第3話 鬼の生徒会長と愛すべき馬鹿
新しい家族との共同生活も順調に進んでいき、季節は春から夏に変わろうとしていた。その間にも、身の回りで様々な変化があった。
まずは引越し。
元々沙耶たちの住む小さな家に4人で暮らしていたが、さすがに狭いこともあってもう少し大きな一軒家に引っ越すことになった。さすがに長く住んだ家を離れることは寂しかったが、高校近くの住宅街を選んでくれたため、交通の便は良くなった。
「でっけー!!」
土地が広いため、とても解放感があって沙耶はすぐに新しい家を気に入った。
ちなみに、2階に自室を作ったのだが、「安全のため」とか言って部屋に今まではなかった鍵がつくようになった。しかし、沙耶の部屋の隣は瞬の部屋で、なぜかそこだけ通り抜けができるドアがついていた。
「なんでここにドアがあるの?」
「なにって安全のためだよ。沙耶だってなんかあったらすぐに瞬君の部屋に飛び込めばいい」
「そうね~。瞬、しっかり守ってあげなさい」
「任せろ!」
むしろここにドアがあるほうが危険ではないだろうか。
次に生徒会長の沙耶のニックネームが変わった。
「鬼の生徒会長?」
「そう。一部の人間だけみたいだけどね、沙耶のことをそう呼んでる人がいるみたいだよ?」
七海の言葉に少なからず沙耶はショックを受けた。しかもその原因というのが――
「あ、姉ちゃーん!」
姉を見つければ、廊下の端からでも走ってくる馬鹿な弟だ。
「廊下は走るな!」
「走ってない!今日は早歩きしただけ!」
「声がでかい!」
血の繋がっていない姉弟だということはなぜか知れ渡っていて、この2人の掛け合いは名物となっていた。いつも「愛すべき馬鹿」に対して怒っているから「鬼の生徒会長」。とんだネーミングだ。
3つ目に七海の心境だ。
彼女は元々かわいくて誰からも人気があったが、特定の人を作ることはしなかった。それが最近になって、
「瞬君って普段どんな感じ?」
「年頃の男の子と一緒にいて緊張しない?」
「なんか瞬君見ないと調子出ないんだよねー」
話す内容が瞬のことばかりになったのは気のせいだろうか。
「ねぇ、もしかして弟のことが好きなの?」
気になったので沙耶は単刀直入に訊いてみると、七海は困ったように笑った。
「んー・・・恋とかそんなんじゃないと思うんだけどー・・・あんなふうに言ってくれたのは瞬君が初めてだったからなんか気になっちゃって」
そんな七海を妙に気にしてしまうのはなぜだろうか。
最後に全く変わらないことが1つ。
『姉ちゃんが好きかも』
そう告白されてから1ヶ月以上がたつ。あれから告白の返事を促すことを瞬はしようとしないし、沙耶からも話題にすることはなかった。
しかし、時間がたてばたつほど考えてしまう。あれは本当の気持ちなのだろうかと・・・
もしも姉として好きならそのほうがいいとは思う。所詮家族なのだから。恋愛感情なんて持ってはいけない。
・・・なんて真剣に考えている自分に沙耶は驚いていた。
▽
それにしても「鬼の生徒会長」なんてあだ名がついてから気のせいだろうか、廊下を歩くとほとんどの生徒が隅に寄ってくれるのは。取って喰うわけでもないのに、まるで猛獣扱いだ。
しかもこんなふうに花道ができているから瞬にも見つけられやすい。「姉ちゃーん!」と声が聞こえると猛ダッシュで逃げることも多い。
「それで生徒会室に入り浸るようになったんだ」
放課後の生徒会室で、生徒会副会長の吉田鉄平が面白そうに笑う。
「笑い事じゃないよ。知らない人に鬼なんて言われたくないよ」
「まぁ言ってるだけで、誰も鬼なんて思ってねーだろ。弟との掛け合いが面白いんでないの?あ、そういや俺、弟見たことないや」
「馬鹿っぽい下級生がいたらそれが弟だよ」
と、吉田の携帯電話が鳴る。高校内では基本的に携帯の使用は禁止だが、いくら注意してもやめないので半ば沙耶は諦めている(というか、沙耶自身もこっそり使っているのでおあいこだ)。
「もしもしミカちゃん?うん・・・うん・・・・・いいよ。あさってだったら丁度空いてるから。はいはーい」
彼女からの電話だろう。吉田の電話は基本的に彼女からしかかかってこないと思う。
「今何股中なの?」
「俺が浮気性みたいな言い方するなー・・・つきあってる子は2人。遊んでる子も2人ってとこ」
「浮気性じゃん。4股してる時点で」
「違うよ。俺に彼女いてもいいからつきあってくれって言ってくるんだから」
その彼女の考え方は沙耶にはわからなかった。
沙耶だったら、つきあうのなら自分のことだけを好きな人とつきあいたい。まっすぐ一途に想ってくれる人と――なぜかそのとき瞬の顔が浮かんできて慌てて首を振る。
まずいかもしれない。
「秋本、いるかー?」
妙に疲れたような表情で生徒会室に入ってきたのは、生徒会顧問の安井先生だ。奥さんと娘をこよなく愛している30代男性教諭だ。
「はい。どうしたんですか?」
「今なちょっと下でー・・・秋本の弟が停学処分になったよ」
「停学!?なんでですか!?」
先生に駆け寄ると、彼は疲れたように頭を抱えた。
「2年生を殴ったみたいでな。まぁ彼らは軽症だし、停学っていってもすぐに解けるだろうが」
そこまで聞いて沙耶は荷物も持たずに部屋を飛び出した。
まず理由を知りたかった。あんなに高校デビューを楽しんでいた瞬が上級生を殴るなんて・・・よっぽどの理由があったに違いない。
走っていると保健室の前を通りかかった。丁度男子2人組が出てくるところで、沙耶と目が合うとなぜかぎょっとした顔つきになる。顔にはばんそうこうが貼られている。もしかしたら彼らなのかもしれない。
「その怪我・・・もしかして今誰かに殴られた?」
「あ・・・いや、俺たち」
「答えて!」
「すんませんっしたー!」
鬼の生徒会長に怯えた哀れな2年生は、ケンカの原因をぽつりぽつりと話し出した。




