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霊能夢想  作者: 四畳半
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第2章「宵闇と銀色の刃」

 僕はとぼとぼと夜道を歩いていた。

 やはり太陽が完全に沈んだとはいえまだまだ暑さを感じる。

 今年もアイスとビールの消費量が増えそうだ。

 日本だと気温のピークは立秋の時期にずれこむために最高気温を記録する頃には夏が終わって秋が始まるという現象が生じる。

 故に「暦の上では秋ですがまだまだ暑いです」と天気予報では頻繁に言われるのだ。

 今までちょっとした疑問だったのだがこれによって謎は解けた。

 ネットって凄いと思う。

 辺りを見回すと若いカップルが何組もそこらじゅうを歩いている。

 やはり夏休みが近い学生が殆どなのか全員チャラチャラしていた。

 なんか住んでる世界が違うような風貌。

 大変妬ましい。

 この季節になると人の行動が二極化していく。

 つまり祭りや海など積極的に野外活動をする者と涼しい部屋に籠るインドアだ。

 僕の場合はやはりインドアせざるを得ない。

 エアコンという文明の利器の存在が僕達を部屋から出させないのだ。

 僕はコンクリートから放出される熱気に顔を顰めながら神社に向かう。

 長い階段を上り、鳥居を潜り、広い境内を歩いて僕は玄関の扉を開けた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

「「おかえりー」」

 居間に行くとやはり3人がくつろいでいた。

 エアコンはあるが点いておらず、唯一電源が入っているのはかこかこ首を振る扇風機1台のみ。

 しかし部屋の扉や窓を尽く開け放っているので割と涼しい。

 大型テレビに映っているのはバラエティ番組だった。

 正直あんまり面白くない。

 御飯については祀にちゃんと連絡をしたので大丈夫だ。

「それにしても外食で済ませるなんて……」

「あー……ごめん」

 こちらに非難がましいジト目を向ける祀から僕は視線をずらして謝る。

 確かに失礼な事をしたかもしれない。

「全くです。だいたい……」

 それから僕は10分近く正座で説教を喰らった。

 正論であり、ありがたくはあるが耳に痛い。

 流石、品行方正で頭の固い巫女である。

「……なのでちゃんと反省してください」

「……あい」

 僕は頭を畳に擦りつけた。

「もう結構です。顔を上げてください」

 僕は安堵に胸を撫で下ろす。

「貴方に渡したいものがあるのです」

 僕に渡したいもの?

 首を傾げる。

 最近シルバーのペンダントを渡されたばかりなんだけど。

 いや、嬉しいんだけどもしかして彼女は今月が僕の誕生日かなにかだと思っているのかもしれない。

 そうして祀は居間を出ていく。

 付いて行った方が良いのだろうか。

 僕は彼女の背中を追う。

 祀が向かったのは自室だ。

 彼女は中に入り、襖を閉じた。

 流石に女の子の部屋に入るのはアレなので廊下で待つ事にする。

 ……しかしどんな部屋になっているのだろうか。

 一見クールな印象を与えるが根は結構な御人好しではある。

 しかし中々デレないのが玉に瑕たまにきず

 もしかしたら普段の印象とは違ってファンシーなもので埋め尽くされているのかもしれない。

『へぇ……クマさんが好きなのかぁ』

 僕は彼女の部屋に入ると一番にそう言った。

『!? み、見ないでくださいっ!』

 こちらに気付いた祀が顔を真っ赤にして怒る。

 その姿がなんだかおかしくて僕はくすりと笑う。

『どうして笑うんですかぁ……』

『フフッ、ごめん』

 涙目で拗ねたように言う祀。

 いつもと違う素の彼女の姿が愛おしい。

 僕は笑いを我慢してベッドの上に乗っているクマのヌイグルミを手に取った。

 中々大きいサイズで、彼女が抱きしめるにはちょうど良いくらい。

 どうやら寝る時はこれで淋しさを紛らわせているらしい。

 長い間使われているようだが、ところどころ縫合されており、とても大事にされている事がわかる。

 それだけこのクマに思い入れがあるという事なのだろう。

 僕はそのヌイグルミを目を潤ませる彼女に両手で渡す。

 そしてこちらを見上げる彼女の頭を優しく撫でた。

 祀は頬を膨らませてこちらから目を背ける。

 しかし僅かに口元が緩んでいるのがわかる。

 照れ隠しなんて可愛い奴だ。

 窓から僅かに差し込む月明かりが僕らを照らす。

 それは暗い部屋の明暗を更に一層濃くする。

 僕は祀の小柄な躰を優しく抱きしめた。

 彼女の華奢な躰はほんの少しでも力を込めてしまったら壊れてしまいそうな程儚く感じる。

 最初は僅かに抵抗していた彼女もすぐにそれをやめてなすがままにされる。

 祀の躰が弛緩しているのがわかった。

 リラックスしているのだろう。

 僕に任せているらしい。

 祀の耳に口を近付け、囁く。

『僕とクマ、どっちが好き?』

『そんな事……決まっているじゃないですか』

 祀の顔が僕の顔に近付く。

 お互いの吐息を感じる程の距離。

『私は……』

 祀が目を閉じる。

 僕も目を閉じた。

 祀と僕の鼓動が同調し、加速していく。

 彼女の体温が高くなっていく。

 僕は一層強く抱き締める。

『僕は……』

 答えは既にわかっていた。

 僕たちの影が一つに重なる。

 僕達は唇を重ね合わせ……ハッピーエンド。

 よし、無駄が一切無い。

 完璧だ。

 僕は気持ちの悪い妄想……もとい精密なシミュレーションを僅かな時間で終了させると閉じられた襖に目を向ける。

 閉じられたこの先には何が待っているのか。

 僕は軽くそれを横にスライドした。

 襖の僅かな隙間から中を覗いてみる。

 部屋の中は明るい。

「……って普通の部屋じゃないか」

 中はファンシーどころか地味だった。

 机と押入れと本棚と箪笥たんすとオカルトアイテムがごろごろしている。

 電子機器といえば型落ちのノートパソコンくらい。

 プリンターから符がはみ出ているのでもしかしたら仕事で使っているのかもしれない。

 今の時代はこんなやり方が普通で、手書きはあまり使われない。

 僕は嘆息すると襖を大きく開いた。

 祀は奥の方で何かを取り出している。

 僕は部屋の中に一歩を踏み出した。

「夜行、それ以上中に入ったら――!」

「え?」

 何かを握っている祀がこちらにギョッとした目を向けて何か叫んだ。

 勿論僕は踏み出した足を戻す事はできない。

 そしてかかとが畳の上に着く。

 その瞬間僕の全身に電流が流れた。

「どわっ!?」

 僕は鋭い痛みに対する反射で後ろに飛んだ。

 盛大に背中から倒れると僕は廊下を転げ回る。

「痛ぁ!! 何このトラップ!?」

「邪気に反応して作動する術式なんですよ。この部屋には割と重要なアイテムとか書類があるので」

 呆れたような目をこちらに向ける祀。

 こちらが迂闊だったのは認めるがせめて優しく介護して欲しい。

 欲を言えば膝枕とか。

 そんな不埒な考えを抱いた瞬間、再び紫電がこちらに飛んできた。

 勿論避けられる訳がなく、僕は再び悶絶する。

 なんか祀の目が可哀想なものを見る目に変わった。

 

   ×


 電流のせいか筋肉が変な動きをしたからか足が攣りそうだった。

「……で、その鍵は?」

「もう少しでわかりますよ」

 僕達は神社の中から外に出る。

 僕を先導する祀が立ち止まったのはとあるほこらの前。

 ゴツイ南京錠が掛かってあり、ボロボロな外観に反して堅牢な印象を与える。

 祀はその穴に持ってきた鍵を挿入すると軽く捻った。

 かちゃり、という音。

 開いたようだ。

 彼女は南京錠の戒めを取り払うと祠の観音開きの扉をゆっくりと開く。

「これは……」

 僕は思わずごくり、と唾を飲んだ。

 祀が祠の中に納められている『それ』をゆっくりと取り出した。

 それは1振りの刀。

 どうしてここにこんなものがあるんだ。

 僕は唖然とする。

 鞘に収まったそれを彼女は慎重に抜く。

 僅かに顔を覗かせた銀色の刃が月明かりを反射して妖しく煌めいた。

「『宵刀・天満月よいとう・あまみつき』という銘の刀です」

「あま、みつき……?」

 僕はその名前を反芻はんすうする。

 満月の名前を冠した刀。

「膨大な魔力を内包した月の石によって鍛えた刀です。伝えられている話だと1000年前から存在しているとか」

 僕は改めてその刀を見詰める。

 傷どころか汚れすら見受けられないそれが1000年もの時を過ごしたとか信じられない。

「まさかこれを僕に?」

「ええ、その通りです」

 あっさりと即答する祀。

 それを聞いた僕は卒倒しそうになった。

「いやいやいや、おかしい。どうしてこんな国宝級の刀を僕に譲ろうとするんだ」

「そうした方が安全でしょう。貴方の能力は満月の時しか安全に使えないみたいですし」

「それはそうだけどそもそも僕が能力を発動せざるを得ないって状況がそんなに無いっていうか」

「この世界は危険に満ちています。いつ冥忌一紗のような者が襲撃してきてもおかしくはないのですよ」

「……じゃあ、銃刀法とか大丈夫なの?」

「それも問題ありません」

 祀は僕の腕を掴む。

 そうして刀の柄を握らせた。

 刹那、握った刀が銀色に光る。

 僅かに青みがかったそれは月光を彷彿とさせる。

 ――いや、月の光そのものなのかもしれない。

「なんだ……?」

「すぐにわかりますよ」

 光は更にその量を増していく。

 僕はその眩しさに目を細めた。

 仄かに周囲が明るく照らされる。

 一体何が起きているんだ。

 しかし突如としてその光は動きを止めた。

 留まる事を知らないかに思えた光だが、それはすぐに消失していく。

 唐突だった。

 僕は自分の右手を改めて見詰める。

 そこにはさっきまで握っていた筈の刀は無かった。

 地面を見ても落ちていない。

 それは消えていたのだった。

 何時の間にか。

「貴方に宿ったんですよ。『天満月』が」

「宿っただって? 刀が?」

「物質と言っても構成してるのは殆どが魔力ですし。分解すれば不可能ではありませんよ。そうして使いたい時は名前でも唱えれば再構成して出現します」

 僕は右手をしげしげと眺めた。

 違和感は少しも無い。

 しかしこんなものを与えてどうしようと言うのだろうか。

 僕はいまいち目的のわからない彼女の行動に辟易とした。

 宝の持ち腐れだと思う。

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