騎士団長任命式 8
お披露目式は無事に終わったが、朝の準備段階では、あんなに凛々しかった旦那様はびちゃびちゃのボロボロになっていた。
長い前髪からはシャンパンの雫が滴っている。
王城に招かれる。長い毛足の絨毯にも時折雫が滴っているが、良いのだろうか……。
「風邪を引いてしまいますね」
「騎士団長として王城にも部屋が与えられている。平時の服に着替えてくる」
「それが良さそうですね」
ハンカチを取り出して顔だけでもと拭う。
大柄な旦那様が上体を屈めて顔を拭かれている姿は、少しばかり可愛らしい。
そのとき視線に気がついた。
一緒に王城に入ってきた騎士団長たちの視線だ。
彼らは何かに驚いているようだ。もしかして、旦那様のいつもと違う様子に驚いているのだろうか。
騎士団長様たちは皆、背が高い。
だが、彼らより抜きん出て背が高い人物がいる――第三騎士団長ハロルド・スフィーダ卿だ。
茶色の髪と瞳、浅黒い肌、旦那様よりさらに背が高くて体格が良い。
騎士団長は城内でも武器の携帯を許されているが、スフィーダ卿の剣は特に目立つ。彼が背負うのは巨大な剣だ。
「魔剣と聖剣を預かっていてくれ」
「ええ、お預かりしますね」
旦那様が去ると、先ほどまで私の陰に隠れて様子を覗っていたハルトが一歩前に出た。
緊張しているのか、拳を握り小さく体を震わせている。
「ハル、大丈夫? 緊張しちゃったの?」
「うん……でも緊張というより興奮だ。ルティー……あの大きな剣だけど」
「興奮? そういえば、スフィーダ卿は大型の魔獣でも一撃で倒しちゃうらしいね」
次の瞬間、ハルトはもう一歩前に出た。
彼の目は興味津々、ギラギラ輝いている。
「――そう! あの大剣は普通の剣に見えるけど、刀身の中に魔法回路が埋め込んであるらしい。つまり魔剣さんたちと同じ魔導具の一種なんだ!! 魔力を効率よく流すためには、魔力伝導がいいミスリルを使う必要があるけど魔獣の骨まで断つような強さを兼ね備えさせるためにはオリハルコンとかも混ざっている可能性が!? でもオリハルコンはミスリルより重いんだ。スフィーダ卿の力がなければ扱えない!! そういえば魔法回路には海に沈んだという大陸の魔法文字が使われてるって噂だよルティー!!」
「スフィーダ卿と剣がすごいことだけわかった。あと、そんな噂聞いたことないよ、ハル……」
私もそこまで専門的かつ特殊な噂を聞いたことがない。
「辺境伯領のお祖父さまの仲間内で噂なんだって手紙に書いてあった」
「えっ……父様と文通していたの!?」
「うん! お祖父さまが魔導具同好会の会員にしてくれたのっ!! 情報共有してるんだ!!」
「まあ……!」
いつの間にかハルトと父様は魔導具仲間としての親交を深めていたようだ。
「え、魔剣さんのほうがすごいって?」
「聖剣さんだって負けてない?」
魔剣と聖剣は、あの大剣にライバル心を抱いているようだ。剣同士でも色々あるのかもしれない。
これだけ騒いでしまったからだろう。スフィーダ卿がこちらに近づいてきた。
先ほどまでの威勢はどこへやら、ハルトは再び私の後ろに隠れた。
いつもは社交的なルティアまで私にしがみつく。
「初めまして、フィアーゼ夫人。ハロルド・スフィーダです」
「初めまして。エミラ・フィアーゼです。夫がいつもお世話になっております」
近くで見るスフィーダ卿は、大型魔獣を彷彿させるほど大柄だった。




