王都への帰路 1
とうとうロレンシア辺境伯領を去る日がやってきた。
領民たちが総出で集まり、涙ながらのお別れになった。
結婚のためにこの地を去るときには、静まり返っていた彼らだが、今は旦那様を囲んで大騒ぎだ。
とうとう旦那様は胴上げされてしまった。
やはり強い男はこの地では圧倒的に人気がある。
「お父さま、胴上げされちゃったね」
「良いなぁ……強くなったら胴上げしてもらえるのかな」
「そうかもね」
「僕、強くなる!」
「私も強くなる。でも、胴上げはしてもらわなくても良いかな」
内気で何かをしたいという気持ちを表に出さなかったハルトだが、この旅で変わったかもしれない。
「ねぇ、ところでぴーちゃん連れて帰るの?」
「だって、お祖父さまが僕に預けるって!」
『ぴぴぴ!!』
アンナを契約者に定めてしまったらしい、蜘蛛形魔導具のぴーちゃん。
初めのうちはアンナのそばを離れなかったが、彼女が命令すると対象者を守る行動を取り始めた。
「契約者が見つかるまでは、魔獣に襲われた人間を守る行動をとっていた記録があるけど、契約者を見つけた場合どんな行動をとるかは記録が残っていないんだ。つまり、これからわかるのは全て新事実なんだよ!」
「ふーん、その話……長くなる?」
「ルティー……」
「ああ、もうっ! 聞いてあげるから涙目にならないのっ!」
このままいくと、いずれルティアも魔導具に詳しくなりそうだ。
興味があるないにかかわらず……。
「……ジェイルさま」
そのときルティアがハルトから視線を逸らして遠くに視線を向けた。
「ルティア嬢!」
ジェイルが手を振りながらこちらに向かって走ってくる。
彼は手に何か光る物を握りしめていた。
「――いつかまた会える日まで……これが君を守ってくれると思うんだ」
「私……アクセサリーはつけないわ。剣の訓練の邪魔になるもの」
たしかにジェイルが握っているのは紐に赤い色の石が結びつけられた物だ。
だが、ジェイルは口の端をつり上げて笑った。
「君はドレスもきっと似合うけれど、剣を持って戦うことに誇りを持っているって知っているから……これは剣飾りだ」
「……!」
ルティアは赤い目を大きく見開き、ハルトは頬を大きく膨らませた。
「ありがとう……。そうね、私からはこれをあげるわ」
ルティアは、髪に結んでいたリボンを外した。
「次は絶対負けないの!」
「ああ、俺も絶対に負けない!」
「僕は絶対に勝ち続けるからね!」
「……次は負けない。次勝てなくてもいつの日か君に勝つ。ということでハルトにもお土産だ」
「えっ、僕にもくれるの!?」
「もちろん――友達だろう?」
ジェイルはもう一つ赤い石のついた剣飾りを取り出してハルトに差し出した。
ハルトのご機嫌は簡単になおった。
ルティアに格好いい男子が近づくことに嫉妬したのかと思ったけれど、どちらかというとジェイルがルティアだけを相手にしていることでご機嫌斜めだったのかもしれない。
「……友達?」
「うん? 不服だったか?」
「ううん、ルティア以外で友達できるの初めてだ。じゃあ、お気に入りのこれをあげる」
「……魔導具」
「この魔導具は小さいんだけど優れもので、音を録っておくことができるんだ」
「……こんな高価な物貰うわけには」
私は父様の執務室で見たことがある。
辺境伯領は魔導具作りが盛んだが、父様も魔導具を自作する。
たくさん作ったうちの一つなのだろう。
「貰ってくれなかったら分解するつもりだよ?」
「もったいない!」
「おじいさまは、研究に使っていいって言ったもの」
「――では、預かるよ。次に王都に行くまで」
ジェイルはもうすぐ十歳。だが、辺境伯領では壁の外に出られるのは十三歳になってからだ。
何か特別な理由がなければ、あと三年は王都に来ることがない。
だが、なぜかもっと早く会えるような……そんな気がした。
「……じゃあ、このあと兄様に剣を習うことになってるから」
「「またね~!」」
ルティアとハルトは、二人並んで手を振った。
それぞれの手には、赤い石がついた剣飾りが握られている。
旦那様が帰ってくるまでの間、社交界にも参加せずにいたためルティアとハルトには同年代の知り合いがいない。しかし旦那様が戻られた今、それも変わっていくことだろう……。
実家を離れるのを寂しく思うなんて思ってもみなかった。
だが、それと同時に五年間住み慣れた王都の我が家が恋しくも思えるのだった。




