ロレンシア辺境伯領 5
「「お父さまとお母さまは仲良し!!」」
ルティアとハルトがご機嫌な声でそう言うと、私たちはあっという間に領民たちに囲まれた。
領民の一人が旦那様にグラスを渡すと、山脈の伏流水を使い、この地で採れる穀物で造ったお酒にフルーツで香りを付けたお酒が注がれる。
旦那様は一息にそれを呷ると、空の器を返した。
領民たちは、ワッと盛り上がった。
新たな恋人たちが手に手を繋いで踊り出す。
ルティアとハルトも、子どもたちの輪に紛れ踊り出した。
初めての踊りなのに、二人はすぐに覚えて上手に踊っている。
「可愛らしい……」
幼いころの私は、あの輪の中に入ることはできなかった。
両親も、臣下たちも、私がある程度の年齢になるまで私を屋敷の外に出すまいとした。
そう……今考えれば、異常なほど。
十三歳、社交界にも参加するような年齢になって、ようやく街中に出ることや救護所など後方支援への参加を許されたのだ。
もちろん衣食住は十分与えられ、辺境伯家の者としての教育の機会も与えられた。それでも――私だけが、屋敷の中に留められ誰にも相手にされていないように思えた……。
いつだって、ドレスやアクセサリーを優先して買ってもらえるのは、ベルティナだった。私はいつでも後回しだった。
だが、少しだけわかりかけている。両親の気持ち……。
ルティアとハルトに視線を向ける。
二人とも本当に大事だ……でも、一人だけ戦場に送らねばならないとしたら、もう一人の子どもと同じ扱いなんてできようか。
「お母さま」
「あら、ルティア……もういいの?」
「お母さま……」
「ハルトもそんな顔をしてどうしたの」
ルティアとハルトは先ほどまであんなに楽しそうだったのに、今はどこか物憂げな表情を浮かべている。
「理由はあっただろうって……」
「ルティア?」
ルティアは私に抱きつきながらそう言った。
「守るためだったんだろうって……」
「……ハルト」
ハルトも私に抱きついてきた。
「レイブランド? 子どもたちに何を言ったの」
私には何も聞こえなかったのだから、魔剣が何かを言ったのだろう。
旦那様まで微妙な表情だ。
「――だが、幼いころの君に罪はなく、記憶が消えるわけでもない」
「やっぱり……私の子どものころの話ですか?」
「誤解があったなら、解ければ良いとは思うが……」
「三人とも、ありがとう」
私はルティアとハルトを抱きしめた。
その上から旦那様が私たちを抱きしめてくる。
前夜祭はそろそろ終わろうとしている。
「とても素敵な夜だったわ。大好きな家族と前夜祭に来られてとてもうれしい」
「俺もだ……こんなに楽しい思い出が作れるなんて、考えたことがなかった」
「私も!」
「ぼ……僕も!」
「ふふ、これから家族で素敵な思い出をたくさん作りましょう?」
「――ああ」
「「わーい!!」」
子どもたちが諸手を挙げながら笑うと、旦那様も朗らかに笑った。
もちろん私もつられて笑った。
魔剣がほのかに光っている。まるで、私たちを見守っているようだ。
私と魔剣は会話ができないけれど……考えていることはきっと同じだ。
旦那様の子ども時代は戦いの日々にあって、お祭りなんて楽しむ暇もなかったことだろう。
――魔剣も、私も、旦那様には、これからもこんなふうに笑ってほしいと思っている。もちろん、子どもたちにもずっと……。
こんなに幸せな気持ちになれるなんて、結婚するまで考えたこともなかった。
家族とはいつだって距離を感じていたから……。
魔剣には私の心の声が聞こえているという。
先ほどのルティアとハルトの言葉に覚えた引っかかりを魔剣に確認しなければならない。
(ねえ、レイブランド……守るためって、私が家族みたいに魔力を持たなくて戦えないから?)
口には出さず、心の中で旦那様の腰に下がっている魔剣に話しかける。
魔剣は光を消してだんまりだ。
(……違うのね)
一度だけ、魔剣の宝石が赤く光った。
不思議だ……言葉を交わさないのに、私には魔剣の気持ちがわかる。
言葉を交わしていないから、思い込みだけかもしれないけれど……。
けれど、魔剣の宝石が必死に何かを語りかけるように光ったから……やっぱり気持ちは通じ合っているに違いない。




