第13話 避難誘導
本部に戻ると、マタイが既に馬を用意して待機していた。
「マルメイユの霊獣使いに、先に避難勧告の手紙を飛ばしました! もう届いているはずです!」
「マタイ、すまない! 助かった!」
「私もマルメイユに向かいます」
「お前は救助隊ではないだろう」
「いえ……ハリケーンの上陸は夜です。避難は日中に終わるでしょうが、念のため夜目の利くフクロウが必要になります」
「頼もしいな」
「では、向かいましょう!」
──
──十二時間後。
朝方、海街マルメイユ。
霊獣管理協会の救助隊が到着すると、住民はすでに高台へ避難を始めていた。
マルメイユの霊獣使いの肩に止まっていたニコラが、ヤコブの元へ飛んでくる。
「ニコラ、よく手紙を届けてくれた。えらいぞ」
「避難は午後には終わるでしょう」
「今日の夜さえ越えれば……なんとかなる」
強い海風が、唸るように吹き抜けていった。
───
だが夕暮れ、避難場所の教会で報告が入る。
「海沿いに住む高齢の男性が、まだ避難していない!」
ヤコブは眉をひそめた。
「私が行こう。背負えばすぐに戻れる」
「ヤコブさん、私も──」
「いや大丈夫だ。お前は避難所で食料の配布を頼む」
「……わかりました」
───
聞いた住所を頼りに、海辺の小さな家へ向かう。
釣り道具や網が並ぶその家で、老人は椅子に腰掛けていた。
「ここは危ないです! 今すぐ避難を!」
「……」
老人は黙ったままヤコブを見つめている。
「足が不自由であれば私が背負いますから」
「……いや……わしはこの家を離れたくない」
「えっ…」
「ここは婆さんとずっと五十年近く住んでいた思い出の場所なんだ」
「婆さんが亡くなって、ずっとここで一人で暮らしてた」
「でも……」
「きっと今回のハリケーンで家は壊れてしまう……そうなら私も一緒に……」
「いえ……生きないといけません」
「黙れ! 税金泥棒が! ここで助かっても家はない! それから自分で生きていけなんて……無責任な事言うな!」
ヤコブは息を呑み、静かに答えた。
「……私は国の防衛の任務の為、ここにいます……そして今あなたを助ける事が私の仕事です……」
「助けた後は自分で生きていかないといけません……確かに無責任ですね……」
「…………」
「でも……地元の方があなたの事を心配していました……あなたが亡くなったら悲しむと思います」
「………」
「あなたは一人ではないです」
「どうか……私と一緒に避難して頂けませんか?」
老人は目を伏せ、長い沈黙の後で小さくつぶやいた。
「わかった……」
ヤコブはその背を担ぎ上げ、外へ出る。
日はすっかり落ち、強風が容赦なく吹き荒んでいた。
「急がねば……」
しかし、高台へ続く道は飛来物で塞がれている。
「……回り道しかないか。海沿いを行くしか……」
荒れる白波が迫り、視界はどんどん悪くなる。
「すまんな……お兄さん」
「大丈夫です。必ず連れていきます」
次の瞬間、激しい高波が襲いかかる!
「──!」
老人を背負ったまま倒れかけた、その腕を支えたのは――マタイだった。
「ヤコブさん!」
「マタイ!」
「遅いので探しに来ました! フクロウの夜目のスキルで見つけたんです!」
マタイは険しい顔をしながらも、道を指し示した。
「こちらに小道があります! ここから登りましょう!」
「……ありがとう、マタイ」
吹き荒れる嵐の中、マタイはふっと笑みを見せた。
ヤコブはマタイの案内する小道を進む。
風はなおも強く、白波が海岸を叩きつける。
「……もう少しです」
「はい……」ヤコブは息を整えながら、背中の老人の安否を何度も確認する。
小道を抜けると、避難所の教会が見えた。灯りが揺れる窓から、避難している住民の気配がわかる。
「──着いた……」
老人を背に降ろすと、住民たちが安堵の表情で駆け寄った。
「ありがとうございます……!」
「大丈夫ですか?」
「ええ……無事です」
マタイはヤコブの肩を軽く叩いた。
「さすがです、ヤコブさん。背負ったままよくここまで……」
ヤコブは小さく笑い、深く息をついた。
「君の助けがなければ、もっと時間がかかっていた……本当に頼もしかった」
マタイも微笑む。
ヤコブは周囲の住民を見回し、夜の闇に光る灯りを胸に刻んだ。
続く




