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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の勧誘事情/南十星編Ⅱ
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030_1901 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅸ~会敵料理フルコース~

 (あたま)だけはなんとか守った。

 だから家一軒を押し潰し、半ば肉塊になりながらも、南十星(なとせ)は生きていた。


「うぇほっ……! げほっ……えほっ」


 瓦礫(がれき)の上で血の混じった力ない(せき)を吐きながら、南十星は起き上がろうとしたが、体がまともに動かない。致命傷にならない傷の修復は後回しにされているにも関わらず、粉砕された骨も、無傷なものなどない臓器も、骨折と共に()ぜた肉も、危険な傷が多すぎてその修復速度は遅い。

 重傷を負ったというだけでない。高負担の《魔法》を実行し続けたことで、南十星の脳に限界が来ていた。

 身体感覚が切り離されているはずなのに、脳内物質の異常分泌で、悪寒と熱と激痛と(かゆ)みを同時に感じる。視界には星が浮かび、(かす)んでまともな像を結ばない。《魔法》で網膜投影していた画像はノイズが走って消えた。耳鳴りは途切れず鳴り響き、口の中は血と鉄臭さと胃酸の酸味、他になぜか甘美な旨みと塩気を感じる。


(あたし……死んじゃうかも……)


 南十星は明確に自覚した。血が失われ、体の力が抜けるだけではない。もっと別のなにか――たとえば死神に魂が奪われていくような喪失感。

 その感覚は恐怖よりも、布団に包まるような安堵を覚える。

 もういいと、諦観(ていかん)(ささや)く。

 頑張ったと、自己満足が判断する。

 まだ続ける意味があるのと、理性が疑問を(てい)する。 


「――ああああぁぁぁぁッッ……!!」


 それでも南十星は、わずかな余力を振り絞るために全力を出す。(ふさ)がっていない傷から、新たに血が流れ出るのも構わず。呼吸のたびに動作のたびに、体中が(きし)んで音を立てているのに。ジャンパースカートのスリットから覗く(ひざ)は、笑うどころか大爆笑して震えているのに。身に(まと)う《魔法回路(EC-Circuit)》はロウソクのように明滅しているのに。

 操り人形(マリオネット)のような壊れかけの体を、気力という糸だけで支えて、瓦礫(がれき)を押しのけて彼女は立ち上がる。


『……そこまでにしろ』


 空中から戻っても手を出さず、隣家の屋根から、槍を肩に担いで様子を見守っていた市ヶ谷が、鬼気迫る南十星に憐れみすら乗せた声で忠告する。


『よく持ったとは思うが、これ以上やったら死ぬぞ。俺が受けたのは、お前を見定めろって命令だ。お前を殺したいわけじゃない』

「はぁ……! はぁ……! ざけんなぁ……!」


 闘志の有無だけではない。《魔法》の発生源である《魔法使いの杖(アビスツール)》を手放したら、今の状態では確実に死ぬ。だから自らの血で(ぬめ)る取っ手を、頼りない握力で握り直す。


「ここで手を引く、くらいなら……! げほっ! 最初から……ちょっかい、かけんな……!」

『そうも言ってられないのが、大人の事情ってヤツだ』


 仕事は終わったと、熱の消えた口調で市ヶ谷は問う。


『お前は、自分が《魔法使い(ソーサラー)》であることを、どう思ってる?』

「なんそれ……?」

『いいから答えろ。これが最後だ』


 最終試験は、口頭弁論らしい。手出しする様子もないため、遠慮なしに時間を使って呼吸を整える。


「……なんであたしと兄貴、二人して《魔法使い(ソーサラー)》なんだろうなぁ……って、考えたことくらいあるよ……せめてあたしだけだったら、よかったのにさぁ」


 表情筋から力が抜ける。笑みと呼ぶべきではなく、死者の安楽に近い。

 ともすれば崩れそうな膝を支え、血を唇の端から流しつつ、南十星は開くのも億劫な口を動かす。


「なにが『魔法』だよ……あたしが望むものは、なにひとつ叶えられないクセに……この力のせいでふざけた事ばかり起こる……」


 もしも《魔法使い(ソーサラー)》でなかったら。もしも《魔法》がなかったら。

 考えても仕方ない。なんの慰めにもならない。ありえるはずない。


「…………こんな力、あたしは欲しくなかった」


 だけどやはり、求めてしまう。もしも(if)を考えてしまう。

 こんな風に、血を流して戦わなくても守れる、ごく普通の時間を送れたのではないかと。


『……そう、か』


 なにか思うところがあったらしい。余韻を持たせて市ヶ谷は、吐息のような返事をした。

 そして息を吸って口調を変え、彼は試験を評価する。


『そこそこ面白かったが、まだ甘い。一、二年鍛えればモノになるだろうが、今は、な』


 餓狼が闘争心(うえ)を満たすには、子虎では役者不足だったと。


『ま、ここまでやれば《魔法使い(ソーサラー)》でも普通は死んでる。そういう意味じゃ、お前は合格だろう』

「合格、祝いは……?」

『おめでとう。防衛省はお前を手に入れようと、今後なにかしてくるだろうな』


 それではなんの意味もない。今後自分に、ひいては十路に、政府機関から手を出させないために、彼女は戦ったのだから。


(最後の手段、使うしかないか……)


 南十星はボンヤリとした頭で考える。トランプゲームで手札を出す時に、とっておきを選ぶような気安さで。

 敵に手出しを出させないようにするために確実なのは、それそのものを破壊すること。

 本当の意味で、自爆するしかない。

 だから限界を迎えている生体コンピュータが発する、なけなしの演算能力を駆動させる。傷の(ふさ)がっていない穴だらけの体に経路を通し、体内で励起爆薬を作って起動させれば、半不死身の体は確実に崩壊し、もしかしれば市ヶ谷にも再起不能のダメージを与えられるかもしれない。

 少なくとも今後、南十星を守るために、十路が傷つく心配はなくなる。

 それが彼にどのような影響を及ぼすかなど、全く考えずに、南十星は術式(プログラム)を操作しようとした。


 だが、それより前に、南十星と市ヶ谷の間に二人の《魔法使い(ソーサラー)》が、遠くから一気に跳んで来た。

 やや遠いのは、学生服の上から大きめの迷彩戦闘外被(ジャケット)を着た少女。スライディングのように姿勢を低くして、民家の庭先を削りながら着地し、立ち上がりながら片手でジェットタイプのヘルメットを脱ぐ。


「…………」


 顔を見せた樹里は、無言で首を振ってミディアムボブを揺らす。市ヶ谷を牽制(けんせい)するように長杖を構え、《魔法回路(EC-Circuit)》を発生させる。


 回転受身で南十星の直前に降りたもう一人も、立ち上がるがヘルメットを脱がない。顔は隠され、学生服の上から見慣れないタクティカルベストを着て、しかも背中を向けている。

 しかし世界でたった一人しかいない家族を、南十星が見間違うわけはない。


「修交館学院、総合生活支援部だ」


 ややくぐもった声で、十路(とおじ)が宣言する。


「建造物損壊罪、器物破損罪の現行犯で逮捕……と言いたいが、今回はそうも行かないな」



 △▼△▼△▼△▼



【…………】


 一方、十路と樹里を見送ったイクセスは、これからの行動を少し考え、通信回線を開いて信号を送った。


『イクセス? どうしたの?』


 応じたのは樹里だった。肉声とは微妙に調子が違う、『考えたことを音声化した(データ)』だったため、声を出せない状況なのかとイクセスは考える。


【トージが指示した『適当に対応』するために、余裕のありそうな今のうちにお願いしておこうかと】

『なに?』

【武装の使用――特に『声帯』の使用許可をお願いします】


 つい先ほど、追加収納(パニア)ケースを車体に乗せられ、機能を接続されて、イクセスも初めて知った。樹里の家族が作成した、新規装備の存在を。

 それを使うための機能は、《使い魔(ファミリア)》の標準装備として持っている。ただその装備の持ち主であり、(マスター)役でもある樹里の許可がないと、使えないようプログラム的にロックされていた。


『あれを使う気……?』

【その都度許可を求める暇もないでしょうし、判断権限も含めて私にください】


 新しい装備と、それに伴ってアイテムボックスが改造された話は、樹里から聞いていない。そして気の進まない様子に、使用は彼女が望むところではないだろうが、使えるものは使うというのがイクセスの判断だった。

 沈黙が流れる。十路に判断を委ねているのではなく、樹里が迷っているのだろう。

 しかしすぐに反応があった。


『……わかった。先輩を助けてあげて』


 樹里の言葉は承認と見なされ、鍵となるデータが生成された。


【ありがとうございます】


 イクセスは礼をいい、早速それを使って機能のロックを解除する。

 後部右に搭載されたアイテムボックスが細かく震え、機械動作音を漏らさせながら、イクセスはGPSと地図と参考に無人のまま移動する。

 樹里が気を利かせているのだろう、無線を繋いだままなので、現場で行われている会話が聞こえるから、事態を把握できる。

 普段ならば怪談になるだろうが、誰もいない今は構わない。いつでも十路を援護できる体勢を作ろうと、ライダー不要のオートバイが住宅地を走る。


【!?】


 だがセンサーが捉えた反応に、慌てて急ブレーキをかける。

 滑りながら車体の向きを反転、進行方向一二時からすぐさま五時方向へと旋回すると、正面から飛来物を衝突させる。複合装甲(コンポジットアーマー)のボディをわずかに削り、銃弾は全てあらぬ方向に()れた。


【あなた()……!】


 イクセスの感覚(センサー)は、射手を捉えていた。しかし動きもせず、発する熱も常識の範囲だった。相手方にも(ほどこ)された電磁波(EMP)対策のせいで、電子機器の駆動による電磁波も感じなかったために、無視しても構わない存在と認識していた。

 相手が銃を構えるまで、敵の存在がわからなかった。


【私を無視して通り過ぎてしまわれるとは、少々つれないですね……】


 住宅地の道路に何気なく停められた車の側から、わずかな笑いを含んだ男の声が響く。折り目正しい雰囲気を持つが、それは本性を覆い隠した空気にイクセスは感じる。


【お初にお目にかかります、《バーゲスト》】


 それは結婚詐欺師にも通じる。女性に対するある種の嗜虐を持ち、それに対する罪悪を持たない、見目麗しくにこやかな笑みを浮かべながらも、内心では獣臭漂わせて舌なめずりしているような、狼の本性が声から感じる。


【ご丁寧な挨拶どうも!】


 嫌悪感と怒りを(あらわ)にしたイクセスは、後部右のアイテムボックスを展開させた。


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