魔剣と聖剣の物語 8
ルティアとハルトは、真夜中になってようやく眠った。
涙のあとが痛々しい……。たった四歳なのに、二人は魔力を持つ者の責任感をすでに有している。
そのことが誇らしいと同時に悲しくつらい。
ロレンシア辺境伯家で生きてきて、家族たちが魔力を持つのに自分だけが持たないことで感じていた劣等感とは違った感情だ。
「だって、あなたたちは私が守るべき子どもたちなのだから」
魔力をまったく持たない私は、戦う術を持たない。
けれど、この子たちの心を守るためにできることはあるはずだ。
ゆっくりと立ち上がる。
窓の外には美しい月が輝いている。
私は、旦那様が休んでいる部屋へと向かった。
旦那様の呼吸は穏やかだ。
そのことに安堵しながらそばに寄る。
旦那様は眠っているだけらしい。
魔力を多く持つ者は、生命維持活動に無意識のうちに魔力を利用しているのだという。
魔力を持たない者と比べて強い力を発揮できるが、魔力を使い過ぎると、反動で体調を崩したり眠り込んでしまうのだ。
「旦那様……無茶をしたそうですね」
屋敷に戻ると父様が、戦いの様子を教えてくれた。
* * *
――屋敷に戻り、旦那様の命に別状はないことがわかってすぐのことだった。
私は、父様の執務室に呼び出された。
父様が私だけを呼ぶなんて珍しいことだ。
少し緊張しながら部屋に入ると、父様は開口一番こう言った。
「エミラ、婿殿の戦い方は危うい」
それは、私も感じていたことだ。
領地に来る道中で旦那様の上半身を見たが、傷だらけだった。
自分の身を顧みずに戦っているに違いない――そう思っていた。
「何があったのですか?」
「――今回出現したのは、高位魔獣三体だった。そのどれもが強く、騎士たちが多数負傷していた……。婿殿が来て戦況はすぐに好転したよ。ある程度の時間をかければ、問題なく討伐できただろう」
「……ある程度時間をかければ、ですか」
だが、旦那様が駆けつけたのはオレンジ色ののろしが上がり、侵入した魔獣がアンナとジェイルによって討伐されてすぐのことだった。
高位魔獣との戦いを直に見たことはないが、一日では終わらずに数日戦い続けることもあるとは聞き及んでいる。
――駆けつけるのが、あまりに早かったことは気にかかっていた。
「壁内に魔獣が侵入したことを示すオレンジ色ののろしが上がった直後、婿殿は目の前の魔獣を一刀両断にした」
「一撃で? 高位魔獣を?」
「ああ、白狼の魔獣だった。婿殿は続いて、残りの二体も一撃で倒した……剣の軌跡は俺ですら目で追えなかった」
高位魔獣について詳しくない者であれば、さすが英雄というひと言で終わってしまうかもしれない。
だが、高位魔獣からとれる素材は、武器や防具になるほどの強度なのだ。
いくら魔剣を手にしているからといって、一撃で致命傷を与えられるはずがない。
父様も王国では英雄と呼ばれているのだ。それなのに剣の軌跡が目で追えないとはどれほどの速さか。
――建国神話では英雄レイブランドが、一撃で高位魔獣を屠ったと描かれている。
だが、それはあくまでお伽噺だ。
私は身体が震えるのを抑えられなかった。旦那様の強さにではない、その体を案じてのことだ。
「……理解したか。魔獣による怪我はない。だが、婿殿は骨折程度はしていることだろう」
魔力を全て使い力を振るったなら、人の身体が耐えられるはずもない。
「だが、羨ましくもある。あれほどの力があれば、あるいは間に合ったのではないかと思わざるを得ん」
「父様」
「喋りすぎたな……」
それっきり、父様は私に背を向けてしまった。父様の背中が妙に年老いたように見えて、胸がチクリと痛んだ。
* * *
父様との会話を終えてすぐ、私はルティアとハルトの元に戻った。
兄様が生きていたら、と何度も思ったが、それは父様も同じだったのだ。
父様との距離は、すぐには埋まりそうにない。けれど、ルティアとハルトを産んでから少しだけ気持ちがわかるようになったようにも思えるのだ。
「旦那様……」
旦那様は、寝顔までルティアとハルトに似ている。愛しさがこみ上げてきた。
十年前に剣の乙女として花を捧げた人は、いつの間にか私の旦那様になっている。
あの日、初めての大役にとても緊張していた私に、旦那様は優しく笑いかけた。
とても優しい人なのだ。だから、これからも旦那様は自分の身を顧みず、戦い続けるのだろう。
「愛しています……だから、どうか」
無事に帰ってきてほしい、と口にしようとしたとき、淡い水色と赤の光が月光より明るく部屋を照らした。
幻想的な光の中、旦那様がゆっくりと目を開き、私に笑いかけた。
「エミラ、子どもたちは?」
「二人とも眠っています」
「よかった……君と子どもたちが無事で」
旦那様の左手が、私の手を掴み引き寄せる。
「のろしを見た瞬間、君たちに何かあったらと、生きた心地がしなかった」
本当は目が覚めたら、助けてくださった感謝の言葉とともに、二度と無茶なことをしないでほしいとお願いするつもりだったのに。
ボタボタと旦那様の頬に大粒の涙がこぼれ落ちた。
安堵したように告げられた言葉とあやすような口づけは、甘やかに私の唇を塞いでしまった。
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