魔導具 2
旦那様は今日は聖剣を持って登城した。
それはもちろん、魔剣が子どもたちと一緒にいたいと我が儘を言うからなのだが……。
初めのうちは連れていこうとしていた旦那様だったが、最近は魔剣の好きなようにさせている。
「今日も泥だらけね……」
魔剣は鞘まで真っ白だ。
赤い宝石に銀の飾り……。
美術品としても一流だ。
宝石がいつもより赤くなる。
人の心を読めるらしい魔剣は、照れているのだ。
(ねえ……あなたは千年生きているのよね)
魔剣が一度光った。肯定の合図だ。
私と魔剣は旦那様や子どもたちのように会話できない。
でも魔剣は私の心の声も声も聞こえている。
ある程度の意思疎通は可能なはずだ。
(――レイブランドってどんな人?)
魔剣は光らない。
イエスかノーで答えられない質問だった。
質問を変える。
(旦那様に似ている?)
――魔剣が一度光る。似ているのだ。
(ねえ、あなたがレイブランド本人?)
魔剣が静まり返った。
どう答えるべきか思案しているようだ。
――ずっと気になっていたのだ。
剣につけられたレイブランドという銘。
まるで子孫を慈しむような様子。
人そのものの複雑な思考。
そして、辺境伯領で垣間見た人の姿。
魔剣の宝石が光る。
一つなら肯定。二つなら否定。
「「お母さま、起きたよー!」」
「……っ」
子どもたちがお昼寝から起きてきた。
この話はここで終わりだろう。
「お勉強終わってるから魔剣さんと遊んでいい?」
「夕ご飯までお庭で遊んできていい?」
「え……ええ。レイブランドが良いのなら遊んでもらいなさい」
「「魔剣さん、あーそんでっ!!」」
魔剣の答えは肯定だったのだろう。
ハルトとルティアは魔剣を掴んで外へ走り出した。
アンナと執事長は子どもたちが昼寝している間に出掛けてしまった。
まだ二人きりで外で遊ばせるのは心配だ。
私は魔剣の答えを気にしながら、子どもたちを追いかけるのだった。
* * *
そして夕方。
子どもたちと一緒に家に帰る。
アンナも戻って来たので子どもたちをお風呂に入れてもらい、私は魔剣の泥を拭うことにした。
「いつもありがとう」
魔剣は光る。ちょっと照れくさそうに。
「さっきの話だけど……」
魔剣が光る、一度だけ。
「本人なのね……」
どういういきさつかわからないけれど、彼はレイブランドなのだ。
「レイブランドが黙り込んだままというのも珍しいな」
「旦那様、おかえりなさいませ!」
魔剣は光るとき一緒に喋っているのだと思ったけれど、そうとは限らないようだ。
「レイブランドを掃除してくれていたのか」
「ええ、子どもたちと遊んで泥だらけになったもので」
「そうか――ありがとう、レイブランド」
旦那様がレイブランドに笑いかける。
「――レイブランド」
「……旦那様?」
旦那様が眉根を寄せた。
けれど私には魔剣が何を言ったのか聞こえない。
「……大丈夫だ。フィアレイアはほとんど実用に使われていなかった。お前の出番はもうないだろう」
「……あの」
旦那様が私に視線を向けて、安心させるように笑う。
「刀身にヒビが入ってから、妙に弱気なんだ。だが、この先レイブランドを実戦で使う気はないから……」
「それが良さそうですね」
魔剣はピカリとも光らず神妙な面持ち。
辺境伯領で魔獣の襲撃のとき、聖剣に任せて魔剣自身はついていかなかった。
そのときからすでに刀身にはヒビが入っていたことだろう。
「子どもたちの成長を見守ってください。レイブランド」
旦那様には聖剣がある。
魔剣は子どもたちと一緒にいてくれれば良い。
どちらにしても、魔剣を鞘から抜けるのは旦那様だけなのだ。
――このときの私はそう考えていた。
「「お父さまー! おかえりなさい!」」
「ハルト、ルティア、ただいま」
子どもたちは子ウサギのように旦那様に飛びついた。
鍛えている旦那様は、2人をヒョイッと抱き上げる。
「さあ、夕食にしようか」
「「わー! 今日はお父さまと食べられるの! 嬉しいな!」」
「君たちと食べられて、俺も嬉しいよ」
「「うふふ〜!!」」
旦那様は2人を抱き上げたまま歩き出す。
私もそのあとに続くのだった。




