騎士団長任命式 11
重厚な扉の向こうにいるのは、この国を統べるお方……国王陛下。
扉を開くとお香の香りが漂ってくる。
甘くて少し重い――魔獣が闊歩する砂漠を越えた先にある国から取り寄せたのであろう。
陛下の隣に立つのはフィアーゼ先代侯爵であり、先々代騎士団長サミュエルお祖父様だ。
「「ひいおじいさま〜」」
ハルトとルティアが小さな声でお祖父様を呼び、手を振った。
威厳ある表情を浮かべていたお祖父様が破顔する。
「あの……鬼神が」
「笑っているの初めて見たな」
「あ……ああ」
「――まさか、あの猛将サミュエルが」
陛下の御前で……とヒヤヒヤしたけれど、それ以上に一緒に謁見室に入ってきていた騎士団長様たちの動揺がすごい。
陛下は口の端を片側だけニヤリと吊り上げた。
「サミュエル」
「は……。ルティア、ハルト。こちらに来なさい」
「「……」」
ルティアとハルトは緊張した表情を浮かべたが、お祖父様がしゃがんで手を広げると駆け寄っていった。
お祖父様はヒョイッと二人を抱き上げ、陛下の横に並んだ。
「ひ孫たちにも再び謁見の機会を賜り、誠光栄です。我らフィアーゼ家は永遠に陛下への忠誠を誓うでしょう」
「全く。最近のサミュエルときたら、ひ孫たちの自慢話ばかりだからな。二度しか会っていないようには思えぬ」
「自慢の孫と孫嫁とひ孫でございますゆえ」
「――羨ましいことだ」
お祖父様がルティアとハルトを下ろした。
「ルティア・フィアーゼ。王国の太陽にご挨拶申し上げます」
「ハルト・フィアーゼ。王国の太陽へ忠誠を誓います」
「ふむ、前回より洗練された」
二人は陛下の前で挨拶する。
陛下は満足げに頷いた。
事実、今回は前回より洗練された挨拶だ。
魔剣と聖剣が光っている様子もない。
二人は練習していたのだろう。
だが、二人が顔を上げた瞬間、魔剣と聖剣がギラギラ光り始めた。
旦那様が額に手を当てため息をつき、ルティアとハルトが自慢げに胸を逸らしたところを見れば、二人を褒めたたえ、自慢したのだろう。
――千年存在している魔剣と聖剣にとって、ルティアとハルトは孫以上に可愛らしい存在なのかもしれない。
そんなことを思っていると、陛下が私に視線を向けてきた。
「して、フィアーゼ夫人よ。聖剣を手に入れたそうだな。近う寄れ」
「陛下の御心のままに」
旦那様とお祖父様が何か言いたげな表情をしたが、私は急ぎ陛下の御前へと歩んだ。
魔獣との戦いでは二人の力になれないが、こういった場面では魔力のあるなしは関係ないだろう。
――それならば、この場で誰かに庇われることなど、あってはならない。
「陛下――エミラ・フィアーゼでございます。我が実家、ロレンシア辺境伯家に所蔵されていた聖剣、フィアレイアは私が手にいたしました」
「太古の魔導具は何よりも得難いものだ。我が国を千年守り続けた魔剣レイブランドの対になる剣であれば尚のこと。さて、見せてもらえるか」
騎士団長様たちの視線が集中した。
彼らが手にしているのは、古き時代に作られた魔導具だ。
だが、レイブランドとフィアレイアは、その中でも古くから存在する。
旦那様が私に聖剣を渡した。
聖剣はまるで光を受けた水面のようにキラキラと輝いている。
この光は不思議なことに、魔力を持たずに生まれた私にしか見えないのだ。
「こちらが聖剣フィアレイアでございます」
「なるほど――美しい剣だ」
ほんの少しだけ、フィアレイアが自慢げに輝いた――――気がした。




