王都への帰路 4
峠を下りて、さらに三日が過ぎると再び黒い森が見えてきた。
子どもたちは、恐る恐る馬車の窓をのぞき込んだ。
「――ねえ、魔剣さん。お話ししてよ」
「ねえ、戦ったんでしょう……?」
魔剣は千年の間、フィアーゼ侯爵家の当主たちと共に戦ってきた。
旦那様がそうであるように……。
黒い森から魔物があふれ出してから、三百年が経った。
三百年前には、高位魔獣が発生して王都まで魔獣が迫ったという。
そのときも、魔剣は戦ったのだ。
――それにしても、刃こぼれなんて大丈夫なのかしら……?
辺境伯領を発ってから、魔剣が妙に静かで気になってしまう。
出会ったときにはうるさいほど輝いていた聖剣も静かだ。
「……昔話なら、俺がしよう。フィアーゼ侯爵家に伝わる三百年前の話を」
「「お父さまがお話ししてくれるの!?」
旦那様の言葉に、子どもたちは前のめりになって目を輝かせる。
私も気になって、椅子に座り直し旦那様に視線を向けた。
「はは、そんなに注目を浴びると緊張してしまうな」
「「……!!」」
旦那様は、ほんの少し照れたように笑った。
その言葉に何を思ったか、子どもたちは揃って立ち上がった。
「大丈夫だよ、お父さま。こうしたら緊張しないから」
「大丈夫……僕もお話しするのは苦手だから」
ルティアとハルトは、私の隣から移動して旦那様の両隣に移動した。
旦那様は、騎士団長をしているのだから人前で話す機会だって多いだろう。
緊張なんてしないはずだ……。
けれど、家にいるときの旦那様は優しくて可愛くてちょっと頼りないところがある。
二人の表情には気遣いが浮かんでいるようだ。
「「抱っこして」」
「ああ、おいで」
「「うん!!」」
二人は旦那様の膝の上にチョコンと座った。
二人の体はまだまだ小さいけれど、旦那様の片足にそれぞれが座っているから少し不安定だ。
「「これで緊張しない?」」
旦那様が、ルティアとハルトの体にしっかりと腕を回して抱き寄せる。
「ああ……これなら緊張せずに話ができそうだ」
家族としての距離は、今回の旅で確実に近づいたようだ。
自慢気な視線をこちらに向けてくるルティアとハルトはとても可愛い。
二人を抱っこしていると温かくて柔らかくてとても幸せな気持ちになる。
けれど、旦那様が抱っこしていると、二人の表情の変化をゆっくりと見ることが出来る。
「この話は、ほかの人にしてはいけない。君たちが結婚する相手と、魔剣か聖剣を手にする子どもだけに伝えるんだ」
「「うん!!」」
ルティアとハルトは、口をキリリと引き結んだ。
まだ四歳だけれど、二人は約束を守ることだろう。
――この話は、フィアーゼ侯爵家というより魔剣を手にした者から次に魔剣を手にする子どもに伝えられた物語のようだ。
旦那様は恐らく、お義父様ではなくお祖父様に聞いたのだろう。
赤い目が一度だけ黒い森に向けられた。
それから、旦那様はおもむろに口を開いた。
「――始祖レイブランドが初めて魔剣を手にしてから七百年が過ぎようとしていた」
子どもたちの目は、期待を隠しきれずに輝いていた。




