中身を彼の視界に曝すことになる。
「……十路よ」
「なんだ、和真よ」
「なぜ黙ってくれない!」
「お前な……」
『本気でそっち方面の思考回路しか働いていないのか?』と和真にジト目を向けた矢先。
「はい。そこで寝てると踏みますよー」
「んがっ!?」
十路の忠告に従って、ナージャは注意して和真の顔面を踏んで、キャンプ用品の金属製マグカップを渡してきた。遠慮も容赦もゼロだった。
「なんかピンクいものが一瞬――ぐあああぁぁぁぁっ!?」
和真も懲りなかった。踏まれたことを幸いに、ナージャの脚の付け根をガン見しようとして、靴底でグリグリされる。
「あのー、ナージャ先輩……いくらなんでも、それはやりすぎかと……」
「それよかメール来てます?」
「大量に来てますね……」
樹里は一応は止めようとしたものの、結局コゼットの問いかけで暴虐はスルーされた。割といつものことなので。
このメールが、支援部の普段の活動となる。学内からの依頼を受け、《魔法》によって適宜応じ、それに関する学生の反応などを調べる。レポートの提出を考えなければ、学内限定のなんでも屋に近い。ただし。
「『モテるようにしてください』」
「ンなの他人に頼る時点で無理。次」
「『幸せにしてください』」
「切実なのかもしれねーですけど、そんな定義が曖昧な問題、《魔法》でどうこうできる問題じゃねーっつーの。はい次」
樹里が読み上げる内容を、コゼットはチェスボードから目を離さずに、即断即決していく。
「『私を男にしてください』」
「……一人前として認めてくれっつー意味です? それとも十八禁な意味ですの?」
「や、メール送って来たの、女の人みたいなので、どっちも違う文字どおりの意味では……?」
「だったら《治癒術士》の専門分野じゃねーです?」
「や、私じゃ踏み込めないディープな問題ですので、お断りさせてもらいます……で……『花粉症をなんとかしてください』『お爺ちゃんがギックリ腰なんです』『風邪気味です』『鼻血がよく出ます。思春期だからでしょうか?』」
「それ全部、木次さんの管轄じゃねーですのよ」
「もぉ~……『この程度』とか言っちゃいけないですけど、この程度なら病院行ってくださいよぉ……」
常人には不可能なことができる《魔法使い》でも困る依頼か、『自分でなんとかしろ』と言いたくなるものが多いので、実際ほとんど活動することがない。大抵テンプレート化した断りのメールを返送するだけ。
「『魔法を教えてください。やっぱり三〇歳まで――』」
「アホか。次」
「『魔法使いになりたいです。やはり三〇歳過ぎても――』」
「……日本人はスゴいですわね。三〇歳未経験で魔法使いになって、四〇代ひとり暮らしで国を滅ぼすんですから」
「それ、違います……」
こんな依頼(?)もよく来る。ちなみに当然ながら、常人と《魔法使い》の違いは脳なので、チェリーボーイであろうとなかろうと関係ない。
順調に処理していたが、あるメールで樹里の作業が止まる。
「……あれ? 堤先輩? リミテッド・ライアビリティ・パートナーシップって会社から、メールが来てるんですけど」
「どうやってここの校内アドレス知ったんだか……」
メールの内容よりもまず、十路はそこを気にした。
疑問に答えたのはコゼットだった。
「宣伝してねーですけど、秘密にしてるわけでもねーですし、知ってる人間が少し調べりゃわかりますわよ」
「そんなもんですか」
備品の整理をしつつの生返事なので、興味はなさそうだったが、それでも一応は内容を聞く意思を持っていた。
「で、木次?」
「えー……『先日は当方の者がご迷惑をおかけし、また息子が大変お世話になり、深く感謝申し上げる次第でございます。つきましては、謝罪と感謝に微意を示したく、食事会を催したく存じます。関わりのお二方だけでなく、関係者ご一同様、なにとぞご来臨くださいますようお願い申しあげます。リミテッド・ライアビリティ・パートナーシップ最高経営責任者、ヴィゴ・ラクルス』」
丁寧な文面を読み上げて振り返る樹里と、さすがに作業の手を止めた十路が、顔を見合わせる。
「なんかありましたの?」
「や。昨日、堤先輩と一緒に、ちょっとトラブルがありまして……」
コゼットに前置きして、樹里は昨夜の説明を始めた。
△▼△▼△▼△▼
昨夜のメリケンパークにて。
樹里と十路が鍛えられた男たちに相対し、苦しげな息をする子供を背負うと、無音のゴングが鳴らされた。
しかし次の瞬間には、半分が片付いた。
「一丁上がり」
十路は飛び込みざまに、顎へのアッパーカットを放ち、自身よりも大柄な相手を浮かせてノックアウトを奪った。その後、骨を殴って痛かったのか、顔をしかめて手を振っていた。
「あとふたりです」
樹里は前に出て長杖を突き出しただけ。得物の長さを最大限に使った片手突きで吹き飛ばした。
強そうな外見要素がないティーンエイジャーたちに、半数が一瞬で、一撃で行動不能にされたことに、残るふたりは無言ながら驚愕していた。
無意識ではあるが、侮ってかかってた彼らは、それぞれが改めて構え直す。拳を軽く握り、顔の前方に置く同じ構えは堂が入っていて、ただのケンカ慣れとは違う。ボクシングとも違う足運びに違和感を覚える。
半分不意打ちだったから、簡単に一撃を入れることができたが、今度はそうはいかないだろうと、樹里は気を引き締めたが。
「はぁ……」
十路は特に身構えなかった。握った拳も開き、少し困った顔で首筋をなでていた。
「あのー、先輩? もーちょっとやる気出してもらえると……」
「正面切っての殴り合いなんぞ、前の学校で死にそうになるほどやったから、やりたくない……」
「や、あの、状況見てください……」
「俺が得意なのは、奇襲と闇討ちと罠にはめることだからなぁ……さっきみたいに片付けるのは無理だろうし」
「うわ……卑怯ですね」
そんなズレた会話をしていれば、油断と受け取る。事実ふたりの男たちも、踏み込んで十路と樹里に手を伸ばす。
しかし十路は、ワン・ツー・パンチを片手で払い退け、カウンターで肘を相手の胴に。硬く尖った肘打ちは分厚い筋肉越しに叩き込んでも、相手は体を曲げて息を詰まらせる。
顔の位置が下がったところに、掌底打ちを鼻っ柱へめり込ませ、膝を突かせた。
十路は考えて動いている風ではなく、明らかに素人の鋭さではなかった。
「はいっ、はいっ、はいっ、はいっ」
樹里も即座に反応し、長杖を振り回して牽制し、接近を許させなかった。
細腕で軽々と振り回しているが、金属製の長杖は重く固く、人を殴れば骨を砕く。そんなものを足に突き立てられては堪らないと、連続して繰り出される下段突きを、男は慌てて下がりながら避けた。
しかし一閃した薙ぎで足を払い、尻餅をついたところに。
「せいっ!」
長杖を腹へ振り落とし、悶絶させた。
《魔法使い》などと呼ばれていても、ゲームキャラのように能力値が知恵と魔力に偏る貧弱ばかりではない。十路と樹里のように、《魔法》なしで大の男を沈める武闘派もいる。
「さて、と……」
無力化したわけではないが、ひとまず片付けたと樹里が振り返ると、当然かばった子供がいる。まだ苦しげに肩を動かしているが、十路と樹里の戦いぶりを呆然として見ていた。
(《魔法使いの杖》出したなら、今さらだよね……)
妙な理屈で自分を納得させて、樹里は長杖を子供に向けた。
大の男を叩き伏せた武器を鼻先に突きつけられたのだから、子供は日本人とは違う顔を恐怖で歪めた。
「動かないで。大丈夫だから」
子供に微笑みかけ、樹里は《魔法》を実行する。喉に絡んだ痰を細かく分解し、神経伝達物質を操作して副交感神経系の働きを阻害させ、気管支付近の筋肉を弛緩させる。つまり発作を鎮めた。
急に呼吸が楽になったことに、子供は驚きの顔で喉を押さえた。
「まだ苦しい? どこかおかしいところはない?」
「え……はい、大丈夫です……」
しっかりした返事に、樹里は満足げに軽くうなずく。
「それはいいんだが、次がお出ましみたいだぞ」
「そうですね……」
背後で守るように立つ十路に、言われるまでもない。《魔法使いの杖》と接続していることで、振り向かなくても《マナ》を通じた空間情報収集で感知している。更なる男たちの接近を、樹里もずっと前から気づいていた。
立ち上がりながら振り返ると、やはりスーツを着た体格のいい男五人と、彼らに守られるようにしている外国人男性がいた。
五人の男たちは、十路と樹里が地面に転がした四人と同じ立場だろう。なぜかひとりだけ、色の濃いスポーツサングラスをかけ、黒く長いケースを肩に背負う別格感を出しているが。
「お前たちが……か」
ケースを持つ男が呟いた。
自分たちの正体を知っている様子に、より一層、警戒を強めて、十路は男たちを見まわして。
「……? アンタ……あの時の?」
守られるようにして立つ男の顔を見て、十路が不思議そうに眉根を寄せる。
三〇歳半ばと見える年頃で、金髪碧眼白皙の彫りの深い顔立ち。
その時の樹里は知らなかったが、昼間に十路とイクセスが学校の駐車場で会った、自分の車について話していた男だった。
しかし十路はその時、ヘルメットを被っていたため、男は自慢げに車の話をしようとした学生だとは知るはずもない。
それどころか注意も払っていなかった。彼は驚いたように、子供を見ていた。
その間に十路と樹里は、小声で短く意志を交換する。
「木次、どうする?」
「……逃げましょう」
「あの子は?」
「……連れて行きましょう。あの子が目当てみたいですから」
「仕方ないか……イクセスに無線飛ばせ」
十路としてはこれ以上のトラブルはご免だろうが、巻きこまれたからには文句を言っていられない。
それに駐車場にあるのは、普通のオートバイではない。呼べば無人で来るのだから、跨ればすぐに逃げ出せる。
背後の子供を連れて、タイミングを計る。
そして正にふたりが行動しようとした時。
「いま……息子になにをした?」
男の言葉に、思わずたたら踏む。
「はい?」
「息子?」
樹里と十路は顔を見合わせ、同時に子供へ振り返った。
「えぇと……この人って……」
樹里に問われた子供は、おずおずと頷く。
「はい……父さんです」
勘違いがあったことを理解し、十路と樹里は気まずく沈黙した。
△▼△▼△▼△▼
「――それがLLP社代表、ヴィゴ・ラクルス氏だったっつーわけですわね?」
コゼットがまとめるように、十路と樹里に確認する。
「えぇ」
「外出してる間に、病弱な息子さんが勝手にホテルの外に出てってしまったので、周囲の人たちと一緒に探していて……それでまぁ、お互い誘拐犯だと思って、いざこざ起こしてしまいまして……」
「木次の《魔法》を見られたので、誤魔化すわけにもいかないですし、部のことは明かすことになりまして」
「で、まぁ……そのまま名乗りもせずに逃げて帰りましたけど」
「勘違いとはいえ、相手をボコったからな。手を出してきたのは向こうが先だったから、問題にならなかったけど」
「なんだか私たちと話をしたかったっぽいですけど、気まずかったんで……」
コゼットはポケットからスマートフォンを取り出した。
「その子供っつーのが、息子のレオナルド・ラクルス、一〇歳……病弱らしいですし、それで『世話になった』というのも理解できましたわ」
「詳しいですね?」
「ちょっと気になることがありましてね」
彼女が指でスワイプしつつ見ているのは、先日経済学部の知り合いに調べてくれと頼み、メールで送ってもらった内容だった。
学生の調査結果だから大した内容ではないが、それでもコゼットが知りたかったことは、おおよそ知ることができた。
「部長。聞いたことない名前ですけど、どんな会社なんですか?」
「アメリカの総合コンサルティング会社ですわ。略称はLLP。ビッグ・フォーと呼ばれる世界四大会計事務所のひとつ」
「コンサルティング、ですか?」
学生が関わることはなく、テレビCMをバンバン流す業種でもない。子犬のように小首を傾げる樹里に向けて、コゼットが人差し指を立てる。
「《魔法》が世界に現れて、一番影響のあった業種とはなんでしょう?」
「……色々じゃないですか? 製造業関係はどこも多かれ少なかれ、影響を受けるんじゃないかと」
「正解は第三次産業、サービス業ですわ。研究都市である神戸を見てわかるように、学術研究や専門技術サービスへの影響が顕著ですわね。研究開発部門を持つ製造業も多いですから、木次さんの答えも間違いじゃねーですけど」
《魔法使い》が数多く存在していれば、あるいはもっとその分野の研究が進んでいれば、《魔法》が関わる新たな物品が世に出回り、製造業が変わるかもしれない。
「サービス業の中でも、コンサルティング会社の需要は、《魔法》に対する企業への影響を考える経営者たちによって、近年特に需要が伸びてますの」
コンサルティング業務は、企業・公共機関の現状業務を観察し、問題点とその原因を分析し、対策案を示して企業の発展を助けること。
その中で総合系コンサルティングは、ITシステム導入などを行うと共に、経営・人事戦略の見直し、法務分野の強化、企業合併買収、特定業種別に多岐にわたる発展補助を、報酬と引き換えに行う。
出現から三〇年経ているとはいえ、今のところ、社会のごく一部しか《魔法》の影響は広がっていない。しかしここ数年以内には大きな変化があるのは間違いない。
そのチャンスを逃すまいとする経営者へ企業戦略を授けているのだと、コゼットは説明する。
「これは個人的な感想ですけど、どうもウサン臭く感じるので、わたくしは関わりたくねーですわ」
「胡散くさい?」
「世界規模になれば、当然国をまたいで事業展開してますわ。しかも民間会社だけでなく、公共機関のコンサルティングも珍しくないですし、アドバイザーとしてお偉いさんと交流があるのも、よくあることですわ」
もちろん全ての会社に当てはまるわけはないが、コンサルティングという業務自体に、懸念される材料がいくつかある。
一部の会社は情報マフィアとも呼ばれ、企業の弱みを握ってつけ込む。
別の企業と裏で連携し、故意に情報操作を行うことも考えられる。
軍や諜報機関、政府出先機関といった組織の委託業務もあるため、情報の国外流出の危険性がある。
つまり世論をある目的に向けて動かすことのできる業種なのだ。実際にやろうとしたら、かなり困難ではあるが。
「《魔法使い》が多方面へ影響力を持つ会社に近づいたら、どんな風に利用されるか、わかったもんじゃねーってんですわよ」
ローマの将軍・ハンニバル然り、中国の武将・韓信然り、過労死したサラリーマン然り、有用であるが故に、悲劇的な最期を迎えた人物の話はいくつもある。自分たちも同じように使い捨てにされる可能性があるから、下手に関わりになりたくないと、コゼットは軽く顔をしかめる。
「ついでに申し上げておきますと、ヴィゴ・ラクルスって方。あんま評判よくねーみてーですわね」
「どんな風にです?」
「今は引退した、創業者の娘婿なんですけど、トップに就くには経験が浅く、相応しくないって意見があるらしいですわ。義理の息子ですけど、親の七光でなった立場じゃありませんの?」
「社長の業務がうまくできないってことですか?」
「実力主義の業界ですから、真実か不明ですけどね」
「じゃあ、やっかみとか、そんなのですか?」
「そうとも言い切れないようですわ。あんま業務に熱心じゃなくて、部下の判断に一任されている部分が大きい……使い込みとかしてなければ、仕事しやすいと思いますけどね? お飾りのトップを据えて、自分たちの裁量で仕事を進められるんですから」
樹里相手に語っていたコゼットの『使い込み』という言葉に、ずっと黙っていた十路が顔を上げた。
「部長。コンサルティング会社社長って、儲かるものなんですか?」
「一概に言えねーでしょうけど、一般的にコンサルタントは高収入と言われてますわ。その代表ともなれば、相応の報酬をもらってんじゃ?」
「日本円で億行きます?」
「具体的な数字まではなんとも。ただ、そんくらいの億万長者なら、意外とその辺にいますし、不思議ねーですわね」
「そうですか……」
十路の頭にあるのは、学校の駐車場でヴィゴ・ラクルスに会い、車の自慢をされそうになった時のこと。
(後ろ暗いことしなくても、二億円近い車を買うのは、できるともできないとも言えるのか……)
直接の人物判定には結びつかないが、危険である可能性は否定できない。コゼットも同様だった。
「ともかく、そんな人物が神戸にいる理由も不明。昨夜の件は偶然だとしても、食事だけで済むとは思えねーでから、わたしくしはそのお誘い、遠慮させてもらいますわ」
「堤先輩はどうです?」
「俺も部長と同じだ……」
樹里に問われて小さくため息をつき、チェックしたダンボール箱の中身を整理しつつ十路は答える。
「本来だったら《魔法使い》なんぞ、普通の人間に関わる人種じゃない。下手に繋がりを持つと、余計な勘ぐりする連中も出てくる」
だから純粋に『謝罪と礼をしたい』という好意であったとしても避けるべきだと、無表情に十路は主張する。
「木次は行きたいのか?」
「や~……私もどうかと思いますし。ここで私だけ『行きたい』って言うのも、もっとどうかと思いますし」
「でしたら、お断りっつーことで処理しておいてくださいな」
「はーい」
高校生では日常生活で見ることのない丁寧な文面に、どう返事をいいか考えつつ、樹里はキーボードを叩く。
それを確認して、コゼットはチェスの駒を再び動かし始め、十路は備品のチェックに戻る。
【二一世紀の《魔法使い》は、そんな心配までしないとならないのですね……】
《使い魔》の言葉に、《魔法使い》たちはなにも答えない。
ファンタジーと違って魔物と戦う必要もなければ、《魔法》を生活の糧に使う必要もない。それどころか下手に使うと面倒なことになる。それが現代の《魔法使い》だ。
この程度の面倒は序の口だと、彼らは知っている。
だから無言を貫いて、放課後のガレージハウスに流れる時間を、紅茶と甘い菓子の匂い漂う、ゆるゆるとしたものにする。
「踏んで! こうなればもっと踏んで! なにかが覚醒する勢いで!」
「本気でヘンタイ発揮し始めましたね!?」
「俺は元よりソフトにもハードにも対応可能なフレキシブルMだ!」
「この前ドMを否定してたのに……イクセスさん、この人やっぱり轢くべきですよ」
【…………】
まだ踏み続けるナージャと、踏まれ続けている和真が、台無しにしているが。




