ロレンシア辺境伯領 11
アンナの手際はあいかわらず良く、私はあっという間に白いドレス姿に着替えさせられてしまった。
まったく状況が掴めないのだが、どういうことなのだろうか……。
「では、会場でお待ちしておりますね!」
アンナは慌てた様子で会場に戻っていった。
眼鏡をつけているせいか、出口の段差で足を踏み外して転びかけていた。
今くらい、眼鏡を外せば良いと思うのだが、よほどの理由があるのだろうか。
「さあ、行きましょう」
「――ベルティナ、どういうことなの?」
「だって、優勝者たちは皆、姉様の家族でしょう? 本当は私も花を貰おうと思っていたけれど……負けてしまったのだから潔く諦めるわ」
「……十年前、魔獣討伐に行ってしまったのは私に譲るためよね?」
ベルティナは、一瞬逡巡したが、私の目を真っ直ぐ見て口を開く。
「そうよ。まさか、人違いで結婚申し込みされるとは思ってもみなかったけど」
「……え?」
会場から、勝利を祝う音楽が聞こえ始める。
もう、剣の乙女の登場時間だ。
「作法は覚えている?」
「ええ……覚えているわ」
ベルティナ辺境伯家の血を継ぐ乙女が演じる剣の乙女。
優勝者を祝福したあと、花を渡すのだ。
剣の乙女は力の象徴だ……十年前は、急遽演じることになったがいいのだろうか。
しかも私は既婚者なのだが……。
ベルティナに手を引かれ、会場の手前まで来てしまった。
背中を押され、会場に足を踏み入れる。
すでに、二位と三位は表彰されていた。
三位決定戦で勝利したルティアも会場にいる。
ルティアとハルトは手を繋ぎ、こちらを見ると目を輝かせた。
――まずは子どもの部の優勝者であるハルトを祝福する。
「ハルト、素晴らしい戦いだったわ。あなたは、誰かのために強くなれる人ね」
「ありがとうございます」
手渡すのは赤い薔薇の花。
ハルトが嬉しそうに笑った。
続いて遠距離武器の部の優勝者であるアンナに薔薇を手渡す。
「素晴らしかったわ。あんなに正確な投てきを見たのは初めてよ」
「ありがとうございます。私の人生で、こんなに華々しい場所で技を披露する機会があるとは思ってもみませんでした」
薔薇を手渡すと、アンナは口元を緩め、いつものように笑った。
最後に旦那様の前に立つ。
騎士服を着た旦那様は、凜々しくて、格好良くて、まるで他人のようにすら思えた。
けれど、向かい合って立てば、十年前に戻ったようだ……。
そう、十年前に優勝した男性は、茶色の髪と瞳をしていたけれど、確かに旦那様だった。
「また、こうしてあなたを祝うことができて、これほど嬉しいことはありません」
「思い出してもらえて嬉しいよ。俺の……剣の乙女」
十年前は、照れたように視線を逸らした旦那様は、今は真っ直ぐ私を見つめている。
薔薇を手渡すと、旦那様は私に剣を捧げた。
「――魔獣との戦いに終止符を打つのはこの私です」
優勝者は、剣の乙女に自らの武器を差し出し、魔獣との戦いに終止符を打つことを誓う。
これは剣の乙女とこの辺境で千年近く続けられてきた最も重要な祭事だ。
――捧げられたのは魔剣だった。
それを手にした瞬間、会場中を真っ赤な光が埋め尽くした。
光が収まっても、観客たちは驚愕の表情を浮かべたまま私たちを見つめていた。
「……行こうか、エミラ」
「行くってどこへですか?」
「ロレンシア辺境伯家の宝物庫へ」
旦那様が視線を向けた先には、父様がいた。
もしかして、私が着替えている間に何か話し合ったのだろうか?
観客たちが大きな拍手を贈る中、旦那様にエスコートされる。
何かが明らかになる……そんな予感を胸に私は会場を後にした。




