剣に選ばれし者 2
執務室に着いて扉を叩く。
「入ってくれ」
その言葉に扉を開いて中に入る。
父様は書類と向き合っていたが、顔を上げた。
「よく来たな」
「――父様、伺いたいことがあります」
「ああ……」
父様の声には苦渋が込められているようだった。
「だが、本当に聞くのか? お前には安全な王都で幸せに生きていく道がある」
「それはどういうことですか?」
父様は私から視線を逸らし、旦那様のほうを見た。
「……婿殿、エミラを嫁に出すとき、守ってやってほしいと頼んだではないか。なぜここに来るのを止めない?」
「……」
旦那様は父様に視線をまっすぐに向けて口を開いた。
「――選ぶのは、エミラです。そして、彼女が何を選ぼうと、約束通り俺が守ります」
「……」
父様は黙り込んでしまった。
ペンを置く音が、妙に大きく響いた。
「そうか……そうあるべきだったのかもしれんな」
「お義父上が間違っていたということではないのです。彼女を守ろうとしたことは理解していますから……。けれど、彼女はもう守られるだけの子どもではありません」
「わかった。エミラ本人に聞こう」
父様が、私を再びまっすぐ見つめた。
結婚するまで、私の生き方はいつも私ではない誰かが決めていた。
今回もそうなるだろうと思っていたのに……。
「これを聞いたなら、お前には責任が生じる」
「父様、魔剣や聖剣の話であれば、当然ハルトとルティアにも関係するのですよね」
「もちろんだ。二人は強い魔力を持って生まれた。大人になるのを待つまでもなく、戦いの宿命から逃れられぬであろうよ」
「私は二人の母親です! 私には二人を守る義務があり、自分のことを知る権利があります!」
父様相手に自分の思いを告げるのは初めてだ。
「お前に、言っていなかったことがある」
「なんでしょうか」
「実は、お前が生まれ、魔力が無いことがわかったとき、この子だけは戦わずに済むのかと安堵した」
「え?」
「魔獣と戦わずに済んだとて、何とも戦わずに済む人生などないのに……。あの頃はまだ俺も若かったな」
一瞬だけ、慈しむような表情を向けられ、たじろぐ。
だが、父様はすぐに表情をいつもの厳しいものに改めた。
「魔剣と聖剣……二振りの剣は、剣の乙女によって作られた。しかし、人々が魔剣と聖剣を手にしようと奪い合うと、完成時二振りの剣は剣の乙女にすら振れることを許さず、すべてを拒否してしまった。だが、魔力はないが心優しい剣の乙女の姉が人々の平和を祈ると、魔剣と聖剣は彼女に従った」
「剣の乙女ではなく、その姉に従ったのですか?」
「ああ――理由は伝えられていないが、彼女の祈りに心動かされたのかもしれないな。そして聖剣と魔剣は彼女からそれぞれ剣の乙女と騎士レイブランドに授けられた」
旦那様は魔剣と聖剣の両方を手にした。
「聖剣は双子のために眠りから覚めた……そう思えてならぬ」
「ルティアとハルトのために……ですか」
「聖剣と魔剣、ハルトとルティア……どちらがどちらの持ち主になるかはわからぬ。だが、その日が来るまで聖剣は婿殿に預けるとしよう」
「謹んで、お預かりしましょう」
「ああ……頼んだぞ」
私たちは、王都に聖剣と魔剣を持ち帰ることになった。
聖剣と魔剣にはきっとまだ物語が隠されていることだろう。
だが、長い営みの中で物語は忘れ去られ、真実を知るのはもはや聖剣と魔剣のみ。
だが私には、今日この日、千年前の物語の続きが始まったように思えたのだった。
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