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姉 × 弟  作者:
13/16

第13話 ただの姉弟

「なんなのあいつー!瞬君とは全然似てない!やな感じ!」

 帰り道、七海はかなりご立腹だったようだが、沙耶は最後に見た神木の表情が妙に引っかかっていて素直に怒る気がしない。

 彼の行動は不自然過ぎる。なぜマグカップを渡したのだろうか。嫌味なのかもしれないが、渡すことで謝罪をしているようにも受け止められる。それに、本当の兄弟であることを強調されたような気がしたのだが――

 やっぱり気になる。

「七海、私用事あるから先に帰ってて」

「・・・?うん。わかった。じゃーね」

 七海が見えなくなるのを見送ってから、沙耶は180度向きを変えてファミレスへと引き返した。



 ファミレスから少し離れた所で1人で歩く神木を見つけた。その後姿が哀愁(あいしゅう)が漂っててなぜか話しかけづらかった。

「・・・神木君」

「あっ・・・帰ったんじゃなかったんだ」

「引き返してきた。話したいことがあったから」

 とは言ったものの何を話せばいいのかわからない。しばらく無言でいると、諦めたように神木が深いため息をついた。

「なんで瞬なんだ?」

「はい?」

「君らがデキてることは知ってるよ。手繋いでたの見ただけだけど、兄弟だからわかる。瞬は基本的に誰にでも友好的だけど、あんたの前じゃ特別顔に出るしね。ただの姉弟じゃないことくらいわかるよ。でも、姉弟に変わりはないだろ?」

「・・・私は姉じゃなかったらって思います。そうしたらつきあえるから。でも瞬君はそうじゃなかった」

「?」

「神木君がこないだ言った『どっちか選ぶ』ってやつ瞬君に言ってみたんです。そうしたら、わからないって言われました。今姉弟としても、それ以外の関係としてもぎくしゃくしてます」

 初めて誰かに喋ってしまった。しかし、もうバレていることはわかっていた。この人には隠しとおせないだろうということも。

 思い切った沙耶の言葉は、神木の「ふーん」というそっけない言葉で片付けられた。なんだか悔しい。

「名前なんだっけ?そういえば聞いてなかったから」

「秋本沙耶です」

「秋本さん、瞬の住んでた家に来てみる?」


            ▽


 瞬の住んでいた家=現在神木の住んでいる家となるのは自然な流れではないだろうか。気がつくと目の前には立派な家が立っていた。

「誰もいないから遠慮しないでいいよ」

 そんなこと言われたほうが緊張する。

 居間に通された沙耶は落ち着かずに正座をしていたが、神木はそんな沙耶に1冊のアルバムを見せてきた。

「見ていいよ。たぶん母さんたちは持ってないものだから」

 おそるおそるアルバムをめくってみる。それには小さい頃の瞬や神木の姿があり、とてもかわいらしかった。時々母も写っている。ふとあることに気づいた。

「お父さんの写真は?」

「ないよ。しかもそれ撮ったのほとんど母さんで、たまに全然違う人が撮ったものもある」

 瞬は自分の父のことを仕事人間だと言っていた。家族を大事にできなかったことを瞬は許せなかったらしい。

「今・・・お父さんは何してるの?」

「元気に仕事してるよ。あれだけ働いててよく体崩さないよなって思うほど」



 それからも長い時間をかけてアルバムを見ていた。この2人の兄弟は互いに仲が悪いとか言っているが、写真で見る限りそんな印象は受けない。そのことを素直に述べると、

「その頃はな。まだ小さかったから」

「何が2人を仲悪くさせたの?」

「きっかけとかは何もなかったよ。ただ考え方が変わってきただけ」

 確かに考え方は違いそうだ。だが、今ならわかり合えそうな気もするのだが・・・瞬にその気はないように思えてきた。だけど、神木は違う。

「瞬君と仲直りしたいんじゃないですか?」

「今さらしたいとは思わないけど」

「私はしてほしいです。神木君はそんなに悪い人には見えない」

 アルバムを見ていて思った。昔はとても幸せな家族だったんだ。瞬の満面の笑顔がたくさん写った写真を見てそれが強く感じられる。きっと瞬にとって今1番欲しいと思うものは、こういう身近にある優しい幸せなんだと思う。

「あんたさ・・・」

 何かを言いかけて神木はやめる。そして、何を思ったのかその場で立ち上がり、沙耶の隣にしゃがみ込んだ。やたら至近距離なのは気のせいだろうか。沙耶の肩に手を置く神木。

「他に誰もいない男の家に上がることが、何を意味するかわかってんの?しかも彼氏がいる身でさぁ」

「彼氏じゃないです」

 真顔での挑発に真顔で返すと、神木は再びため息をついて元の場所に戻っていく。

「もういい。調子が狂うから帰れ」

 以前は見せていた愛想笑いもない。これが神木の本性なんだろう。

 沙耶は少し笑った。

「まだたいしたお構いもされてないんだけど。お茶とか」

「なんでそんなの用意しなきゃいけねーんだよ」



 帰り際、ぼそっと神木は呟いた。

「あいつは家族っていうもんに憧れを持ってるんだと思う。だから、姉としてのあんたも大事なんだと思うよ」

 本性が出たことでぶっきらぼうになっているような、逆にツンデレキャラになっているような・・・沙耶は内心で笑いながらぺこっと頭を下げて帰り道を歩いていった。

 ここへ来てよかったと思う。迷っていた問題に答えが見つかったから――


            ▽


「姉ちゃん」

 家に帰ると瞬だけが帰宅していて、他の誰もいなかった。沙耶が玄関に現れると、瞬が待ち構えていた。

「ただいま」

「お、おかえり」

 ただいまと言われたことに驚きながらも、瞬は何事もないように振る舞う。

「あのさっ俺姉ちゃんに話があって!」

「私も瞬君に話があるんだ。先に話してもいい?」

「うん・・・!」

 瞬は緊張した面持ちでその場で背筋を正す。沙耶はそれを見てクスッ笑った。

 やっぱり――と沙耶は思う。好きって言われなければ、きっとずっと弟としてしか瞬を見ていなかったと思う。弟としてかわいがってきたと思う。

 一時の感情は錯覚だったんだ。

「こないだのことは忘れて」

「こないだって・・・?え?いつのこと」

「いつだろう。瞬君に会ってからほとんど全部のこと。私、やっぱり瞬君にとっていいお姉ちゃんでいたい」

「えっ―――どういう意味」

「私は瞬君にとってお姉ちゃんであって、それ以上でもそれ以下でもない。瞬君はただの弟」

 瞬が絶句しているのがわかる。だけど、沙耶は後悔なんてしていない。

「だからこないだの質問は取り消すね」

もう少しで終わります。

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