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死神騎士様との初夜で双子を授かりました【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 氷雨そら


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五年越しの家族団らん 5


 朝起きると、ベッドの上には私一人しかいなかった。

 子どもたちがいないことに慌てて飛び起きたところで、昨日の出来事を思い出す。


「そういえば……旦那様が帰ってきたのだったわね」


 戦地から夫が帰ってくるのは喜ばしいことに相違ない。

 けれど、結婚式と一晩を過ごしただけの人とこれから一生過ごすという実感はない。


「でも、悪い人ではなさそう」


 着替えて庭に出てみると、爽やかな風が吹いていた。

 結婚式が行われたのは、五年前の秋だった。

 妊娠に気がついてからは、あっという間の五年間だった。


 子どもと接したことがない私は、アンナや執事長の助けがなかったら双子を育てるのに難儀したことだろう。

 それでも、子どもたちがいた五年間はとても幸せだった。


 実家のロレンシア辺境伯家から誰かが会いにきたことはない。私からも文を送ったことはないし、辺境伯領は小さな子どもを連れていくには遠すぎる。


 風の噂で、妹が王都の社交界に時々来ているという話は聞いているが……。


 風を切るような音がする。

 誘われるように庭の中心に向かうと、旦那様が素振りをしていた。

 シャツにトラウザーズというシンプルな出立で、美貌と均整のとれた体がより際立っている。


 思わず見惚れていると、剣の動きがぴたりと止まった。


「エミラ?」

「旦那様……」


 旦那様は、赤い目で私のことをじっと見つめた。

 とても綺麗な色だ。まるで、秋の涼風に染まった深紅の薔薇のようだ。


「朝、早いのですね」

「そうだな……安全な場所で落ち着いて寝られるのだから、今日は寝坊しようと思っていたのだが」

「……」


 この五年間、助けがあるとはいえ子どもたちを一人で育てるのは、とても大変だった。

 けれど、旦那様はいつ魔獣が襲ってくるかもわからない、眠れない夜を過ごしてきたのだ。

 そのことを考えると、胸が痛んだ。


「君は案外表情豊かだったんだな」

「え?」


 不思議なことを言う旦那様。

 私は表情が豊かなほうではないはず。

 むしろ、何を考えているかわからないと言われていたくらいだ。


「――もし、そうだとしたら子どもたちのおかげです」

「そうか、子どもたちの」


 旦那様は、剣を鞘にしまうと私との距離を詰めてきた。

 そして、私に頭を下げた。


「えっ、どうなさったのですか!?」

「一人で出産し、子どもを育てるのはさぞや不安だっただろう。君に任せきりですまなかった」

「――でもそれは、王国の平和のために仕方がないことで」


 騎士団長である彼が、頭を下げていいはずがない。

 慌てていると、旦那様は気配を察したのか顔をあげて苦笑した。


「副団長も、妻にだけは頭が上がらないと言っていた」

「副団長様も?」

「王族のほかに、君にだけ膝をつこう」

「ふふ……旦那様はそんな冗談を仰るのですね」


 五年前の第一印象は覆されつつある。

 私たちの距離は、結婚当日よりもむしろ少し遠い。

 けれど、これからの長い時間で埋めていけばいい。

 

「おかえりなさいませ、旦那様」

「エミラ」

「帰ってきてくださってうれしいです」


 ぎゅっと手を握り微笑む。

 旦那様の手はとても大きくて、剣ダコでゴツゴツとしている。

 剣を握る人の手だ。


 ガサリ、と音がする。

 そちらに視線を向けると、晩秋の薔薇が咲く垣根から、子どもたちの頭が見え隠れしていた。

 どこにいるのかと思ったら、旦那様の訓練を見学していたようだ。


「あなたたち、こっちにいらっしゃい」

「はーい!」

「……う、うん」


 旦那様の横を駆け抜け、子どもたちは私にしがみついてきた。

 そこでようやく旦那様の顔を見つめる。


「ほら、お父さまに朝のご挨拶は?」

「お父さま! おはようございます!」

「……おはよ……ございます」


 ルティアは元気いっぱい、ハルトは照れながら挨拶をする。


「――子どもたちが見ていることには気がついていたが、剣を扱うのも気をつけねばならないな」


 子どもたちの安全のために、今のうちによくよくお伝えするべきだろう。


「ええ、細心の注意を払っていただきたいです」

「そんなにか」

「そんなにです」


 ハルトとルティアは、物分かりのいい子なのだが、いたずら好きなのだ。

 家の中でボールを蹴って遊んだせいで屋敷にあった芸術品の壺を壊してしまってから、高価で壊れやすそうなものは全て宝物庫へしまった。


 騎士の屋敷らしく壁に飾られていた剣も、二人で協力してハシゴを持ってきて手を伸ばしているところを発見してからはしまいこんだ。


 四歳になってからというもの、二人の興味は尽きることがなく、イタズラに磨きがかかっているのだ。


「この剣は魔剣だから、俺以外は触れることができないが……気をつけよう」

「――魔剣?」


 旦那様の剣には、赤い宝石がついている。

 先ほど見た剣の刀身は、旦那様の髪の色と同じで白銀に輝いていた。

 

 ――よくよく見れば、旦那様と剣の色はとてもよく似ている。


「でも、お父さま――この子呼んでる」

「ルティア?」

「……おいでって言ってるよ」

「ハルト?」


 二人が私から離れて、旦那様の元へ歩んだ。そして、旦那様の剣に手を伸ばす。


「……はあ、そうか。君たちは俺の……フィアーゼ侯爵家の血を受け継いでいるのだったな。当然と言えば当然か」


 二人が触れた途端、剣は瞳と同じような赤色の光を帯びた。

 旦那様の剣は、二人に会える日をとても楽しみにしていたのだと……私はそう感じたのだった。


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