魔剣と聖剣の物語 7
ようやく周囲が落ち着いてくる。
ルティアもハルトも泣き止んだ。
アンナが二人を抱き上げてくれた。
彼女の顔色は青い。蜘蛛形魔導具は、彼女の足にしっかりしがみついたままだ。
「大丈夫?」
「何のこれしき」
アンナの目は完全に潤んでいるが、一時離れジェイルの様子を確認しに行く。
「ジェイル、大丈夫だった?」
「それは俺の台詞です……」
「私は大丈夫。あなたが守ってくれたもの」
しかし、ジェイルは俯いてしまった。
「魔獣を相手にするのは初めてだったの?」
「ええ、模擬訓練しか……」
彼はまだ九歳なのだ。
私が戦えないばかりに、つらい役目を背負わせてしまった。
「ありがとう。あなたのおかげで救われたわ」
「俺は……。いいえ、これから精進します」
ジェイルはそう言って笑った。
そのときだった。
「エミラ!」
旦那様の声がして振り返ったのに、少し離れたところから駆け寄ってくるのは赤い髪の人だった。
「……まさか」
よく見れば、やはりそれは旦那様だった。血で染まっているのだ。怪我をしたのだろうか。
「旦那様!!」
私は駆け寄った。
しかし旦那様に手で制される。
「……旦那様? お怪我をされたのですか?」
「大丈夫だ」
「でも、血だらけで……」
「これは魔獣の血だ。汚れるから近づかないほうがいい。それより君は大丈夫なのか」
「……大丈夫です」
私は構わず抱きついた。
旦那様が命懸けで戦ってきたというのに、汚れるから何だというのだ。
「ぐ……」
「……っ、やっぱり怪我をしているのですね!?」
「いや、本当に……怪我は、してない……」
そう言いながらも、旦那様はよろめいて倒れ込んできた。
体格の良い旦那様を支えきれず、膝をつく。
「「お父さま!!」」
「ああ、やはり限界か」
ルティアとハルトが駆け寄ってくる。二人とももはや蒼白だ。
そこに父様がやはり返り血を浴びて戻ってきて、旦那様をヒョイッと担ぎあげる。
「父様……旦那様は!!」
「エミラ、ロレンシア辺境伯家の者が領民の前でうろたえるとは何事だ」
「……申し訳ありません」
「婿殿は魔獣に後れをとったわけではない。魔力が枯渇しただけだ。骨の何本かは折れているかもしれんが……とりあえず、屋敷に戻るぞ」
あとから、母様とベルティナも戻ってくる。二人は気遣わしげに旦那様を見ている。
「ルティア、ハルト。お父さまはご無事のようよ。さあ、こちらに来なさい」
「……」
「……僕は歩けるから、ルティアをだっこしてあげて」
「ハルトは本当に大丈夫なの?」
「……うん」
ハルトは何やら考え込んでいるような表情を浮かべていたが、スタスタと父様の後に続いて歩き出した。
私はルティアを抱き上げる。
「お母さま、ごめんなさい」
「どうして謝るの? あなたのせいではないのに」
「何も……できなかった」
――ルティアは、まだ四歳だ。何かできるはずもない。けれど、責任感が強い彼女は、何もできなかったことでよほどショックを受けたのだろう。
「……あなたの気持ちはわかるわ」
何もできない無力さは、誰よりよくわかっているつもりだ。
視界の端、ジェイルがイースト卿に抱き締められていた。
「大丈夫よ」
「うん……」
母親なのに気の利いた言葉の一つも言えない。私はただルティアをしっかり抱きしめ、皆のあとを追いかけるのだった。




