レイブランド 6
「「……っ!!」」
ルティアとハルトは、互いの身体にぶつかる直前に模擬剣をぴたりと止めた。
そして、模擬剣を下ろし俯く。
二人の小さな肩は、震えていた。
――ガサガサッ!
急に響いた、何かが崩れる様な音。
視線を向けるとそこには、旦那様がいた。
旦那様の足元には、おもちゃやお菓子が散らばっている。
多分、子どもたちを元気づけようと買って来たのだろう。
だが、旦那様は足元に散らばったそれらを拾い上げることもできずにいた。
赤い宝石の光が、気まずさに耐えきれないとばかりに、徐々に小さくなっていく。
子どもたちの手から、模擬剣が落ちた。
二人はこちらに走り寄り、私の足に抱きついた。
旦那様も走り寄ってくる。珍しいことに転びそうになる程、慌てながら。
「「魔剣さんっ!!」」
返事をするように、私の首元で宝石が二回点滅した。
「――レイブランド」
私たちの上から覆い被さる様に抱きついてきた、旦那様。
彼は、完全に涙ぐんでいた。
当然であろう。魔剣は彼が幼い頃からそばにいてくれた家族なのだ。
やはり、先日ハルトが言っていた通り、魔剣の本体は宝石部分だったようだ。
すでにその形は剣ではないが……。
旦那様が、ハルトとルティアの前に膝をつく。
「ハルトも……大丈夫か?」
「うん」
「眠っているだけとはわかっていたが――心配した」
「心配かけてごめんね。お父さま」
旦那様が、ハルトの頭を撫でた。
続いて彼は、ルティアに向き合った。
「ルティア……この手はどうした。皮がむけているじゃないか……早く薬を塗らなければ」
「うん……ありがとう、お父さま」
旦那様は、今度はルティアの頭を撫でた。
* * *
折れてしまった魔剣。
チカチカ淡い水色に光る聖剣。
そういえば、聖剣は光ることもなく静かなものだった。
「え……聖剣さんはわかっていたの?」
「教えてよ……」
悲しみのあまり光ることもできないのか、あるいは一千年もの間過ごしてきて達観しているのかと思っていたが……。どうも、魔剣が生きていることは、お見通しだったようだ。
「でも、魔剣さんの身体は半分に折れちゃったね」
「助けてくれてありがとう……痛かった?」
ハルトとルティアは、折れてしまった刀身を前に深刻な表情を浮かべている。
確かに……魔剣はもう戦うことなどできないように見えた。
「――ねえ、お父さま」
「どうした、ハルト」
「魔剣さんは、僕に預けてくれないかな」
「――どちらにしても、持ち歩くわけにはいかないし構わないが……どうしてだ?」
「僕、おじいさまとベルティナ叔母さまに相談してみる」
ハルトは、魔剣を手にして立ち上がった。
刀身が折れてしまった今、鞘に戻すことはできない。
危険ではないか、と心配していると旦那様が革で包んでくださった。
「……武器型魔導具の加工に優れた東の国エデンタール、魔導具研究の最先端であるロレンシア辺境伯領……きっと直せるはずなんだ」
ハルトは真剣な面持ちで、魔剣が収められた包みを抱きしめた。
彼はまだ四歳だが、私よりもよほど魔導具に詳しい。
今は無理でも、いつか解決策を見つけてくれることだろう。
それまでは……。
「お母さま、魔剣さんは私が持ちたいの」
「でも」
わがままを言っているわけではないだろう。
どうしたものかと、旦那様に視線を向ける。
「――ルティアの好きにしなさい。だが、まずは手のひらの手当が先だ」
「……うん」
旦那様は慣れた様子で、ルティアの手のひらに軟膏を塗り、包帯を巻いた。
きっと、彼自身が何度も自分で処置をしてきたのだろう。
「剣の飾りに加工しよう。そうすれば、ルティアが無くすことはなかろう」
「――旦那様」
かくして魔剣は魔剣ではなくなり、剣の飾りの一部となった。




