魔剣と聖剣の物語 1
宝物庫は、領主の間のさらに奥にある。
扉を開けると地下へと続く階段が現れる。
父様は振り返ることなく進んでいく。
――宝物庫に入るのは初めてだ。初めてのはずなのに……。
階段を駆け下りた記憶があるのはなぜなのか。
この先に何が待っているか知っている気がするのは……。
魔剣がチカチカと点滅している。
少しずつ早くなるその点滅は、まるで魔剣の心臓の鼓動のようだ。
「――だんまりだな」
「レイブランド……ですか?」
「ああ、いつも耳を塞ぎたくなるほどよくしゃべるのに」
「……」
しゃべっていなくても私には魔剣が発する光が見えている。
心の奥底を覗いてしまったように……。
「エミラ、来なさい」
「はい」
階段が途切れたところには、この空間に見合わないほど大きな扉があった。
アイスブルーと金色で描かれているのは、女性が剣を掲げている場面だ。
緊張しながら父様の隣に立って、門の装飾を観察する。
すると、父様がため息をつく。
「……婿殿、いつもこんな感じか?」
「まだ、一緒にいた月日は短いですが……そのようですね」
「二人も深く関係している。婿殿の考えは?」
「幼いからと隠した結果が、今なのではありませんか? 当事者であれば、幼い子ども相手であってもわかる範囲で説明するべきかと」
「――耳が痛いな」
父様は振り返り、階段の上に視線を向けた。
「この爺の目と耳はごまかせぬ」
すると、ひそひそ話が聞こえてきた。
「気がつかれちゃったよ。どうしよう、ルティー」
「私たちにも関係あるって言った。行くわよ、ハル」
「怒られちゃう」
「知らないままでいるよりいいわ!」
トントンッという足音が階段を降りてくる。
現れたのはルティアとハルトだった。
「まあ……二人とも、ついてきてしまったの?」
「「ごめんなさい、お母さま」」
「――二人にも関係している。ついてきなさい」
「「おじいさま、ごめんなさい」」
「謝罪は不要。だが、知ってしまえば責任が生じる」
父様の言葉は、いつも真っ直ぐだ。
ルティアとハルトの表情に緊張が走る。
だが、宝物庫の中に入れるのはロレンシア辺境伯家の人間と認められた者だけなのだ。
――家の人間だと認められていないから入れてもらえないのだ、と幼いころ思っていた。
けれど、いざ連れてきてもらえば言い様もない不安がある。
なぜだろう――私は確かにここに来たことがあるのだ。
「すでに認証は済んでいる。エミラ、紋章部分に手のひらを当てなさい。それから、婿殿とルティアとハルトが手を当てて登録すれば良い」
「……どうして私の認証が済んでいるのですか?」
宝物庫の扉は魔道具仕掛けで、登録された人間しか開くことができないし、入ることができない。
しかし、すでに登録は済んでいるという。
「二度目だからな」
「……」
ここに来たことがある、という記憶は正しかったようだ。
震える手で剣と百合の紋章に触れる。
魔道具は私の瞳の色と同じ、アイスブルーに輝いた。
続いて旦那様とハルトとルティアが紋章に触れる。
紋章はやはりアイスブルーの光を放った。
「さあ、来なさい」
宝物庫の中には何があるのだろう。
「お母さま行こう。私が守ってあげる」
「お母さま、僕に任せて……」
小さく温かい手が私の手を左右から握った。
振り返ると旦那様が軽く頷いた。
先ほどまでの不安が軽減していく。
ハルトとルティアに両手を引かれ、私は父様のあとについて行くのだった。




