030_1710 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅴ~キャロライナ・リーパー製ホットソース~
跳躍すれば建物より高く。一秒後には路上に落下。その直後に重力を無視して壁面に移動する。普通の人間はもとより、どんな兵器でも再現不可能な三次元機動と共に、破壊が行われる。
南十星が加速するたびに、路面が、建物が、砕かれて穴が開く。
市ヶ谷がいなせば、看板ポールが、電柱が、斬断される。
突進と共に突き出される拳は、コンクリートを粉砕し、自動車を吹き飛ばす。
槍を振り回すと、豆腐のように金属が斬られ、裁断される。
その通称からはかけ離れた、拳と槍による原始的な戦闘。ただし常識を超え、一挙一動で風景が変化する激突が繰り広げられる。
しかしこれでも、まだ全力ではない。彼らは軍事史上最強の生体万能戦略兵器なのだから。
「ッ……!」
舌打ちなのか。限界駆動の頭痛のせいか。南十星は顔を歪めて、地面を滑りながら一度動きを止めた。
市ヶ谷は、南十星の動きに反応している。
内臓を潰しながら背後に回り込んでも、そこには先じて槍の穂先が待ち構えている。
四肢に推進力を付加させた連続攻撃も、市ヶ谷は軽くいなす。
そうなると槍の間合いに、平均よりも小柄な少女ではとても届かない。懐に飛び込むことができず、責めあぐねく。
『どうしたぁ? そんなもんかぁ?』
市ヶ谷は長柄を肩に担ぎ、小馬鹿にしたように声をかける。槍の穂先には、《魔法回路》を纏っている。先ほどからコンクリートや金属も斬っているため、刃に触れた分子結合に干渉する、物質操作系の《魔法》だろうと南十星は推測する。
そのせいで今朝のように、穂先を分解することができない。物質そのものを操れても、その物質を操作している起動中の《魔法》を上書きすることは、未熟な南十星でなくてもまず不可能な技だった。
しかも市ヶ谷は、まだ積極的な攻撃をしていない。特に《魔法》による中遠距離からの攻撃は一度も使わずに、南十星の格闘に合わせるように槍を使っていた。市ヶ谷の任務は南十星の能力の検分、それを如実に表した戦い方だった。
自己流の訓練しかしていない《魔法使い》と、本格的な訓練を行った《魔法使い》、その戦力差を強く南十星は意識した。
(戦いが長引くと、あたしの方が断然不利なんだけどな……)
心の中で苦々しく呟く南十星の視界には、星が瞬き意識が危うくなり始める。術式の限界処理により、ただでさえ脳は頭痛という警報を鳴らし続けているのに。
(やりたかないけど、やるっきゃないか……!)
タイムリミットはそう長くない。そう判断した南十星は、右に握っていたトンファーをベルトに収め、今まで使っていない機能を立ち上げる。
腕輪のように《魔法回路》を発生すると、彼女の右腕が凍りつく。同時に何度繰り返したか覚えていない突進を、爆発と共に行った。
わずか〇.一秒にも満たない時間で、市ヶ谷も対応する。槍で叩き落されたり、突き出されたところを緊急回避と、方法そのものはその都度違うが、これまた何度も繰り返されたことだ。
今回は南十星の進路上に、槍の穂先が置かれる予兆を見た。
「――っぐ!?」
『な!?』
市ヶ谷も予想外だったろう。南十星は回避せず、逆に槍へと超音速で突っ込んだ。防弾繊維のジャンパースカートが破れ、左右に伸びた刃に内臓が切り裂かれ、神経が引き千切られて、骨が砕かれて急停止する。同時に至近距離から大口径の銃弾を撃ち込まれたように、貫通した背中の穴から肉片が吹き飛ぶ。
「これで……!」
串刺しにされた状態で、南十星は目の前の市ヶ谷に、血を吐きながら壮絶な笑顔を浮かべる。
大ダメージと引き換えに、彼女の間合いに相手を入れた。
「どうだぁぁぁぁっ……!」
絶叫し、肘近くまで凍りついた右拳を突き出す。
血肉が凍っただけではない。腕の内部で骨を変形させて内張りとして、鉄も溶ける温度に腕を急速過熱し、爆破。それだけではそれこそただの自爆だが、モンロー・ノイマン効果によって超高速噴流を発生させる。
本格的な爆薬は使っておらず、内張りも金属を用いていないために効果は不完全だが、右腕一本を犠牲にして、簡易的な成形炸薬弾を作り上げた。
腕の欠片を極超音速で直撃させれば、人体など四散する。
しかし市ヶ谷は、その効果が発揮されるより早く、南十星ごと槍を振り回す。
右腕が爆発した時には、貫通した南十星の体は投げられていた。
「が、はぁ……! げほっ……! 隠し玉も、不発かぁ……!」
投げ飛ばされたのは、アパートの一室だった。六畳一間の畳に転がった南十星はうめく。
その間にも《マナ》が全身から細胞をかき集め、植物の発芽を微速度撮影したように、砕け散った右腕が再構成される。同時に腹部では、切り裂かれた部位が修復されて大穴がふさがる。
確実な致命傷は修復させたが、南十星は立ち上がるのがやっとという有様で、生まれたての小鹿のように頼りない。フルマラソンを走り終えたランナーは、走る前より二キロ程度体重が減少するという。南十星はたった数分間の戦闘で、その倍以上の体重が減少している。そんな急激なダイエットをすれば、足元が覚束なくなって当然だろう。
『今のはマジで焦ったぞ……』
破壊された屋内に踏み込むギリギリで足を止め、本心からだろう言葉を市ヶ谷は吐く。
いくら《魔法》で体を修復できるとはいえ、失敗に終わったとはいえ、『肉を切らせて骨を断つ』を本気で実行する女子中学生など、他にいるはずない。
『ま、一応、一次試験は合格にしとこう。その根性だけは認めてやる』
焦ったとは言いながらも、戦闘技術は未熟という評価を下し、市ヶ谷は新たな《魔法》を実行して、槍を演舞めいた動きで旋回させた。それが筆のように、空間に《魔法回路》が線状に描かれ、鞭のように宙を走る。直接は効果を表すものではない。建物の壁や床に貼りつき、そこで初めて効果を発揮した。
その線に沿って、外壁を構成する物質の分子間力が消失――つまり建物が切り裂かれた。
南十星を巻き込み、地響きを立てて崩壊する建物から離れて、市ヶ谷はまたも動く。
『この程度で死ぬなよ』
槍の石突で、地面を強く突いた。
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潜水艦の武装とは、魚雷発射管に他ならない。しかし発射できるものは魚雷に限らない。
神戸からやや離れた、大阪湾内のほぼ中央。そこに停泊していた海上自衛隊新造潜水艦『てんりゅう』は指令を受けて、五三三ミリ魚雷発射管から四本のカプセルを射出した。
水飛沫を上げて海から飛び出したのは、ハープーン・ミサイル。アメリカの航空機製造メーカー、マクドネル・ダグラス社が開発した、各国海軍で制式採用されている対艦・対地ミサイルだった。
中距離ミサイルの陸上運輸を行えば、嫌でも一般人の目についてしまう。航空機で短距離ミサイルを撃ち込むのも、その危険性は高い。
だから最大限秘匿された準備が行われ、海から発射された。
それが南十星への、新たな試験課題だった。
「あらら~……こりゃー大事になっちゃってますねぇ~……」
それを遠巻きに、建物の上から見ていた影が動く。




