ロレンシア辺境伯領 7
ルティアとハルトは私が思っていたよりもずっと強かった。
二人は決勝まで当たらない予定だが、気がつけばもう準決勝だ。
――このままルティアとハルトの決勝戦になるかと思われた。
「勝者、ジェイル・イースト」
だが、ルティアは準決勝で負けてしまった。とてもいい試合だったのだが、模擬剣が折れてしまったのだ。
「まあ……確かにイースト卿の弟君は強いけれど――実力だけでは決まらないのが勝負というものよね」
「……あの子は、イースト卿の弟さんだったのですね」
少年の髪の毛は青みがかった黒色で、確かに辺境騎士団長シノア・イースト卿と同じだ。
イースト卿と違うのは、その瞳が金色ではなく青いところだろうか。
「そうよ。ルティアとハルトが参加しなければ、彼が今回の優勝候補だった……もう九歳だから、子どもの部に参加するのは今年が最後ね」
ベルティナはルティアが負けても、ハルトが勝つと確信しているようだ。
ルティアは負けたことが悔しかったのだろう、涙目だ。
しかし、ジェイルが差し伸べた手を掴んで立ち上がると、きっちりと礼をして試合を終えた。
ルティアが、準決勝に臨むハルトに何か声をかけている。
ハルトが笑った――見たことがない笑顔。だが、既視感を覚える。
――ハルトの笑みは昨日、父様を前にしたときの旦那様の笑顔そのものだった。
ハルトは人見知りで、いつもルティアの後ろに隠れていることが多い。
初めて会う人と話すのも苦手だ。
「あら……ハルトの本気が見られそう」
「ベルティナにはわかるのですか?」
「もちろん。だって、私の目はいいから、二人の魔力がはっきり見える。あれほどの魔力を持った子どもを見るのは初めてだし……彼は本気だわ」
「……」
ベルティナの言葉通り、準決勝の試合はハルトの圧勝だった。
準々決勝までは、緊張感を露わにしていたのに、今のハルトにはそれがない。
「――君は強いな。よろしく頼む」
「うん……お兄ちゃんも強いね。でも、僕が勝つ」
ハルトが剣を構える。
試合会場が静まり返った。
辺境騎士団の騎士たちは、真剣な表情でハルトを見つめている。
ハルトはまだ四歳。子供向けといっても剣のほうが大きく見えるくらいだ……。
魔力がない私には、何も見えないけれど、強い者ほど真剣な表情を浮かべているようだ。
旦那様もそんな顔をしているのだろうか。
しかし、予想と違い旦那様の表情は憂いを帯びていた。
「甘えを捨ててしまうとハルトは恐ろしいほど強いな。現状ではルティアより上か」
「……」
「いや――まだ二人は幼い。戦うのは先の話だ」
「そうですね。魔力を持つものの義務ですから」
「……っ」
旦那様は、横で私が聞いていることを忘れていたのか、ハッと目を見開く。
魔力が強いものは、魔獣と戦う義務がある。
幼い頃から戦うことを定められるなんて酷い話だ。
だが、そうでなければ、人の営みなどあっという間に魔獣に蹂躙されてしまうだろう。
「大丈夫だ、出来うる限りの手段を講じよう」
「――ええ、ルティアとハルトが自分で選択できる日まで……守ってあげてください」
「もちろん。それに二人が何を選ぼうと……その先も守ろう」
旦那様を守ってくれる人はいるのか、と思った直後、試合開始のドラが鳴った。
視線を向けると、ハルトが高く跳躍したところだった。
「ハルトは、あんなに高く跳べるの!?」
「……そうだよ、お母さま。ハルトは本気を出したら私より強いもの」
「ルティア?」
試合を終えて、席に戻ってきたらしい。
ルティアが真剣な視線を試合会場に向けながら席に着く。
「相手を傷つけたくなくて、優しすぎて、いつも本気を出さないだけ」
「……そうかもしれないわね」
「今は負けてる。でも……最後に勝つのは私なの」
ルティアは悔しそうだった。
だが、もう涙を浮かべてはいない。諦めてもいない。
「あなたは頑張っていたわ。私、夢中になって応援しちゃった」
「えへ、悔しいけど今度は勝つから平気なの」
ルティアは会場に視線を向けながら、私に抱きついてきた。
小さな体を抱き寄せて試合の行方を見守る。
旦那様も黙り込んだまま、ハルトの戦いを凝視している。
ハルトは強かった……空恐ろしいほど。
いつもオドオドしているのが嘘のように、冷たい表情を浮かべ、正確に剣を振るう。
ハルトより五つも年上で体格も全く違うジェイルは防戦一方だった。
ジェイルの剣が、彼の手から離れて虚空を舞い――ハルトの優勝が決定した。




