魔剣と聖剣の物語 3
宝物庫の奥に近づくにつれて、どんどん寒くなっていく。冷え込んでいたのは気のせいではなかったようだ。
「……マントお返ししましょうか?」
「俺は寒さには強い」
旦那様はそう言って笑いかけてきたけれど、吐き出す息は白い。
ハルトは父様に、ルティアは母様に連れられてついてきている。
「ありがとう……おじいさま」
「風邪を引かれては困る」
「ありがとう、おばあさま!」
「ええ、しっかり前を留めるのよ?」
ハルトは父様のマントをぐるぐる巻きにされ、ルティアは母様の上着を着せられている。
いつの間にやら、二人は父様と母様との距離を縮めていた。
「旦那様、一緒に入ります?」
「家族の前では……あとで入れてもらうかな」
旦那様が赤い目を細めて笑った。
冗談めかしているけれど、旦那様の言葉と笑みには壮絶な色気がある。私の頬は赤くなってしまった。
周囲が凍りつき始めた。
置いてある剣や魔導具には霜が降りている。
触れたら、凍傷になりそうだ。
――そのとき、淡い水色の光が冷たい空気を染め上げた。
「聖剣フィアレイア」
レイブランドと同じ作り……違うのは色合いだろうか。
宝石部分がレイブランドは赤いのに対し、フィアレイアはアイスブルーをしている。
――そう、私やベルティナの瞳と同じ色だ。
「氷の彫刻?」
氷でできた蔓薔薇が、来る者を拒むように聖剣に巻きついていた。
ふと、旦那様の腰に下がる魔剣に視線を向けると、赤い宝石には小さな氷柱が下がっていた。
涙が凍りついているようにも見える。
涙の理由は悲しみか、それとも喜びか。
再会を喜んでいる……そんな気がした。
「……旦那様、魔剣を貸していただけませんか?」
「ああ。先ほどからレイブランドは黙り込んだままだが、君には何か聞こえるのか?」
「聞こえはしませんが……泣いているのかなって」
「そうか」
旦那様から魔剣を受け取る。
ずっしりと重い魔剣を持って、引き寄せられるように聖剣へと近づいていく。
「レイブランドとは知り合いなの?」
思わず聖剣に話しかけていた。
アイスブルーの宝石が、こちらに視線を向けた気がした。
「お母さま……会いたかったって言ってる」
「ルティアには、聖剣の声も聞こえるの?」
「うん。お母さまの声に似ているの」
「僕にも聞こえるよ。よく来たねって」
「ハルトにも聞こえるのね」
ルティアとハルトは、しばらくの間、魔剣と聖剣を交互に見ていた。
「「聖剣さんは、お母さまに触れてほしいって」」
「わかったわ」
魔剣を手にしたまま氷の蔓薔薇に触れると、指先を針で突かれたような痛みがあった。
ぷくりと血液の玉が指先に現れ、蔓薔薇につくと淡い水色だった花が赤く染まっていく。
「――っ!」
「エミラ!」
旦那様が私の手を掴んで引き寄せた直後。
赤く染まった薔薇は、粉々にひび割れて砕け散った。
「大丈夫です……旦那様」
「……そうか」
旦那様はそう言いながらも、ハンカチを取り出して私の指先を押さえた。
針で突かれたような傷は、少しだけハンカチを汚し、すぐに見えなくなった。
ルティアとハルトが、台座に立てられた聖剣を観察するようにしゃがみ込んだ。
「お花が消えちゃったね、ルティア」
「でもお花に負けないくらい綺麗だよ、ハルト」
「魔剣さんに似ているね!」
「うん、宝石がお母さまの目にそっくりだね!」
二人は聖剣の宝石をじっと見たあと、私に視線を向けて笑いかけてくる。
近づくものを拒むかのような蔓薔薇は消えて、そこには氷のように輝く剣が一振り。
とても長い間、剣はこの場所で愛しい人を待っていたのだ。自然とそう思った。
剣が愛しいと思う相手は、やっぱり剣に違いない。
今度は痛みもなく聖剣の柄を握ることができた。
右手に聖剣、左手に魔剣を手にすると、自然と両の手が近づいて……赤い宝石とアイスブルーの宝石がぶつかりコツンッと音を立てた。
「「わあ……魔剣さんと聖剣さんがキスしてる!!」」
――子どもたちの言うとおり、二振りの剣は再会の口付けを交わしているように見えた。




