五年越しの家族団らん 4
「私にお任せください!」
「アンナ?」
茶色いおさげを揺らしながら胸をドンッと叩いたのは、侍女のアンナだった。
視線を向けると、アンナは自慢げに笑う。
口の端から特徴的な八重歯がチラリとのぞく。
分厚い眼鏡に阻まれているため、未だに私は彼女の瞳の色を知らない。
「任せるってどういうこと? 今からではドレスなんて間に合わないわ」
「問題ございません。お任せあれ、でございます。ところで、よろしいですか? 執事長、旦那様」
「ふむ……奥様のドレスについては、いざとなればアンナに任せればいいと思っていましたからね」
「アンナ、頼めるか?」
「ええ、お任せくださいっ」
アンナはにっこり笑うと、ピョコンと礼をした。
その姿はとても可愛らしいけれど、私の脳裏には一抹の不安がよぎる。
――アンナは元気で優しくて素敵な人だが、とっても不器用でおっちょこちょいなのだ。
こんな夜中に営業している服飾店は存在するのだろうか……。
去っていくアンナを見送る。
「さて、真夜中でございます。どうぞ、お二人はゆっくりとお休みください」
「そうね。旦那様……」
「そうだな。寝室の準備ができるまで執務室の奥の仮眠室にでも……」
「ああ、失念しておりました」
執事長が思い出したように手を叩いた。
何があったのかと見つめていると、続いたのは信じられない一言だった。
「実は、執務室の鍵が壊れてしまい開けられないのです」
「嫌だわ……旦那様不在の間、使っていなかったから錆びてしまったのかしら?」
「そうかもしれませんね――全て私の責任でございます」
「執事長の責任ではないわ。私たちの寝室に行きましょう?」
「エミラはそれでいいのか?」
私は首を傾げてしばらく考えた。
「――確かに大きなベッドですが、四人で寝るには手狭かもしれませんね」
「ハルトとルティアと一緒に寝ているのか」
旦那様が驚いたようにそう言った。
確かに、二人が四歳になったのを機に、子ども部屋で寝かせることも考えた。
けれど、我が家には乳母もいないし、侍女もアンナだけ。
そんな事情もあり、今日この日までズルズルと一緒の部屋で寝ていたのだ。
――正直に言えば、私が一人で寝るのが寂しかったのかもしれない。
「とにかく、お疲れでしょう? 明日も早いのですか?」
「――いや、明日は屋敷で過ごすつもりだ」
「そうですか。ゆっくりなさってください」
旦那様はまだ戸惑っているみたいだったけれど、明らかに疲れた顔をしている。
私は旦那様と一緒に夫婦の寝室へと向かうのだった。
* * *
夫婦の寝室の扉をそっと開けると、クウクウと規則正しい寝息が二つ聞こえてきた。
まだ旦那様が戸惑っているようなので、掛け布団をそっと上げてハルトの隣に寝るように促す。
「起こさないようにそっと入ってください」
「あ……ああ」
体格のよい旦那様が、背中を丸めて遠慮がちに布団に入る姿は、ちょっと可愛らしい。
そんなことを思いながら、私はルティアの隣に潜り込んだ。
子どもの体は温かくて、寝息は子守唄のようだ。
今日一日の出来事で疲れ切っていたに違いない。私もほどなく眠ってしまった。
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