家族 3
フィアーゼ侯爵――お義父様は文官だ。
けれど、旦那様と目が合っても愛想笑いを浮かべるばかり。息子に対する情は感じない。
フィアーゼ侯爵夫人は美しい人だった。けれど、こちらに向ける視線はあいかわらず何の感情も映していない。
一緒にいる旦那様の母親違いの弟と妹。彼らは旦那様とは似ていない。母親似であろう。
「よく帰ってきた。リアム」
「お久しぶりね。リアムさんの活躍は耳にしているわ」
「……ええ、お久しぶりです。父上、義母上」
旦那様の声も何の感情も映していない。
私は修復できない家族の溝を感じた。
魔剣が嘆くのも無理はない。彼はこの家で孤立していたのだ。
「――しかし父上もお人が悪い。認めないと、関わるなと私に告げておきながら」
「……ふん、儂が認めたならお前の後妻が黙っていなかろう」
「……」
「儂は次期後継者にリアムを推薦する」
宴の席が、先代当主であるお祖父様の言葉でざわついた。
「――後継者は」
「フィアーゼ侯爵家の家督は魔剣に選ばれたものが継ぐ。第一騎士団団長はフィアーゼ侯爵が務める。古くから決まっていたことだ。しかも、孫だけでなくひ孫も魔剣に選ばれておる。引退することを勧める」
「父上……」
お祖父様の言い方は、先代当主としてのそれだ。冷たくて、いつものお祖父様とは違う。
ルティアとハルトも黙り込んだまま、私の手を握る。
お義母様の視線が冷たくルティア、ハルトを見据えた。
それは隠しきれない敵意であろう。
――恐らく五年前の私であれば、そっと視線を逸らしただろう。
けれど、旦那様が当主の座につくと決めた今、私が視線を逸らすことなどもうない。
扇を広げて、ニッコリと微笑みかける。
「ご挨拶が中々できず……この家を継ぐ双子を育てることに注力していたものですから。これからは、仲良くしていただけると嬉しいですわ」
「ええ……もちろんよ、エミラさん。宴を楽しんでいらしてね」
私たちは微笑みあう。
宴は和やかとは言い切れない雰囲気で始まった。
――それにしても、華やかな宴だ。招かれているのも高位貴族の令嬢や夫人ばかり。
普段の装いなどとんでもない。
旦那様にエスコートされて会場の中心に向かう。
高位貴族の令嬢や夫人の輪。その中に、見知った顔を見つける。
「ベルティナ……!?」
「お久しぶりですね。姉様」
彼女がドレスを着ている姿を見るのは実に五年ぶりだ。
いや……私が嫁ぐ前であっても、彼女はほとんどの時間を騎士団の制服で過ごしていた。
短く切りそろえられた髪の毛は普段は凜々しい印象だが、大粒の魔石が輝くヘッドドレスで今日は華やかな印象だ。
濃いグリーンのドレスはプリンセスライン。
凜々しくも美しい美貌の令嬢が目の前にいる。
「どうしてこの宴に?」
「姉様が辺境伯領を発ってすぐに陛下からお呼び出しがありましたの。そして、姉様が参加されるこの宴は、社交界の美しい花々に連れてきていただいたのですよ」
彼女を取り囲むのは社交界の華と名高いラディア公爵夫人をはじめ、高位貴族の令嬢や夫人。
ベルティナがニッコリと微笑みかけると誰も彼もが頬を染めて目を潤ませた。
美貌の女性騎士であるベルティナは、親衛隊がいるほど貴族夫人や令嬢たちから絶大な人気があるらしい。
「さあ、姉様。天下を取る時間ですよ」
「何の……」
「我がロレンシア辺境伯家から嫁いだ姉様こそ、社交界の中心であると知らしめるのです!」
「ええ……?」
ドレスを着た彼女は、黙っていればどこぞの大国の姫君のようだ。
だが、彼女の本性はロレンシア辺境伯家の者らしく筋肉と力がすべてなのである。
「さあ、ルティアとハルトもいらしてね?」
「「はい、ベルティナ叔母さま!」」
私と旦那様は互いに視線を合わせた。
波乱の予感――旦那様から奪われるようにベルティナにエスコートされる。
そして私たちは貴族夫人と令嬢の輪に迎え入れられるのだった。




