家族 1
国王陛下が聖剣フィアレイアを褒め、騎士団長様たちを労い、任命式は終了した。
騎士団長任命式から一週間。
華々しいお祝いの場ではあったが、旦那様はすでに騎士団長として実務をこなしていたのだから、その前後で忙しさは変わらない。
変わったことと言えば、私を取り巻く環境であろう。
騎士団長の妻として本格的に周囲から認められた私には、以前にもまして宴やパーティーへの招待状が届くようになっている。
薔薇と剣の紋章が描かれた封蝋。それはフィアーゼ侯爵家の紋章だ。
封筒を手に私はつぶやく。
「……いよいよね」
「大丈夫でございますよ奥様。有象無象の者など気になさることではありませんわ」
「有象無象って」
旦那様は、任命式から一週間働き詰め。ようやくお休みを手に入れた。
よほど忙しかったのか、薄らと目元に隈が浮かんでいる。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
旦那様が、自分の体調のことで弱音を吐くのを見たことがない。
だから、彼の言うことを鵜呑みにはできない。
――とはいえ、今日だけは一緒に来ていただかなくては。
淡い水色のドレスは張りのある艶やかな生地で作られて、裾にフィアーゼ侯爵家の象徴の一つでもある薔薇の花が同系色の糸で刺繍されている。
白銀に輝くパールに合わせ靴やバッグなどの小物も白銀で統一されていた。
化粧は色味こそ控えめだが、いつもより気合いが入っている。
「フィアーゼ侯爵家の宴に招かれたからといって着飾りすぎでは?」
「いいえ……招待状に書かれていた普段の装いで構わないなんて文面は嘘偽りです」
「……それもそうね」
招待状には普段の装いで構わない。身内だけのパーティーだ、と書かれていた。
旦那様に視線を送る。
彼の装いは騎士団長としての正装だ。
どちらにしても、彼の隣に並ぶのならこれくらいおめかしする必要がありそうだ。
「「お母さまー!!」」
ルティアとハルトが駆け寄ってきた。
ルティアはブラウスにフンワリとしたスカート。
ハルトは膝まで隠れるズボンにベスト。
寒くなってきたので、アクセントにファーが飾られている。
二人は気合いを入れている。
旦那様と両親との関係は、お世辞にも良いとはいえない。
「「魔剣さんのせいじゃないよ!!」」
ルティアとハルトが魔剣に話しかけている。
最近の魔剣は以前よりも元気がない――刃こぼれのせいなのか。
旦那様のお父様、現在のフィアーゼ侯爵は魔剣に触れることができず文官の道を歩んだ。
フィアーゼ侯爵夫人は、旦那様のお母様が亡くなってから嫁いできた後妻だ。
透けて見えるのは、戦場に送られ、弟妹たちと区別されてきた旦那様の子ども時代だ。
暗い顔をしてしまっただろうか。ルティアとハルトが私に抱きついてくる。
旦那様が私たちに朗らかな笑みを見せた。
その笑みが、無理に浮かべたものに見えないことに少し安堵する。
「確かに――レイブランドのせいじゃない」
「旦那様」
「「お父さまは少しも悪くないの!!」」
「ああ、俺のせいでもない。今はわかっているよ……君たちが教えてくれたから」
「「……どういうこと?」」
「魔剣と話す君たちはとても可愛いらしく、魔剣は思った以上に俺を大切に思っていてくれたのだと」
「「……?」」
旦那様は二人を抱き上げた。
二人は旦那様の言葉に込められた深い意味はわからなかったようだ。
けれど魔剣と私にはわかった。
可愛い子どもたちが、旦那様の心の傷を癒したこと。
魔剣がいつもそばにいてくれたことに、感謝していること。
旦那様の言葉に照れてしまったのだろう。魔剣の赤い宝石は、いつも以上に真っ赤に見えた。




