030_2010 彼らが邪術士と呼ばれる理由Ⅱ~【椀物】犠牲厭わぬ大盤振る舞い ~
南十星の電子励起爆薬によって生み出された巨大水柱で、神戸の主要道路は水浸しになっていた。
その一本、東西に伸びる県道二一号線を、二台のオートバイが突き進み、車群の隙間をすり抜けて水たまりを蹴散らしていく。
追い越される車に乗った人々は、目を疑っただろう。そのオートバイの動きはまだしも、それに乗る者たちが走りながら行っていた行為が、常軌を逸脱している。
『民間人を巻き込むつもりか!?』
風に乗って届く市ヶ谷の声には、変換されても明らかな焦りが混じっていた。きっと表沙汰にできない裏の穢れた仕事をしている、必要悪の存在ながらも、非情になりきれない本性が垣間見える。
「知ったことかよ!」
風上に聞こえるか疑問だが、十路は叫び返しながら引金を引く。タクティカルブーツの上から装着した鉄板で、水上スキーのようにアスファルトを滑り、走る《バーゲスト》の車体を遮蔽物にするという、ありえない姿勢で小銃を射撃する。
《暴露発火性弾》を付与した被覆鋼弾は、目標座標でフィルターを通過してしまうほどの超微細粉末になり、空気取り入れ口から周囲の自動車内部へ侵入。そこへ瞬間的な熱量を与えれば、小規模な粉塵爆発を起こし、エンジンを破壊する。
《機動阻止システム弾》が路面に突き刺さる。着弾と同時に《魔法回路》が広がり、気圧変化で冷却すると、水浸しの道路は瞬時にアイスバーンと化す。
更に車体の下に撃ち込んだ《破片弾頭》を爆破させ、車体は破壊しない程度に、下から突き上げるような衝撃を作る。
なんでもない道路が一瞬にして大惨事事故現場と化す。車はビリヤードのように別の車に衝突し、ガードレールに衝突し、多重の玉突き事故を起こし、車列の狭間にいた市ヶ谷を押し潰すそうと、数台の乗用車が一トンオーバーの凶器となって転がった。
『カーム!』
【了解】
そんな事態にも市ヶ谷は冷静に反応し、《使い魔》に短く命令する。彼本人が《魔法》を使って車体という殻を切り裂けば、それに守られていた乗員が転がり落ち、横転事故より犠牲者が増えると判断したからだろう。
前後の車輪が独立して動く、普通のオートバイでは絶対に不可能な機動で、市ヶ谷を乗せた《真神》は躱す。バウンドしながら転がる、家族連れが乗り込んだワンボックスカーは、車体を傾け車高を低くしてスライドしながら。スピンしながら突っ込む、カップルと思われる若い男女が乗ったSUVは、同じ方向に旋回しながら前輪走行で。建築現場の足場だろう、積載していた大量の鉄パイプをばら巻く八トントラックは、《Aerodynamics riotgun(空力学暴徒鎮圧銃)》の空気砲弾で吹き飛ばす。
『……ッ! いい加減にしろ!』
回避機動のGを耐え抜いた市ヶ谷は、シートに座り直し、変声器を通してもわかる怒声を放つ。
現状の真相を聞けば、世間一般で悪と判断されるのは、市ヶ谷だろう。ごく普通の学生生活を送っていた南十星に、《魔法使い》というだけで戦闘を強要し、それを止めに来た十路と戦い始めたのだから。
しかしそれは、無関係な一般人を巻き込まないことを前提としていた。そして不必要な巻き添えを生む、こんな事態にしたのは、十路だ。
国家公務員たる義務感だから、それとも彼個人の正義感からか、止めようとしたのだろう。叫んだ市ヶ谷は、走る《真神》の車体を蹴って高々と跳躍する。
【トージ!】
「応!」
市ヶ谷が落下するより早く、弾倉交換を行った十路に声をかけて、《バーゲスト》が動く。前輪を中心に横に回転し、車体に掴まっていた十路を、ハンマー投げのように前へと投げ飛ばす。
そして上から落とされる突きを、赤い追加収納ケースを割って飛び出した刃で打ち払う。これもまた樹里の《魔法使いの杖》の追加拡張装備である『牙』――巨大な片刃の直刀 《Saber tooth》を展開した。
触れれば鋼鉄も分解するだろう、《魔法回路》を纏う槍と、同等の効果を持つ《魔法回路》を纏った直刀を交じらわせながら、市ヶ谷は《バーゲスト》の上に着地する。機械の腕が持つ巨大の刃を振るわれ、車上でオートバイと人間の殺陣が始まる。
そして前方へと放り投げられた十路もまた、《真神》のハンドルを片手で掴んで空中で体勢を変えて、コートの裾をなびかせシートに飛び乗る。
【私の上から降りて頂けますか?】
「そう嫌うなよ!」
十路はヘルメットの中で獰猛に笑いながら、カームが向ける汎用機関銃の銃身を足で、アームに支持された二基の消音機型外部出力デバイスを肘で押さえる。
射線が外れたそのままで、それぞれの火器が駆動する。汎用機関銃が発射され発射炎がヘルメットを焦がし、《Aerodynamics riotgun(空力学暴徒鎮圧銃)》の衝撃波の余波が体を叩き、《Thermodynamics chain-gun(熱力学機関砲)》が連射する固体窒素の欠片が降りかかるが、十路は耐える。その体勢のままで、片手持ちで小銃の引金に触れ、普通のオートバイなら燃料タンク――《使い魔》の中枢コンピュータを上から狙う。
しかし《真神》も大人しく撃たれはしない。十路を振り落とそうと蛇行するため、バランスを取ろうと振り回す小銃は狙いを外して弾丸を吐く。
三宮駅前は神戸市の中心部、百貨店をはじめとする建物が立ち並ぶ繁華街だ。
そこを通過するオートバイから、そこかしこに外れた弾丸が突き刺さる。
△▼△▼△▼△▼
「だああああぁぁぁぁぁっ!?」
《魔法使い》二人が、それぞれが愛車とする《使い魔》を交代して行う戦闘を、コゼットは装飾杖に乗って追いかける。戦闘行為そのものには介入せず、巻き込まれた人々を守るため、戦う二人と二台から離れて《魔法》を使う。
アスファルトを隆起させ分厚い壁を作って、大勢の人々が歩く歩道への流れ弾を受け止め。
吹き飛ばされた自動車は、巨大な腕だけの《ゴーレム》を作って、柔らかく受け止めて。
爆発で落下するボウリング場の巨大ピン型看板は、地面を変形させた巨大な槍で串刺しにして縫い止めて。
明かりが点いている自動車販売店に飛び込む銃弾は、無人のために無視してガラス窓を破壊させる。
周囲の状況を把握し、適切な術式実行を、条件反射レベルで何度も繰り返す。リンクを通じて十路とイクセスから送られる攻撃弾道データから一ミリずれただけで、実行が〇.一秒遅れただけで、誰かにとって致命的な事態になるのを、秒間当たり数十の作業を行い紙一重で防ぎ続ける。
《魔法》で飛びながら別の《魔法》を使う平行作業とはいえ、意識的には乗馬したまま弓矢を放つ流鏑馬に似た状況のため、不可能というレベルではないが、放つ《魔法》の数は矢と比較するのが馬鹿らしい。
むしろ雨が降る中で傘をささず、体に当たる水滴を払いのけて濡れずに進むような、非常識な作業の連続だった。
「狂うわああああぁぁぁぁっ!!」
コゼットは半ば無意識に絶叫しながら作業を続ける。離れてすれ違うだけとはいえ、多くの人々の前であろうとも、王女の仮面で取り繕う余裕などない。
一般人を守るのに一番効果的なのは、戦闘を行う十路たちを止めることに違いない。
しかしコゼットは止めない。
最も人の多い場所で、一般人を巻き添えにする必要があるから。
だから負荷に耐え、《魔法》で人々を守り続ける。
(駄目――!?)
だが、全て完璧になど無理がある。離れた空間に実行した、流れ弾を粉塵に分解しようとした、《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》の《魔法回路》が、弾丸が通過した後に発生してしまった。
《魔法使い》たらしめす脳内生体コンピュータは、その結果を瞬時に、無慈悲に予測する。《真神》が放った弾丸は、手を繋いで歩く親子連れの母親の右胸部に突入する。ほとんど被弾変形せずに突入したライフル弾は、肋骨の隙間から肺と心臓を貫通して、逆側の肋骨に触れてやや射線を右上方に曲げて、仕事帰りのサラリーマンの頭部に命中する。
それがわかったところで、コゼットにはどうすることもできない。そのフォローを行えば、連鎖的に他の防御が遅れて、結果多くの被害者を出してしまう。だから一時の感情に任せた行動はできない。
脳内物質の分泌で、時間の流れが変わった錯覚の中、自らが犯したミスに歯噛みしながらも、仕方なく防御しそこねた弾丸を見逃す。
しかし、まるでコゼットのミスを予想していたように、その射線を塞ぐ位置に影が現れ、音速の倍で飛翔する弾丸を掴み取った。
その物体は人間のようだった。漆黒の全身鎧らしきものを身に纏っているため、体格はわからないが、その形状は確かに人間の形をしている。
ただし瞬間的には音速を突破して疾走し、銃弾をその身で受け止めて平気な存在を、人間と呼ぶのが適切かは非常に疑問がある。
なによりも《魔法使い》のセンサー能力が、それが人間だという反応を示していない。
(どういうこと!?)
正体不明の存在の出現と、未経験の事態に、コゼットは固まりかけたが。
『集中!』
「!」
唐突に接近した影から聞こえる、まるで倍速で再生したように甲高い、しかし強い意思が伝わる声に、慌てて意識を防御に集中させる。
仮に敵対されても、流れ弾の対処で手一杯のコゼットには、どうしようもできない。しかし謎の人物は敵対する様子がない。コゼットが対応するより早く、消えたかと誤解するほどの急加速で流れ弾に追いすがり、進路上に手を置く。
厚さ数センチの鉄板も貫通する弾丸は、その手に衝突して自壊する。仮に銃弾の突入そのものは鎧『らしきもの』で防げたとしても、運動エネルギーをまともに食らった手は粉砕され、下手すれば肩口から腕が抜けてもおかしくないが、そんな様子もない。
物理法則に従っているのか疑問を持つ光景だった。生身で安全な音速走行を超えるなど、《魔法》を使っても不可能なはず。体で銃弾を受け止めるなど、《魔法使い》でも信じられない技だ。
「だぁぁクソッ!」
解析できない技を持つ謎の超人が協力する必要性について、刹那だけ考えたが、コゼットはその間も惜しみ思考を放棄し――結果、信用した。自動車の衝突のような大きな被害を防ぐことに傾注し、銃弾のような小物の防御は謎の人物に丸投げする。
被害拡大を防ぐための、コゼットと謎の超人たちの戦いは、十路たちの戦いが移動しきるまで続く。




