030_1611 兄の戦った昨日、妹の戦う明日Ⅱ~満漢全席プログラム~
【ナトセのスマートフォンのGPS反応、感じられませんね……?】
「あいつ……」
樹里が《魔法》で作り上げた《魔法回路》から聞こえる合成音声に、十路は小さく舌打ちする。
《使い魔》の機能ならば、南十星の居場所を掴める。そう判断した十路は、マンション前から無線で部室にいるイクセスに、文句を言われながら電波的な追跡を頼んだのだが、結果は芳しくない。
「電波の入らない場所にいるってことですか?」
「その可能性もあるけど、電源を切ってる可能性もある。俺が連絡つかないように……」
長杖を抱くように両手で持ち、小首を傾げる樹里に、十路は首筋をなでながら推測を答えて。
「イクセス。なとせのアイテムボックスか、《杖》の反応――」
次の指示を発しようとした途中で、夜の神戸に轟音が響いた。
明らかな爆発音が発せられた方向は、町の中ほどからやや離れた場所ではあるが、繁華街がある。煙や火の手は上がっていないが、確実に非日常的な事態だろう。
「今朝に続いてまた爆発……?」
そこで行われているであろう、不発弾処理によるものとも、考えることはできる。
視線で問うと、樹里は不安げな顔で首を振る。
今朝と同じ、また《魔法》発生時の強電磁波を感じたのだと。ただの爆発物処理では、絶対にありえない現象を。
【……ナトセの《魔法使いの杖》の反応をキャッチ。稼動状態にあります】
更にイクセスが、薄く緊張感を帯びた声で報告する。
そうなれば、十路の決断は早かった。
「学校に戻るぞ!」
「了解!」
十路と樹里は、下ってきた坂道を全速力で駆け戻った。
△▼△▼△▼△▼
「ミス・ナトセの《魔法使いの杖》、システム的には異常は見られなかったであります」
修交館学院二号館の地下室にて、ディスプレイを確認していた野依崎は報告した。
「となると……自爆の原因、取っ掛かりもなくなりましたわね……」
その後ろで、簡素なパイプベッドに座っているコゼットは、困り果てた様子で波打つ金髪を一筋指に巻く。
南十星が《魔法》を使えば、自爆する。彼女自身が機械的・電気的に、野依崎がシステム的に、その原因を調査していたのだが、異常を発見できなかった。
つまり南十星の《魔法使いの杖》は、ちゃんと機能しているはずという結論が出た。
「なにが起こってんですわよ……あと考えられるのは、ヒューマン・エラーによる見逃しくらい……? それ見つけるの大変ですわよ……」
《付与術士》としての責任感を見せつつも、コゼットは情けないため息をつく。
そんな彼女に、野依崎は振り返りもせず、手元で作業をしながら問う。
「部長が問題にしてるのは、つまるところなんでありますか?」
椅子の背もたれにスッポリ隠れているので、野依崎の姿は後ろのコゼットから確認できないが、そちらを見ながら彼女は口を開く。
「吹っ飛ぶのもアレですけど、気になるのは、やっぱり今朝の状況ですわね。ひとつの術式では起こりえない状況でしたもの」
これまで起こったことと、公園の惨状を思い出し、それも野依崎に説明し、言葉を付け足す。
「《魔法》の術式ってのは、基本的に『作って』『使う』だけのはずなんですけどね……」
《マナ》で固体窒素の弾を放つ銃を作り、それを使う。
《マナ》で射出式スタンガンを作り、それを使う。
ざっくばらんに説明すれば、《魔法》とはそういう単純なものだ。
「今朝の状況を考えれば、五、六種類くらい術式を起動してないと、おかしいはずなんですけど、使用履歴に残っていたのはひとつだけ……」
「《魔法使いの杖》が正常に稼動していると仮定して、そうなる可能性は二つであります」
頭を悩ませるコゼットに、野依崎は積み上げられた宅配便の箱を開けながら、事もなげな声を投げかける。
「ひとつはミス・ナトセが、支援部と敵対する《魔法使い》と交戦し、一方的に攻め立てられた」
「……ッ!」
全く思い至らなかった可能性を指摘され、コゼットは息を呑む。
総合生活支援部員は、そんな荒事に巻き込まれる身分だ。どこかの国の《魔法使い》と戦闘を行っていても不思議はない。
それなら南十星の《魔法使いの杖》に、逃げるための術式の使用履歴がひとつしかなく、公園には複数の術式が使われた痕跡が残っても、不思議はない。
でも、と野依崎は自説を否定する。
「違うと思うでありますけどね」
「どうしてですの?」
「そんな状況から生還したとすれば、ミス・ナトセが報告しない理由があるでありますか?」
「……ないですわよね」
その予想に思い至らなかったのは、今朝呼び出され公園に駆けつけてみれば、南十星は『《魔法》使ってみたら自爆した』と、緩い笑顔で悪びれもせず、事の次第を説明したからだった。
コゼットが見る限り、彼女はあまりにも普通すぎた。一方的に殺されかけて、それを誤魔化す雰囲気はなく、そもそもその必要性は、野依崎が言うように考えにくい。
「フォーさん。もうひとつの可能性は?」
「『なんでもできる』術式を実行すれば、使用履歴にひとつしか残らないのは、道理であります」
「ちょっと待ってくださいな……?」
またも平坦な声で、とんでもないことを言う野依崎に、コゼットは呆れを返した。
圧縮冷却で固体窒素を作り、熱を与えて急速気化させ爆発を起こし、当人を吹っ飛ばす。それがコゼットの知る、南十星がたったひとつだけ持つ、《Kuhoh.scsp》と名づけられた術式の効果だったはず。
それにそもそも、大きな問題がふたつある。
「まず、『なんでもできる』術式なんて、あるはずないでしょう?」
もしも顔を向けていたら、無表情をキョトンとさせているだろう。コゼットが出したひとつ目の問題定義に、野依崎は問い返す。
「なぜ《魔法》は『なんでもできる』のに、『なんでもできる《魔法》』は存在しないでありますか?」
「なぜ、と言われましても……」
そういうものだから、としかコゼットは答えることができない。
IH調理器にも冷蔵庫にも扇風機にも電動ドリルにもなる万能家電など存在しないのと同じように、ひとつの術式には、ひとつの機能情報しか持たせることができない。
物語でもゲームでも『魔法』は全てそうだから。ひとつの呪文に込められた効果は、ひとつしか存在しない。
フィクションの『魔法』とは本来、使用法が限定され、融通の利かない、非常に使い勝手が悪いもの。ある程度は思い通りにできる汎用性があっても、その根本は変わりない。炎の『魔法』は炎しか生み出さない。氷を生み出すには別の『魔法』が必要となる。ひとつの呪文で炎も氷も生み出す、便利で都合がよすぎる『魔法』など存在しない。
「複数の機能を持つ術式は、部長もよく使ってるであります」
「いや……限定的には『なんでもできる』ってことになりますけど、あれは結局《魔法》で工場を作ってるってだけで、浄水施設やゴミ焼却炉になるわけじゃねーですから」
しかしこの世界に存在する《魔法》は、オカルティックな力ではなく、理論整然とした科学技術だから、ひとつの術式で炎も氷も生み出す、便利で都合のいい《魔法》は存在しうる。
コゼットを《付与術式》を足らしめる《魔法使いの杖》整備用術式《哲学者の神聖かつ神的な術知/Για μια θεια και ιερη τεχνη του φιλοσοφου》。《魔法》によるレーザー溶接機、電磁波照射による電気炉、磁力や重力によるマニピュレーターなどを備えた、コンパクトな万能機械工場を作り上げる、それもまた複数の機能をひとつに統括している《魔法》だった。
「しかも複数機能を持つ術式には、大きな問題がありますわよ?」
「プログラムの規模でありますね」
ふたつ目の問題として出したコゼットの反論に、すかさず野依崎が応じる。
「当然複数の機能情報を集約している分、ケタ違いに大きいですわ」
ひとつに複数の機能をまとめるだけで、術式が大きくなるのは誰でも想像できる。そんなマルチな使い方を可能にする《魔法》は、コゼットの脳内に圧縮保存されている術式の中で、最大規模を持つ。
「自慢じゃねーですけど、わたくしの《魔法使い》としての性能は高い方になりますから、それでなんとか処理してる部分が大きいですの。しかも処理時間を気にしなくてもいい作業用で、ですわよ? 戦闘用に近い無茶な使い方をしたことありますけど――」
以前コゼットはその術式を、通常はしない使い方――作業工程と脳機能野への負荷を無視して、複数の機能を同時並列で一度に使い、作業の大幅な時間短縮を図ったことがある。
「あの時、限界処理に気が狂うかと思いましたわ。ナトセさんの脳機能野の大きさは《魔法使い》としては並ですし、容量を食う大きい術式を、しかも戦闘用の仕様なんかで動かせると思えませんわ」
パソコンでも同じことが起こる。一般人が普段使うようなソフトならば、そんなことはまず起こらないが、ソフト開発を行うような人々が、専用のソフトをインストールするには、特にメモリが相応に大きいパソコンが必要になる。ノートパソコンのような小さな筐体に入れようとしても、まともに動くはずはない。
だから《魔法》の術式は、基本的には一つの機能情報しか持っていない。術式が大きければ比例して処理に時間がかかるのだから、戦闘に耐えうる高速処理が必要な状況に、処理が重くなるような仕様は邪魔でしかない。
弾丸を込めて、引金を引けば、発射される。それで不足なら連射する。まだ不足なら口径の大きい銃を用意する。単純な機能を、選択肢を増やし積み重ねる。それが《魔法使い》の基本戦術であるはず。
「理屈の上では可能でありますよ」
なのにそれに野依崎は、明確な否定をした。
「最近のソフトは仮想メモリが設定され、実メモリ以下の容量で利用できるでありますが……昔はそうではなかったそうであります」
詳しい説明は省くが、情報工学史において、仮想記憶という方法が一般化するまで、大きなプログラムを動かすには大きなパソコンが必要不可欠だった。
物語に出てくる『魔法使い』も似たことが言える。
例えば、悪魔や天使の召喚。死者蘇生。人智を超えた願いを実現させるには、入念な準備を行い、大量の供物や代価となる貴重な品を用意し、大勢の『魔法使い』が儀式を行う必要があるとされている場合が多い。
巨大な『魔法』を実行するには、大規模な運用法が必要で、『魔法』そのものを効率化させて、一人でも使えるように改変されることはない。
だから《魔法使い》もそうだと思っていた。コゼットは思い込んでいた。
「プログラムの必要な部分を抜き出し、他の処理が必要になったら、メモリ領域に新たな部分を読み込んで連続実行させ、数珠繋ぎで馬跳びするように処理すればいいであります。そうすれば巨大な術式も、脳機能野の小さい《魔法使い》が処理することも可能であります」
「…………まさか」
コンピュータ・システムに詳しい野依崎の指摘に、コゼットは愕然とし、南十星の《魔法使いの杖》の動作試験を行った光景を思い出す。
《魔法回路》を身にまとって格闘技の演舞を行う彼女の姿。たったひとつ脳内に保存されていた術式。圧縮形式を示す『scop』という拡張子。
そんな方法は聞いたことがない。そもそも《魔法使い》が脳内に持っているのは、半導体の処理装置を遥かに凌駕した性能を持つDNAコンピュータのため、それが停止するような巨大術式自体、想像しにくい。
だが彼女の言う通り、理屈の上では可能だった。
「オーバーレイ・プログラム……!?」
その危険性をコゼットが検証しようとしたが、なにかのギミックを動かしたような、ガシャンと一際大きな金属音が響いたことで思考が中断される。
「やっと修理完了であります……」
安心したように呟き、野依崎が椅子ごと振り返る。
「ブッ!?」
彼女が抱える物を見て、コゼットは金髪碧眼白皙の美貌台なしで噴き出した。
野依崎が組み立てていたのは、金属の塊だった。
小学生としても小柄な野依崎よりも小さい、一メートル少々の長さしかない。その独特の形状は、誰でも一度は目にしたことはあるだろうが、それは映像を通しての話であって、日本国内で実物を目にした者は限られるだろう。
そしてその黒光りする物体は、とても贋物には見えない。
「なんですのよ!? その激ヤバなブツは!?」
「ミスタ・トージの《魔法使いの杖》であります」
「ちょっとぉ!? それ使う気ですの!?」
初めて目にする十路の装備に、コゼットが泡を食っていると。
この部屋に設置された電話が鳴り響いた。




