レイブランド 4
「お母さま」
「ルティア」
「ハル……どうしちゃったの?」
「え?」
確かに、ハルトの姿が見えない。
「大人みたいなしゃべり方だし、レイブランドって……ハル、危ない!」
ルティアの視線の先、戦っているのはハルトではなくレイブランドだ。
けれど、ルティアにはハルトに見えているようだ。
――いや、私にだけレイブランドの姿に見えているのだろう。
それにしても強い。魔剣を手にしたレイブランドは、あっという間に相手を倒していく。
しかも、彼らは意識を失っただけのようだ。
剣と剣がぶつかり合う音が響く。だが、圧倒的な力の差がそこにはある。
素人目に見ても、旦那様より強いように見える。
彼はあっという間に、私たちを取り囲んでいた相手を気絶させてしまった。
「さて、アンナ。さっさと起きろ」
「う……坊ちゃん?」
「……あいつらを縛っておいてくれ」
「え……?」
アンナが瞠目した。
それはそうだろう。先ほどまで私たちを取り囲んでいた相手が全員気絶しているのだ。
「坊ちゃん……の魔力、じゃ、ない。誰だ、貴様」
アンナはスカートを捲り、短剣を手にする。
「さすが目がいいな。だが、これはハルトの体だ。もう返すから、短剣を投げつけるのはやめてくれよ」
「……」
アンナは視線を逸らすと、レイブランドから離れて素早く敵を捕縛していく。
これで全員助かったのだ、と思った途端に膝の力が抜けてしまう。
「おっと……」
レイブランドが、私のことを支えた。
けれど、支えてくれたはずの大きな手は見えているよりも遙かに小さい。
レイブランドに見えるけれど、やはりこれはハルトの体なのだ。
「ありがとう、レイブランド」
「当然のことだ――だから、これからはもっと用心しろよ」
「ええ……。あの、その姿が本当のあなたなのよね」
「やはり、エミラには元の姿に見えているのか」
レイブランドは軽く笑みを浮かべたが、すぐに真顔になった。
「……さて、時間がないようだ」
レイブランドが、私の横をすり抜けてルティアの前にひざまずく。
「ハル?」
「……今は、魔剣さんだ」
「魔剣さん……?」
ルティアは泣きすぎて目が真っ赤になっている。
レイブランドは、彼女の頭をよしよしと撫でた。
「また、何もできなかったの……」
「ハルトだけだったら、鞘から抜けなかった。お前たちを助けられなかった」
「でもそれは、ハルトが声をかけてくれたから。私は怖くて動けなくて……」
「お前が怖かったのは、大事な人たちが傷つくことだ」
「……」
レイブランドが笑う。
やはり、父のような笑顔で。
「ルティアは、俺によく似ている」
「……魔剣さんに?」
「ハルトは、リアムによく似て無鉄砲だな。すぐに行動できることは利点かもしれないが、周囲への警戒が疎かになるだろう。お前がちゃんと見てやってくれ」
「……」
「頼む、俺の大事な家族を守ってくれ。そして……ルティア、お前も俺の大事な家族だ。幸せになれよ」
レイブランドの言葉から、別れの香りがするのは気のせいだろうか。
その思った瞬間、ピシピシとひび割れるような音がする。
「エミラ、誰のせいでもない」
「……レイブランド」
「一千年が長すぎただけだ」
レイブランドの姿が美しい氷の結晶が砕け散るように消えていく。
元の姿に戻り、倒れ込んできたハルトを抱きしめる。
「レイブランド?」
白銀の剣の刀身は、折れてしまっている。
台座から赤い宝石が外れ、コロコロと転がり落ちた。




