030_1701 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅳ~シェフのきまぐれ料理・仕込みは五年前から~
人気のなくなった、学院への夜の坂道を駆け上がる最中、十路と樹里の学生服の中で、着信音が同時に鳴り響いた。
音の種類はメール着信に設定したもの。それが二人の携帯電話に同時着信したとなれば、この状況で考えられる内容は、ひとつしかない。
【部活動の緊急招集が発令されました!】
樹里が繋いだままの《魔法》の無線を通じて、イクセスが報告する。
【内容は緊急即応的治安維持活動。現在『不発弾処理』として封鎖されている地区で発生した《魔法使い》二名による戦闘の収束です】
「最悪じゃないか……!」
十路は走りながら、悪態をつく。《魔法使い》二名の片割れは、南十星以外に考えられない。
彼女が《魔法使い》と戦闘する羽目に陥っている。その気配はあったのだから、彼女のワケありの理由はこうなる可能性があったのだから、なぜもっと前に推測できなかったのか、なぜもっと南十星に突っ込んだことを訊かなかったのか、彼は後悔していた。
「相手の《魔法使い》は何者だ!?」
一番の問題を十路が問うと、イクセスではない、別の声が応えた。
『日本の防衛省だよ』
「理事長!」
相手はつばめだった。
「つばめ先生、知ってたんですか!?」
淀みなく彼女が答えたことに、十路の隣を走る樹里が叫ぶと、無邪気な悪魔を連想するものとは違う、部員たちがあまり聞くことのない怜悧な声が答えた。
『知ってた。だけど事前に……特にトージくんに教えるわけにはいかなかった。これがナトセちゃんの望みであり、転入の条件だったから』
「どういうことだ!?」
相手が最高責任者でも、荒くなってしまう口調で十路は怒鳴る。
『あのコは五年前みたいに、自分の事情にトージくんを巻き込みたくないんだよ。自分のために、キミに傷ついて欲しくないから、こうしたんだと思う』
「あのバカ……! やっぱりまだ気にしてやがるのか……!」
今朝、そのことを触りだけ説明したからだろう。樹里が視線を送ってきたのに気づいたが、十路は答えない。詳しく話している暇はない。
『とりあえずわたしも条件は飲んだ。だけど事が始まれば、あのコひとりの問題じゃなくなる』
だからつばめはギリギリの譲歩で静観をやめ、部活の開始を宣言したのだろう。準軍事組織として、警察ではとても収拾不可能な、《魔法使い》同士の戦闘を止めるために。
無線で話しながらも十路と樹里は、校門を抜けて学院の敷地に入り、山の斜面に造成された道を駆け上がり。
外れにある総合生活支援部の部室にたどり着くと、シャッターが開かれて明かりが漏れ、オートバイとつばめが待機していた。
つばめの顔を見て、十路は頬がひくつくのを自覚したが、なにも言わずに心拍数と気持ちを抑えるために深呼吸する。
「『なんで止めなかった?』とか、訊かないんだね?」
「理事長に文句タラタラ言いたいですけど、責任転嫁する気はないですよ……」
南十星の行動を知っていたなら、つばめに止めて欲しかったという苛立ちは、確かに十路の中にある。
だが、南十星が止めて止まるほど素直とは思えない。また一番の責任は気づかなかった十路自身だと考えている。『お前が悪いんだ』などと子供じみた言葉は飲み込んだ。
「それになとせは、《魔法》で戦えるのを隠してたから、こんな無茶をしてるに違いない」
「やっぱり堤さんもそう思いますか……」
十路の推測は、新たな声が同意した。
振り返ると、緊急召集で急いで来たのだろう。装飾杖に横座りして宙に浮かぶコゼットがいた。彼女に抱えられるようにして、黒い追加収納ケースを提げた野依崎も同乗している。
「詳しい説明は省きますけど、ナトセさんがたったひとつ使える《魔法》は、複数の機能を搭載してる戦闘用だと思われますわ」
フレアスカートを抑えて着地し、野依崎を地面に下ろしたコゼットは、冷静な口調で説明する。
「その手の術式は俺も持ってますけど、複数の分野に跨る知識が必要ですから、かなり高度な《魔法》ですけど……」
「えぇ……ナトセさんにすっかり騙されましたわ。隠れて相当勉強したんでしょうね」
南十星が勉強できないなど、考える前提が間違っていたと後悔し、更に隠れて一人で事態を解決しようとする彼女に、十路は苛立つ。
その横で樹里が、事態をあまり理解していない様子だからだろう。コゼットはもう少し詳しい説明を行う。
「いちいち術式を変更しなくて済むから便利ですし、即応性もありますけど、あれは戦闘向きの仕様じゃありませんわ……」
「……ッ」
このメンバー中、一番《魔法》に詳しいであろうコゼットが、口をつむぐ深刻な事態に、十路の体が今にも駆け出しそうに力が入った。
しかし深い深呼吸をして、意識して体の力を抜く。
いずれにしても、一分一秒を争う事態には違いない。南十星は戦う術を持っているとはいっても、その術そのものにも問題があると予想される。そして完全に抵抗できないより、生半可に戦える方が、はるかに危険は大きい。
だから十路は、きっと自分に用事があるのだろう。ずっと額縁眼鏡越しの視線を向けている、残るひとりに振り返る。
「頼まれていた《魔法使いの杖》の修理、終わったであります」
「助かった……!」
野依崎が差し出す、傷だらけの黒い追加収納ケースを、十路は安堵しならが受け取る。《魔法使いの杖》があるならば、《魔法使い》同士の戦闘に介入できる。
様子を黙って見ていたつばめが、ここで口を開いた。
「――公には、部活の依頼は来ていない。だけどわたしが代わりに出す。目的は戦闘行為の終了と、堤ナトセの確保。可能な限りに迅速に、被害を軽微に」
「だけど、なとせが戦ってるのは、不発弾処理として封鎖されてれた場所です」
つばめの話を、十路が引き継ぐ。彼は焦っていても飛び出さないのは、その辺りの確認して、対策を考えなければならないからだった。
前もって無関係な人々を避難させて、《魔法使い》同士が相対する戦場を作り上げられている。その経緯を考えると。
「警察や自衛隊は役に立たない。むしろ俺たちがなとせの戦闘を止めようとしたら、揉め事になる可能性が高いです」
「だろうね」
十路の危惧を、つばめは事無げもないように肯定した。
「上層部のどこから出てるかとか、現場の人間が詳しいこと知ってるか不明だけど。ナトセちゃん相手の戦闘を、政府機関が非公式に、だけど正式に認可してるんだ。まぁ、支援部にケンカ売ってるってことだね」
「ちょ!? 支援部って防衛省の認可も受けてるはずですよね!?」
「組織なんて、どこも一枚岩じゃないってこと。ワケあり《魔法使い》の集団がいることで、利益になる人もいれば、邪魔だって思う人もいる」
慌てて問う樹里の言葉と、苦笑するようなつばめの言葉に、コゼットが顎に手をやり苦々しく呟く。
「それはマズイですわね……」
総合生活支援部は、人間兵器と見なされる《魔法使い》を一般社会に混じって生活する、民間の社会実験チームだ。警察や自衛隊と戦闘行為を行うのは立場上、非常によくない。支援部が存在できるのは、防衛省や警察庁の認可が下りてのこと。そんな民間の組織が『不発弾処理』という正当な仕事を邪魔することになる。
どちらが正義かではない。正当性がどちらにあるかという話になると、世間的には総合生活支援部に非があることになる。
更にそれを織り込み済みで、防衛省の《魔法使い》は、今回の事態を起こしたのではないかとも想像できる。
「しかもですわよ」
コゼットは、十路が手にする追加収納ケースに目をやる。
「堤さんの《魔法使いの杖》、本気で使う気ですの?」
その一言で、コゼットも中身を見たのだと理解する。彼女が危惧するのも当然だとも理解する。
「あまり使いたくはないですけど……そうも言っていられません」
気は進まなくても、以前、戦った時とは状況が違う。
犯人の隙を突いて市民を救い出すのと、戦闘中の《魔法使い》を救い出すのとでは、やる事の危険度が全く異なる。ある程度の情報と時間がある状態で、対策が考えられる状態ではない。
「全力で止めるしかない。結果、相手を殺さなければならないかもしれない。それならこっちの方がいいです」
名ばかりとはいえ、部活動の枠を超える行動だろう。《魔法使い》として戦う必要があろうとも、彼らが望む普通の学生生活に、人殺しをする必要性はどこにもない。
だから相手を殺したいわけではない。しかし必要ならば殺す。準備ができるならまだしも、今の状況では、国家に所属する《魔法使い》は手加減できる相手ではない。
普通に聞いていれば決意とは取れない、平然とした十路の言葉に、コゼットは息を呑む。
「……その時どうなってるか、わかりますわよね?」
「えぇ」
十路は頷く。考える間もない即答で、コゼットが苛立つほどに平坦ないつもの反応だった。
「貴方が望んでる『普通の生活』は終わり! 部員でいられるかもわかりませんのよ……!?」
「わかってる! そのくらい!!」
取り繕った冷静さなど一瞬で消え失せ、焦りが十路の口から怒号として飛び出した。
「だけど、どうしろっていうんだ!? 他に方法あるのか!? ここまで大事になってるってのに、誰も殺さず全部隠しながら、戦ってるなとせを取り戻すなんてできるのか!?」
こんな非常時を知っている彼だからこそ激昂する。
現場を封鎖しているだろう警察や自衛隊と揉め事を起こすことなく、街中で行われてる《魔法使い》の戦闘を安全に停止させ、一般人の《魔法使い》への印象を変えることなく戻り、明日から普通の学生生活を送る。
そんな都合のいい結末にはできる事態ではない。戦闘前ならまだ可能だったかもしれなくとも、今となっては不可能だった。
それこそ万能の『魔法使い』でもない限り。
「俺にとって今一番大事なのはなとせの確保だ! だったら他は切り捨てるしかない! 普通の生活も! 部活の存続も! 仕方ないだろ!?」
部員たちの知る十路とは違う姿に、空気が硬直する。どんな時でも態度をほとんど変えない彼の、感情を露にした人間的な姿に驚いた。
「先輩……」
固まった空気を割ったのは、樹里だった。そっと十路の手に触れる。
やや冷たい、小さくて滑らかな少女らしい手の感触と、振り向いた先にあった気遣わしげな瞳に、怒りで忘れていた我を取り戻した。
「……怒鳴ってすみません」
「いえ……今のはわたくしが無神経でしたわ」
落ち着きを取り戻し、十路とコゼットはお互い謝る。
とはいえ事が事だけに、コゼットは尚も問う。感情的な口調ではないから、今度は十路も声を荒げはしない。
「でも、本当にどうしようもありませんの?」
「状況は最悪ですよ……作戦考えてる余裕も、《魔法使い》を殺さずに倒せるような武器を作る時間ないですし、そもそもこの戦闘に割り込むと、世間的には俺たちは悪者にされるってことですから――」
話しながらもオートバイに乗る準備をしていると、不意に十路の目に、部室の隅にある物に留まった。
余りものの消火器を手慰みに改造し、外からポンプで圧力を高められるようにした水鉄砲が、ガレージ壁際に立てられている。
動きを止めて、自分のアイテムボックスの中身をしばし考え、十路は振り返る。
「なにか作戦考えたね?」
つばめが無邪気な悪魔の笑みを浮かべていた。
「理事長に三つほど質問。車で学校に来てますよね?」
「我が愛車ミニクーパーは顕在だよ」
「学校の消火器、二、三本持ってっていいですか?」
「ま、それくらいならいいとしよう」
思いついたことが、ひとまず実行可能だと確認し、十路は最後の問いを発する。
「理事長もいつも通り、なにか策略を立ててますよね?」
おかしい。
いくら約束があったとはいえ、部の不利益になるだろう南十星の単独行動を、つばめが容認しているなど。
だから彼女がここで笑っているのは、十路が思いついたことと同じことを考えているからではないかと、嫌そうに口元を歪めた。
十路の予想通り、つばめは策略家の笑みを深め、彼女の立場からは絶対に許されない言葉を、にこやかに吐いた。
「うん。どうせ悪者にされちゃうなら、トコトン悪者になって街で暴れちゃえばいいじゃない?」




