030_1401 嘘つきは《魔法使い》のはじまりⅤ~特選旬彩重箱弁当~
近年では『脱ゆとり教育』なるものが掲げられたため、学校によって差異がある。私立校である修交館学院の場合は、土曜日にも午前中だけ授業がある、いわゆる半ドン形態になっている。
授業が終われば用事のない者たちが早々に帰る、普段ならば昼休憩の時間。いつものメンバーは総合生活支援部の部室に集合した。全員午後からも用事があって帰らないため、持ち寄りで昼食を一緒にしようという内容で、南十星が呼び出したからだった。ちなみに今日は野依崎は登校する日ではなかったらしく、彼女の姿はない。
「――まぁ、そんなワケだったのさ」
いつ作ったのか、食べる人数など考えていないだろう、大量の料理の詰まった四段重ねの重箱をつつきながら、南十星は昨日までの十路への急接近ぶりを、『確かめたいことがあったから』と明るく説明し終えた。
「あー、十路くんって『恋愛に興味ない』とか言ってますからね~」
「《魔法使い》だから、気持ちわかんなくもないけど、妹としてはコレが心配なのだよ。兄貴、いっしょーヨメの来手がなさそうだし」
「あはは……」
詳しい話――特に十路の女性遍歴などは話していないが、ナージャは理解したらしい。その横で樹里が『高校生で嫁の心配?』などとでも言いたいようだが、愛想笑いを浮かべてごまかして、薮蛇になるような発言はしない。
「そんなわけだから、ナージャ姉。エンリョせずに兄貴に言い寄っちゃっていいよ?」
「ほぇ? どうしてそんな話に?」
「その乳はなんのために付いてる!? 揉ませるためでしょ!?」
「少なくとも十路くんに揉ませるためじゃないです!?」
「…………」
カーディガンで隠すように、腕を交差させて胸をかばうナージャの横では、十路は憮然とした顔で黙って弁当をつついている。自分が話のネタにされているのは不愉快だが、しかし空気を読まず言い返すと、薮蛇になると理解していた。
「……ふむ。十路から聞いた話では家事はカンペキ……料理はこの通り……兄に対してそこまでする思いやりの深さ……しかも映画俳優……こうして見るとなかなかの美少女……初対面では想像しなかった有望株……」
人数の都合上、ソファに座れないため、ダンボール箱に座る和真は唸る。箸で挟んだ南十星お手製ミートボールを見ながら、彼女の女子力その他を測定し、クワッと目を見開いて振り返る。
「ナトセちゃん! 嫁に来ないか!?」
「ヤ」
対し南十星は、にこやかにバッサリ切り捨てた。
「俺、即答されるほどダメ!?」
「いやぁ、和っちセンパイって、見た目的にはイイ線いってると思うよ? 話してて楽しいし中身も悪くないと思うよ? だけどいつもナージャ姉に言い寄って、あたしにも言い寄ってるよーじゃダメっしょ」
「うん! それは言い訳しない! 事実だし!」
「あとなんかクサそう」
「謂れない謗りを受けた!?」
「だって剣道部員じゃん? 防具の匂いとかスゴいっしょ?」
「だから部活に出ていない!」
「うわー、ムセキニンなオトコってヤだなー」
「だったら俺にどうしろと!?」
「自分の部活にちっとは出たら? そしたら『頑張ってる高遠センパイ……ステキですっ』なんつー後輩女子がいるかもよ?」
「他に押し付けるんだ?」
「うん。あたしには期待しないで?」
元俳優の演技力を発揮する南十星を、和真は本気で口説いているとは思っていないので、他の面々はなにも言わずに昼食を食べる。日頃口説かれているナージャも無視をする。ここで口説かれたら遠慮なく地獄突きを繰り出すだろうが、ひとまず大人しく口を閉ざしている。
ただ一人、騒がしい応接セットから離れ、気難しげな顔でパソコンの前に座ってるコゼットは、別の理由でなにも言わない。
「ぶちょー。日本人ならコメを食え」
「Merci (ありがとう)……と言いたいですけど、日本人じゃねぇーつーの……」
食事にも手をつけていないので、南十星が重箱の中身を取り皿で渡すと、金髪碧眼白皙の生粋ヨーロッパ人は、ディスプレイから目を離さないままに受け取る。
そんなコゼットの前には、電子回路が刷り込まれた大量の極薄フィルムと、それに包まれるようにして宙に浮かぶトンファー、そして彼女が手を置く革表紙の分厚い本がある。
「そんで、ぶちょーはさっきからなにやってんの?」
「今朝の検証ですわよ……んぐ」
コゼットは獅子が肉を食むように、焼きおにぎりを手づかみで食べ続けながら、南十星の問いに憂鬱そうに答える。
今朝、爆発音で駆けつけた十路と樹里は、破壊された公園の中に立つ南十星を発見した。
南十星は《魔法》の練習したらまた自爆したと、あっけらかんと笑い、そして十路にチョップと小言を食らう羽目になった。
そして物質操作系の《魔法》を得意とするコゼットが叩き起こされ、後始末をし、可能な限り公園を復旧することになったわけだが。
「公園のあの惨状、一体なにをやったんですの?」
「なにって、前と同じだけど?」
コゼットが軽く叩くディスプレイには、南十星が使った術式の使用履歴が映っている。
厳しく管理がされている《魔法使いの杖》のメモリーには、飛行機のブラックボックスのように、GPSが捉えた位置情報と時間、術式の使用履歴が自動的に記録される。
だからコゼットは、本の形をした《付与術士》としての作業用《魔法使いの杖》――《パノポリスのゾシモス》と、作業用術式《哲学者の神聖かつ神的な術知/Για μια θεια και ιερη τεχνη του φιλοσοφου》を起動させて、データを吸い上げディスプレイに表示させていた。
「使用履歴に残ってるのは《kuhoh》――確かに例の自爆術式ひとつだけですけど」
圧縮冷却で固体窒素を作り、熱を与えて急速気化させ爆発を起こし、当人を吹っ飛ばす。
それが《Kuhoh.scop》と名づけられた術式の効果だったはずなのだが。
「地面の大穴はまぁいいとして、あの《魔法》でどうやったらあんな状態になりますの?」
しかし今朝、十路たちが見たものは、掘り返されて穴が開いた地面と、折れて燻っていた立ち木だった。さらに《魔法使いの杖》と接続すると、大気中に高電流が流れたと予想できるオゾン濃度上昇、燃えたと思われる酸化金属の微細粉末、大規模実験でも行わないと発生しない粒子や放射線の痕跡も観測した。
つまり、使った《魔法》だけでは、到底作れると思えない状況だった。
「特に、立ち木が折れて燻ってましたけど、あれはどうやって?」
不審を問うコゼットに、南十星はなぜか自信たっぷりに言い返す。
「ふっ飛んで激突したらマサツ熱で燃えた!」
「ンな少年マンガみたいなことが現実に起こるか!」
「んじゃぁ、他にどーしてそーなったか、わかんの?」
「それがわかんねーから、訊いてんじゃねーですのよ……むぐむぐ」
目つきを悪くしたコゼットは、ヤケっぱちになったように、あまり噛まずに焼きおにぎりを腹に収める。
木材の発火点はニ五〇度ほどなので、古代人がそうしていたように、摩擦熱で火を熾すことはできる。《魔法》が組み合わされば、南十星の言うこともありえなくはないが、それは乾燥した木材の場合だろう。立ち枯れしたわけでもない生木で、摩擦熱で燃えるはずはない。
「激突した割には、なっちゃん、ケガひとつしてなかったよね……」
樹里もその時のことを思い出しながら、口を挟む。
大木でなかったが、それなりの太さのあるクヌギの木だった。それを生身の人間がへし折る速度で衝突すれば、大怪我で済むはずはない。
だが、南十星の体に異常は見られなかった。骨折どころか打撲ひとつ予想できない自信満々な態度で、彼女は言う。
「あたしガンジョーだから!」
「や、いくら頑丈っていっても、限度あると思う……」
「じゃあ、じゅりちゃんみたいに、あたしが《魔法》でケガ直せると思う?」
「……や、まぁ、術式使用履歴には、ひとつしかないしね……」
伝え聞いている南十星の頭の悪さには触れず、樹里はその事実を使って、ひとまず納得しようとした。納得できるはずないだろうが、追求できるだけの確証も推論もない。
「つーか、貴女の頭に入ってる術式の数、初めて使った時と変わってないじゃないですの?」
ディスプレイに新たなウインドウを呼び、コゼットが文句をつける。
食事前にデータ取りした、南十星の脳内フォルダ内の術式は、相変わらずひとつしか保存されていなかった。
「ちったぁ勉強して、他に有効な《魔法》使えるようになりなさいよ?」
「にはは。あたま悪いもんで」
ちなみに部室での南十星は、基本的にマンガを読んでいるので、《魔法》に関係する勉強などしていない。
「ったく……なにが起こってんですわよ……?」
自爆だけでも原因が判明していないのに、理解不可能な現象が起こった痕跡があるのだ。それにコゼットは頭を悩ませていた。
「こりゃ使わせるの危険ですから、ナトセさんの《魔法使いの杖》を整備して、動作不良の原因を本格的に突き止めなきゃなんねーですわね……欠陥品っつってもいい性能ですから、作り直しも考えた方がいいかも」
部長であり、備品の整備責任者であるコゼットの判断は、彼女の立場からすれば順当なものだろう。
「…………困る」
だが南十星は、ポツリと小声でこぼした。
彼女も意識してなかったのだろう。南十星の真剣な顔に、コゼットは不審そうに問う。
「困るって、なんでですのよ?」
「いや、ほらさ? 市内で不発弾が見っかったってたじゃん? あれ、支援部の出番にならないの?」
「あぁ、なるほど」
昨夜、工事現場から不発弾らしきものを発見したため、今朝から自衛隊が作業を行うと、朝のニュースでも取り上げられていたので、当然コゼットも知っているだろう。
そして総合生活支援部は、有事の際には警察・消防・自衛隊に協力することになる。今のところは要請が来ていないため、部員たちは普段通りに登校しているが、状況が変われば出動することになるかもしれない。
その理屈は納得できるため、誰も不思議には思わない。
「……なとせ。お前、なにか隠してないか?」
思わなくても、十路は怪しむ。家族なのだから、言葉以外で感じ取れる部分もある。
「うんにゃ? なーんも」
それに南十星はヘラヘラしたいつもの笑顔で、嘘をつく。
しばらく十路は、南十星の顔をじっと見る。表情はいつもの怠惰な無表情だが、『悪い目つき』に力が入り、『鋭い目つき』へと変化している。
「…………」
「…………」
十路は疑い深げに、南十星はそれをいなすように、兄妹が視線を交わらせる。
しかし表情も変わらない事に、諦めたように小さく息をつき、十路から視線を外した。
「要請が来たとしても、爆発物処理にナトセさんの出番はないと思いますけど……念のため整備は明日以降にしますかしら……」
コゼットはひとりごとのように結論を出して、《魔法》をキャンセルし、トンファーを南十星へと返す。
「ところでお姫様」
「あんですのよ?」
ひとまず《付与術士》としての作業を終え、革表紙の本をアタッシェケースに片付けるコゼットに、和真はアスパラのベーコン巻きを食べながら質問を投げかけた。
「《魔法》って結局、どこまでできんスか?」
問われ、総合生活支援部の部員と備品が、動きを止めて視線を交わらせた。
「飛行機は大丈夫だけど、おコメの国の大統領だって殴ってみせらぁ」
南十星が真顔で映画化もされた海外ドラマネタを出す。
「世界征服……くらいならできます?」
樹里が真顔で呟く。
【世界征服は意外と難しいですよ? 施設制圧に必要な歩兵戦力が絶対的に足りませんし、仮に征服できても政権下に置き続けるのは無理でしょう。だから完全破壊する方が手っ取り早いです】
イクセスが軍事学的見地から否定する。
「……全員で協力すれば、地球の破壊とか可能ですかしら?」
コゼットが真顔で思いつきを確認する。
「やってみないとわかりませんけど、世界規模の気候変動を起こして、文明を終わらせるのが限界じゃないです?」
十路が真顔で平坦に返事する。
「お前ら怖ぇよ!?」
冗談を言ってると思えない四人と一台に和真は絶叫するが、コゼットが呆れ顔を作りながら、十路の脇から重箱に手を伸ばす。
「ンなこと、誰が実際にやりますのよ……めんどっちい」
世界の破滅は可能でも、実行しない理由はめんどっちい。
もしもファンタジーの世界であれば、このガレージハウスが魔王の城ならば、これほど安全かつ危険な魔王たちも存在しないだろう。大人しく暮らしている代わりに、名を上げようと討伐に来た勇者は、容赦なく撃退する。
「いや、そういう『どこまで』じゃなくて……こう、人類の壁を越えるような、たとえばマッハ三で高速移動とか可能なんスか?」
「…………」
改めての和真の質問に、南十星の表情が一瞬だけ動いた。
他の者は気づかなかったようだが、十路はそれに気づいた。しかし様子を見るために、気づかなかったように答える。
「空飛んでスピード出すだけなら、準備すればなんとか。某サイボーグ集団の加速装置みたいなの想像してるんだったら、《魔法使い》でも無理だ」
「あれ? 十路、マッハで走れるんじゃなかったか?」
「それは《使い魔》に乗っての話。俺一人だとできない」
和真の言葉を受けて、十路が部室に居座るオートバイを指差すと、当人が話を引き継いだ。
【私が音速突破をしようと思えば、トージの頭を使って四種類の術式を実行する必要があります】
空気抵抗を防御する《Aerodynamics caul(空力学風防)》
重力操作で車体を制御する 《Kinetic stviraise(動力学安定装置)》
自由にグリップ力を変更する《Polymerphysics wheel(高分子物理学タイヤ)》
大推力を生み出す《Thermodynamics booster(熱力学推進機関)》
元々強固な足回りと、拳銃弾程度は弾き返す複合装甲を持ち、更にレーダーと高速度カメラなどのセンサーを複合的に使うことで、《使い魔》は音速走行を可能とする。
【これを人体に置き換えると、皮膚、骨格、足裏、筋肉、感覚器を生物の上限以上に強化して、なおかつ神経を光ファイバー並の伝達能力にし、心肺機能や血流なども制御しないとなりません。《魔法使い》単体で高速移動しようとすれば、最低でも八種類の《魔法》を実行する必要があるわけです】
「うん。すりゃいいんじゃないの?」
そんなアッサリした和真に、十路は呆れたように、イクセスは顔があれば目をイヤな感じで細めているような声を出した。《魔法使い》でなければわからない理由もあるが、《魔法使い》でなくても想像つくだろうという意味合いで。
【特に筋肉と骨格の強化は、物理的に無理です】
「粘土と爪楊枝で、本当に走るF1マシン作れって言ってるようなものだぞ? 工夫すればどうにかなるとか、そういうレベルの話じゃないだろ」
イクセスと十路は、それを交代で説明する。
【しかも一万歩ほど譲って強化が可能だとしても、狂いますよ?】
「《魔法使い》の感覚を説明するのは難しいけど……単純に八種類の作業を同時にこなせる人間がいると思うか?」
【並列作業は機械の領域です。生体コンピュータが頭の中に入っていたとしても、人間には無理ですよ】
「で、そういう術式をいくつも起動させて、効果を維持しなければならない時って、大抵は防御か移動のどっちかなんだ」
【それを効率的に行うために、《魔法使いの杖》の部品と人工知能を搭載したロボット・ビークル……私たち《使い魔》は開発されたわけです】
「とはいえ、《使い魔》の思考が自分の頭に入ってきて、脳ミソ好き勝手使われる感覚も、気持ちいいものじゃないけどな……」
【《魔法使い》の頭に入って脳ミソ使う感覚も、気持ちいいものじゃないですけどね】
「……イクセスの脳機能野の使い方ってさ、すごく乱暴なんだよ。後で頭痛がひどいし」
【それはトージの脳機能野が乱雑だからです。一度内部のデータを最適化することをオススメします】
「普通のパソコンと同じに考えるな。だからもっと効率的な脳機能野の使い方をしろ。あんな使い方されたら、連続一〇分くらいが限界だ」
【ハッ。トージは根性なしですね】
「根性でどうにかなる問題じゃない……あとそれだけ使えれば充分だろ? 音速で一〇分以上も走れる道があると思うのか?」
【ありますよ。それに、音速を出すまででなくても、複数の術式実行が必要な状況もあるでしょう?】
なぜか険悪になり始めたオートバイと十路のやり取りに、器用に箸でマカロニサラダに取りながら、もう一人の部外者であるナージャも質問をぶつける。
「たくさんの《魔法》を一度に実行できないって、変じゃないですか? 《魔法使い》さんは、部隊単位の戦力を発揮できるって話してませんでしたっけ?」
「や、連続実行と並列実行は違うんです」
改めてのナージャの問いに、樹里が箸を置き、足元に置いていた追加収納ケースから長杖を取り出すと、周囲に銃のような形状をした《魔法回路》が五個ほど浮かぶ。樹里が対人攻撃に使用する射出式スタンガン術式《雷撃》だ。
急に《魔法》が実行されたことで、和真とナージャの部外者コンビは驚いたようにのけぞったが、樹里は気にせずに説明を続ける。口で説明するよりも、実際にやって見せた方が早い。
「ナージャ先輩が言ってるのは、こういうことでしょうけど、これはシューティングゲームの『ため攻撃』みたいなものだと思ってもらえばいいです。ですけど、同時に別の《魔法》を使うというのは……」
《雷撃》の《魔法回路》が消え、代わりに別の《魔法回路》が二種類作成された。
ひとつは重箱を取り囲み、浮かせた。移動する時、彼女はオートバイの後ろに乗るのであまり出番はないが、樹里が空を飛ぶ時に使う《重力制御》だった。
もうひとつは掲げた樹里の左腕を覆い、電流が弾けた。触れたものに電撃を与えるスタンガンと同じ機能であり、副次的に電流の流れ道が体の外に作られるため対電防壁ともなる攻撃的防御《魔法》――名を《雷陣》という。
「同時進行で別のゲームをしてるというか、自転車で発電しながらフライトシュミレーションしてるというか……とにかく別々のことを同時にやってるから、この状態を維持するのって難しいんですよ」
樹里の言葉を証明するように、重箱は今にも落ちそうな不安定な浮き方をする。そうかと思えば安定し、代わりに左手の電流が消えそうになる。
実際の戦闘時には、飛行しながら、身体能力や感覚の強化を維持しながら、攻撃用の《魔法》を使うことはよく行われる。ただしその場合、維持しなければならないものは限られていて、攻撃用の《魔法》など一瞬で発動させる。重大な問題と化す前に決着がつくことがほとんどだが。
「部長だったら、もうちょっと頑張れますか?」
「《ゴーレム》使いですから、多少は維持に慣れますけど」
樹里に話を振られて、コゼットは軽く肩をすくめる。
彼女が得意とする《魔法》は、無機物を生物のように扱って、自分の手足の代わりになる兵士を作ること。金属ならばロボットを作って操縦、それ以外ならば流動体として複雑な操作が必要な、十路が説明した『大抵』には入らない、移動や防御以外で維持が必要な《魔法》だった。
「それでも動作ルーチンをゴーレムに移して半自動化させて、わたくしはコマンドの発令って形で、できるだけ脳に負担をかけないよう工夫されてますもの。皆さんとそう大差ないですわよ」
「脳への負担は、あまり健康上よくないですしね……」
重箱をテーブルに下ろし、全ての《魔法》をキャンセルして、《治癒術士》として樹里は、小さくため息をこぼす。
「ただでさえ《魔法》を使って頭の負荷が増えると、頭痛や吐き気を感じます。それでも無理して使用し続けたら……」
「……たら?」
言いにくそうに説明が切られたため、和真が問い返すと、樹里は言葉を選んで推測を交えながら答えた。
「最悪の場合、本当に頭が煮えて、脳死するんじゃないかと……」
「「…………」」
その言葉を使う時は、ただ単に頭の使いすぎで混乱しているだけだ。知恵熱なるものがあるが、それとはまた別なので、物理的に熱を持つことはない。
普通の人間には考えられない壮絶な状態に、部外者コンビは絶句した。
「実際そこまでなることは、ないけどな」
沈黙が支配する空気を気にしもせず、彩りのパセリを頬張りながら、十路が平坦な声で補足する。
「そうなる前に、上も下も穴っていう穴から色々たれ流しながら、頭かかえてのた打ち回るのがオチだ。当人も悲惨だろうけど、後始末も悲惨になるからな」
「お食事中だからそれ言わなかったんですけど!?」
相変わらず空気を読まずに正論を発する十路に、樹里は『空気読んでください!?』を言わんばかりに目を見開いた。
そんな二人の会話に、顔を引きつらせた半笑いを浮かべたナージャは、コゼットに振り返る。
「《魔法使い》さんも大変なんですね……」
「脳ミソが半分コンピュータなんつー、普通の人間にはない機能持ってんですわよ? そりゃ不都合あって当然でしょう」
どうやら気に入ったらしい。ネギ味噌の焼きおにぎりへ新たに手を伸ばしながら、まるで他人事のようにコゼットはまとめる。
「《魔法》が使えても、いいことなんてねーですわよ」
ただでさえ誰かの思惑に利用される人種だというのに、国家に管理されていないせいで混迷の渦中となる、ワケありの《魔法使い》たち。
そんな存在と日頃から関わっている部外者たちは、慰めや同情を受けないだろう、コゼットのたった一言に、改めて部員たちの境遇を感じ取ったらしい。なにも言わずに小さな吐息をついた。
「ところで、だ」
そんな微妙な空気を気にもせず、から揚げに箸を伸ばしながら、十路は口を開く。
「木次。《魔法》を使用したから、レポート書かなくてはならなくなったぞ?」
「ふぇ!? さっきのお試しでも書かなきゃダメなんですか!?」
「当たり前だろ」
「あぅ~……」
十路はそんな話をしながら、南十星の様子を伺うと。
「はっはー! あたしも今朝の書かなきゃなんないし、仲間が出来たぜー!」
いつものように締まりない笑顔を浮かべていた。




