030_1920 兄の戦った昨日、妹の戦う明日ⅩⅠ~【先附】 野良犬 魔犬 餓狼 神狼~
《マナ》を通じた空間把握能力を応用した脳内センサーは、夜の住宅地に三つの動体を捉えている。
そのうちのひとつ、総合生活支援部の面々が使う電波周波数を放つ反応と合流するために、十路は民家を飛び越える。
すれば視界に入ってくる。住宅地の中で幹線道路として使われているのだろう、歩道が敷かれた広い道路の中央で、赤と黒で彩られた無人の大型オートバイが停車していた。
高いところから飛び降りれば、着地時にはどうしても無防備になる。当然射線や流れ弾や、イクセスが交戦している相手に十路も警戒していたが、彼女が使用しているものまでは気をつけていなかった。
【どきなさい!】
だから《バーゲスト》の後方に着地した彼に、イクセスが鋭い警告を発した。
「うぉ!?」
考えるよりも早く反射的に、十路は慌ててアスファルトを転がる。そのまま立っていたら吹き飛んでいただろう爆風が、ほぼ同時にその空間を通過し、筒の反対側から発射された榴弾が建物を爆破する。
「無反動砲なんて積んでたのかよ……!?」
知らない装備に、十路は驚きをもらす。
《バーゲスト》に積載された赤い追加収納ケースから、遠隔操作式無人銃架が展開されている。その回転砲台に載せられていたのは、一メートルほどの長さを持つ、拳が入るほどの穴を空けて何枚もの板を束ねて形作ったような筒だった。その奇妙な形状に見ただけでは正体がわからなかったが、後ろに立ってイクセスに警告された理由――反動相殺の後方爆風に考えが及んだ時、十路もようやく理解できた。
【ジュリの《魔法使いの杖》に使われる、新しい拡張装備が追加されました】
筒を追加収納ケース内の圧縮空間に収納しつつ、イクセスが無線通信で送ってきた図面データを、十路は頭の中で参照する。
装備につけられた名前は《Roar Cords》――声帯ではなく、咆哮帯などと変えている辺り、なにやら物騒であるが、同時に実体弾兵器であることが奇妙に思える名前だった。
また樹里のアイテムボックスにも改造が施されて、遠隔操作式無人銃架だけでなく、今アイテムボックス内で音を立てて作動している自動給弾装置が追加されている。当然、使用する弾薬も相当数積載されていた。
「なんでこんな兵器持ってんだよ……」
疑問に思うものの、現状でその存在はむしろ頼もしくあり、そしてのん気に追求していられる状況ではない。
その無反動砲で破壊され、煙を上げる民家を、十路は顎で示す。
「で。やったか?」
【サラッと死亡フラグ立てないでください!】
イクセスの叫びに同調するように。交戦していた相手が健在を証明するように。煙の向こうで発射炎が瞬いた。
狙いのおろそかな掃射は、場合によっては正確な精密射撃よりも恐ろしい。しかし幸いにも、警戒し身を低くした十路と、彼の盾になるため動いた《バーゲスト》に、まぐれ当たりは一発も命中しなかった。
【直撃させるのは無理そうなので、障害物を破壊して、瓦礫で押し潰そうかとたくらんでみましたが……】
【あの程度で私に手傷を与えようとは、片腹痛いですね】
彼女自身も成功するとは思っていなかったのだろう。失望の色ないイクセスのぼやきに、スピーカーを通した男の声が応じた。
そして偽装のエンジン音を高々と鳴らして、粉塵の幕を突破して出現する。
後輪を滑らせて停車したのは、要所が銀色に塗られた無人のオートバイだった。車高が高く、装甲は申し訳程度にしか装着されていない、市街地だけでなく未装地も走ることを想定した、エンデュランスやデュアルパーパスと呼ばれるタイプの大型車だ。戦闘車両としては、《バーゲスト》も簡素な装甲しか備えていない軽量級であるが、その車体はなけなしの防御性能もほとんど捨て、身軽さを追求している。
「《使い魔》か」
【出会い頭にあれが銃撃してきたので、応戦しました】
イクセスの報告を裏付けるように、そのオートバイに車載された追加収納ケースは開き、十路のアイテムボックスと同型の遠隔操作式無人銃架が展開されている。そこではベルギー・FNH社の分隊支援火器ライセンス作成銃、5.56ミリ汎用機関銃MINIMIが硝煙を上げていた。
『懐かしいか?』
続いて粉塵の中から、槍を手にした市ヶ谷も登場し、十路に問いかける。
「懐かしいといえば懐かしいな。それに乗らなくなって、まだ一ヶ月少々しか経ってないのに」
その《使い魔》は、かつて十路も使っていた。見える範囲でも細かい違いがあるので、全く同じ車体であるはずないが、それに跨り、世界各地で任務を遂行してきた。
「だけどまぁ、言葉キツいし、文句多いし、整備のたびに暴れるじゃじゃ馬だけど、今はコイツの方が気に入ってる」
【……ふんっ】
十路が《バーゲスト》のシートを軽く叩くと、まるで照れを隠すために鼻を鳴らしたような音が漏れる。
『一方的にお前らを知ってるのも不公平だろうから、俺の《使い魔》も紹介しておこう』
市ヶ谷もまた、その車体に近づき、シートを軽く叩く。
『陸上自衛隊制式装備、一一式特殊作戦用軽装輪装甲戦闘車両改――通称《真神》。搭載されてるAIの名前はカームだ』
【お初にお目にかかります、堤十路。そしてご挨拶が遅れましたね、《バーゲスト》】
人の姿を持っていたら、優雅に一礼しているだろう。メタリックシルバーの車体から、慇懃な男の声が発せられる。
『悪ぃな? カームのやつ、普段はしっかりしてるんだが、荒事になるとどうにもならなくなる。そいで《バーゲスト》のことも、かなり気になってたみたいだ』
【気になる相手を見たら、即座に飛びかかって銃撃なんて……《使い魔》の火器管制くらい、ちゃんとしたらどうですか?】
悪いと思ってるように感じない市ヶ谷の弁解に、イクセスは冷たく応じ、話し相手を変える。
【トージ。あの《使い魔》と全力で戦らせてください】
「渋ってたのにやる気だな? バイクの好みなんて理解できないけど、気に入らないのか?」
【ドSな上にドMという最悪な性格設定ですよ。女相手に殴りかかってきて、殴り返したら愉悦を感じるようなヤツです。付きまとわれたくないですし、ここでキッチリ引導を渡さないと】
戦意がにじみ出た強い口調で、イクセスが付け加える。
【犬と狼、どちらが強いか、決着つけましょう】
たとえに戦意を込めた笑いを浮かべて、十路は小銃を片手で持ち、銃身を《バーゲスト》のフロント部に近づけ宣言する。
「堤十路の権限において許可する――」
戦車には通常、複数の人間が搭乗する。
指揮する車長、車両の運転を行う操縦手、戦車砲の射撃管制を行う砲手、自動給弾装置が搭載された車両には不要だが、かつては砲弾を詰める装填手がいた。
そして《使い魔》は、《魔法使い》を乗ることを前提に作られた戦車であり、形は違えどその役割分担は、一応は存在している。
車長は当然、跨る《魔法使い》。攻撃の際は特別に許可しない限り、ハンドルバーに偽装された照準線ビームライディング誘導システムを使うため、砲手も兼ねる。装填手と操縦手の役割は、《魔法使い》の指示や操作にAIの判断が入ることもあるため、半々といった具合になる。
「《使い魔》《バーゲスト》の全制限を解除せよ!」
十路はその役割を、イクセスに全て委譲し、完全自律戦闘行動を許可した。
応じて《バーゲスト》は、わずかな変形ではあるが、その姿を最適化させる。
偽装の動力伝達チェーンを車体内に回収し、後輪の固定が解除されると、前輪と同じ回転自由度を得る。
重なって整然と並び、その上から塗料が塗られていたため、一体成形に見えた複合装甲が、いくつかに分離してやや持ち上がる。
【OK. ABIS-OS Ver.8.312 boot up.(許可受諾。絶対操作オペレーティングシステム・バージョン8.312 起動)】
更に直接ではなく、《魔法使い》を通して十路の脳と接続する。シート下でマフラーに偽装されている、主砲となる外部出力デバイスもホップアップさせ、戦闘準備を整えた。
市ヶ谷たちの方を見ると、彼もまた十路と同じ事を自分の《使い魔》に行い、ちょうど振り返ったところだった。
「これより部活を開始する!」
『これより戦闘を開始する!』
野良犬と餓狼が共に咆哮し。
【了解!】
【了解、主】
魔犬と神狼がスキール音で呼応し。
四頭の猛獣が、互いの獲物を定めて突進した。




