ロレンシア辺境伯領 10
遠距離武器のトーナメントは、的に武器を当てて得点を競う。
的は魔道具の技術が生かされており、当てる場所だけでなく深さも得点に関係する。
さらに、的には名称がある。足の的は両方真ん中を射ると追加得点。毎回想定している魔獣が変わり、弱点を打つとさらに追加得点がある。
魔獣との戦いを生業にする者が多い辺境伯領らしい独特のルールだ。
「姉様、応援してくださる?」
「ええ、もちろんよ」
五年前まで、私たちは姉妹らしい当然の会話も交わすことができなかった。
けれど、今なら心から応援していると言える。質問してきたベルティナも、同じ考えだろう。
「トドメは近距離武器を使う者に譲るにしても……誰より多くの魔獣を弱らせるのは私です」
ベルティナは、誇らしげに笑った。
――だが、彼女は準優勝だった。
こんなに悔しげな表情を見るのは初めてだ。
「アンナすごい!!」
「全部的に当たった!!」
「アンナ! 私も投げナイフ使いたい!!」
「ずるい! 僕だって!!」
ルティアとハルトは、侍女のアンナに尊敬の眼を向けている。
――弱点の的に全ての投げナイフを外すことなく当てて優勝したのは、ベルティナではなくアンナだった。
彼女はすでにいつもの眼鏡をしている。
しかし、会場が静まり返るほど、彼女の腕は確かだった。
「魔獣討伐はお譲りしますが、奥様を御守りするのはこの私です」
「くっ……とんだ伏兵ね」
ベルティナと向かい合い、アンナは自慢気な表情を浮かべた。
固い握手を交わす二人の表情は和やかなまま。
握力勝負の結果は不明だ。
「……私の短剣は、お優しき我が主に捧げます」
「アンナ……私は」
「私に暖かい居場所をくださったのは奥様だけ。旦那様や坊ちゃん、お嬢さまにとってもそれは同じことでしょう」
「……ありがとう」
アンナは私にとって、侍女であるだけでなく、家族のような存在だ。
彼女にとってもそうなのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
「さあ、次は模範試合ですね」
全ての競技が終わり、模範試合の準備はすでにできている。
父様は、建国千年の記録に残る限り、誰よりも多くの魔獣を屠ってきたこの国の英雄だ。
旦那様がとても強いことはわかったけれど……怪我をしないか心配だ。
「姉様、そんな顔する必要ありませんわ」
「ベルティナ?」
「十年前だって善戦していましたもの。今度は父様を打ち負かすやもしれません」
「……十年前」
ここまで何度も出てきた十年前という言葉。
それは私がたった一度、トーナメントの剣の乙女を務めた年だ。
旦那様と父様は、真剣な表情で向かい合う。
二人は動くことがない……会場中が静寂に包まれている。
じり……と先に動いたのは父様だ。
それを合図にしたように二人は打ち合った。
三合の打ち合いの後に相手の首筋に剣を当てていたのは――旦那様だった。
父様が模範試合で負けるのは初めてのことだ。
イースト卿ですら、父様に勝ったことはない。
私は立ち上がり惜しみない賞賛の拍手を送る。
「さて、では準備いたしましょう」
「え……?」
ベルティナがにっこりと笑っていた。
そして、私の手を引くとぐんぐんと今は誰もいないはずの控え室へと向かう。
「はあ、姉様から花を貰ってもう一度謝ろうと思っていたのに」
「……どういうことなの?」
控え室には、剣の乙女の白いドレスが用意されていた。
そして、アンナまでが笑みを浮かべて待ち構えていたのだった。




