魔剣と聖剣の物語 6
オレンジ色の意味は、魔獣の侵入である。
高位魔獣は南側、侵入は東側。
「南側の魔獣には知性があるのかもしれないわ」
しかも、高位魔獣を表す赤いのろしは三本だった。複数いる可能性すらある。
「ジェイル、あなたも早く中に」
「いいえ、扉の前を守る者が必要です。エミラ様こそ早く中にお入りください」
「……」
子どもを置いて、自分だけ安全な場所にいる……いつでもその事実に打ちのめされてきた。
けれど、扉が破られれば中にいる領民にはなすすべがない。一番弱い魔獣相手でも、魔力を持たない者は太刀打ちできない。
悩んでここに留まっていては、彼の足手まといだ。
「……無事で」
「空か」
断腸の思いで中に入ろうとしたとき、ジェイルが空を見上げた。
空には黒い影。
大きな羽を広げたあれは、鳥の魔獣の一種だろう。
「――ジェイルさま、危ないよ」
「覚悟の上です」
「だって……」
「ルティア、入りましょう」
魔獣と目が合った。
金色の目をしたそれは、真っ直ぐに私のことを見ているように思えた。
いや、勘違いなどではない。私を獲物と捉えたのだ。
魔獣の滑降スピードは速く、扉に駆け込むために背を向けた瞬間、爪で切り裂かれてしまいそうだ。
「ルティア、ハルト、離れなさい!」
二人を扉側に突き飛ばす。
中から、領民たちが出てきて、二人を扉の中に引き入れた。
「閉めて!」
領民たちは、手際よく扉を閉めた。
こういった場面で、より多くの人命を、さらに未来の戦力となる子どもたちを守るために、ためらうことが許されないことを経験から知っているのだ。
「ジェイル、私が攻撃された瞬間を狙いなさいね」
「――その前に!」
「今のあなたの実力では、それが最善。私も助かる可能性が高いの」
一撃で致命傷を負ってしまう可能性もあるが、それが正しい選択だろう。
致命傷を避けることだけ考えて身構えたが、覚悟した衝撃は訪れなかった。
陰が差し、ガシャンッと大きな音が聞こえる。
目を開けてみれば、先ほどの魔導具が八本のアームを大きく広げて、魔獣の攻撃を防いでいた。
続いて魔獣の金色の目にナイフが刺さり、ジェイルの剣が魔獣に突き立てられた。
「奥様!」
「……アンナ」
アンナは眼鏡を外している。深海のような青い瞳から涙がこぼれ落ちる。
宝物庫に行く際に、一旦別れたが私たちを追いかけて来たのだろう。
途端に足の力が抜けて、地面にへたり込んでしまった。
「奥様、ご無事でよかったで……わああああ!? 蜘蛛!!」
『ピピ〜!!』
感動の再会は、魔道具によって遮られた。
そういえば、掃除をしているとき蜘蛛が現れるたびアンナは大騒ぎしていた。
蜘蛛の形というだけでもダメなのであろうか。
しかし、蜘蛛型魔道具はアンナにしっかりとしがみついてしまった。
南側の壁の向こうから、白いのろしが上がる。
無事、討伐に成功したようだ。
幸いなことに、壁内に侵入してきたのは一体だけだったようだ。
だが、蜘蛛型の魔導具にしがみつかれたアンナは、先ほどの凛々しさが嘘のように恐慌状態だ。
「離れて! 離れてください〜!!」
『ピピピピ!!』
領民たちが大泣きで飛び出してくるし、ルティアとハルトも大泣きでしがみついてくるしと、周囲はしばし騒然となったのだった。




