030_1800 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅵ~即席ラーメン消火器入り~
【トージ、本気ですか……?】
ヘルメットに仕込まれた無線から、半ば呆れたような、残り半分は心配するような、イクセスの声が鼓膜を震わせる。
「本気に決まってるだろ」
いつもの平坦な声を返しながら、十路は履き替えたスニーカーを、車体後部左横の追加収納ケースへと収める。
普通のオートバイならば確実に転倒する。十路は時間を惜しんで、走行中のオートバイに跨ったまま装備を整えていた。アイテムボックスに入っていた戦闘装備ベルトだけでなく、転入してからは出したこともないタクティカルベストまでも、カッターシャツの上から装着している。履き替えた靴は陸上自衛隊の物と同じタクティカルブーツだが、ベルトで固定する滑り止めのようなものを装着している。ただし足裏に当てる部分はゴムなどではなく、鉄板が付けられている。
『堤さん、できましたわよ』
無線越しの声に顔を上げると、装飾杖に横座りして飛ぶコゼットが近づいてきた。彼女は夏にも関わらず黒く重そうなレインコートを着て、大きめの襟を立てている。これもまた十路のアイテムボックスに入っていた物で、武装した上から着ることができるため、街中での特殊な任務に使用していたものだ。
「おっと」
彼女が物を落としてきたため、十路は慌てて受け取る。
コゼットが渡したのは、十路が水鉄砲に改造した消火器だった。中身を入れ替えて圧力を高め、空気穴に至っては、《魔法》によって原子単位で操作して、完全に塞がれている。
『安全率なんか無視して、容器の設計限界ギリまで圧力かけてますからね。ぶつけたら吹っ飛ぶかもしれませんから、気をつけなさいな』
「危なっ……!? 投げ渡さないでくださいよ……」
コゼットの説明に、ちょっとした爆弾を抱えている気分を味わいながら、十路は消火器をそっと追加収納ケースへと収める。
その様子を上から眺めるコゼットは、不機嫌顔だった。だから消火器を手渡さなかったのかもしれないが、もっとも、本当に破裂するような危険物を、彼女がぞんざいに扱うとも思えないため、口だけかもしれない。
『ったく……! 貴方は相変わらずムチャクチャですわね……!』
「でも、他に方法がないです。相手の服装とか状況とか不明で、ギャンブル要素が強すぎますけど、やるしかないんです」
『そうかもしれませんけど……』
コゼットと十路の会話に、珍しく長杖で飛んでいる樹里が、オートバイも乗っていないにも関わらず被っているヘルメットの無線で口を挟んだ。彼女もまた十路のアイテムボックスに入っていた、陸上自衛隊の支給品と同じ迷彩戦闘外被を、学生服の上から羽織っている。
『不発弾処理』のために封鎖されている地区に突入し、《魔法使い》同士の戦闘に介入し、南十星を取り戻すための作戦。出発前に十路が立てたそれを聞いて、イクセスも樹里もコゼットも困惑していた。
『街の被害を考えずに、全力で暴れるって、あらゆる方面から先輩はお尋ね者になっちゃうんじゃ……』
十路が語ったのは、作戦とは呼べない。周囲の被害など考えず、必要に応じて全力を出すための小細工を示しただけだった。
しかも彼は《騎士》という、最強の《魔法使い》と言われる称号を持つ。だが、その通称は有名でありながら、実体は明確になっていない。そこまで言われる秘密兵器の情報など、容易に得ることができるはずがなく、実在が疑問視されることすらある。
だから『十路の全力』がどこまでを示すのか。そして『全力』のどこまでを出す必要があるのか。樹里だけでなく当人すらも知らない。
ただ、確実に言えるのは。
彼が本気を出せば、一五〇万人の市民もろとも、『神戸』という地名を地図から消し飛ばすことも可能であること。
「俺さ、もう五年前に、防衛省の連中に言ったんだよ」
そして十路は、覚悟を示している。
「なとせに手を出すなら、俺はこの国の敵になるってな」
子虎を守るために首輪をつけられ、かつては軍用犬だった野良犬は、以前の飼い主に牙を向けることを躊躇しない。その後に待ち構えるのが、暴力的な躾どころか殺処分であろうとも、彼は決して怯まない。
「だから悪いけど、二人も途中までは付き合ってくれ」
そのために樹里とコゼットに、身元を隠させるための上着を着させた。最低限の手伝いだけは頼まないとならないが、それ以上は二人に迷惑をかけないようにと。
『途中まで、ですか……?』
不安げな声で樹里は確認する。もっと手伝わなくていいのかと。
「あぁ。部長と木次がお尋ね者になるまで、付き合わせる気はない」
それに十路は、有無を言わさず断った。
【私も途中まででいいですね?】
「イクセスは最後まで付き合ってくれ」
【……まぁ、諦めてましたけど】
ついでに不本意そうなイクセスにも有無を言わさない。
これで指示はひとまず出し終えた。コゼットや樹里も、質問がある様子もない。
「……こういう時、普通の高校生なら、どうするんだろうな?」
だから十路の口から、緊張をわずかに緩めたような、やや気弱そうな声が出た。
【そもそも普通の高校生なら、こんな事態に巻き込まれないと思いますけど……】
「俺、今ものすごく焦ってるんだ。だけど焦ってはいけないってのが、身に染み付いてる」
呆れたようなイクセスと話しながら、十路は防刃繊維が使われたタクティカルグローブに包まれた手を見る。
【緊急事態への冷静な対応は、いいことではありませんか?】
「そうかもしれないけど、家族のピンチに冷静って、逆に異常だろ?」
非常時において、感情と衝動のままに動くのと、冷静な判断の下に基づいて動くの、どちらがいいかと問えば、誰もが冷静さを挙げるだろう。
しかし人間は感情の生き物であり、わかっていても冷静さを失ってしまう。
それが普通だろう。
十路はというと、こんな時でも冷静さを失ってはいない。陸上自衛隊特殊隊員としての訓練で培われ、非公式に派遣された戦場での経験が、非常事態に対する冷静さを失わせることがない。
そんな普通の人間とはかけ離れた思考を持つことに、十路は嫌気を感じた。
【見えました!】
イクセスの声に、思考は即座に戦闘モードへと切り替わる。信号を無視し、減速もせず交差点を曲がった先に、封鎖線が見えた。
住宅地の中ほどと言える大き目の交差点に、暗色の自衛隊トラックが道を塞ぐように停車して、隊員が周囲を警戒している。その前方では、封鎖を知らずに乗り付けたのだろう。車に乗ったドライバーに事情説明をしている警察官もいる。南十星たちの戦闘音が聞こえるせいだろう、どこか浮き足立っている様子だが、それでも役目をこなすための統制は取れている。
「二人とも! 頼む!」
『『了解!』』
呼びかけに応じ、頭上で樹里とコゼットは声を合わせて、それぞれの《魔法使いの杖》の柄に引っ掛けていたアイテムボックスを開く。
彼女たちが取り出した物は、ホースを切り取っただけで改造などしていない、そのままの消火器だった。
『《疾雷》――』
前触れなき突然の雷鳴を意味する術式を、樹里は実行する。
『《電撃戦/Erinnerungen eines Soldate》――』
ドイツ軍人ハインツ・グデーリアンの回顧録と同名の術式を、コゼットが実行する。
《魔法回路》の円がいくつも並ぶ仮想の砲身に入れ、消火器のレバーを引くと同時に。
『『実行!!』』
二人の術式の名前は違うものの、その効果は同じ。コイルガンの原理を再現した、最高出力ならば人工衛星の打ち上げも可能という電磁投射装置だった。発射した消火器はいわば、レールを外れて吹っ飛んだ小型リニアモーターカーとも言える。
直撃すれば人を撲殺するだろう。飛来した二本の消火器はアスファルトを跳ね、車のボディを変形させて落ち、猛烈な勢いで消火剤をまき散らす。
突然の衝突音と、視界を塞ぐ白煙に、周辺にいた者たちはパニックになる。自衛隊員たちは日頃の訓練成果を発揮したが、ガスマスクを装着していたわけではないのだから、この事態に怯むことに変わりない。
一瞬で混乱した封鎖線に、十路はそのままオートバイで、樹里とコゼットは建物の屋根スレスレに飛んで突っ込む。
「部長! 頼みます!」
『仕方ないですわねぇ!』
煙幕の中で声だけ残し、コゼットの気配が遠ざかる。
きっと『不発弾処理』の真相を知らず、職務に忠実なだけの警官や自衛隊員を攻撃するのは気が引けるが、仕方ない。そのために《ゴーレム》使いであるコゼットに、万一のためにコートを着させて正体を隠し、この場での陽動兼足止めを打ち合わせていた。
消火剤の煙幕を突破し、いくらも進まないうちに、上を飛ぶ樹里が緊迫した声を発した。
『センサーに感です! 東南東海側から亜音速で接近する物が二――いえ! 遅れてもう二!』
「ミサイル……!?」
計四つの反応の正体に、十路はすぐに気づいた。
不発弾処理と銘打っていても、爆発音が既に何度も起こっている。なにも知らない一般市民であっても、これが異常事態だと気づく。
しかしミサイルまで使うとなると、話が別になる。南十星の問題に防衛省が本腰を入れているだけではない。一般人に真相を露呈する恐れを犯してまで、兵器を運用したことに十路は驚愕する。
「予想着弾点!」
【きっとナトセがいる場所――】
イクセスが予想を述べる前に。ミサイルの着弾よりも前に。
建物が崩壊する轟音が響いた。




