第9話 弟の誕生日
お互いに気持ちを確かめ合ってから夏休みの間、2人は家ではいつもどおり姉弟として接した。時々2人きりになると、瞬が照れたように笑ったり、一緒にいたがったりするので、沙耶も緊張してしまう。
「姉ちゃん、入っていい?」
「あっ・・・うん」
部屋同士が繋がっているため、いちいち部屋を出ることなく行き来できる。あの一件以来、瞬の部屋のドアからは『禁断の地』という紙が消え、時々こうしてやって来るようになった。毎日来ないのは勉強の邪魔をしたくないかららしい。
「あ、勉強してた?」
「ううん。もうすぐ終わるとこ。なんか用だった?」
「・・・用がないと来ちゃだめなの?」
それを聞いて沙耶は自分の恋愛経験の無さに恥ずかしくなった。苦笑いをしながら瞬を伺うと、彼は床にあぐらをかいて座り、何か言いたそうにちらっとこっちを見た。
「え・・・なに?」
「やっぱ1コ理由があった・・・・ムラムラする」
「は?」
「キスしていい?やだって言ってもするけど」
沙耶は顔が真っ赤になるのを感じた。この瞬間はすごく緊張する。瞬の顔が近づいてくるのを見て沙耶も目をぎゅっと閉じた――そのとき。
ぶーん ぶーん
お決まりの展開。沙耶の携帯電話が鳴ったのだ。
「あ、メールだ。瞬君ちょっと待って」
机の上の携帯を取ろうとすると、その手が瞬によって遮られる。真正面から見つめられて一言。
「やだ」
「やだって・・・ちょっ・・・待って!!」
ばしーん
これもお決まりの展開。数秒後に瞬は吹っ飛んでいた。
「~~~姉ちゃん!」
「ちょっと待ってって言ってるでしょ!」
真っ赤になりながら沙耶は携帯電話を確認する。その内容を見て、別の意味で心臓が嫌な音を立てる。
「――瞬君、私清水さんと友達になったんだ」
「えっ・・・アコと?マジで?」
「マジ。で、今度――8月31日に3人で遊園地行かない?こないだできたトゥモローパークに」
「行く行く!行きたい!」
目をキラキラとさせて誘いに乗る瞬。この日は瞬の誕生日だが、遊びに行けることが嬉しいのだろう。
だけど、誘ったが沙耶は行くつもりはない。これが清水との約束だったから。
「でも嬉しいな。姉ちゃんがアコと友達だったこと」
沙耶は少しだけ笑った。
▽
そして、当日。天気は快晴になった。
沙耶は予定通り瞬と一緒に家を出て集合場所へ向かう。清水亜子と合流したところで携帯電話がかかってきたフリをして席を外す。実際に吉田に頼んで電話をかけてもらったのだが、なんともオーソドックスなやり方だ。
「ごめんね!生徒会の用事が入って今日行けなくなっちゃった・・・」
「そうなんだ。じゃぁ今日はやめとこっか」
あっさりと帰ろうとする瞬に沙耶はぶんぶんと首を振った。
「いい!私の勝手なんだから!ここまで来たんだから2人で楽しんできてよ!」
「あー・・・うん。じゃぁ、そうするかアコ」
「そ、そうだね」
亜子はちらっとこちらを見て、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
これでいい。2人共に対して残酷なことをしているかもしれないが、それでも亜子の気持ちがわかるのだ。瞬を好きな気持ちは、沙耶にもわかってしまったから・・・
「姉ちゃん!」
トゥモローパークを背に帰ろうとする沙耶に対し、大声で瞬が呼び止める。
「夕飯はうちで食べるから」
「――?わかった」
意図が読めないまま沙耶は頷いた。
▽
「で?俺に電話かけさせといて、ここで何してんだよ」
「何度も言ってるじゃん!男友達の誕生日プレゼント選ぶの手伝ってって・・・」
大型ショッピングセンター。アリバイ電話をかけてくれた吉田に頼み込み、沙耶は瞬のプレゼントを見立ててもらうことにした。普通に弟へのプレゼントだと言えばいいのだが、なんとなくやめておく。
吉田は女グセは悪いが、感性はいい。的確なアドバイスをくれそうだ。
「つーか、朝のアレ何?」
「吉田の声が聞きたかったから」
適当に誤魔化しておく。
「へー・・・じゃぁ俺とつきあうか?」
「やだよ。私吉田のことタイプじゃないもん。吉田だってそうでしょ?」
「失礼だなぁ。秋本のタイプってどんなだよ」
「・・・素直で優しくて、まっすぐな人・・・かな」
言った瞬間、脳裏に瞬の顔が浮かび緊張してしまう。今頃あの2人はどうしているだろうか。普通に遊園地を楽しんでいそうな気もするが。
「ふーん・・・お、これなんかいいんじゃね?」
吉田が選んだのは銀の時計だ。高価というほどのものではないが、出せない額ではない。それにさすが吉田が選んだだけあってセンスもいい。
「俺がこれもらったら、その子を大事にするな」
「ほんと?買っちゃおっかな・・・ありがと、吉田」
「いーえ!彼氏によろしくな」
一拍遅れてその意味を理解したときには、吉田はエスカレータに乗って下へ下りてしまっていた。沙耶は「彼氏じゃないよ・・・」と呟きながら、いいプレゼントができたことに嬉しさを感じていた。
▽
うちで夕飯を食べると言った瞬は、午後7時くらいに帰ってきた。居間には瞬の誕生日のためにいつもよりも豪華な食事が準備されてある。それを見た瞬は、
「わぁぁ・・・すっげー!」
素直に感動し、おいしそうに全部たいらげてしまった。
「瞬君、誕生日おめでとう」
父の言葉に瞬は顔をくしゃくしゃにさせて喜んだ。
「ありがとう!」
「瞬君、入るよ」
瞬の部屋に通じるドアをノックして入ると、瞬はベッドに横になっていた。なんだか上機嫌だ。
「今日トゥモローパーク楽しかった?」
「すっげー楽しかったよ!めっちゃアトラクション乗りまくったし、アコに誕プレもらったんだ!似合う?」
突き出された腕を見て沙耶は絶句した。時計だった。
「あ・・・うん。すごく似合う」
「俺の時計ぼろくなってたから嬉しいなぁ・・・それに、家族に誕生日祝ってもらったのなんて久しぶりだ!今日はいい日だったー」
幸せそうに笑う瞬を見て、沙耶は見えないようにあげる予定だったプレゼントをポケットにしまう。亜子とかぶるのはなんとなく避けたかった。
「私・・・私もプレゼント渡したかったんだけど、ちょっと選ぶのに手間取っちゃって・・・もう少し待ってくれないかな」
「ううん。いらないよ」
あっさりと突き放され、さすがにショックを受けた。
「な、なんで!?」
「だって俺、姉ちゃんからはもういっぱいもらってるから」
照れくさそうに笑う瞬。
逆だと沙耶は思う。いっぱいもらってるのは沙耶のほうだ。今まで知らなかった感情を全部教えてくれたのは瞬だ。彼がいたからこんなに幸せなんだ。
「・・・あと、俺いつまで待てばいいの?」
「は?何が?」
「だからキ、キス・・・ちょっと待ってって姉ちゃん言ったじゃん。俺待ってるんだけど。やっぱそれプレゼントしてほしい」
じーっと見られ、沙耶はぐるりと向きを変えてドアに走る。
「――じゃぁ、勉強があるので」
「うっ・・・」
ちなみに、この言葉を言うと、瞬は沙耶の部屋に入って来られなくなる。




